鳥居一豊の「良作×良品」
第129回
AVアンプを鳴らし切れ! マランツAV 10 + AMP 10のポテンシャル引き出す秘技。Dirac Liveも
2024年1月29日 09:50
我が家にマランツのセパレートAVアンプ、「AV 10」と「AMP 10」がやってきて半年。サブウーファーを4基に増やす計画などは(主に経済的な理由で)遅れているが、それ以外のところをちまちまと手を掛けている。要するにオーディオ、AVマニアがお金がないとき、あるいは次の大きな買いもののために資金を貯めているようなタイミングに何をして暇を潰しているかをつれづれなるままに書き記したい。
つまるところセッティングの見直しなのだが、これはあまりお金をかけずに暇を潰すにはちょうどいい。いやいや暇潰しどころか入念に時間をかけてじっくりとやるべき大事なことと考える人もいるはずだ。セッティングはまさにその通りだが、一通り決まった(と思っている)セッティングの見直しというのは案外かったるく、必要に迫られないとやらない面倒な事でもある。
筆者の場合はマランツのAV 10 + AMP 10が重箱の隅をつつくようにシステムの問題点を指摘してくれるので、まさに必要に迫られた状況でもあった。始めるまでは億劫だがやってみると面白いのも事実。何よりあまりお金がかからない。それでいて意外なほど音が変わるし迷路に入らなければシステムの音質向上にも大きな効果がある。
マランツサウンドマスターの尾形好宣さんのアドバイスでセッティングを見直した!
AV 10 + AMP 10のセッティングの見直しというと何が思いつくだろうか。筆者が導入直後に行なったのは、きちんとしたラックを用意するなどの設置場所の確保、電源の取り方、電源ケーブル交換、足元の微調整(インシュレーター)くらい。そのほかは基本的なセットアップをきちんと行なった。逆に言うとそれくらいしか思いつかなかった。
そのあたりは改めて見直しているが大きな変化があるわけではない。そこで仕事でもたいへんお世話になっているD&Mグループのマランツサウンドマスターの尾形好宣さんにアドバイスをいただいて抜本的なセッティングの見直しをすることにした。
いただいた詳しいアドバイスは、マランツ内部での開発情報なども含まれるものだった(感謝)。ただし脚部に使うインシュレーターの材質についての社内評価など公にできない情報もあるので、それについては筆者が実際に試して印象をレポートする形で紹介する。
自分でも思いついた電源周りや接続については、電源ケーブルはAV 10とAMP 10で同じケーブルとはせず、別のものを使用してみるのも良いとのこと。プリアンプとパワーアンプでは扱う信号も異なるので当たり前と言えば当たり前。だが、筆者はそれぞれに同じ電源ケーブルを新調していた。電源ケーブルはそれなりの価格にもなるのでここは将来的な課題とした。
AV 10とAMP 10の接続についてはバランス(XLR)接続とアンバランス(RCA)接続でわずかながら音質には違いがあるので試してみるとよいとのこと。筆者は迷わずバランス接続としているしこちらで満足しているが、逆に使い慣れているRCAケーブルで接続している人も少なくないはず。ケーブル数がけっこう多いので躊躇いがちだがぜひバランス接続も試してみよう。
AMP 10のスピーカーとの接続だが、これについては筆者の予想がおおむね正しかったようだ。具体的に言うと、AMP 10の16chパワーアンプは、2chずつのアンプブロックが8台という構成だ。そのため、2chのアンプブロックでフロントL/Rと使わず、別のブロックでなるべく距離を離すと良いとのこと。フロントLを接続したブロックにはトップスピーカーのいずれかひとつを組み合わせるなど負荷の少ないチャンネルのものにすると良いようだ。これは熱平衡やひとつのアンプブロックの負荷の大きいチャンネルが片寄らないようにした方がアンプへの負担も少ないためだろう。
結果的にフロントL + トップフロントLのようにアンプブロックを4台ずつ左右で分けてやるのが比較的すっきりとした配線になると思う。このあたりは導入時の記事でも紹介した通りだが、今回も一通り見直して一部配線も変更している。
インシュレーターの材質は何が良い? 材質によって思った以上に音が変わる
AVアンプに限らないが、コンポーネントをしっかりと接地させ、内外の振動を受けないようにするのが脚部のパーツだ。高級な機器ではさまざまな素材や構造のものが採用されているが、安価な製品だとコストカットの対象になりやすく安価な部品となっていることが少なくない。また、そういうコンポの脚部やスピーカーの底面に挟んで同様の効果が得られるインシュレーターはAVアクセサリーとして有名でしかも人気があり、種類も多い。
AVアクセサリーとしてのインシュレーターも、さまざまな素材や構造、独自の工夫をこらしたものが多く、評価の高いものはびっくりするほど高価だったりもする。そういった評価の高いアクセサリーを使うことにも興味はあるのだが、お金がない。そういう時に筆者が頼りにするのがホームセンターだ。真鍮やアルミ、銅といった金属素材やゴム系ではハネナイトやソルボセインなどさまざまな素材が揃っているのでありがたい。目当ての素材の角棒や丸棒、あるいはちょうどいいサイズの板など使ってインシュレーターの代用とするわけだ。
AV 10とAMP 10で気になった唯一の点が実は脚部。補強などの入った作りではあるが下位モデルでも使われている樹脂製だったのが残念。筆者は鋳鉄インシュレーター信者でもあるので兄弟機でもあるデノンのAVC-A1Hに鋳鉄製のインシュレーターが使われている点も気になった。
なお、この点についてはAVC-A1Hは一体型で重量もかなり大きく、電源トランスも巨大なので脚部の影響が大きいためと理解している。AV 10とAMP 10は筐体がふたつに分かれているし、そのぶんそれぞれの電源アンプは決して巨大ではない(AMP 10はD級アンプなのでそもそも巨大な電源トランスは不要)。このため、脚部の影響が比較的小さいとの判断だと理解している。
筆者が導入時に使用したのは、ゴム系の円盤と同寸の真鍮の円盤を組み合わせたもの。これを脚部とAVラックの間にはさんで使用した。こうしたゴムと金属の組み合わせにした理由は、樹脂製の脚部の下に敷くので硬すぎても重すぎてもよくない、樹脂製のメリットである振動吸収の性能にも期待したため。そして、比較的安価で硬く重い、インシュレーターの素材としても接続端子などの素材としてもよく使われる真鍮を選んだ。
こうした異種素材組み合わせは、裏と表でも音が変わるのが面白い。AVアンプ側をゴム系としてラック側を金属とすると、音が柔らかいというか弱腰な感じになるし、逆にすると音にぐっと腰が出て安定感のある音になる。もちろん、後者のAVアンプ側が金属、ラック側がゴム系として使っていた。こういう組み合わせがやりやすいのも自作アクセサリーの面白さではある。ただし、異種素材の組み合わせは強固な接着などが難しいので、自作だと期待通りの効果が出ないどころか逆効果になることもあるので注意。
今回試したのは、アルミ、銅、そして鋳鉄の単一素材のものを試した。選んだ理由は、尾形氏のアドバイスによるものも大きい。アルミや銅の脚部は高級モデルでも採用例がある。鋳鉄が自分が好きな金属製インシュレーターであり、ちょうどよく余った鋳鉄製インシュレーターがあったので試してみることにした。
こうした金属素材は比較的安価ではあるが、AV 10用とAMP 10用に合計8個必要となるとそれなりに価格も嵩む。特に銅はちょっと高めだった。写真の上側の市販品や自作品のように標準で備わっている脚部を外して交換できるくらいのものが欲しかったが価格的に断念。感触の良かった銅は直径4~5mmくらいの円盤や丸棒を2~3mm厚に切ったものを後日購入する予定。
それぞれの素材による違いはかなりのもので、アルミと銅の重さの違いには改めて驚いた。当然音の変化も顕著だったので参考のため簡単にレポートしよう。なお、接地については備え付けの樹脂製脚部の下に置くのではなく、アルミ製のサイドパネルの下(アンダーシャーシとの結合部分)に挟んでAVラックに接地するようにしている。
真鍮+ゴムの自作品のみ樹脂製脚部の下に敷いている。AV 10とAMP 10は多層構造のアンダーシャーシがあり、それをコの字形状のサイドパネルで挟む構造になっている。かなり剛性の高い作りだ。このため、この部分に金属部品を挟んで接地させても問題なさそうだ。
AV 10とAMP 10の底面は多層構造のためフラットな形状だが、安価な製品の場合はアンダーシャーシが剛性確保のためにリブ(補強)をもうけた凹凸のある形状になっていて、こうしたインシュレーターを適切な位置に配置するのが難しいので注意したい。なお、この状態では本来は脚部で支えているアンダーシャーシ自体が宙に浮いた状態となるのだが、ここには秘策がある(後述)。
音の分離は良好。音の響きの余韻もきれいに出て、空間表現もきちんと出る。サラウンドの広がりや包囲感も良い。リズムの低音も力のある音で鳴る。中高域はみずみずしく、弦の音色も質感が出る。
S/N感が向上。個々の音の粒立ちが良くなる。低音に力強さが出てエネルギーがしっかりと出る。中域の厚みもしっかりと出るがそのぶん中域が他と比べると不鮮明になる感じもある。高域はきれいに伸び、管楽器の輝きや弦の艶も鮮やか。
整然とした鳴り方ですっきりとした印象。低音はしっかりと伸び量感というか低域の響きがしっかりと出る。音色の感触としてはニュートラル。各楽器の音の鮮明さは一番。
中低域が重厚。他の素材と同様に分解能や音の粒立ちは良いが、他が中域が薄く感じるのに対して中域の薄さを感じない。音の広がりは特に広いとは感じないが、空間の密度が高まったように感じる。高域もスムーズで金管楽器や弦楽器だけでなく、木管の質感も豊かに出る。鋳鉄のような力強さはないがローエンドまでの伸びと解像感の高さは見事。
このような印象で個人的には銅がもっともバランスが良く感じた。銅でそれなりのサイズや形状のものにして、AVアンプのどこに接地させるかを検討すれば良さそうだ。鋳鉄はこれだけがきちんとしたインシュレーターだし音の好みからするとなかなか良好だったのだが、AV 10とAMP 10の音とはちょっとそぐわないようにも感じた。マランツ製品で鋳鉄が使われていない理由、デノンが高級機で鋳鉄を好む理由もわかる気がする。銅とアルミは2センチ角のサイコロだが、重さはずいぶんと違う。こうした素材の違いを実際に知るという意味でもなかなか面白い実験だった。
Y社が採用する「五番目の脚」は、他社のAVアンプでも効果あり!
インシュレーター系の実験で効果がかなりあったのが、いわゆる「五番目の脚」。ヤマハのAVアンプの上位シリーズで採用されているものだ。これはそれを応用したというわけではなく、マランツの尾形氏のアドバイスによるもの。インシュレーターを換えるのではなく、AV 10のトランスの下あたり(中央よりも前側)に支えるというよりもフェルト等の素材で少し押すくらい感じで使うと良いかもしれないとのこと。すぐにヤマハのAVアンプを連想し実際に効果も期待できるので試してみた。
ヤマハを取材した時も、五番目の脚は支える部品というよりも振動の分散や吸収が目的ということで、ヤマハの高級機も脚部は金属パーツとなることが多いが、五番目の脚は樹脂製で剛性をコントロールしていると聞いたことがある。ヤマハでは振動の解析なども行って最適な位置に配置している。今回試したように振動源でもある電源トランスの下に置くというのは理にかなっているように思う。
効果はかなりのもので、S/Nが向上して情報量がかなり増える。音数が増えるというよりも音色の質感が豊かになるとか、出た音がきれいに減衰して余韻を残す様子、打楽器ならば叩いた後に太鼓の膜を手で押さえて余韻を消している様子までわかるような情報量の増え方だ。微小音が鮮やかに出るのでサラウンドの広がりや空間感も豊かになる。オフィスビルの誰もいない長い廊下の足音、地下の下水道のようなトンネル内の足音の響き方の違いまでわかるような、壁の材質による反響の違いが出る感じのリアルが増した音と感じた。五番目の脚は、AVアンプ全般に効果があると思うのでぜひ試して欲しい。
小ネタ集に近いが、チリもつもれば山となる!?
ここからは、ひとつひとつのアイデアは小さいものばかりとなる。尾形氏のアドバイスを参考にしたものを中心にいろいろと試してみた。
まずはWi-Fiを無効にすること。これについては尾形氏のアドバイスではなく自分のアイデアによるもの。というのも筆者は以前からオーディオ機器にWi-Fiを内蔵するのは疑問を持っていた。同じ理由でFM/AMチューナーの内蔵もまり好きではない。電波を受信するアンテナやアンテナ端子はノイズも拾うからだ。ネットワーク接続については、有線LAN接続で行なうようにして、Wi-FiとBluetoothは無効にしている。だが、アンテナ端子が気になる。付属のアンテナは外してもいいが、むき出しのアンテナ端子が気になる。アルミ箔で塞いでしまおうかと思ったが見た目がよろしくない。
そんなふうに考えてうまい対策が見つからずにいたが、ネットであれこれと調べ物をしていて偶然発見したのが、「SMAコネクタキャップ」。付属のアンテナはネジで取り付ける仕組みのもので同社のAVアンプはみな同じアンテナだと思われる。こういう部品のネジ径が規格品であることは間違いなく、よくよく調べてみるとSMAコネクターと呼ばれているとわかった。さらに調べたところそれを塞ぐコネクタキャップが売っていたので購入した。
規格品なのでWi-Fi用のアンテナ端子にぴったりとフィット。Wi-FiでもフルHD動画が視聴できる程度には電波が届いている試聴室内で、キャップを装着するとWi-Fi電波が見当たらないと警告が出る程度にまで電波を遮断できた。これについては体感できるほどの音質差は確認できなかったが、見た目や精神的な満足度は高いということにしておこう。
そして、こちらはわりと定番の入力端子へのショートプラグ。特に感度の高いフォノ端子には標準でショートプラグが付属していることもあるくらいの一般的なアクセサリーで、当然市販もされている。効用としては入力をショート(短絡)させてノイズ源とならないようにするためのもの。アクセサリーではショートさせるだけでなく端子の保護、微振動を抑える効果を持たせたものもある。こういうものはすべての端子に使った方が良いだろうと考えて、普及品を大量に購入。AV 10の入力端子はもちろん、AMP 10の未使用のアンバランス入力端子にもすべて装着した。
結果から言うと、フォノ端子への装着はごくわずかだがS/Nが向上したかも、と感じるくらいの効果はある。だがその後のすべての入力端子に装着した場合でも大きな差は感じなかった。だから、フォノ端子への装着はおすすめするが、そのほかすべての入力端子まで装着するのは気持ち次第で良さそう。なんでも付ければいいってものではないらしい。
このほか、尾形氏のアドバイスによるものを紹介。オーディオ/DACフィルターという項目があり、フィルター1と2が選択できる。1がマランツ推奨だが、2も試してみると良いようだ。こちらは試してみた結果、2は精細度が高まるというかシャープな音になると感じたがバランスの良い1を選んでいる。また、AVアンプとラックの隙間にフェルトのような布を敷くと多少の効果があるようだ。これは、自分が若い頃に大先輩であるオーディオ評論家の方に聞いたこともある話で、すでに実践済み。理由はアンダーシャーシ(底板)の微妙な振動が空気を介してラックの板に反射して定在波が生じ、微振動を増幅させてしまうことがあるためだと聞いた。このあたりになるとオカルト臭がただようが、オカルトと切り捨てるも試してみて効果があれば採用するのも個人の自由だ。
もうひとつが、フロントパネルのイルミネーション。これは消灯とした方が音質的には良いようだ。実際、ごくわずかだが音が静かになったように感じる。調子に乗ってディスプレイ表示まで消したが、電源のオン/オフ状態が確認できず、電源の落とし忘れや入れ忘れが多発したのでディスプレイ表示だけは元に戻した。イルミネーションのオフだけでもそれなりの効果はある。
また、AMP 10もフロントパネルのスイッチ操作でディスプレイとイルミネーションの消灯やディマーが選択できる。こちらもイルミネーションのみ消灯。品の良いイルミネーションで見た目も良いので使っていたが、やはりこうしたディスプレイ類は消灯した方が音質への影響は減るようだ。使い勝手や美観を含めて総合的に判断したい。
最後がトップカバーを外してしまうこと。最初に言っておくと、尾形氏からの返答は「メーカー保証外になってしまうと思います」。高熱または高電圧の部分に触ってしまう危険、ほこりなどの侵入による故障の可能性などなど、非推奨の行為だ。だが、マランツに限らないが、アンプメーカーの開発室などへ取材で行くと、アンプの天板やトップカバーが外されていることが多い。取材記事などでそのような様子を見たことがある人も少なくないだろう。
この理由は、試作機の音質チューニングなどですばやく内部にアクセスできるようにしておいているというのが答え。部品の交換だけでなくアースの落とし方など、音を確認しながらその場で手を加えるような作業が多いためだ。あくまでもメーカー保証外の行為であることを前提になるが、空間再現が豊かになる。音の広がりが向上するなどの効果はある。
この点、以前から尾形氏と話していたが、どうやらトップパネルが鉄製(磁性体)であることが原因のひとつであるらしい。だからマランツの高級機ではトップパネルを非磁性のアルミとしている製品もある。だが、コスト的にかなりの高級機でないと採用できないものでもあり、故障や事故への保護としては必須の部品でもあるので鉄製のパネルとなっているということだ。
結果を言うと、我が家では電源オン時はトップカバーを外している。分割式のサイドパネルはアルミ製なので音質的な影響も少ないということで装着したままだ。電源オフ時はほこりよけのための布を上にかけるようにしている。その手間が惜しくないくらいに音のヌケ、解放感が良くなったため。メーカー保証外になるのでおすすめはしないが、自己責任で試す覚悟がある人はぜひ挑戦してみるといい。ただし、一般的なAVアンプでは、トップカバーはサイドパネルと一体になっているため、完全にシャーシがむき出しの状態になり、事故や故障の危険も増すことに注意すること。
こうした細かな工夫はインシュレーター交換に比べるとひとつひとつは大きな効果を感じないものばかりだ。しかし、そういう小さな工夫も積み重なるとけっこうな違いになる。今回紹介した工夫は主にノイズ対策というかS/Nに寄与するものなので、AVアンプの音質向上という意味でもやる価値のあるものと言える。
また、AV 10やAMP 10のような高級機だから微妙な違いもわかるのだろう、という意見もあるだろう。それは確かだ。こういう小さい対策にも敏感に反応するのはAV 10やAMP 10ならではだ。だが、こういう工夫や対策は価格の安価なモデルではコストの関係で対策が十分でないことが多く、ものにもよるが安価なモデルの方が効果は大きいとさえ思う。それほど高価なコストを要するものでもないので、まさに暇をもてあました時にでも試してみることをお勧めする。
Dirac Liveを試してみた。いわゆる自動音場補正機能とは考え方もいろいろ違う
いよいよ今回の記事の最大の目玉である「Dirac Live」の導入だ。Dirac Liveはプロ仕様の室内音響の最適化技術で、海外の高級AVアンプでの採用のほか、国内メーカーではマランツとデノン、オンキヨーとパイオニアのAVアンプが対応している。
Dirac Liveにはいくつかの種類がある。「Dirac Live Room Correction Limited Bandwidth」は周波数帯域に制限のあるルームコレクション機能。「Dirac Live Room Correction Full Bandwidth」は周波数帯域の制限がないもの。ふたつの違いがあるのは多くのAVアンプの場合では使用するにはライセンス購入が必要となるため。オンキヨーとパイオニアのAVアンプは「Dirac Live Room Correction Full Bandwidth」が無料で使用できる。
そしてもうひとつ「Dirac Live Bass Control」がある。こちらもサブウーファー1台向けの「Single Subwoofer」、サブウーファーを複数使用しているシステム用の「Multi Subwoofer」がある。これらのいくつかある種類から最適なものを選んでライセンス購入をする。
注意したいのはDirac Liveのライセンス購入はユーザー単位ではなくAVアンプ単位となること。AVアンプを他の対応モデルに買い換えた場合、もしも新しいAVアンプでもDirac Liveを使うならラインセンスが別に必要になるわけだ。
ライセンス料は「Dirac Live Room Correction Full Bandwidth」で349ドル(Limited Bandwidthデ259ドル)と少々お高い。Dirac Live Bass Controlを合わせてライセンス購入する場合は799ドル(Multi Subwoofer)、649ドル(Single Subwoofer)で、筆者はDirac Live Room Correction Full BandwidthとDirac Live Bass Control Multi Subwooferのバンドル版のライセンスを購入した。今年1月の購入時では税込みで合計11万円ほど。どうせ買うならば全部入りという発想だ。
また、測定用のマイクも別途用意する必要がある。推奨品はminiDSP社の「UMIK-1」(1万9,800円)、高性能版の「UMIK-2」(3万9,600円)がある。こちらはUMIK-1を購入。測定時の固定用に汎用のブームマイクスタンドも購入した。
なかなか高額の出費だが、もともと興味を持っていたこともあるしマランツが標準で備える自動音場補正機能のAudyssey MultiEQ XT32はサブウーファーの補正も行なうAudyssey LFCも備えるが2台以上のサブウーファー使用時には使えないという制限がある。こうした点からDirac Liveの導入を決めた。昨年のオンキヨーとパイオニアでDirac Liveを試した結果が好ましい印象だったことも後押しした。
さて、Dirac Liveの実践だが、ライセンスの購入後はPC用のソフトウェアをダウンロードする。実際の測定はPCなどを使用する。PC用ソフトはWindows/Macがダウンロードできる。AV 10にもセットアップ項目にDirac Live Room Correction/Dirac Live Bass Controlの画面があるのだが、機能説明と導入方法が紹介されているだけで測定自体ではAV 10を使用することはない。国内のAVアンプに慣れているとPCを使用するのは面倒にも感じるが、その理由は測定された信号の解析はDiracのサーバーで行なうため。
また、海外のホームシアターでは機材を別室に置くような場合もあるが、AVアンプにマイクをつないで測定するのではマイクケーブルの長さが足りないこともあり、ホームシターの設計や施工を行うインストーラーには使いやすいのだとか。
AV 10はネットワーク接続ができる状態で電源を入れておけばよく、PCは同じ家庭内ネットワークに接続した状態であれば物理的に接続する必要はない。測定用マイクはUSB接続でPCに接続できるし、AV 10に接続しても認識する。
Dirac Liveのソフトを起動すると機器選択の画面になるので、AV 10を選ぶ。同一ネットワークに接続されていればすぐにソフトウェア画面に対応機器が表示される。これは測定用マイクも同様。同じようにマイクも選択する。最初はもうひと手間かかり、miniDSPのサイトからマイクのキャリブレーションデータをダウンロードしてこちらもソフトに登録する。購入したシリアルナンバーを入力すると実際のキャリブレーション用データが入手できる。さすがはプロ仕様。これらの登録が完了すれば準備完了だ。
今度は測定時の音量調整だ。各スピーカーからホワイトノイズが鳴るので適切な音量に調整する。基本的にはふだん使っている時と同じ音量でいいが、測定信号(スイープ信号)の帯域がかなり広くしかも低域の振幅も大きいのでスピーカーが壊れるかと心配になる。そこまで大音量で測定する必要はないのでマスター出力を絞って安全な音量に調整しよう。音量が大きすぎても小さすぎても測定が失敗するが、一般的な常識の範囲の音量ならほぼ問題はない。
次はいよいよ測定だ。測定は3つのパターンが用意されていて、最適化される範囲が選べる。お一人様専用、比較的広め、複数人で聴く場合の3つと考えていい。最適化される範囲が広くなるほどマイクの測定位置が増えていく。最小でも9箇所、最大では17箇所も測定する。筆者は基本的にひとりで試聴するし測定箇所が増えるのも面倒なのでスイートスポットは最小とした。いっそのこと1箇所の測定でピンポイントなスイートスポットでもいいと思うのだが測定エリアが極端に狭すぎると正確な測定ができず最適化したデータも部屋の特性が強調されすぎるなどデメリットもあるようだ。詳しくは後で補足するが測定箇所は多いほどより正確な最適化ができるようだ。
測定はPC画面の指示通りにマイクの位置を動かして最小で9回行なう。最初は視聴位置に頭の位置だ。ここを基準として前側の高い位置と低い位置、後ろ側の高い位置と低い位置の合計9箇所となる。マイク位置は狭いほど正確な測定になる反面狭すぎるとピーキーな補正になってしまうようだ。
また、カスタム設定で測定箇所を増やすことも可能だ。マイク同士の間隔に明確なガイドはないが筆者の場合は座っているソファの両端を目安に半径50cmほどの範囲で高さは頭一つ分としてプラスマイス20cmくらいの範囲とした。このあたりは今後いろいろと測定範囲を絞ったり広げたりして試してみようかと思う。
測定用の信号はサイン波が低周波から高周波まで連続的に変化するスイープ音だ。これがフロント左から始まって、サブウーファーまで接続されたスピーカーのすべてから音が出て、最後にフロント左からもう一度音が出て終了。これを指定の位置にマイクを動かしながら最小で9回行なう。なかなかに面倒だし、時間もかかるが仕方がない。
なお、測定時に部屋の外に出るなどすぐに測定が開始されないように2秒から15秒で待機時間を設定することもできる。このあたりはよく出来ていて、ソフト自体は日本語化されている(詳しいマニュアルは英語のみ)など、初心者でも特に困ることはない。
測定が終わると測定した周波数特性もすぐに表示される。このあたりはPC上のソフトウェアということもあり挙動は素早い。手間としては測定回数が多いことくらいだ。また、マイクの測定位置をスムーズに移動するうえでもブームスタンドマイクはあった方がいい。測定時のマイクは動かさないことが肝心なので手持ちは厳禁。miniDSPのUMIK-1には小型マイクスタンドも付属するが、これでは高い位置と低い位置の測定が難しい。
測定が完了したらフィルター設計だ。測定した各スピーカーの周波数特性とインパルス応答を確認することができる。グラフは拡大・縮小ができるほか、補正のためのターゲットカーブの編集なども可能。このあたりについてはまだまだ詳しく試すことができておらず、Dirac Liveの推奨値のままだ。好みに合わせてターゲットカーブの編集などをしていくのも面白そうだ。
インパルス応答は各スピーカーの音が出るまでの時間を測定したものでこれのずれがチャンネル間の位相の乱れにつながる。Dirac Liveはこの位相特性を重視しており、周波数特性を過度に補正することで位相特性が乱れる場合には周波数特性の補正を弱めるように動くようだ。これがDirac Liveの大きな特長になっている。
これで音響特性の最適化のための測定やフィルター設計は完了。気になったのは、各スピーカーの位置や距離、音量についての測定結果が表示されないこと。英語のマニュアルを翻訳しながら読んだところ、各スピーカーの設置場所さえ特に指定はない。これはプロ仕様の測定・補正システムなので基本的なことが省略されている可能性はあるが、測定によってソフトウェアがすべて把握し補正しているのでいちいち測定位置を表示しないし、数値上の測定位置を微調整する必要もないということらしい。
このあたりは一般のAVアンプが採用する自動音場補正とは印象が異なる。スピーカーの配置はサラウンド再生のガイドラインに沿った位置に置くべきだ。少なくとも左右の距離は合わせるべきだ。というようなことを金言として室内の音場測定をしてきた筆者にはちょっと意外だった。というかプロの現場ではそれらがきちんと設計されているのは前提条件なのだろう。
もう一つの大きな違いは、Dirac Liveの考え方として各スピーカーの周波数特性や位相特性を最適化していくというよりも部屋全体での音の鳴り方、各チャンネルの特性などをトータルで最適化しているようだ。言い換えると、測定した結果からその部屋の広さや壁の反射特性なども解析して部屋の音響特性を最適化するもののようだ。この最適化された音響特性のためのデータ(フィルター設計)はDiracが持つクラウドにある膨大なデータベースとシミュレーションされた室内の音響特性を照合し最適なものが生成される仕組みだ。
これと似たような事例としてLINNが採用するスペースオプティマイゼーションはマイクによる測定を行なわない。そのぶん、部屋の広さや天井高、各スピーカーの壁との距離(側面側と背面側)、視聴位置と高さなどを実測して入力していく。カスタム項目としては床や壁の材質まで入力できるようだ。つまりここから部屋の状態をシミュレーションし演算によって音響特性を算出する仕組みだ。
Dirac liveもどうやら測定によって室内の仮想モデルを構築して部屋全体の音響特性を最適化する考え方のようだ。いわゆる自動音場補正として目指す方向は同じだと思うが、アプローチの仕方に大きな違いがあると感じた。
このあたりはシアター設計など知らない一般ユーザー向けにスピーカー設置などのガイドにもなるようにスピーカーの距離や音量レベルなどを表示する一般的な自動音場補正と、専門家が設計した映画館を測定・解析するシステムとの違いと言えるかもしれない。そういう意味では専門家向けの機能と言うこともできる。
とはいえ、Dirac Liveも専門家だけでなく一般ユーザーでも使えるようになっているし、Dirac Liveとしての推奨値であろうフィルター特性も3つのパターンが生成され、AVアンプ側で切り替えて使えるようになっているなど、専門的な知識がなくてもその機能をきちんと使うことはできる。使いこなそうとすると大変だが、Dirac Liveの機能と効果は一般ユーザーが使っても十分に得られるものと考えていい。
さて、その3つのフィルターは自動的に生成されるし、ユーザーがフィルターデザインをカスタム化すればまた別のものが生成される。生成されたフィルターにはEinsteinなどの科学者の名前が付けられているようで、何度が測定をやり直すとそのたびに異なる名前(フィルター特性)に変わっている。そのフィルターから最大3つをAVアンプに転送すれば作業は完了となる。
フィルターの転送が完了すると、AV 10でDirac Liveが使えるようになる。AV 10にはスピーカーの設定などを「スピーカープリセット」として2つ記憶させることができるが、Dirac Liveのフィルターは自動的に「スピーカープリセット2」に登録される。Audysseyなどの以前の設定を「スピーカープリセット1」に登録しておけばその設定も維持されるというわけだ。そして、「スピーカープリセット2」のDirac Live側では転送した3つのフィルターを切り替えることも可能。
空間の広がり、部屋の壁を感じさせない音場に感心。不自然さのない感触が好ましい
ではDirac Liveでの測定で音はどう変わるか。実際に聴いてみた。
なお、Dirac Liveの導入に合わせて、我が家のスピーカー構成は6.2.4chから8.2.4chに変わった。要するにフロントワイドチャンネルを追加した。スピーカーは手持ちのB&W「607」だし、置き台は以前使っていたトールボーイ型スピーカーを使用したので余計なお金は使っていない。現在はフロントチャンネルだけパワーアンプをベンチマークの「AHB2」(2台をBTL接続で使用)に変えているので、余ったチャンネルをフロントワイドとして使っている。
これを含めての視聴印象でもあるし、そもそも前半のさまざまなセッティングの見直しで音はかなり変わっているが、それでもDirac Liveの良さはよくわかった。
まず音場が広い。そして部屋の壁という広さを意識しない開放的な音の広がりになったと感じる。そして音像定位もさらに明瞭になったと感じる。全面的に大きな進化だ。
S/Nの向上で細かな音の再現性や細かな音の余韻もしっかりと再現できるようになっているので、音場の自然さやリアルな空間の広さがよくわかる。
Dirac Liveに関する部分で言うと、チャンネルのつながりだ。フロントのB&W「MATRIX 801 S3」とフロントワイドのB&W 607では音の傾向は近いがとにかくサイズが違う。しかしチャンネルのつながりは良好で、607の音が鳴っているという感じがしない。その意味で言うとサラウンドもサラウンドバックも以前ならそのスピーカーが鳴っている感じが少なからずあったのだが、それが消えてあらゆる場所から音が出ている感じ、各スピーカーの一体感がさらに高まった。
Dirac Liveのフィルター特性も音の定位が良くなるものや、空間の広がりが優れるものなど、その違いもわかりやすい。ただし、測定をやり直すとフィルター名も変わるので、フィルター1は音像定位重視、フィルター2は空間重視というようなものというわけでもなさそう。実用上では3つのフィルターの切り替えなので、それぞれの違いを聴き分けて必要に応じて使い分ければいいだろう。自動生成される3つのフィルターだけでもかなり違いがあるので専門的な知識がなくても十分に使える、フィルター特性を自分でカスタマイズするようになればこれらの選択機能がさらに有効に活用できるだろう。
フロントワイドチャンネルの追加については、個人的にもあまり興味がなかったし、サラウンド再生でフロントスピーカーの外側に定位するような音も不足は感じなかったためだ。だが、実際にフロントワイドスピーカーを追加してみると、確かにフロントスピーカーの外側に定位する音もより実体感を増すが、それ以上にフロントスピーカーの間の音がより濃密になることに感心した。
筆者は設置場所の都合もあってセンタースピーカーは使っていないが、フロントワイドスピーカーの追加でセンターの音の実体感も高まる。そして、スクリーンに描かれる人や物が発している音もよりリアルな存在感が出てフロント方向の音場を含めてリアルな空間になると感じた。フロントワイドスピーカーも理想を言えばフロントと同じスピーカーにするのが理想だとは思うが、それよりもフロントワイドスピーカー追加のメリットが勝つと感じた。もちろん、スピーカーが増えて邪魔になるしコスト的負担もあるのでおすすめはしない。だが、スピーカーやAVアンプのパワーアンプが余っていて、スピーカーを置く場所なども確保できるようなら試してみると面白い。
良い製品は時間をかけてじっくりと使いこなしていくのが楽しい
マランツのAV 10とAMP 10はまだ半年ほどしか使っていないが、半年の間にかなりの進歩を果たした。今回の記事はそれらの成果をまとめたわけで簡潔にまとめてつもりでもかなりの長文になってしまった。こうして半年を振り返りながら原稿をまとめていくと、なかなか楽しい時間だったと思う。良い製品は買ってすぐに良さがわかるし、エージングが進めばさらに良くなる。だが、あれやこれやと手を掛けていくともっと良くなる。こういうところがオーディオやAVの面白さだと改めて思う。
特に前半の地味な使いこなしは安価な製品でも実践できることなので、面白そうな工夫があればぜひとも試してみてほしい。思いついたアイデアの半分くらいは失敗する。記事では省いたが実際には倍くらいの工夫や実験をしている。その失敗もノウハウになって単純に良くなるだけでなく、自分の好みに近づける手法がわかってくる。そうするとますます自分好みに愛機を育てることができるようになってくる。機械にどこまで愛情を注ぐかはその人次第だが、ぜひとも自分なりの愛機を育ててみてほしい。暇潰しどころかこれこそオーディオ/AVの楽しさだと実感してもらえると思う。
分解/改造を行なった場合、メーカーの保証は受けられなくなります。
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