西田宗千佳のRandomTracking

第451回

2画面Surface、完全ワイヤレスイヤフォン、独自開発SoC。Microsoft発表会を深掘りする

米国時間の10月2日にニューヨークでマイクロソフトが開催した「新Surface」のイベントは、なかなか驚きに満ちていた。

マイクロソフトの発表会はニューヨークで開かれ、34カ国から300名のプレス関係者が集まった

すでに新製品の情報はPC Watchなどにも掲載されているのでそちらを併読いただきたいが、単に「PCとしてのSurfaceが出た」にとどまらないインパクトを持っている。ある意味で「今のマイクロソフト」を象徴する材料が揃った、象徴的な発表会だった。

ここでは、その戦略分析と、AV目線で見た各製品のハンズオンレポートをお届けしたい。

製品としてはPC系が注目されがちだが、同時に発表されたマイクロソフト製の完全ワイヤレス型イヤフォン「Surface EarBuds」についてもレポートをお届けする。日本での発売予定は決まっていないが、やはり気になる製品だ。

マイクロソフトがハンズオン会場に展示した製品。左から、Surface Laptop 3・Surface Duo・Surface Neo・Surface EarBuds。隣にあるのは発売済みのSurface Headphone

突如発表された「2画面Surface」

今回の発表の目玉は、やはり「2画面」Surfaceが2台同時に発表されたことだ。ただし発売は2020年ホリデーシーズンとかなり先だ。そのため、実機の撮影はできたものの、実際に使うことはできなかった。

左が「Surface Duo」、右は「Surface Neo」
左手に「Surface Duo」、右手に「Surface Neo」を持つパノス・パネイ氏

発表されたのは2モデルだ。ひとつめは「Surface Neo」。9インチのディスプレイを2つつないだ2画面タブレットで、それぞれは縦横比3:2。2つ合わせると縦横比4:3の13インチディスプレイになる。この縦横比は後述する「Surface Duo」にも共通している。紙に近い縦横比での製作作業を重視するSurfaceシリーズらしい選択だ。佇まいはかなり「本」に近く、16:9以上の細長いディスプレイを組み合わせた他社製品とはイメージがちょっと異なる。

パネイ氏がもっているのがSurface Neo。本を持っているようなイメージに近い
Neo実機。縦に使っても横に使っても良く、縦に使う際には外付けの専用キーボードを併用する

採用しているのは薄型の液晶であり、パネルは2枚の組み合わせだ。他社のように「フレキシブルOLED(有機EL)」は採用していない。

これには複数の意味があると予想できる。ひとつは、コスト的にも歩留まりの悪いフレキシブルOLEDの採用にリスクがあること、そして、耐久性に不安があること、さらに、一定の「好きな角度で止める」という、本や手帳のような使い方に向かないことだ。Surfaceはヒンジにこだわりがあり、今回の2画面製品でも「好きなところで楽にしっかり止められる」ヒンジを使っている。だがフレキシブルOLEDの製品は、「画面を広げて1枚の板にして使う」か、「閉じてしまって小さくする」かという2択を重視した作りだ。こうした点を考慮すると、「液晶2枚構成」という選択にも利があることがわかる。

一方で、中央につなぎ目がある以上、「一枚の大きな板にして画面全体で動画を見る」には向いていない。他の「2つ折りハイエンドスマホ」はそれをアピールするが、そこはSurface NeoやSurface Duoの弱みだ。とはいえ、サイズ感・表示イメージ的にはむしろ「電子書籍」に非常に向いている。

電子書籍を読むようなニーズももちろん考慮されている

マイクロソフトは「生産性向上」を重視しており、「全画面表示での動画再生」よりも、「動画をみながらなにかをする」、「ビデオ通話をしながらなにかをする」といったやり方を重視したのではないか、と思える。

Neoは2画面に特化した「Windows 10 X(テン・エックス)」をOSとして採用する。2画面標示でのUIを工夫したOSであり、一般的なWindowsの派生版であることに変わりはない。

Windows 10 X上での「2画面の操作」を工夫して、使いやすさを向上している

1年前に製品を発表したのも、「開発者の方々に色々な2画面対応アプリを開発してもらうため」(米マイクロソフト コーポレートバイスプレジデントでチーフ・プロダクト・オフィサーのパノス・パネイ氏)という。

外付けキーボードを使ってタイプすることも想定されており、かなり「PCとしてのプロダクティビティ」を重視した製品といえそうだ。

キーボードなどの連動機構もソフト的に作り込まれている

マイクロソフトが「Androidスマホを作る」理由は「顧客重視」

それに対し、より小型な「Surface Duo」は、OSにAndroidを採用している。電話の待ち受けも可能な「2画面スマホ」である。ディスプレイサイズは5.8インチ×2で、2つつなげると8.3インチになる。Neoがハードカバーの本なら、Duoは文庫だ。

「Surface Duo」。Neoよりさらに小型な「スマホサイズ」の製品
AndroidをOSとして採用、電話の待ち受けもできるし、Androidアプリも動く。要は「マイクロソフト製のAndroidスマホ」

ご存じのように、2017年までマイクロソフトはWindowsを核としたスマートフォン「Windows Phone」を提供していた。結局スマホ向けOSとしては、iOSとAndroidに破れて製品化が終了するのだが、まさかWindowsを持つマイクロソフトがAndroidを、という驚きがあった。

だが、これは現在のマイクロソフトの立ち位置を考えると自然なことでもある。

Surfaceの産みの親として知られる、米マイクロソフト コーポレートバイスプレジデント チーフ・プロダクト・オフィサーのパノス・パネイ氏は、発表会後に質問に答え、次のように述べている。

「この製品は『Surface』であり、『電話』から生まれたものではない。もちろん電話として使うこともできるが。我々は日本でも世界でも、大きなSurfaceの市場を持っている。あくまでSurfaceを求める人々、あなたをより生産的にし、どこでもモダンワークスタイルを実現できる機器の市場に向けて作った製品だ」

インタビューに答える、米マイクロソフト コーポレートバイスプレジデント チーフ・プロダクト・オフィサーのパノス・パネイ氏

すなわち、NeoもDuoも目的は変わらず「生産性向上」であり、通話を含めたメッセージングは一要素に過ぎない、ということだ。

現在のマイクロソフトは、主な収益を「Office 365」のようなプロダクティビティツールや「Azure」のようなクラウドインフラから得ている。OS事業も重要だが、OSのために他を犠牲にするのではなく、「OSは顧客が選ぶもので、Office 365やAzureを使ってくれるならどれでもいい」と考えている。

Android選択の理由についてのパネイ氏のコメントはこうだ。

「現在のマイクロソフトでは、“人”を中心に、顧客が選択したいであろうことから始める。今回Androidを採用したのは、モバイルというフォームファクター、特に2画面において、ベストな選択肢を顧客に提供できると考えたからだ。ご存じの通り、Androidには数百万ものアプリがあり、たくさんの顧客のニーズもそこにある」

まさにその戦略通りのコメント、といえる。

また、携帯電話ネットワークにつなぐための各種条件を整える開発を「やり直す」のは大変だ。今後は5Gも控えており、Surface DuoやNeoでの5G対応についても、パネイ氏が「非常に重要で、可能性は高い」とコメントする状況にある。だとすれば、それらの準備が整っているAndroidを採用するのは、開発工数の面でもコストの面でも安定性の面でも理に適っている。

国内発売未定、MSの完全ワイヤレス型「Surface EarBuds」をチェック

さて、こうした「2画面」製品は、あくまで「2020年ホリデーシーズン発売」のものだ。今年、すぐに買える製品こそが本来の主役である。

そうすると新PC群を……ということになるが、ここはやはりAV Watch。先に、マイクロソフトによる完全ワイヤレス型イヤフォン「Surface EarBuds」から説明したい。

「Surface EarBuds」。マイクロソフト初の完全ワイヤレス型イヤフォン。249ドルで、アメリカでは10月30日から発売。日本での発売は決まっていない

先に話しておくが、残念ながら現状、日本ではSurface EarBudsの発売は決定していない。ただ、今年の初めには、同社製ノイズキャンセルヘッドフォンである「Surface Headphone」が、アメリカなどから遅れて発売された経緯もある。期待をこめて、会場で体験した実機の詳細をお伝えしよう。

ケースに入れて充電する、完全ワイヤレス型としては一般的なスタイル。本体だけで8時間、ケース込みで24時間と、完全ワイヤレス型としては動作時間が長い

マイクロソフトがSurfaceブランドのイヤフォンを作る理由はシンプルだ。「集中したい時に使う」ためだ。これはSurface Headphoneと変わりない。ただし、Surface Headphoneが「ノイズキャンセル」を軸にした製品であったのに対し、Surface EarBudsは「どこでも使う」ことを前提としている。ボディは大柄だがノイズキャンセル機能はない。

イヤフォンとの接点はシンプル。マグネットで「カチャッ」と入るパターンで、使い勝手はいい
ケースの裏にはペアリングボタン。これも定番の構成

ではなぜ大きめになっているかというと、表面がタッチパッドになっていて、そこで操作するためだ。タップで再生の停止、ダブルタップ・トリプルタップで曲送りに曲戻し、上下へのスワイプで音量調整、長くタッチして音声アシスタントの呼び出しと、操作はかなり快適だ。タッチパッドを備えたイヤフォンは増えており、機能的には珍しくないのだが、他社のものはあまり操作性が良くない。Surface EarBudsは、タッチパッド部が大きくなめらかなので、かなり操作がしやすい印象だ。

つけてみると、ノイズキャンセルのないイヤフォンとしては、ボディがかなり大きめだ

音声アシスタントについては、「接続する機器」に依存する。Windows PCならはCortanaになるし、AndroidだったらGoogleアシスタント、アップル製品だったらSiriになる。

「常に使う」ことを想定し、ケースから出した状態でも最長8時間動作する。同種のものは4、5時間の場合が多いのでかなりのスタミナだ。付属のケースを併用して充電すれば、約24時間動作する。

もうひとつ、彼らが強くアピールするのは「落ちづらい」ということだ。これはもちろん、AirPodsを意識してのコメントである。AirPodsはアメリカでも大人気で、街を歩いていると日本以上に頻繁に使っている人を見る。一方で「落とした」という話も多い。そこで、大きめのものを耳に入れて引っかけ、さらに全体で重量を支えるような形にして、落ちづらいようにしているわけだ。

ゴムのアダプターをひっかけるようにとりつける構造

製品にはS/M/Lと3種類のゴムパッドが付属する。大きさの差は、耳にひっかける部分の大小で決まっており、マイクロソフト担当者曰く「95%の人がこの3つで満足できる」としている。

S/M/L、3種類のイヤーピースが付属する。これで「95%の人に適合する」とマイクロソフトは言う

筆者もつけてみたが、最初はちょっと戸惑った。単に置くだけではうまく耳に収まらないからだ。斜めに入れてクリッと下へ少し回すような感じで差し込むと入りやすい。ちょっと付け方に慣れが必要なイメージを持った。

周囲の環境の問題もあり、厳密な音チェックができる状態にはなかったが、音質はなかなかにクリアーだ。「明瞭で聞きやすい」といっていいだろう。印象は良い。

今回から音声コーデックとしては、SBCに加えaptXにも対応した。SBCのみだったSurface Headphoneからは改善といえる。AACやハイレゾ系のaptX HDなどへの対応も望みたいが、次に期待というところだろうか。

充電用端子はUSB Type-C

価格は249ドルとそれなりにする。

日本には同じ価格帯でノイズキャンセル機能を搭載した、ソニーの「WF-1000XM3」があること、先週Amazonが、ノイズキャンセル機能搭載でさらに安い「Echo Buds」(129.99ドル)を発表したため、コスパが悪くなったのは否めない。あえて選ぶとすれば、「ほぼ1日という連続動作時間」と「タッチパッドの操作性」がポイントだろうか。

マイクロソフトはなぜ「Surface Pro X」でオリジナルSoCを開発したのか

PC製品としては、まず「Surface Pro X」に注目したい。

Surface Pro X。アメリカでの販売価格は999ドルから。日本でも販売予定はあるが時期は公開されていない

いままでのSurface Proとほぼ同じ面積でありながら、ディスプレイサイズを12.3インチから13インチへと拡大し、厚みも7.3mmへと約1mm薄くしている。

Surface Pro Xを横から。7.3mmとPCとしてはかなり薄い

キーボードである「タイプカバー」にはペンを収納し、充電する機能も搭載された。

タイプカバーにはペンが収納可能に。これはうれしい

しかも、SIMカードスロットとeSIMの両方を搭載し、LTEでの通信ができる。

eSIMとSIMカードスロットの存在を確認

PCとしての実用性を兼ね備えつつ、タブレットとして使う「2-in-1」としては、かなり完成度の高い製品だ。インターフェースもUSB Type-C×2で、もちろん充電にも対応している。

日本での価格や発売時期は決まっていないものの「販売意向はある」(日本マイクロソフト広報)としており、近日中の市場投入が期待できる。

仕上げもよく、なかなかに攻めた製品だが、中身はさらに「攻めて」いる。使っているのはインテル製のx86系CPUではなく、マイクロソフトが独自開発した「Microsoft SQ1」というオリジナルのSoCなのだ。

手前にあるのが、マイクロソフトが独自開発した「Microsoft SQ1」

これには驚いた。スマホ向けにオリジナルSoCを作る会社はあるが、それは「年間億単位」の数を作るからでもある。ヒットはするだろうが数は2桁は小さくなるPC向けに作るのはかなりの冒険だからだ。

パネイ氏は理由を次のように説明する。

「QualcommのSoCとSQ1は大きく違うものだ。我々は、特にI/Oの能力として、PCが必要とするだけの性能を備えたものを欲した。例えばSurface Pro Xでは、高速なストレージへのアクセスや、2画面分の4Kでのディスプレイ接続を必要としている。急速充電だって必要だ。そういう要素はすべて必要。なぜなら、PCとして一切の妥協をしたくないからだ。そのため、特に内部構造としては、GPUに相当の工夫を加えた。我々はモバイル向けのものを作るつもりはなく、“PC向け”を作りたかった。モバイル向けのアーキテクチャからスタートはしたが、モバイル向けに留めるつもりはなかったのだ」

もちろん、ARMでのエミュレーションということで、アプリ動作の問題(現状は64bit版のx86系アプリが動かない)や速度のオーバーヘッドもある。しかし、従来のSnapdragonを使ったPCでは、メモリーが4GBだったり、フラッシュメモリーのバスが遅い規格しか使われていなかったりと、パフォーマンスの足を引っ張る要素が多くあった。一般的なPCと同じような、十数万円台の価格なのに、LTEでの常時接続とバッテリー動作時間以外の体験が劣る傾向があった。同じSnapdragonでも、PC向けの「8cx」シリーズを使えば解決できる部分は多いが、スマホ・タブレット向けの「850/855シリーズ」を使った製品がまだ多い。

おそらく、Surfaceチームが変えたかったのはそこだ。SQ1はQualcommとの共同開発で、おそらくはSnapdragon 8cxがベースになっていると思われるが、そこにマイクロソフトがさらに要求を入れて、「Surface向け」として仕立て直したのだろう。

Surface Pro Xのシステム表記。「ARMベースのシステム」であり、メインメモリーが16GBあることがわかる

Surface ProとLaptopは完成度アップ、グラフィック重視でRyzen搭載の「15インチ」登場

一方、もちろんARM系CPU採用にはリスクがある。一般的なx86系CPU採用のPCもないといけない。それが「顧客に選択の幅を与える」ということだ。

10月23日には、「Surface Pro 7」と「Surface Laptop 3」が日本でも発売される。

Surface Pro 7。Surface Pro 6の後継機種で、安心して使えるスタンダードな製品。価格は10万9,780円から

筆者が特に気に入ったのはSurface Laptop 3だ。元々完成度の高いノートPCだったが、「3」では性能向上が図られ、USB Type-C端子からの充電にも対応し、さらには、仕上げがアルカンターラとアルミの両方から選べるようになった。

Surface Laptop 3。左がグラフィック性能重視の15インチモデル、右が13.5インチモデル。価格は13万9,480円から
同じ13.5インチモデルに、仕上げがアルカンターラとアルミの両方のモデルが用意された。15インチはアルミのみ
15インチモデルの上に13.5インチモデルをのせてみた。サイズはこのくらい違う

15インチモデルは、マイクロソフト担当者が「グラフィックパワーのニーズを満たす目的。それに尽きる」というモデル。フルスペックのゲーミングPCにはかなわないが、軽量かつ十分なバッテリー動作時間(13.5時間)を達成しつつ、GPU性能を底上げしたのが大きい。ゲームはもちろんだが、動画編集などにも向く。

こうした要素は、まさにアップルが「MacBook Pro」で狙っているエリアだ。マイクロソフトはMacBookシリーズをライバルにしているが、Surface Laptop 3は特に「MacBook Proキラー」としての完成度を上げてきた印象が強い。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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