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第516回

「Xperia PRO-I」はいかにして生まれたのか。ソニーモバイルが語る舞台裏

Xperia PRO-I

ソニーモバイルから「Xperia PRO-I」(以下PRO-I)が発売になった。カメラに特化したハイエンドスマホだ。

このところソニーモバイルのXperiaは元気になってきた。台数をミドルクラスの製品でひっぱりつつ、ハイエンドはカメラを軸にした付加価値路線をアピールすることで、「Xperiaはこういうものなのだ」ということを、以前よりわかりやすく提示できるようになってきたからだろう。

その中で、PRO-Iは間違いなく、「αのあるソニー」らしい、カメラを軸にしたハイエンド製品だと思う。

それはどう企画され、商品化に結びついたのだろうか? 開発を指揮した、ソニーモバイルコミュニケーションズ・ビジネスグループ シニアジェネラル・マネージャーの濱口努氏に話を聞いた。

ソニーモバイルコミュニケーションズ・ビジネスグループ シニアジェネラル・マネージャー 濱口努

「カメラはソニー」から「スマホでもソニー」を目指す

PRO-Iはどのような役割を持つ製品なのだろうか?

濱口氏は次のように述べる。

「2010年代にかけて、我々は『カメラはソニーと言われるようになろう』というスローガンを掲げて開発に取り組んできました。そして、『スマホでもカメラはソニーと言われるようになろう』、その狼煙を上げるのがこの商品です」

この発言の意味を理解するには、濱口氏の経歴を知っておく必要がある。

濱口氏は2019年4月、ソニーモバイルに着任している。それまでは長く、デジタルイメージング、すなわちデジカメやビデオカメラ関係に携わってきた。2009年から2015年は民生品のデジタルイメージング製品の統括を担当した。HD対応のビデオカメラである「HDR-HC9」から、「α7」の一号機やRXシリーズを担当、2015年からは、RXシリーズ全般を事業部長として統括した。ソニーのカメラ事業の中核にいた人物の1人である。

当然ながら、その間に直面していたのが、「スマホの成長によってデジタルカメラの事業領域が侵食されていく」という現象だ。

濱口氏(以下敬称略):当時はやはり「スマホとどう差別化するのか」ということを強く考えました。

10年前には全世界で1億台あったデジカメの市場がどんどん減っていったわけですから。

そうすると、一番大きな差別化は「スマホにできないこと」のアピールです。コンパクトデジカメとはいえ、1.0型サイズのセンサーを搭載すると、スマホの主流だった2.3/1.0型よりは、4倍くらい面積が大きくなりますから。

さらにスマホとの連携も重視するようになりました。「Imaging Edge」などのソフトを用意し、撮影したらすぐスマホでも送れる、という流れを作りました。

その結果として、ソニーのデジカメは、ハイエンド機種に集中していくことで収益体制を確保しつつ、一眼でもコンパクトでも確固たる地位を確保することができた。

そうなると次は「スマホ」の番だ。「ソニーがPRO-Iに提供できる価値が3つある」と濱口氏は言う。

濱口:重要なのは、スマホでありカメラ。両方でできる画質のクオリティです。

今回1.0型のセンサーを入れましたが、その後ろにある処理にはスマートフォンのプロセッサーを使っています。これはRXシリーズが使っているものよりもずっと高性能です。ですから、クオリティとしてはカメラとスマホのいいところどりをしたかったのです。

Xperia PRO-Iに搭載されているセンサー。1.0型で、そのうち記録有効画素数は約1,220万画素

濱口:今回、撮影エリアの約90%をカバーする像面位相差AFを実現していますが、これも同じ考え方です。

搭載されている1.0型イメージセンサーの総画素数は約2,100万画素で、そのうち約1,220万画素を記録に使います。そのことで処理負荷を減らし、より高いAF性能・画像処理を実現しました。

約1,200万画素というのはこれまでのXperiaと同等の値ですが、1.0型センサー採用で画素ピクセルピッチは2.4µmと大きくなるので、より多くの光を取り込むことができ、RX100 VIIと同じ高感度・広いダイナミックレンジを実現しています。

「レンズスタイルカメラ」を経て10年越しに理想を実現

2つ目の点が「一体化」だ。カメラで撮ってスマホでシェアするのでなく、スマホ一台で大丈夫、という環境になることが重要である。特にライブストリーミング用途では、機器のシンプルさなども大きな要素だ。

ここでは、過去に濱口氏が手がけた製品との関係もある。

その製品とは「レンズスタイルカメラ」だ。

レンズスタイルカメラとは、2014年にソニーが発表した「DSC-QX1」「DSC-QX30」のこと。スマートフォンと組み合わせ、画像の撮影はカメラ側で、転送はスマホ側で、と「連携活用」を重視した製品である。

レンズスタイルカメラこと、2014年にソニーが発表した「DSC-QX1」。スマホとWi-Fiで接続し、スマホのディスプレイをデジカメのモニタとして使って撮影する

ソニー、IFAでレンズ交換式スマホ連携カメラ「QX1」発表。アクションカムは超小型に

非常にユニークな製品だが、これも濱口氏が手がけたものである。

濱口:レンズスタイルカメラの企画を始めたのは、2012年か2013年だったと思います。その頃には、スマホの写真画質は「まあまあ、それなり」というレベルだったと思います。一方で、RXなどではそれなりに、画質でお客様を沸かせることができていました。

では、それをどう両立するか、ということでレンズスタイルカメラを開発したわけです。

カメラを小型化して高画質化する、ということには価値を考えていたのですが、10年ほど前からは「撮って終わり」の時代から「撮って早くシェアする」ことに価値観がどんどん変わって行きました。そこにチャレンジしたのがレンズスタイルカメラです。

ただあの段階でできたものは、不完全でした。

「スマホへ写真を取り込む」「スマホを補完する」ところに留まっていました。もう一歩スマホに近づかなければいけない、そうしないと最良の体験にはならなかったのです。

今回は、PRO-Iで「通信ができるもの」と「撮影ができるもの」を1つにすることができました。昔年の夢が叶った、といってもいいでしょう。みなさんにもそう思っていただけるのが、PRO-Iではないかと考えています。

ターゲットカスタマーとしてはいくつかの領域が考えられます。

まずは、RXシリーズにも多くいらっしゃった、αのフルフレーム機を持たれている方のセカンドカメラです。いつでもなにかいいシーンにあったら綺麗なカメラで撮りたい、という方のニーズに合致します。

RX100M3。フルサイズαのセカンドカメラとしてもRXシリーズは人気だ

次に報道関係。美味しいネタ、ニュースになりそうな現場に遭遇した時に、すぐに良い画質でライブ中継できたら価値は大きいですよね。

また、「デジカメ放棄層」もターゲットになります。「もうデジカメはスマホで十分」と思っている方々でも、スマホにこういうカメラが入ったならさらに高い価値を感じていただけるかもしれない。

また、若い方々、すなわちスマホネイティブな人々も重要です。

そして、もう一つの要素が「価格」だ。PRO-Iは約20万円で、スマートフォンとしても決して安価なものではない。そこで「価格」というのはどういうことだろうか?

濱口:現在のプレミアムスマートフォンは、一括払いで購入すると10万円から15万円します。そこにRXを追加で購入するとすればどうでしょう? 価値のわかる方にとっては、「2つ合わせて20万円」ということも、1つの魅力だと考えています。

ちょっと気になるのは、売り方が変わったことだ。

過去にはスマホというと、携帯電話事業者から割引を受けて買うのが基本だった。今も、割引ではなく「2年後に中古として引き取ることを前提とした分割販売」に変わったものの、携帯電話事業者からの販売が中心である。ソニーモバイルとしても、Xperiaを実際に納入する相手として、「一般消費者」ではなく「携帯電話事業者」の方がまだ多い、というのが実情だ。そのため、製品サイクルにおいても携帯電話事業者の事情に引っ張られる部分も少なくない。

だが、Xperia PRO-Iは、携帯電話事業者を介さない「オープンマーケット」販売(過去でいうSIMロックフリー版販売)が主軸であり、携帯電話事業者とのパートナーシップも、あくまでKDDIが、オプションや周辺機器の販売を手がける「au +1 collection」でのものとなっている。今までのスマホの売り方とは違うわけだ。

その点はどうなっていたのだろうか?

濱口:そこは、お客様がスマホに求めるものが多様化し、変わってきている、という事情が大きいです。もちろんオペレーター(携帯電話事業者)の考え方や料金プランの変化もあるのでしょうが、私どもとしては、エンドユーザーの方々のニーズに合うものを作るだけです。それがたまたまといえるのか、売り方の変化のようなところにも影響が出てきているのかな、とは思います。

自然に立ち上がった「1.0型センサーで自撮りができるスマホ」

では、PRO-Iの製品企画自体はスムーズに進んだのだろうか? 機能的にはデジカメを凌駕・代替する部分もあるわけで、多少なりとも議論はあったのか……という気にもなってくる。

だが濱口氏は「特に問題なく、スムーズに、自然に立ち上がった」と話す。

濱口:特別な議論があった感じはしませんね。自然に企画が生まれました。Xperia 1の時点で「次に搭載するなら1.0型だよね」ということで、延長線上にあるものでしたし。可変絞りや像面位相差AFの採用もその流れです。

絞りはF値によって2つのサイズに可変する

濱口:撮像機と通信が融合する、という流れは絶対に止まりません。そこで企画段階から考えたのが、「1.0型で自分が撮れないともったいない」ということです。そこにエモーショナルな価値があるわけですから。

別売で「Vlog Monitor」を用意したのもそのためです。内部では「なんでもう1つディスプレイを?」という声もありましたが、自撮りをするなら必要です。

自撮りの時には(解像度やレンズ性能が違う)フロントカメラで、という話ではなく、ここは「リアカメラで、静止画から動画、自撮りまで全部撮れる」ようにしたら、相当の価値があるだろう、と考えたのです。

同時発売の純正周辺機器である「Vlog Monitor」。1.0型のセンサーを生かした「リアカメラで自撮りしてライブ配信」というニーズを想定し、あえて作られたものだ

濱口:デジタルカメラでも、VLOGCAMである「ZV1」「ZV10」がありますが、それに対してより簡易に撮れる、どこでもライブストリームがしやすいのがPRO-I、ということです。そういう使い方はこれにしかできないので、「何に使うのか」、と言われれば、「即時性のため」です。

ただ、カメラだけにこだわったわけではなく、スマートフォンとして普通に使っていただけるものにすることもチャレンジでした。機能・サイズ・重量含め、Xperia 1 III並みになっています。イメージングのコアな部分を求める方向けの製品を作りつつ、厚み8.9mmのボディに収めるのは大変でした。

本体を表からみるとXperia 1シリーズとほぼ同じだが、裏からみるとカメラ部の違いで差がわかる
厚み8.9mmに収めたのがこだわりだが、「カメラ」なので、しっかりしたストラップが付けられる。これも「スマホでありつつカメラなのだから」という商品企画者のこだわりポイント

ヒットと黒字化で得た自信が「一体化」を加速

過去、ソニーはスマホでも「ソニーの価値を活かして」という言い方を何度もしてきた。だが、初期のXperiaと今のXperiaを比べると、価値統合の度合いは高まっているように思える。ある意味「ようやく」体制が一体化したといえるのかもしれない。

この疑問に対して濱口氏は、「ソニーモバイルに来たのが2年半前なので、なかなか過去との比較で語ることは難しいです」と前置きした上で、次のように答えた。

濱口:「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを」というビジョンを定めてからは、その方向性が常に共有されるようになってきたとは感じています。

Xperia 1シリーズもそれなりに高価な製品ですが、実際に市場に出してみると、販売は好調で、非常に高い評価もいただくことができました。そして、昨年度にはモバイルのビジネスとして単年黒字化も達成しました。だんだんと自信が持ててくる、モチベーションが高まっている、というのは、私も感じていることです。

自分達がどういう道に進んでいくのか、お客さまのニーズと自分達の強みを理解し、ソニーだからできることを考えるようになりました。

結局、(ソニー)内部でのカニバリゼーションを気にしてもしょうがないです。より欲しいもの、求められるものを作るしかありません。現在、Xperiaのカメラ設計には、αの部隊とノウハウがどんどん入り込んでいます。

大手のスマートフォンメーカーの中で一定以上のシェアを持つイメージング製品の事業を持っているのはソニーだけです。ですから、イメージングとスマホを融合させて、我々しかできないものを作ることが求められているのでしょう。すなわちそこでの顧客ニーズ、「イメージングのど真ん中」を愚直に考えていかなければならないのだ、と考えています。それはすなわち、AFの優秀さであるとか、忠実な色再現であるとか、という点ですが。

そうした「ソニー本体との連携」は、10月26日に行われたXperia PRO-Iのお披露目動画配信からも見える。

Xperia PRO-I | 商品発表 (2021年10月)

あの動画は、もちろん実際の星空のもとで撮影されたわけではない。成城・東宝スタジオ内のソニーPCL研究開発拠点にあるCrystal LEDディスプレイを使ったバーチャルプロダクション技術を活用し、背景にCGを表示した上で、その前で担当者が解説するスタイルが採られていた。こうした手法を、ソニー製品のプロモーションに活用するのは初めてのことだという。

発表ビデオではソニー製品として初めて、ソニーPCLで開発中のバーチャルプロダクションによる撮影が行なわれたという

こういうことも含め「ソニー全体の価値を使うのがあたりまえ」になったことが、この数年のソニー、Xperiaの変化を示しているのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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