西田宗千佳のRandomTracking

第515回

ついに配信「PS5版torne」。開発の経緯と今後について直撃インタビュー

11月24日、PlayStation 5(PS5)版の「torne」の配信が始まる。

今年3月にバッファローの製品として再始動した「nasne」は順調なセールスを続けている。だが、欠けていたピースが、PS5版torneの存在である。

3月にバッファロー版nasneが登場する際にインタビューをお届けしているが、その中でも「次の年末商戦期には、PS5で使えるようにする」とコメントしていた。

その公約に合わせ、なんとか年末までにPS5版が登場した事になる。

PS5版はPS4版とどう違うのか? なぜ時間がかかったのかなど、詳細を聞いた。

話をうかがったのは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント FTG インタラクションR&D 副部門長の石塚健作氏、同・プラットフォームプランニング&マネジメント部門 グローバル商品企画部 1課 チーフの柳瀬和大氏、株式会社バッファロー 事業戦略部 担当部長の安藤史朗氏、同・NAS開発部 新規開発課長の中武寛氏だ。

左より、株式会社バッファロー NAS開発部 新規開発課長の中武寛氏、同 事業戦略部 担当部長の安藤史朗氏、ソニー・インタラクティブエンタテインメント プラットフォームプランニング&マネジメント部門 グローバル商品企画部 1課 チーフの柳瀬和大氏、FTG インタラクションR&D 副部門長の石塚健作氏

PS5版torneはなぜ「新規開発」なのか

nasneは2019年7月にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)での販売を終了した。その後、同11月にバッファローからSIEに対して「nasneの販売移管」についての交渉が持ちかけられる。そこから「バッファロー版nasne」が新規開発され、2020年10月に継承が正式発表され、今年3月に発売へと至る。

その詳細は前述のインタビューで詳しく触れたが、PS5版の開発も移管発表から並行する形で進められていた。

PS5版torneのディレクターを担当した柳瀬氏は、「お声がけをいただいてすぐにPS5版を作ることは決まった」と話す。比較的短い時間の中、バッファロー版発売の3月には「PS5版が年末商戦までに使えるようになる」と告知されていたので、それを(少々ギリギリだが)守った格好になる。

実際の開発を指揮した柳瀬和大氏(左)と、アーキテクチャ面などの検討を行なった石塚健作氏(右)

実際、「検討からの時間は短く、実質半年くらいで急いで開発した。ただもちろん、クオリティは落とすわけにいかないので、急ピッチかつ年末商戦に合わせる形でまとめた」と柳瀬氏は話す。

ここで気になる点が1つある。

PS5はPS4との互換性を持つハードウエアだ。ゲームについてはほぼ完全といっていい互換性を備えている。映像配信用のアプリについても、一部はPS4版を互換モードで動かしているくらいだ。また、仮にPS5専用版を作るとしても、PS4からPS5への「移植」は、ゲームならばそこまで難しいものではない、と聞いている。

だが、torneでSIEはPS4版を互換モードで動かすことはしなかったし、PS5版登場までにもそれなりに時間がかかっている。

ではなぜPS5版は、ここまで開発に時間がかかったのだろうか?

torneの生みの親の1人であり、アーキテクチャ面での検討も行なった石塚氏は、背景を次のように説明する。

石塚氏(以下敬称略):弊社の西野(秀明氏。SIE・シニア・バイス・プレジデントで、プラットフォーム・プランニング&マネジメント担当)から「できるかな?」と電話をもらったのがスタートのきっかけです。

torneの実現に必要とされる技術要素の1つが、PS4のシステムソフトウエアには搭載されていたのですが、PS5ではサポートされていません。要は「それがなくても実現できるのか」ということなのですが。

どちらにしろ、必須の機能が足りないわけですから、なんとかしないと実現はできません。

そこで考えたのが、モバイル版(iOS/Android用の「torne mobile」)のソースと、PS4版のソースをハイブリッドにし、見た目はPS4版に近くなるようにしたものを使う、ということです。新機能に時間がかかったというよりは、PS5のシステムソフトウエアに「nasne連携に必要な機能」がなくても、同じ体験ができるような工夫をするために時間がかかった、という感じです。

だから内部構造についてはモバイルに近いのですが、転送して表示する映像はフルHDに近いものが多いわけで、「モバイルにコードを置き換えれば動く」というレベルではないです。

柳瀬:実際、PS4版を互換モードで動かせばよかった、という話ではないですね。

この辺の事情を理解するには、torne開発の歴史を多少解説しておく必要があるだろう。

torneは元々、PlayStation 3にUSBでチューナーを外付けにし、それでテレビ番組を録画するソリューションとして生まれた。その後、2012年にネットワークストレージにチューナー機能を搭載した「nasne」が登場。torneも、ネットワーク経由でnasneにアクセスしてテレビ視聴を実現する機能を備えるようになった。2012年末にはPlayStation Vita/Vita TV版が、2014年6月にはPS4版が登場し、これらはみな「ネットワークを介してnasneを使うアプリ」として作られている。

その後、よりマルチデバイス戦略を進めるために登場したのが、iOSとAndroidに対応した「torne mobile」だ。モバイル機器はメーカーや種別によって搭載されている機能がまちまちであることから、nasneでネットワークを介して番組を見るために必要な機能をアプリ内に実装し、多くのデバイスで使えることを目指したアプリになった。

また、torne自身も2010年から使い続けていたアプリなので構造が古くなった部分もあるため、この機会に多くの部分が作り直された。だから「もっとも整理が進んだtorne」、と言うこともできる。

PS5は「システムソフトウエアがnasneを使うために必要な機能を備えていない」のだが、それが具体的にどの機能かはSIEから開示されていない。とはいえ、PS5は「ネットワークコンテンツを見るための機能」は増えているが、「ホームネットワークAV系の機能」は減っているので、予想はつく人もいそうだ。

システムソフトウエアに機能が足りない、という意味ではスマホに近いため、新しいバージョンを作る上で、「モバイル版を核にしつつPS4版の画面デザインやUIを軸に作り直した」というのは納得できる落としどころだ。

PS5版torneならではの“3つの機能”

では機能面はどうだろう? 柳瀬氏は方向性を次のように語る。

柳瀬:基本的には、「PS5の上で、ロード時間を含め、PS4より良い体験ができるように」という考えのもとに作りました。

torneは年単位で使い続ける方が多いアプリなので、「変えていいところ」と「変えちゃいけないところ」がある、と考えています。だから起動した時にはすぐ「トルネだね」と分かるように、UIなどは極力変えない方針で開発しました。

PS5を使って、実機での動作動画を2つ用意した。1つ目はセットアップであり、2つ目は番組上などの動作速度を確認するためのものだ。権利上の問題があるので、番組表などは読めないように処理をさせていただいているが、動作の速度感はわかっていただけると思う。

セットアップの流れ。アプリをダウンロードすると、他のtorneで行なったようなセットアップが。nasneをネットワーク内から見つけると自動的に登録され、使えるようになる
電子番組表(EPG)の速度感を。諸事情によって文字は読めないよう処理しているが、スクロールやサイズ切り替え速度のイメージはおわかりいただけるはずだ

では、PS5ならではの部分はどこになるのか?

基本的には3つある。

1つは起動速度の改善。これはPS4とPS5のハードウエア特性の違いによるものだ。

2つ目は「早送り中のコマ」の増加。早送り中はコマ落としのような形で番組が再生されるが、このコマが増えているので、「狙ったところで停止しやすくなっている」と柳瀬氏は言う。

3つ目が「より広い番組表」の追加だ。従来のtorneより一段階「引いた」番組表を表示可能になり、1画面内で「24時間分」の番組を一気に見れるようにもなった。これは、4Kテレビを中心により解像度が高く、画面が大きいテレビが増えているため、もう一段広くしても大丈夫だろう……という判断に基づく。

上がPS4版、下がPS5版で最も広くした場合の番組表。表示内容がPS5版の方が多くなっている点に注目

もう一つ大きいのは、「アプリ」の建て付けが変わっていることだ。

PS4版は、システムソフトウエア内部で「ミニアプリ」と呼ばれる仕組みを使って実装されていた。PS4のシステムソフトウエアでは、ゲームの他に小さなアプリを1つ同時起動可能になっていて、それを使うことで、ゲームとtorneの切り替えを高速化するなどの処理が行なわれていた。

PS5では別の仕組みを使っている。

PS5には「ゲームアプリ」と動画再生・音楽再生などに使う「メディアアプリ」が分けられており、それぞれが同じシステムソフトウエア内で同居して利用できる。PS5のシステムソフトウエアには「ゲーム」「メディア」の2つのタブが上部にあるが、これがまさに、この2つのアプリ属性の切り替えになっている。NetflixやYouTube、Spotifyなどのアプリは「メディア」側だ。

PS5版torneは「メディア」側に入る

だから、PS5のコントローラーで操作できるのはもちろん、別売の「メディアリモコン」を使ってより快適に操作することもできる。

別売の「メディアリモコン」でtorneの操作もできる

メディアアプリ開発用にはゲームとは別のSDKが用意されており、torneもメディアアプリ用のSDKで開発されている。

「使っているメディアSDKはサードパーティーと同じもので、特別な作法も使っていない」と柳瀬氏は言う。SIE製なのに特別なことはしていないのか……という印象も持つが、この点はむしろ逆に、開発側はプラスに捉えている。

石塚:今まではシステムソフトウエアのマニアックなところをいじりながら作っていたので、システムソフトウエア開発と歩調を合わせる必要がありました。しかし、今回はそうではないので、システムソフトウエアのアップデート事情に影響される部分は小さくなるはずです。

柳瀬:思えば、あの時に苦労して「モバイル版」を作っておいてよかったと思っています。今回の開発では、torne mobileを作っていたことによる資産が本当に大きかったです。

バッファロー版nasneの新機能は「お引っ越しダビング」

バッファロー製のネットワークレコーダー「nasne」(NS-N100)

では、バッファロー版のnasneの方は、PS5版torne専用に、なにか変更されるところはあるのだろうか?

どうやら「ほとんどない」ようだ。唯一、nasneの管理画面のウェブに、機種名として「PS5」と表示されるのだが、そのくらいしか違いはない。

というのは、SIEからバッファローに移管するのに合わせ、SIE側がnasneを使うために定めていたルールをすべてバッファロー側に伝え、それに厳密に適合するよう、「バッファロー版nasne」として新規に開発されたものであるので、当然、同じルールで動くPS5版torneについても、なにも問題なく動く。

ただ、PS5版専用ではないのだが、「PS5版の登場を見据えて」開発されていた機能がある。

それが「お引越しダビング」だ。

「お引越しダビング」とは、特定のnasneからバッファロー製nasneへと番組をダビングし、ハードを移行するために使う機能。対象はバッファロー版nasne同士だけでなく、「SIE版nasne」からの引っ越しにも対応する。

開発を担当したバッファロー・中武寛氏は、そのダビング仕様を次のように説明する。

バッファローの中武寛氏(左)と、安藤史朗氏

中武:ルールとしては「ダビング10」「コピーワンス」に則らなくてはいけないので、「お引っ越し」するとダビング可能回数が1減るようになっています。基本的には、レコーダーなどのダビングと同じやり方です。

ダビングにはいろいろな条件で「失敗」が起きる可能性もあります。ダビングに「失敗」する番組に「お引越し作業」を繰り返してしまうと、その番組の「残りダビング可能回数」が余計に減ってしまいます。失敗があると「失敗した番組だけ」をスキップします。ダビングの「失敗」からの再開や2回目のダビングを行うときには、まだダビングしていない番組のみをダビングすることで全体のダビング回数が必要以上に減らないようにしています。

実はこの機能、PS5版torneの公開によってtorne/nasneへの注目が集まると判断し、年末に向けてバッファローが仕込んでいた機能でもある。

SIE版nasneは、最初に発売されたのが2012年と、ずいぶん長く動作していたことになる製品だ。すでにハードディスクの寿命が来た、という人もいるだろうし、「今は動いているが、いつ止まるか不安」という人もいるはずだ。そうした方々は、この機能を使ってバッファロー版nasneへと「お引っ越し」すればいいわけだ。

もう一つ、SIE版nasneからバッファロー版nasneへ「お引っ越し」するといいことがある。

nasneでは放送の解像度に合わせて録画した上で、スマホなどのモバイル機器で再生する「torne mobile」向けに、解像度を下げたデータを同時に生成する。

この「モバイル向け動画」の解像度はSIE版nasneではSD解像度だったのだが、バッファロー版nasneでは「720p」になる。新しくバッファロー版nasneで録画した番組はもちろんなのだが、「お引っ越し」によってダビングした番組も、モバイル用のデータが捨てられて再度バッファロー版nasne内で生成されることになる。だから、過去の番組をお引っ越しすると、モバイル機器視聴では「画質が上がる」ことになるのだ。

バッファロー版利用者は「モバイル」を多用、新機能は「フィードバック次第で」

バッファロー版が発売されて8カ月近くが経過したが、利用状況はどうなっているのだろうか?

柳瀬:SIE版を含め「torne/nasne全体」で見ると、押し並べてコンソール(ゲーム機)版の利用が多いです。PS3をお使いの方もいまだにいらっしゃいますね。ここ数年で変わってきて、iOSやAndroidなどモバイルの利用も増えてはいますが。

石塚:ちょっと先ほど調べてみたんですが、「バッファロー版の利用者」だけで見ると、モバイル版の利用者が6割から7割になっています。そういう意味では、新しい顧客層を拓けた、と言ってよいのではないかと考えています。

では、新しい層・古い層に向けた「新機能」はどうだろうか? 今回、PS5版は「PS4版の機能を拡大した形で引き継ぐ」ことが優先され、まったくの新機能はまだ搭載されていない。

そうした部分をどう考えているのか?

柳瀬:使っていただくユーザーが変わってきてはいるので、まずはPS5版へのフィードバックも、純粋に見て行きたいです。その中で、どこを変えちゃいけないのかも、判断・検討しながら進めていきます。

それから、多くの方々から「実況機能」の再開を求める声もいただいています。現時点で決まったことはないのですが、これも真剣に考えていきます。

nasneの供給体制は強化済み、残るはPS5だが……

そうすると、残る課題は「供給」だ。

バッファロー版のnasneは、初期にはかなり人気が集中し、入手困難になる時期もあった。現在の供給状態は落ち着いているものの、「PS5版」に向けた状況はどうなのだろうか? バッファロー・安藤氏は次のように説明する。

安藤:販売当初、確かに想定外な部分がありました。想定よりも多く購入の希望を頂戴したことがあり、一部では「価格吊り上げ」などの状況も見えたため、対抗措置をとり、増産体制を整えました。

正直なところ、我々も半導体不足の影響を受けてはいるのですが、年末のPS5版に向けて盛り上がることを期待し、皆様の需要に応えられるよう、安定供給に努めます。

とすると、1番の課題は、今も続く「PS5不足」だ。各社努力しているのはわかっているので、できる限り「使いたい・遊びたいと思っている人」が無理なく入手できる体制になってくれることを期待したい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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