西田宗千佳のRandomTracking
第548回
軸は“dアカウント”。NTTドコモに聞く「Lemino」と「爆アゲ セレクション」
2023年4月12日 09:00
NTTドコモが動画配信戦略を強化している。
施策は2つある。
1つは「dTV」をリニューアル、「Lemino」という新サービスに切り替えること。こちらは4月12日からスタートする。
もう一つは「爆アゲ セレクション」。こちらは各種月額制のサービスに対してdポイントで一定額の還元を行なうもの。4月1日からスタートしている。
どちらも映像配信に大きく絡むもので、3月に同時発表されているが、基本的には独立した存在。しかし、背景に「dアカウント」があり、そこが戦略全体を通した背骨になっている。
担当者インタビューから、狙いを探ってみた。
「Lemino」については、NTTドコモ・執行役員 スマートライフカンパニー 映像サービス部長の小林智氏、同・映像サービス部 映像サービス担当部長の田中智則氏に、「爆アゲ セレクション」については、NTTドコモ・執行役員 営業本部長の野田浩人氏に聞いた。
ドコモの映像配信を再構築する「Lemino」
まずLeminoの話から行こう。
NTTドコモの映像配信事業の歴史は長い。
Leminoは「dTV」の代替となる新サービスだが、そのdTVも、2015年4月に「dビデオ」からブランド変更したものだ。dビデオは2013年1月にスタートしており、さらにその前身は、2009年5月に携帯電話向けとしてスタートした「BeeTV」。累計で14年にもわたって映像配信をやってきた計算になる。
もちろん、時代にともなって画質や対象デバイスなど、技術面での変化は大きい。
だが、今回のLeminoは、ある意味、いままででもっとも大きな変化になる。月額料金制を基本としたサービスから、広告による無料モデル+有料のプレミアムプランという「フリーミアムモデル」に変わるからだ。
dTVは月額550円の定額制だったが、Leminoは基本サービスの場合無料。最大18万本が視聴できる有料プラン「Leminoプレミアム」の場合で、料金は月額980円になる。
そもそもなぜ、dTVからのリニューアルは行なわれたのか? そして、フリーミアムモデルに変わったのはなぜなのか?
小林氏は次のように説明する。
小林氏(以下敬称略):海外から多くの配信事業者が参入し、競争が激化していました。それに伴い、dTVのプレゼンスが下がったのも事実です。ここから会員数も大幅に増やせる状況にないので、一度立て直す必要があったということです。
そこで、dTVからのブランド変更を含め、抜本的な改革をするのかは、悩んだところです。ただ、厳しい状況を乗り越えるには、相当なインパクトがないと難しいだろう……と判断しました。
そうした判断が下された中には、NTTドコモと配信を巡るパートナー構造の変化もある。
NTTドコモはBeeTV時代より、エイベックスと共に事業を展開してきた。事業主体はNTTドコモとエイベックスの合弁会社「エイベックス通信放送」である。
だが、体制の変化とともにエイベックスは手を引き、エイベックス通信放送もNTTドコモが子会社化する。
同時に大きかったのが、NTTグループで長年映像配信を手掛けてきた「NTTぷらら」が、2022年7月からNTTドコモに吸収合併されたことだ。
小林:ぷららの吸収合併により、彼らのチームがドコモに合流しました。結果として、運営やコンテンツ調達に関するノウハウがまとまったので、「自社でやっていくことが可能なのではないか」という判断に至ったのです。
小林氏の発言を聞くと、ドコモの映像配信事業の変化に納得がいく。
競争激化の影響は、運営体制にもつながっていた。
小林:大胆なリニューアルが必要と考えた背景には、競争によってコンテンツ調達費が高騰していた、という部分もあります。一方で、アニメなどのコンテンツ調達が容易になった部分もあり、自社で運営する基盤を作ってもやっていける、と判断しました。
Leminoでは多くの独自コンテンツが制作される。田中氏は次のように説明する。
田中:総合編成を目指し、幅広い視聴層を目指して作ります。バラエティなどもやっていきますが、そこでは、当初はファンがついているコミュニティ的な番組をターゲットにします。具体的には「坂道」系アイドルの番組などですね。
この辺のバラエティは、ぷららが「ひかりTV」向けに独自に作っていた番組にテイストが近い印象を受けた。ドラマやバラエティなどが中心になるが、そこにもぷららとの合流効果がある、ということなのだろう。
フリーミアムを武器に「dアカウント」利用を推進
Leminoでは、dTVと違い、フリーミアムモデルが採用される。
視聴にはdアカウントが必要だが、基本的な視聴は無料。7月に予定されている「NTTドコモPresents WBC・WBO世界スーパーバンタム級タイトルマッチ スティーブン・フルトン VS 井上尚弥」の視聴も、追加料金はかからない。Leminoが制作するオリジナル番組についても、1話ずつの配信が行なわれる。
プレミアムプランでは、オリジナル番組の一挙配信の他、他のサブスク型配信と同じく、権利者から配信権を得た作品が多数視聴できる。
とはいえ、スポーツのビッグタイトルやオリジナル番組も無料で楽しめるわけで、かなりお得なサービスである、とも言えるだろう。
「無料」軸へと舵を切った背景について、小林氏は次のように説明する。
小林:アクティブな利用者数が少ない、という点に危機感を感じていました。一人でも多くのお客様に使っていただくには、有料サービスだけでなく「無料」という選択肢が必要と考えました。
田中氏はさらにこう付け加える。
田中:アクティブ利用者の数、という意味は、dTVだけでなく「dアカウント」にも関わる話です。dアカウントの発行者数は9,000万を超えますが、全員がアクティブに利用しているわけではありません。サービスに触れていただく機会を作ることも重要です。
一方で、dアカウントは9,000万人の会員を抱えているということは、すでに一定数の顧客基盤がある、ということでもあります。「無料で見られる」ということがdアカウントを使っていただくきっかけになり、dアカウント会員の活性化が見込めます。
そこで「さらに深く楽しみたい」と思っていただけたなら有料サービスへ……という考え方です。
すなわちLeminoとは、ドコモの映像配信のテコ入れであると同時に、dアカウント利用頻度拡大の施策でもあったわけだ。
ポイント還元で「映像によるデータ利用」を促進する「爆アゲ セレクション」
では、もう一つの新サービスである「爆アゲ セレクション」の狙いはどこにあるのだろうか?
「爆アゲ セレクション」は、Leminoも含めた5つの映像配信について、ドコモの回線契約者にポイントバックするもの。例えばNetflixのプレミアムプラン(月額1,980円)の契約者には360ポイント、Leminoプレミアム(990円)の場合で90ポイントが、毎月dポイントへと還元される。
野田氏は、狙いを以下のように説明する。
野田:「5Gギガホプレミア」や「ahamo」の影響もあって、データ利用が順調に増えています。そうした大規模プランに入る人自体が増えているのですが、結果として映像配信を楽しむ方も増えている。
そうした新しい楽しさに対して、どうすれば「お得さ」を追加できるか、という発想で考えたのが「爆アゲ セレクション」です。
どのサービスに加入しているのか、といった細かな仕分けはできていませんが、我々の調査でも、ドコモの大容量回線に加入している方々のうち、半分くらいの方が、すでになんらかのサブスクに加入しています。映像系に関する一般論ですが、その場合、1人で2つ以上に加入している場合が多く、それが徐々に増えています。
この「分母拡大」にどこまで貢献できるかが、我々のチャレンジでもあります。
すなわち一義的には、「大容量プランの価値をどう高めるか」というのが、「爆アゲ セレクション」が企画された狙いなのである。
こうしたことは、過去、dTVなどが企画された時にもあった発想だ。ニーズがなければ当然、大容量プランも使ってもらえない。そこで映像配信は、常に「大きな用途」としてアピールされてきた。
だが、過去と違う点が1つある。
それは「社の中だけでニーズを作る時代ではない」(野田氏)ということだ。
dTVがスタートした2015年頃は、通信と他のサービス、端末販売との「セット化」が積極的に行なわれていた。だが現在は、端末料金とサービス料金の分離が義務づけられ、無制限に「自社サービスをセット」というわけには行かない。
また消費者の側も、すでに複数のサービスに加入している可能性もあるし、毎月のようにサービスを切り替えながら使うようにもなっている。そんな時代に合わせて考えると、「爆アゲ セレクション」の狙いも見えてくる。
「爆アゲ セレクション」では、配信契約自体は縛らない。ドコモの回線契約者向け、という縛りはあるが、どの配信を使うかは自由。いくつ使うかも自由だ。Disney+やDAZNをドコモ経由で契約していた場合そのままポイント還元が行なわれる。今後も、サービスごとに登録が必要にはなるが、その分自由度は高い。
さらに、こうも続ける。
野田:本当はもっとラインナップを揃えてから出したかった部分があります。現状は、お出しできる「第一弾」だとお考えください。
我々としては、映像配信だけでなく、音楽やゲームなどにも対応を広げていきたい。やはり映像配信だけではリーチできないお客様もいらっしゃるからです。
音楽については映像配信と違い、複数のサービスに加入する人は少ないです。そんなこともあって「やってみなければわからない」ところも多いのですが、準備ができれば……という気持ちではいます。
その上で、利益還元は「dポイント」で行なわれる。通信費や端末代の割引、というパターンは使えないので実質的にこれしか方法はないのだが、一方で、これがドコモにとっては重要なことでもある。
野田:dポイントでの還元、という形を採ることで、dポイント自体の利用活性化にもつながります。また、すでに1つ入っていて、もう1つどうしようか……と戸惑っている方に、「ポイント還元があるなら」と背中を押すような形になれば、と考えています。
すなわち、Leminoが「dアカウントの認知拡大」をテーマにしていたように、そこに紐づく「dポイント利用拡大」が、「爆アゲ セレクション」の狙いでもあるわけだ。
Leminoで映像配信を楽しんだ人が「爆アゲ セレクション」で有料のプレミアムサービスに加入し、さらに他のサービスにも広がっていけば、ドコモとしてはベストな展開だ。
この2つのサービスからは、NTTドコモのビジネスがいかに「dアカウント」を軸に回っているのかが見えてくる。