鳥居一豊の「良作×良品」

第130回

映画館のサウンドがコンパクトに、BWV「H-1」“正確で曇りのない音”に痺れた!

H-1 スモール2ウェイシステム

BWVシリーズを発売するイースタンサウンドファクリトリーとは?

BWV H-1は、イースタンサウンドファクリトリーという日本の会社が販売している、コンパクトな同軸2ウェイスピーカーだ。これだけの説明でわかる人はほとんどいないだろう。

まず、イースタンサウンドファクリトリーは、スピーカーなどの製造や販売のほか、音響機器や映像機器の輸入と販売、そうした機器に関連する法人および個人へのコンサルタントや機器の保守・修理事業、音響/映像システムの設計、施工、保守点検事業などを主な事業内容としている会社だ。

回りくどい説明はやめよう。イースタンサウンドファクリトリーは映画館などで使われるスピーカーシステムなどの設計や施工を行なっており、最初の仕事は2018年3月29日にオープンしたTOHOシネマズ日比谷の「プレミアムシアター」のカスタムオーダーメイドスピーカーシステムの共同設計・製作。そして、109シネマズプレミアム新宿のすべてのシアターで採用されている「SAION SR EDITION」にも関わり、109シネマズプレミアム新宿で導入されているのはすべてBWVのスピーカーだ。

109シネマズプレミアム新宿 シアター3

まだ設立してからあまり時間が経っていない会社だが、全国で映画館への導入実績は増えてきており、飛躍的と言っていいほど急成長している会社なのだ。

上述した2つの映画館の共通点は言うまでもないだろう。音質に優れたプレミアムな劇場だということ。映画好きの人ならば知らず知らずのうちにBWVのスピーカーをすでに聴いているかもしれない。

そのBWVは劇場など業務用の「BWV Cinema」と民生用の「BWV home」というふたつのブランドがある。109シネマズプレミアム新宿での優れた音響に感激した筆者は、ぜひとも自分の家でもBWVのスピーカーの音を聴いてみたいと思い、BWV H-1の記事を書くことにした。

民生用とはいえ、ほぼ映画館用スピーカーそのままと言えるBWV home

「BWV Cinema」は映画館に導入されるスピーカーなので、いわゆる巨大なスピーカー群だ。ちなみに109シネマズプレミアム新宿での劇場では、壁面にサラウンドスピーカーが複数配置されているが、それが「TE-1」だ。

109シネマズプレミアム新宿、壁面のサラウンドスピーカー

ツイーターがラインアレイとなっていて、ウーファーの前面に同軸配置された見た目もユニークなスピーカーなので、思い当たる人もいるかもしれない。

「BWV home」は民生用だが、同社のコンセプトである「正確で曇りのない音」は共通しており、最上位となる「H-5」は堂々たる大型スピーカーで3ウェイ構成。専用のデジタルプロセッサーを使用する設計でスピーカー1本あたり3台のパワーアンプで駆動するマルチアンプ専用スピーカーだ。

109シネマズプレミアム新宿に使われているスピーカー。オリジナルシステム「SAION」をベースにチューニングを施した「SAION-SR EDITION」

こんな大がかりな仕様としたのは「正確な音のため」。ネットワーク回路による帯域分割をデジタル化して精度を高め、しかも位相や時間軸精度(複数のユニットが完全に同じタイミングで音を出せるようにすること)を徹底するにはデジタルプロセッサーが欠かせないとのこと。スピーカーも巨大だが、サラウンド再生までしようものなら、それを駆動するアンプの数も膨大なことになることが予想できるだろう。

中型スピーカーの「H-3」

中型スピーカーの「H-3」は、サイズこそ比較的一般家庭にも導入しやすいサイズとなるが、専用ネットワークボックスは別体という民生用としてはマニアックな仕様。そして「H-1」は、2ウェイ同軸型の小型スピーカーでネットワーク回路も内蔵した一般的な民生用スピーカーと変わらない作りで、誰でも容易に使える。しかも価格がペアで12万1,000円と手の届く価格になっている。

「H-1」は2ウェイ同軸型の小型スピーカー

H-1の概要を紹介しよう。ツイーターは25mmソフトドーム/リングフェイズプラグ、ウーファーは10cmアルミニウムコーン、これを同軸配置としたドライバーユニットを採用している。エンクロージャーはMDF材で表面は北海道産のタモ材の突き板仕上げだ。色はお借りしたブラックのほかホワイトも用意されている。

スペックについては、周波数特性は55Hz~20kHz、インピーダンス4Ω、感度(1m×1W)81dB。サイズは160×255×258mm(幅×奥行き×高さ)、重量は2.5kg(1本)だ。スペックを見ると能率は決して高くはなく、しっかりとしたパワーアンプでないと鳴りにくいようにも思える。

さっそくお借りした取材機を開梱してみると、サイズは一般的な小型スピーカーで、ちょっと無理をすればデスクトップに置いて使えるくらいのサイズ。実売約12万円で突き板仕上げとなるなど、きちんとした作りではあるが黒一色のボディはちょっと地味な感じもしてしまう。少なくとも音の良い劇場で使われたスピーカーとして名を挙げたメーカーの凄みのようなものはない。

なお、このH-1は109シネマズプレミアム新宿の豪華なロビーで天井付近の高い位置に設置され、上映を告げるチャイムや心地良い音楽を鳴らしている。

スタンドに設置したH-1。常設のB&W Matrix801 S3と比べてかなり小さい。BWVの銘板もブラックで質は高いが無骨な印象もある
H-1を正面から見たところ。同軸2ウェイ構成のドライバーユニットは保護用のパンチングメタルのカバーで保護されている
側面部。天然のタモ材の突き板仕上げなので左右で木目が異なっている
背面部。大型のスピーカー端子とバスレフポートがある

どこから見ても普通のスピーカーだ。しかし、突き板仕上げも珍しいし、スピーカー端子は太めのスピーカーケーブルも使える大型のものでYラグやバナナプラグにも対応。価格的にも豪華な作りとか上質さは欲張れないとはいえ、しっかりと押さえるべきところは押さえた作りであることがわかる

ドライバーユニット部をクローズアップ。パンチングメタルで見えにくいが同軸2ウェイであることがわかる
底面にはゴム系樹脂の脚部が四隅に装着されている

劇場のシステムや大型スピーカーの印象がそのままコンパクト化されたような音

外観やスペックでは、あまり印象的に感じない人も少なくなさそうだが、H-1が凄いのは音だ。さっそくきちんとセッティングして、音を出してみよう。

鳴らしているのは常設のシステムで、プリアンプがベンチマークの「HPA4」、パワーアンプが同じくベンチマークの「AHB-2」×2(モノラル駆動)。音楽再生はMac miniにCHORD「Hugo2」をUSB接続し、オーディオ出力をHPA4に入力。映像ソフトの再生ではパナソニックの「UB-DP9000」、マランツの「AV10」を使用し、AV10のプリアウトをHPA4に入力している。

音を出してみると期待以上の良い音で驚いた。

サイズこそ小さいが、109シネマズプレミアム新宿の音を思い出したし、専門誌の試聴室で聴かせてもらった上位モデルのH-5にも通じる音だ。

一言で表現すれば、鮮明で音がくっきりと立つ。これは同軸配置の良さもあるだろう。音のつながりがよいので質の高いフルレンジのような感触がある。能率についても、パワーアンプがそれなりに優秀なアンプなためもあり(自慢)、能率が低いという印象はまったく感じなかった。いつものボリューム位置できちんと満足できるレベルの音量が出る。

よく聴くクラシックの曲を聴くと、まずダイナミックレンジが広い。ピアニッシモの抑えた微小な音も鮮明だし、それがフォルティッシモの大音量にまで一気に鳴らし切る。低音はローエンド付近まで十分に出ており、量感と低音の芯のバランスが良好でかなりの低音感がある。ドロドロとしやすいティンパニの連打を、キレ味良く再現したことにも驚いた。

音色は中庸で色づけのないタイプで、ひとつひとつの音が厚みと実体感のあふれたものになる。そのため実際のスピーカーの距離(2m弱)より音が近いと感じる。その一方で、ホールの響きを伴う置くにある打楽器の響きまで豊かに描くので、奥行き感も豊かで立体的な音場だ。

スピーカーの存在はきれいに消える。見た目が地味なのはスピーカーの存在を主張させないためのデザインだったのか、と改めて気付いた。面白いのは、いつもの試聴位置ではなく、部屋の端の方で聴いてもステレオ感がわかること。これは優れたスピーカーをきちんとセッティングするとたいていそういう音になるものだが、しかも2m強の試聴位置にくらべて4m以上は離れてもしっかりと聴き手まで音が届く。

映画館で使われるスピーカーの設計・販売などで名を挙げたメーカーらしい音だ。映画館用スピーカーは、広い空間の隅々まで音を届けることがまず一番大事な要素だ。だからアルテックなどのかつての劇場用スピーカーは、とんでもない高能率で微小な音まで明瞭に音が届く。その一方で大味というか少し荒っぽい音にもなりかねないのだが、BWVのスピーカーはきめ細やかで繊細な音まで丁寧に聴かせてくれる。その上質さは最新の映画館と比べても109シネマズプレミアム新宿の劇場の音が高級なHi-Fiスピーカーのような音がするのと同じ感覚だ。

「岸辺露伴は動かない/岸辺露伴ルーブルへ行く」のサントラ盤から「ザ・ラン」を聴くと、パーカッションのスリリングな音とスピード感がいっさい弛むことなく鳴り響く。出音のスピード感、打楽器特有のバチッとした高周波中心のアタックとボディが鳴るような低周波中心の響きが見事に揃った一体感に痺れた。

ここから生まれるリズム感とか、グルーヴ感の高まりが素晴らしい。「六壁坂(I)」の不気味なコントラバスの音も、地をはうような低音の弦を擦る感じと胴の豊かな響きが一体となって部屋中を埋め尽くす。冷静に聞き比べれば、ふだん聴いている「Matrix801 S3」の方が主に低音のスケール感やローエンドの伸びなどは優れるとわかるのだが、低音の迫力や質感やエネルギー感では遜色がないと感じるほどだ。

なぜこんなに音が良いのかと、イースタンサウンドファクリトリーの代表取締役の佐藤博康さんに問い合わせのメールを送ったほど。H-1は、H-3やH-5の音をそのまま小さくしたイメージで作り込んでいるということで、近い印象になるのも当然だ。ドライバーユニットはユニットメーカーのものをカスタム化したもので、事実上自社開発の特殊ユニットと考えてよいものだそうだ。

また、磁気回路には強力なネオジム磁石を使っているとのこと。ネットワーク回路ではパーツの質と配線ケーブルまでこだわって吟味。バスレフポートは特殊な設計ソフトを使って計算しているが最終的には聴覚で追い込んでいるという。

ドライバーユニットだけでなくあらゆるパーツをきちんと吟味して目指した音に仕上げるという、当たり前と言えば当たり前のアプローチだが、これを比較的安価なスピーカーでも徹底しているのは立派だ。

自分の感じた印象として、音が正確であること。アタックから音が減衰して聞こえなくなるまでの音の波形が正確に再現できていて、時間軸精度というか音の出るタイミングも2つのユニットが一致してかつ音楽の流れのなかでも正確でもたつきがない。

「曇りのない音」というのは劇場用スピーカーは正面のスピーカーがスクリーンの裏にあり、音を透過するスクリーンを使うにしてもある程度の高域の減衰がある。そのうえであたかもスクリーンが無いかのように透過損失のない音を出したいという意図が基本にあるようだが、あまりサウンドスクリーンを使うことが少ない一般家庭向きのBWV homeとしては、スピーカーの存在を感じさせない透明できめ細やかな再現性と筆者は解釈している。実際に聴いてみると「正確で曇りのない音」とはこういうことかとわかる音だ。

高橋幸宏の「SARAVAH SARAVAH!」を聴く

今回の試聴の本命は「YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SRAVAH SARAVAH!」。これは高橋幸宏のソロデビューアルバム「SARAVAH」を伴奏などの音源などはそのままにヴォーカル・パートのみを新録してミックスダウン、マスタリングを施して完成したソロデビュー40周年記念アルバムの収録楽曲を完全再現したライブのBD盤である。

Blu-ray「YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE2018 SARAVAH SARAVAH!」品番:COXA-1315 値段:5,500円

本作を選んだ理由は、このライブ映像が109シネマズプレミアム新宿での上映され、筆者も鑑賞しているため。そもそも109シネマズプレミアム新宿の「SEION SR EDITION」が坂本龍一の監修によるもので、スピーカーの施工や設計に関わったイースタンサウンドファクリトリー自身も坂本龍一の音質についての厳しい要求に応えてきた実績があり、BWVのスピーカーの目指す音にも影響を受けているという関わりがある。坂本龍一と言えばYMOが良く知られており、その縁でメンバーを組んでいた高橋幸宏のライブ映像を上映したという経緯がある。

ともあれ、劇場ではステレオ音源をサラウンド化しての上映でこの取材ではBD盤の音源(ステレオ収録)をBWV H-1のステレオ再生で行なうという違いはあるものの、109シネマズプレミアム新宿で聴いた音がどこまで再現できるかを聴いてみたいと思ったわけだ。

1曲目の「FOR FRANCIS」から上映の時の感じが再現できていると思った。なにより参加ミュージシャンの演奏が上手すぎる。オリジナル盤の録音にも参加した林立夫をはじめ、国内でも一流のメンバーだ。しかも、坂本龍一がビデオ出演、サプライズゲストとして細野晴臣も出演するという豪華な内容だ。

彼らとのトークで「今の自分では演奏できない」、「昔の自分は凄かった」という話を2人ともしているが、若手の凄腕メンバーによる演奏も素晴らしい。キーボードの達者な運指、ベースの見事なグルーヴ感など楽器は素人の筆者でもこれはもの凄く上手な演奏だと、その上手さがよくわかる。そのくらい録音も良いがスピーカーから出てくる音が正確でしかも表現力豊かだ。

高橋幸宏の独特な色っぽい歌唱のニュアンスも豊かで、それがクリアに聴こえる。トークのしゃべる感じもリアルだ。広々としたステージ感やライブ録音らしい音の響きも豊かに再現され、120インチのスクリーンに負けない広がりとステージ感が再現できていた。スケールや迫力という点では映画館には及ばないものの、肝心の音のクリアさや音楽的な表現力という点ではそのままコンパクト化したという表現がぴったりだと感じる。

高橋幸宏自身がドラムを叩く「ELASUTIC DUMMY」、アンコールとしてもう一度別アレンジで演奏し、細野晴臣もアコースティックギターで参加した「SARAVAH!」など、どの曲もメロディーが魅力的で聴いていて楽しい。高橋幸宏の楽曲は日本のポップスの代表のひとつと言えるものだし、歌謡曲と言ってもいいくらい耳馴染みの良いものだ。それでいて適度におしゃれというか、フランス風の華やかさのあるメロディーの秘密がわかったような気がする。

ホームシアターとHi-Fiが高いレベルで満足できるBWVは今一番注目のスピーカー

BWV H-1の音についていろいろとインプレッションを書いてきたが、端的にH-1がどんな音かというと表現が難しい。「こういう音のするスピーカー」という意味では「正確で曇りのない音」ということになる。個性はほとんどなく、音楽がありのままに鳴るタイプのスピーカー、という言い方が一番当たっていると思う。

これはまったくの偶然で、実は運命的なものさえ感じているのだが、昨年導入したAVアンプのおかげで我が家の音は印象が変わってきている。それは映画の音としてのホームシアターでHi-Fi的な音楽再生も両立できるイメージなのだが、その方向性が109シネマズプレミアム新宿の劇場の音に近いと感じた。筆者がBWVのスピーカーに並々ならぬ興味を持ってこの記事を執筆した理由もわかってもらえるとありがたい。

色づけの少ない音の傾向も含めて、映画の音も音楽の音も正確に再現できるスピーカーだ。これでサラウンド再生も試してみたいというのが自分自身にとって今後の目標になった。ホームシアターとピュアなステレオ再生の両方を別のシステムで用意できる人は決して多くはないと思うし、映画も音楽もどちらも高いレベルで楽しめるホームシアターというのは気になる人は多いと思う。国内スピーカーメーカーという点でも貴重だし、上位機となると価格的にもシステム的にも大規模になるが、H-1ならば誰でも使いやすい。まだまだ知らない人の方が多いが、BWVというスピーカーはぜひとも注目してほしい。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。