小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第832回
民生機初! 4K/HDRで撮影可能なカムコーダ、ソニー「FDR-AX700」
2017年12月13日 08:00
民生機でHDRはアリか
テレビにおいて4Kは、ひとまず市民権を得たと思う。46型越えの大型テレビを買おうと思ったら、むしろHDのテレビを探すほうが難しいぐらいだ。
加えてHDRの需要もまだ一部であるが、着実に足がかりを得ている。放送こそないものの、Amazon Fire TVの新モデルではHDR出力が可能になるなど、すでにコンテンツ側の準備は整い始めている。一度でもHDRコンテンツを見たことがある人なら、次にテレビを買う時は有機ELでHDR対応モデルにしたいと思うことだろう。
その一方で、映像を撮影する方のHDR対応は、なかなか環境整備も含めてコストがかかる。LOGで撮影できるカメラは徐々に増えてはいるが、それを自分でカラーグレーディングしてHDRコンテンツを作るのは、コンシューマユーザーにはハードルが高いところである。
実はプロも同じ問題を抱えている。これまでカラーグレーディングなどやったことがあるのは、CMか映画のカラリストや編集者に限られる。だが今後HDR需要が高まるにつれて、ドラマやドキュメンタリー、あるいは報道などでも、HDRコンテンツ制作が求められていくだろう。
こうした中注目を集めているのが、HLG(ハイブリッド ログガンマ)による撮影だ。ご存じのようにHLGは、放送用HDRフォーマットとして、NHKとBBC(英国放送協会)により開発された規格である。HDRとSDRの2つのガンマカーブを内包し、どっちが適用されるかはディスプレイ側で決まる。
このため、撮影時にはビューファインダや液晶モニターがHLG対応でなくても、とりあえずは従来どおりのSDRで見られるため、撮影時に支障が無いところもポイントとなる。また編集も、グレーディングなしで単純に繋げば、HDRコンテンツができ上がるようになっている。
この10月に発売されたソニーの「FDR-AX700」は、民生機としては初めて、このHLG撮影に対応したハンディカムだ。元々は業務用機NXCAM「HXR-NX80」およびXDCAM「PXW-Z90」と兄弟機で、店頭予想価格は20万円前後だが、ネットの通販サイトではすでに20万円を切っている。
今回はHDR撮影を含め、AX700の新機能を色々試してみよう。
堂々の7番台を冠するハイエンド機
4KハンディカムはすべてFDRの型番が付けられているが、この中でのフラッグシップは未だ2014年発売のAX100であった。だが今回のAX700は、AXの100番台、しかもソニー的エースナンバーの7が付けられたハイエンドモデルということになる。業務用機と同スペックで作られていることからも、当然であろう。
ボディサイズはAX100よりも横幅が大きくなったが、全長は同じだ。重量はバッテリ込みで1,030gと、1kg越えとなった。しかしグリップ部に大きく丸みがあり、手のひらが下の方まで回り込む。浅く手を差し込んで、下から持ち上げるような設計となっているため、ホールドに安定感がある。
レンズはZEISS バリオ・ゾナーT*で、画角は29.0~348.0mm(35mm換算)の光学12倍ズームレンズ。全画素超解像ズームを搭載しており、4K撮影では最大18倍(522mm相当)ズームとなる。
4K収録は30pまで。ライバル機のキヤノン「iVIS GX10」が4K/60p撮影を可能にしただけに、このタイミングで30p止まりは残念だ。ただしボディがファンレス、吸排気口なしという放熱設計は、ソニーの面目躍如たるものがある。
絞りは7枚羽根の虹彩絞りで、3段階のNDが付いている。濃度は1/4、1/16、1/64で、後部のスライドスイッチで切り換えとなる。
センサーは1型Exmor RS CMOSで、総画素数2,100万画素、有効画素数は1,420万画素。センサー搭載のメモリにより、HD解像度で最大960fpsのスーパースローモーション撮影が可能だ。
またAFもα同様の「ファストハイブリッドAF」を搭載。AX100との比較で約3倍の高速レスポンスを実現した。撮像エリアの約84%、273点でAF動作が可能だ。
鏡筒部のレンズリングは、ズームとフォーカス動作の切り換え式。下部にはアイリス、ISO/ゲイン、スッタースピードの3ボタンがあり、それぞれが別個にオートとマニュアルの切換ができる。各パラメータは、前方にあるマニュアルダイヤルで操作する。
液晶モニターは3.5型、約156万ドット エクストラファイン液晶。HDR対応ではないが、アシスト機能により「それっぽい」表示で確認が可能だ。ビューファインダは0.39型OLEDで、約236万ドット。こちらもHDR対応ではない。
液晶内側には、SDカードのデュアルスロットがある。上下がズレた格好になっているあたり、パナソニックGH5を彷彿とさせる。なおソニーは従来、カードスロットはSDカードとメモリースティックマイクロの兼用スロットだったが、今回兼用スロットはAスロットのみで、BスロットはSDカード専用となっている。
メニュー操作は、背面にあるジョイスティックで行なう。液晶もタッチパネルだが、メニュー操作はできず、あくまでAFや露出指定のために使用する。メニュー階層はプロ機に合わせて、階層が浅く作られているため、わかりやすい。
背面にはフルサイズのHDMI端子がある。ただし位置的には一等地で、親指の置き場所が丁度ここになる。フタを開けるための突起が指に当たって痛いのが、難点だ。
ズームレバーは大型のシーソー式で、右サイドにはユーザーボタンが3つある。合計6つのユーザーボタンは、なかなか豪勢な作りだ。
着実な進歩が見られるフラッグシップ
HDR撮影の前に、カムコーダとしての進化点をチェックしておこう。まずは今回のウリの一つであるファストハイブリッドAFからだ。
単に狙ったところへフォーカスが合うのが速いというのは当たり前だが、ある地点からある地点へのフォーカス移動も、スピードが決められる。標準速は「5」だが、低速から超高速まで、1~7の間で選択できる。
また動いている被写体を狙う際に、どれぐらいAFを敏感に反応させるかも選ぶ事ができる。例えば花の間を飛び交うミツバチを狙う場合、あまり敏感だと花の隙間の向こう側にAFが抜けてしまうことがある。こうした撮影では、AFの反応を粘らせるほうがよい。この乗り移り感度も、1~5の間で選択できる。
加えて奥行き方向にどれぐらいの幅を持たせてAFを動かすかも選ぶ事ができる。例えば従来のソニー機では、テレマクロ気味での撮影の際に、手前の被写体にいくらタッチしても、全然フォーカスが来ないということがよくあった。だが奥行き方向を広く設定すれば、このような問題もなくなる。
4Kにおける手ぶれ補正にも対応している。一般に、4Kでは電子手ぶれ補正が使えないカメラが多く、HD撮影に比べると手ぶれに弱いという弱点があった。しかし、ソニーのハイエンドカメラでは、2014年の「FDR-AX100」が4Kの電子手ぶれ補正に対応、その後に登場した2016年の「FDR-AX55」では空間光学手ぶれ補正を導入。AX700では電子手ぶれ補正を採用している。
多少画角が狭くなるが、空間光学手ぶれ補正がなくても4Kで手ぶれを気にしないで撮影できる。
スーパースローに関しては、すでに「RX0」や「RX10M4」でテスト済みだが、一応サンプルをご覧頂こう。
簡単で効果が高いHLG撮影
では今回のメインである、HDR撮影をテストしてみよう。一言でHDRと言っても、実際には輝度のダイナミックレンジだけでなく、色域も拡がる事になる。したがってHDR撮影とは、ガンマカーブと色域の組み合わせでバリエーションがあるわけだ。
AX700ではこれらの組み合わせをピクチャープロファイルに記憶し、それを呼び出すことで各種HDR撮影ができるようになっている。HDRと呼べそうなガンマカーブには、以下のものがある。
ガンマカーブ | 特徴 |
ITU709 (800%) | S-LOG2/3での撮影前提のシーン確認用カーブ |
S-LOG2 | ソニーオリジナルのグレーディング用カーブ |
S-LOG3 | S-LOG2よりフィルムに近いカーブ |
HLG | ITU-R BT.2100準拠の標準カーブ |
HLG1 | HLG2よりノイズを押さえたカーブ |
HLG2 | 本機推奨(標準)のHLGカーブ |
HLG3 | HLG2より高ダイナミックレンジだが、SN比は落ちる |
詳しい解説は、以下のサイトを参考にするといいだろう。
これにカラーモード(色域)を組み合わせるわけだ。ITU709(800%)やS-LOGではカラーモードを自由に選択できるが、HLGは自動的にBT.2020が選択される。今回は以下のような組み合わせで撮影してみた。
S-LOG3が輝度も色味も低いのは、カラーグレーディング前の生映像だからである。またHLGにしても、この静止画のサンプルはITU709のディスプレイで見た際に近い色味になっているだけで、本物ではない。そもそもJPGフォーマットにHLGが規定されていないし、皆さんがご覧のディスプレイもHLG対応ではないだろう。本物を見るには、HLG対応のテレビに繋ぐ以外にないのである。
今回はソニーの4K液晶テレビ、BRAVIAの65型「KJ-65X9500E」にカメラを接続し、実際の表示を確認した。表示方法としては、カメラ側で映像を再生し、HDMI端子経由で見る方法と、テレビが対応するBRAVIAの場合、カメラはUSBマスストレージモードで接続し、ファイルをテレビ側から直接再生する方法がある。
ソニーとしては、USB接続のほうが自動で正しいモード(HLG)が選択されるため、推奨している。HDMI経由でも手動で正しいモード(HLG)を選択すればいいが、「オート」ではカットごとに最適な映像になるよう自動調整されるため、撮影時の意図とは違う色味やコントラストになる可能性がある。BRAVIA以外のテレビとHDMI接続する際も、テレビ側のHDRモードをHLGに選択する必要がある。
今回撮影したサンプルをHDR対応のテレビで見ると、逆光の花や枯れ葉の強烈な輝度と色味が再現され、撮影時に肉眼で見たシーンがかなり正確に再現できているのが確認できた。特に強い色彩を放つ行楽シーズンの風景などをこれで撮れば、相当楽しいだろう。普段滅多に行けない場所へ行くなら、ぜひこのカメラを持っていきたいところだ。
総論
これまでのフラッグシップAX100に比べると、AFにしてもハイスピード撮影にしても、3年半違うだけに、まさに数世代の差を感じさせる出来となっている。ただしその中間の技術はαやRXシリーズで小出しに搭載されており、それがついにカムコーダに集約された、ということであろう。
4Kでも電子手ぶれ補正が使えるので、残る問題は、いつソニーがコンシューマ機に4K/60pを積むか、という事に集約される。
ただ、一度この大台に乗ってしまえば、後続のカメラも4Kで電子手ぶれ補正が搭載されるようになる。問題は、いつソニーがコンシューマ機に4K/60pを積むか、という事に集約される。
HDR撮影に関して言えば、AX700は業務用機をベースに作られていることから、S-LOG2/3も搭載している。これまではLOGで撮るしか方法がなかったのだが、HLG搭載というのは一つのブレイクスルーになり得る。
ただそのHLGにしても4種類搭載しており、コンシューマユーザーがそれを正しく使い分けられるのか、という問題もある。コンシューマ機であれば、「HDR」というボタンを押せばHDR撮影に切り替わるぐらいの、単純さが欲しいところだ。
また視聴環境にしても、HDR対応ディスプレイはそこそこ出てきたが、HLG対応ディスプレイとなると、大型ハイエンドテレビくらいしか選択肢がない。4KのPCモニタではHDR10が標準となりつあり、手頃なモニターでHLGが見られるようになるには、まだ結構な時間がかかりそうだ。
そもそもHLGは日本だけでしか注目されておらず、ワールドワイド的には圧倒的にHDR10かDolby Visionだ。この両者は認定ロゴもあり、対応状況がわかりやすい。HLG対応ディスプレイの出遅れは、この辺にも原因があるだろう。
コンシューマユーザーが単純に撮って見るだけでHDRの良さがわかる、というニーズにおいては、HLGは強力なフォーマットだ。AX700の登場を機に、ディスプレイメーカーもこのフォーマットのメリットに気づいて欲しいものである。
ソニー FDR-AX700 |
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