西田宗千佳のRandomTracking
第450回
ウェアラブルEcho、空間オーディオ、新通信規格と拡大するAmazonハード事業の狙い
2019年9月27日 15:53
米国時間9月25日に開催された、AmazonのAlexaデバイスを中心とした発表会に関する詳報をお届けする。
Echoの指輪型デバイスやスマートグラス、完全ワイヤレスイヤフォンなどのハンズオン記事を先に掲載したが、そこでもおわかりのように、今回はこれまで以上に「特別なハードウェア」の発表が目立った。
しかし、ハードウェアの発表は、今回Amazonが主張したかったことのほんの一部に過ぎない。実は、音声アシスタント技術の革新からオーディオへの積極的な取り組み、新通信規格の導入など、きわめて切り口の多い、多岐に渡る発表会だった。
いまや大手家電メーカーといっていいAmazonの方向性を分析してみよう。
メガネも指輪も「身につけるEcho」だった
やはり、一番わかりやすいのは、音声アシスタントAlexaを使う機器についてだ。
ハンズオンでも示した「Echo Frames」「Echo Loop」といった新しいハードウェアが目に付く。これらはなにを狙っているのか? 形は違うが、要は「24時間365日、Alexaを使えるシーンを増やす」ということなのだろう。Alexaは「命令を聞く」という要素以外に、通知を知らせたり、音声でメモなどを記録するといった機能を持つ。それらを活かし、ウェアラブルデバイスで「声だけでいろいろなことをする」という姿を模索している。
ただ、家の中でいろいろな制御をすることに比べ、そういう「いつでも音声UIを使う」姿はまだまだ未成熟だ。そういった点もあり、「Echo Frames」「Echo Loop」は招待者に向けた限定販売の「Day 1 Editions」という製品枠での扱いとなる。
完全ワイヤレス型イヤフォンの「Echo Buds」も、似た要素をもつ。あくまでオーディオ機器として販売されるが、スマホと連動して「いつでもAlexaになにかを訊ねられる」という良さがあることに違いはない。スマホ向けイヤフォンにどんどん「音声アシスタント連携」が搭載されている今、完全ワイヤレス型イヤフォンもそうした切り口で捉え直すのは当然といえる。
一方で、AirPodsのヒットもあり、完全ワイヤレス型イヤフォン市場が熱く、そこに競争力のある製品を投入することはビジネスとしては「王道」ともいえるやり方である。Amazon製品は「コスパがいい」のがウリだが、Echo Budsも129.99ドルとかなり安い。しかも、ボーズとのコラボレーションによって「ボーズのノイズキャンセル技術付き」で売られることを考えると破格だ。なぜなら、ボーズ自身がNC搭載イヤフォンを売る場合、こんな低価格な製品になることはまずないからだ。
Alexaを使うという側面をのぞいても、Echo Budsは、完全ワイヤレス型イヤフォン市場をかき回す、大きな存在になる可能性が高い。
なお、現状日本での販売はアナウンスされていないのだが、ハンズオン会場にあった実機には、いわゆる「技適」と「PSE」の両方のマークが確認できた。ということは、日本での販売についても、そう遠くないうちだと期待できる。
「Echo Studio」でオーディオに回帰
一方、部屋の中でのAlexaデバイスである「Echo」シリーズは、ある意味で成熟期だ。その中で明確になったのは、「家の中のデバイスとしてのスマートスピーカー」のオーディオ機能が見直されている、という事実だ。
元々スマートスピーカーは、ストリーミング・オーディオ時代にはラジカセやステレオセットのような「リビングで音楽を気軽に聞く」デバイスの代わりを務めるもの、として世に出た経緯がある。今はスマートホームを含めた、より広汎な用途に向けた製品になっているが、やはり一番使われているのが「オーディオ」機能である点は揺るがない。
Amazonは、自社のデバイスとAlexaが、Amazonだけでなく「複数のサービスに対応している」ことを強調しつつ、新デバイスの「Echo Studio」(24,980円/税込)で、スマートスピーカーによるオーディオ体験を「ハイデフ」「空間オーディオ」に拡張しようとしている。
空間オーディオは、ステレオと違い「左右の音の分離」で差別化しているわけではない。音は立体空間の様々な場所に定位するので、ひとつのスピーカーシステムからうまく「音場の空間」を作りあげることで、いままでにない音響体験をつくりあげることができる。「Echo Studio」は、安価にそうした環境を提供するものとして、最適だ。Amazonもかなり力を入れており、戦略的に重要な製品であることがわかる。
先日突然スタートした高音質音楽配信「Amazon Music HD」も、年内にはソニーの「360 Reality Audio」に対応し、ハイレゾ+空間オーディオ、というサービスになっていく。そこまで考えるとあの価格はかなり安い。
Alexaがサミュエル・L・ジャクソンになる
Alexaの高度化という意味で、もっとも興味深い発表だったのは、「Alexaの声を追加コンテンツ化して入れ替えられるようにする」ということだ。
具体的にはどういうことか? 今後Amazonは、アメリカで「Alexaの声をセレブリティ・ボイスにする」というサービスを展開するのだが、その第一弾として、「サミュエル・L・ジャクソン」が年末に登場することが告知された。これはあくまでアメリカ向けの施策であり、日本で、日本語によって「声を変える」サービスがいつ提供されるのかはアナウンスがない。
「音声アシスタントの声を好きな俳優や声優にできれば」というニーズの大きさは、洋の東西を問わない。だから、日本でも展開されることになれば大きなインパクトを持つだろう。
実のところ、こうした技術の開発は他社でも試みられている。LINEは2018年の「LINE CONFRENCE」にて、短時間の収録で音声アシスタント用の合成音声を作れる技術を発表している。セレブリティ・ボイスの実現には、そうした技術や規格は不可欠だ。
またマイクロソフトは、5月に東京で行なわれた技術イベント「de:code 2019」に登壇したアレックス・キップマン氏が、「英語から日本語へ、自分の声色でアバターが話す言葉を切り換える」というデモを行なっている。(詳しくは6月掲載の本連載記事で紹介している)
Amazonも同じ技術を研究しており、その商業応用については一歩先んじたのだな……という印象だ。
なお、サミュエル・L・ジャクソンといえば「ちょっとばかりくだけすぎた強面な語り口」も持ち味なので、「少々過激な表現を含む」バージョンと、そうした配慮が不要なバージョンが用意されるという。提供開始は年末で、0.99ドルの有料コンテンツとなる。だが、手間やサミュエル・L・ジャクソンのギャランティを考えると、この価格はほぼ「あってないがごとし」なもの。おそらくは、第二弾以降は、もう少しちゃんとした金額で販売されるのではないか、と予想している。
いつか日本で導入する場合には、最初は誰が選ばれるのだろうか。サミュエル・L・ジャクソンつながりで、竹中直人か大塚明夫か玄田哲章か手塚秀彰か……とか。(吹き替え映画マニア以外の方に向けた解説:これらの方々は、皆サミュエル・L・ジャクソンの吹き替えを多数やっている)
実は有望な技術「声によるWi-Fiのコントロール」
もうひとつ、Alexaの新しい機能として面白いと感じたのが「Wi−Fiのコントロール」だ。
Wi−Fiでゲスト向けのオープンなSSIDを設定している、という人もいるはず。だが、それらはゲストがいない時は不要だし、開け続けるとセキュリティ上のリスクもある。
また、「子供がタブレットやスマホ、ゲーム機をずっと使い続けていて困る」というシーンもありがちだ。
そういう時、Wi-Fiルーターの設定をいじればいろいろできるのだが、設定は非常に難しくて面倒だ。
というわけで、AlexaとWi-Fiルーターを連動させて、設定ページなどを開かなくても「声での命令」で切り換えられるようにしよう、というのがこの機能の狙いである。だから、「Alexa、ゲスト用のWi-Fiをオンにして」とか、「Alexa、ゲーム機のWi-Fi接続を一時的に止めて」といった命令ができる。
これには、Amazonが規定したAPIに対応するアクセスポイントが必要になる。ASUSやTP-LINK、LINKSYSなどの日本でもお馴染みのメーカーの他、AriisやAmazon自身のWi-Fiアクセスポイントブランドであるeeroなどが対応に賛同しており、即日対応開始した。日本での対応は未定だが、現在はWi-Fi6の導入も近づき、久々に「Wi-Fiルーターを買い換える可能性が高まる時期」に来ている。こうした連動機能があれば、買い換えのモチベーションのひとつにもなりそうだ。日本国内の周辺機器メーカー、バッファローやアイ・オー・データ機器、エレコムなども対応を検討してほしい。
予想以上に売れた「Alexa対応電子レンジ」の影響
Alexaと家電連携という意味で、コアになっているのが「Alexa Connect Kit(ACK)」と呼ばれるハードウェアだ。昨年の本イベントのレポートでも解説したが、ACKはシンプルな数ドルのハードウェアを追加するだけで、家電にAlexaとの連携機能を追加するものである。
昨年はその「サンプル」として、シンプルな電子レンジをAlexa対応にした「AmazonBasics Microwave」という製品をアメリカで発売した。実はこれがかなりヒットしたらく、Amazonとしても「当惑した」らしい。なぜなら、あくまで「シンプルな家電がここまでACKで高度な家電に早変わりしますよ」というサンプルのつもりで売ったのに、なぜか「Amazon全体で一番売れている電子レンジ」になったのだ。
今年は機能を拡張し、コンベクションオーブンをAlexa対応にした「Amazon Smart Oven」を発売する。価格は249.99ドルでEcho Dotもバンドルしている。機能アップして本格的に売る気になったのか、というと実はそれも微妙なようで、「あくまで機能サンプル的位置付けだが、消費者がより喜んでくれるよう機能アップした」(Amazon説明員)のだとか。
ある意味、こういうシンプルなネットワーク家電の市場がすでに構築されはじめているのが、日本の「高機能家電」偏重の状況とは違う、アメリカらしい部分といえそうだ。
Amazonが開発中の謎の通信規格「Sidewalk」とは
Echoに加え、ハードウェア面で特に力が入っていたのは、監視カメラの「Ring」だ。アメリカの場合、スマートホームのニーズとして、圧倒的に高いのが「監視カメラ連携」。Ringは2018年にAmazonが買収を完了した企業で、特にドアベル向け監視カメラで定評がある。ドアベル向けでは来客管理に加え、「Amazonで買った荷物の受け取り監視」というニーズも馬鹿にならないくらい大きい。Echo Showのようなディスプレイ付きデバイスとの相性も良く、積極的になるのもわかる。
一方で、監視カメラなどの連携をさらに進めていくことを考えると、若干やっかいなこともある。それは「距離」の問題だ。日本の家庭なら、Wi-FiやBluetoothで届かない、という場所は少ない。しかしアメリカの国土だとそうもいかない。Wi-Fiでのメッシュネットワーク活用が日本以上にアピールされているのだが、それも「広さ」対策という意味あいがある。
また、街中にIoT機器を置くことを考えると、当然Wi-FiやBluetoothベースでは限界がある。
Amazon Devicesシニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏は、発表会で次のように説明する。
「現在のIoT機器では、BluetoothもしくはWi-Fiが使われている。だが、これらでは近距離しかカバーできない。そこで5Gを、という話が出てくるが、5Gは消費電力もコストも高すぎる。その間のエリアを埋めるものがないのだ」
そこで登場したのが、Amazonが開発したという新通信技術「Sidewalk」だ。
技術的な詳細は明らかになっていないが、Sidewalkには以下のような特徴がある、とAmazonは主張している。
・900MHz帯を使い、消費者が無許可で使えて、開発するメーカー側も用途を自由に設定できる
・500mから1マイル(1.6km)は到達可能
・通信方式やソフトウェア、ハード構成はシンプル
・通信速度は一般的なWi-Fiや携帯電話ネットワークほど速くない
・消費電力は低く、バッテリーだけで「年単位」の利用が可能
Amazonはロサンゼルス盆地でこの通信技術のテストを独自に行なっており、「社員とその家族」向けに提供した「700台の端末」を相互につなぐことで、おおむね3週間の時間で、ロサンゼルス盆地全体をカバーする通信ネットワークの構築ができた、という。ちなみにロサンゼルス盆地は京阪神地区を合わせたくらいの面積という、かなり広い地域なのだが、そこを700の端末でカバーできる、というのは驚きだ。
Sidewalkの最初の対応商品は、2020年に登場予定の「Ring Fetch」と呼ばれる製品になる。ペット犬のトラッカーを発売する。ペットが設定された近所のエリアの外へ出ていったり、遠くまで行って帰ってこない時などに、位置を確認して迎えに行くのに使うことを想定している。
Sidewalkは、Amazonにとっても相当に戦略的な技術なのだろう。発表会後のパーティー会場に現れたジェフ・ベゾスCEOも、熱っぽくこう説明した。
「Sidewalkは、いままでとはまったく違う通信技術だ。この技術の登場により、既存技術では埋められないギャップが存在したことが明らかになるだろう。業界にオープンに公開し、IoTの世界を変えたい」
ジェフ・ベゾスCEOも、Sidewalkにはかなりの興味と自信をもっているようだ。
こうした技術により、RingやAlexa搭載機器を含めたIoTの市場が広がれば、全体利益に適うし、結果的にAmazonにとってプラス、通信方式がなく、消費電力やコスト面で問題もある5Gだけに頼りたくない……。これが、Amazonの偽らざる本音ではないか。
ただ、Sidewalkは技術的詳細がほとんど分かっていない。Amazon側も「まったく新しい技術で、2020年には広く公開する」とだけ説明している。900MHz帯を使う、既存のLPWAやIEEE 802.11ahなどとは「違うもの」としかコメントがなく、よくわからない。他の「エリア重視型低速通信規格」とどう違い、どう棲み分けるのか。そうした部分が見えて来ると、AmazonのIoTビジネスの全体像も、もう少しはっきりしてくるのではないだろうか。