西田宗千佳のRandomTracking
第549回
TVer・若生社長に聞く「テレビ変革期」の映像配信
2023年5月1日 08:00
最近、「TVer」が勢いに乗っている。
昨年12月の月間ユーザー数は2,500万MUB(Monthly Unique Browsers:月間ユニークブラウザ数)を超えたと発表されており、その後、今年1月に2,708万MUBに到達している。
TVerは2015年10月にスタートし、今年8周年を迎えようとしている。民放が集まり、番組の公式見逃し配信を行うプラットフォームとしてスタートした。
2022年4月1日にはサービスをリニューアルし、テレビ放送とほぼ同時に視聴できる「リアルタイム配信」も可能になった。
なぜ近年好調なのか? 現在のサービス状況はどうなのか? 同社の若生伸子社長に聞いた。
サービスは順調に拡大。若者にとっては「初めてバラエティに触れる場」にも
現在のTVerの状況を、改めて確認してみよう。若生社長は次のように話す。
若生社長(以下敬称略):今年3月の月間再生数が3億回前後。昨年と比較して1.16倍程度です。MUBも2700万強で、こちらも前年比で1.36倍くらい。堅調と言えるでしょう。
過去はスマートフォンやタブレットなど、いわゆるスマートデバイスでの視聴が中心であったものが、徐々にですが、コネクテッドTV(ネット接続され、映像配信が視聴できるテレビ)での再生数が増えています。安定的に、サービス総再生数の3割くらいがコネクテッドTVでの視聴、というところでしょうか。
「いつでもどこでもどんなデバイスでも」というニーズに応えられる環境が、TVerの中で整ってきたことが大きな要因だと思っております。
2015年にTVerがスタートした当初、番組数は50ほどしかなかった。だが、現在は650ほどの番組が常に入れ替わりながら配信され、「地上波番組の見逃し配信」としては完全に定着した感がある。
その過程では、過去3年間、コロナ禍での「巣篭もり需要」も影響しているのは間違いない。その間に映像配信を見る人が増え、生活習慣として定着したからだ。
また、TVerの特性として、地上波でヒットドラマなどが出ると視聴量が増える傾向にある。昨年末にはヒットドラマ「silent」があったことから、コロナ禍の落ち着きの影響もあって視聴数に変化があるのでは……との予測もあったのだが、実際には「ほぼ堅調だった」(若生社長)という。それだけ、TVerというサービス自体が安定した支持を得られている、ということでもあるのだろう。
2015年にTVerがスタートした時、最大のライバルは「違法アップロード動画」だった。当時は公式配信が少なかったので、ネットでドラマやテレビ番組を検索すると、一番上に出てきてしまうことも少なくなったのだ。
TVerがスタートしたのは、テレビ放送各局の思惑はあれど、「公式な配信先を作ることで、違法動画にリーチしてしまう人を減らし、快適に見てもらう」ことが1つの狙いだった。
別の言い方をすれば、それは「テレビ(放送)離れ」という状況への対策でもあった。
これらの点について若生社長は「ほぼ達成できてきたのでは」と話す。
若生:初期のTVer利用層は、圧倒的に女性でした。それはやはり、ドラマが多かったからです。一方現状は、昨年スタートした「リアルタイム配信」の影響から、ティーン・男性層へと広がっています。若い層にとっては、初めてテレビのバラエティに接する場にもなってきているんです。
以前はドラマも「放送だけ」が当たり前でした。しかし今は、放送以外の部分での取り組みがなければ、ヒットは見込めなくなりました。silentのヒットにしてもそうですね。今はテレビ局に行くと、視聴率と共にTVerの視聴回数など、配信に関するものまで壁に貼ってあります。そのくらい、テレビ局側のTVerに対する見方が変わってきたと言えます。
テレビ視聴が急拡大。2025年には全体の半分に?
現在の大きな潮流・変化が、コネクテッドTVでの視聴だ。TVerは2019年1月、「テスト」としてコネクテッドTVでの視聴に対応し、以来、対応デバイスを拡充しつつここまでやってきた。前述のように、すでにTVer全体の3割がコネクテッドTVによるもので、若生社長は「2025年には、全端末のうち半分がコネクテッドTV、くらいにまで広がるのではないか」と予測する。
一方でコネクテッドTVは、TVerとテレビ局の間の「微妙な関係」を象徴するものでもあった。
テレビ局は本音として、テレビ番組は全て「生視聴」してほしいと思っている。スマホからTVerで視聴されること自体が「目玉をテレビからスマホに奪われている」ことになるし、テレビの中でTVerが視聴されることは、その時間、放送が視聴されない……ということになる。
若生社長も微妙な関係が存在することは認める。その上で、現在はサービスのあり方も変わってきた。「テレビ放送以外でのアプローチが必須」となり、テレビ局の関わり方が変わった、というのはそういうことだ。
若生:視聴者を食い合う、いわゆる「カニバリゼーション」に対する拒否感が減ってきたとはいえ、非常に微妙な部分があるのは事実です。テレビ局としては「やはりテレビで見るなら地上波で見てほしい」というのは本音でしょうから。
ただ、コロナ禍を中心に、テレビというボックスは「家庭のスクリーン」と化しました。結果として、コネクテッドTVの価値が変わっていったということだと思うのです。
先ほど、コネクテッドTVでの再生数は全体の30%くらい、と申し上げましたが、2019年4月にコネクテッドTVアプリをスタートした段階から比較すると、視聴量は約15倍に伸びています。ユーザー数も、2020年12月から23年1月までで2倍弱、177%に増えています。
これは、コネクテッドTVの中でTVer対応のものが増え、さらにAmazonのFire TV Stickなどでも対応が始まったという、外的要因もあると考えています。
TVerがスタートした時から、筆者は定期的に同社を取材している。スタートした当初は、TVer以外の「外野」であるテレビ局側から、冷淡な声が聞こえてきていたのも事実だ。「スマホ対策も海賊版対策も必要だけれど……」と言葉を濁す人も多かったのだ。
だが前述のように、テレビ局の姿勢は変わってきた。だから、TVer上のコンテンツが増えているということでもある。
その変化はなぜ起きたのか?
若生:要するに、地上波ではあまり跳ねず、そこそこの人気であった番組が、SNSなどで話題になってTVerで見ていって放送にキャッチアップし、「最後は友達同士でSNSでやり取りしながら見たいから」と地上波に回帰する……ということが増えてきました。
昨年秋にはプロ野球・日本シリーズを、スマートデバイス向けにライブ配信しました。帰宅途中ではスマホで見て、家に帰ったら放送で……という形もありました。
意外と、地上波とTVerは連携が取りやすいわけです。当たり前のことではありますが。
「バラエティ」や「ニュース」の活用が課題
テレビ局とTVerの連携。シンプルと言えばシンプルな話なのだが、今後を考えると非常に重要な話でもある。
ただ若生社長は「地上波とTVer、連携は今準備しないと間に合わない」とも言う。
コネクテッドTVが当たり前の存在になり、映像配信を見る人の割合も増えている。地上波が今後も存続するとして、「あらゆる番組で」コネクテッドTVの価値を最大化するなら、地上波に力がある今のうちから進めないといけない、というのもよくわかる。
番組とTVerの連携の中で成功例として語られることが多いのはドラマだ。しかし、他の番組はどうだろうか。若生社長は次のように話す。
若生:ドラマについては各局、深夜ドラマも含め、色々提供をしていただけるようになり、関連コンテンツの提供も含め、及第点はいただけるようになってきたと考えています。
ただ、ドラマでの連携だけをやっていては踊り場に差し掛かってしまいます。
リアルタイム配信番組、特にバラエティとニュースについては、ドラマとは全く見せ方も違ってきます。
バラエティの定着は、ドラマとは全く違うものです。すでにメジャーになったものはともかく、新しい番組をどう見せていくのがバラエティにとっていいことなのか、ということを考えていかなくてはいけません。おすすめのバラエティを見せるファストチャンネルのようなものも検討が必要かもしれません。
バラエティの場合、今は昼や深夜に一度放送して試してみる……というアプローチを採ることもありましたが、それをTVerでやっていただく、というやり方もあると思います。
ニュースはさらに別物です。ニュースのコンテクストで考える、という方法もありますが、情報番組はまたちょっと違う。
実際の話、YouTubeが地上波に敵わない領域の一つが「朝帯」(朝の時間帯の番組)なんです。
朝帯みたいな部分をTVerで扱うとしたらどうしたらいいか、ということを、今、各局とご相談しているところです。
例えばフジテレビの場合には、「めざましテレビ」を短尺化した「さくっと!めざましテレビ」をTVerで配信しています。ニュースやトレンド、占いなどを移動中に短時間で見られるようにしたものですが。
ただ、こうした流れもまだまだこれからで、試行錯誤が必要です。
使われ方を「直行直帰」から「滞留型」へ
番組の周知・認知を高めるのは、TVerの利用量を増やす上でも、番組を提供するテレビ局側の利益を拡大する上でも重要だ。
そこで、現在のTVerに不足しているものはなにか? 若生社長は次のように説明する。
若生:現状のTVerに足りないのは「滞留していただく」要素です。要は、見たいコンテンツを見てすぐサービスを離れる……という「直行直帰」じゃない形です。
要は、「TVerに来ればなんかあるんじゃないの」という認識が必要です。日々TVerをのぞいてみたくなる、すき間時間をTVerで過ごしていただくには、どういうやり方がいいのかを試行錯誤中です。
TVerらしい届け方は、工夫が必要だと思っています。情報番組の再活用というのは、ルーティーンな利用につながります。バラエティで時間をつぶしていただくこともできるでしょう。そのあたり、なにかパッケージ的に、ラジオ的に「使い続けてもらう」流れが必要です。
そうしないと「直行直帰」のままですからね。
若生社長は「TVerが“TVの国会図書館”のようになれば」とも話す。これは、過去のものまで全番組がある、という話ではない。認識として「あそこに行けばテレビ番組はある」と思ってもらえるようにする、ということだ。
現状、TVerは在京・在阪のテレビ局を中核にコンテンツが集まるようになっている。だが、コンテンツは地方局にも多数ある。「番組が集まる」という意味では重要な施策だ。
現状は、ローカル局のコンテンツも在京キー局を通じてTVerに掲載される流れなのだが、「できればもっとフランクに、TVerへ直接上げられる形を作りたい」(若生社長)という。ローカル局らしいフットワークを活かせるようになれば、面白いことができそうだ。
目の前に迫る「コネクテッドTV向け広告」の時代
TVerは1年前にアプリをリニューアルし、リアルタイム配信もスタートした。若生社長が就任したのも、2022年4月で、同じ時期に当たる。
若生:慣れ親しんだものが変わる、ということで、我々は良かれと思ったことでも、ユーザーの方々にはご迷惑をおかけすることもありました。昨年の上期は、システム改修を進めることで終わったようなところがあります。
結果として、下期からは準備も整い、サービスは右肩上がりに伸びていきました。
非常に悲しいことではありますが、安倍さんの事件(昨年7月に起きた銃撃事件)により、リアルタイム配信の認知が高まったところはあります。悲しいレッスンになった、とも思います。
ここからはやはり、コネクテッドTV向けの開発が急がれます。
昨年から今後にかけての流れを、若生社長はこのように説明した。
その中でポイントが2つある。
広告ビジネスだ。
TVerは広告で成り立っているビジネスであり、日本での「広告ベースの動画配信」を支える一翼でもある。YouTubeの影響力が圧倒的に強い領域ではあるが、CMがスキップされず、テレビ的に最後まで視聴される環境としては質が高く、単価が高いとも言われている。
一方で、TVerに入っている広告はテレビCM的で、ネット広告的ではない。視聴者に合わせたパーソナライズや、ネット広告らしい運用型の比率は少ないように思える。
その点はどうだろうか?
若生:すごく難しい問題です。
TVerという会社の特性、(キー局)5社のコンテンツを提供してもらっているビジネス環境です。広告セールスについても、放送局と連携している複雑な構造があります。
現状ネット広告は増えていますが、やはり圧倒的な量があるのは「テレビCM」。我々も入口としてがんばろうとしていますが、まだまだ未熟なプラットフォームです。
運用型広告を定着させるには、TVerであるということだけでなく、放送局とどう連携するか? あるいは、そこでTVerはどういう役割をするのか? そうした部分を再構築する必要があり、まだまだ道なかばです。
一方で、何もしないでいいかというとそういうわけにはいかない。
コネクテッドTV向けの新しい施策は4月からスタートさせていきます。コネクテッドTVの広告領域はまだ「更地」のようなものです。これから、いろいろなルールを決めていくところです。
TVerの強みでもあるファーストパーティーデータ(サイト内で自社取得し、他社に流さず、他社から取得したものでもない個人情報)を活用したターゲティングセールスは重要になりますし、地上波の広告セールスに対するインクリメンタルリーチ(ネットからの認知の増分)をどう図っていくか。
ただ、これが簡単にできれば、神様はいらないくらい難しい領域です(苦笑)。
でも、まずはやってみなければいけない。
海外でも、デジタルマーケティング多様化の中にテレビCMやコネクテッドTV向けCMをどう組み込むか、ということは大きなテーマになっている。3月、アメリカで、アドビが主催するデジタルマーケティング関連イベント「Adobe Summit 2023」を取材したが、そこでも1つのテーマだったのが、「コネクテッドTVを含めた多様化への対応」だった。
日本においては、そこでTVerが重要な役割を果たすのは間違いない。その中で、従来のテレビCMのミラーリングとは違う形をどう作り、ビジネスを活性化していくのか。そこが重要であり、そのことは結局、コンテンツやサービスの充実となり、消費者に返ってくることになるだろう。