小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第832回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

民生機初! 4K/HDRで撮影可能なカムコーダ、ソニー「FDR-AX700」

民生機でHDRはアリか

 テレビにおいて4Kは、ひとまず市民権を得たと思う。46型越えの大型テレビを買おうと思ったら、むしろHDのテレビを探すほうが難しいぐらいだ。

民生機で初のHDR対応ビデオカメラ、ソニー「FDR-AX700」

 加えてHDRの需要もまだ一部であるが、着実に足がかりを得ている。放送こそないものの、Amazon Fire TVの新モデルではHDR出力が可能になるなど、すでにコンテンツ側の準備は整い始めている。一度でもHDRコンテンツを見たことがある人なら、次にテレビを買う時は有機ELでHDR対応モデルにしたいと思うことだろう。

 その一方で、映像を撮影する方のHDR対応は、なかなか環境整備も含めてコストがかかる。LOGで撮影できるカメラは徐々に増えてはいるが、それを自分でカラーグレーディングしてHDRコンテンツを作るのは、コンシューマユーザーにはハードルが高いところである。

 実はプロも同じ問題を抱えている。これまでカラーグレーディングなどやったことがあるのは、CMか映画のカラリストや編集者に限られる。だが今後HDR需要が高まるにつれて、ドラマやドキュメンタリー、あるいは報道などでも、HDRコンテンツ制作が求められていくだろう。

 こうした中注目を集めているのが、HLG(ハイブリッド ログガンマ)による撮影だ。ご存じのようにHLGは、放送用HDRフォーマットとして、NHKとBBC(英国放送協会)により開発された規格である。HDRとSDRの2つのガンマカーブを内包し、どっちが適用されるかはディスプレイ側で決まる。

 このため、撮影時にはビューファインダや液晶モニターがHLG対応でなくても、とりあえずは従来どおりのSDRで見られるため、撮影時に支障が無いところもポイントとなる。また編集も、グレーディングなしで単純に繋げば、HDRコンテンツができ上がるようになっている。

 この10月に発売されたソニーの「FDR-AX700」は、民生機としては初めて、このHLG撮影に対応したハンディカムだ。元々は業務用機NXCAM「HXR-NX80」およびXDCAM「PXW-Z90」と兄弟機で、店頭予想価格は20万円前後だが、ネットの通販サイトではすでに20万円を切っている。

 今回はHDR撮影を含め、AX700の新機能を色々試してみよう。

堂々の7番台を冠するハイエンド機

 4KハンディカムはすべてFDRの型番が付けられているが、この中でのフラッグシップは未だ2014年発売のAX100であった。だが今回のAX700は、AXの100番台、しかもソニー的エースナンバーの7が付けられたハイエンドモデルということになる。業務用機と同スペックで作られていることからも、当然であろう。

堂々のフラッグシップ、AX700

 ボディサイズはAX100よりも横幅が大きくなったが、全長は同じだ。重量はバッテリ込みで1,030gと、1kg越えとなった。しかしグリップ部に大きく丸みがあり、手のひらが下の方まで回り込む。浅く手を差し込んで、下から持ち上げるような設計となっているため、ホールドに安定感がある。

 レンズはZEISS バリオ・ゾナーT*で、画角は29.0~348.0mm(35mm換算)の光学12倍ズームレンズ。全画素超解像ズームを搭載しており、4K撮影では最大18倍(522mm相当)ズームとなる。

光学12倍ズームレンズで、空間光学手ぶれ補正は搭載しない

 4K収録は30pまで。ライバル機のキヤノン「iVIS GX10」が4K/60p撮影を可能にしただけに、このタイミングで30p止まりは残念だ。ただしボディがファンレス、吸排気口なしという放熱設計は、ソニーの面目躍如たるものがある。

 絞りは7枚羽根の虹彩絞りで、3段階のNDが付いている。濃度は1/4、1/16、1/64で、後部のスライドスイッチで切り換えとなる。

背面にNDの切り替えスイッチ

 センサーは1型Exmor RS CMOSで、総画素数2,100万画素、有効画素数は1,420万画素。センサー搭載のメモリにより、HD解像度で最大960fpsのスーパースローモーション撮影が可能だ。

 またAFもα同様の「ファストハイブリッドAF」を搭載。AX100との比較で約3倍の高速レスポンスを実現した。撮像エリアの約84%、273点でAF動作が可能だ。

 鏡筒部のレンズリングは、ズームとフォーカス動作の切り換え式。下部にはアイリス、ISO/ゲイン、スッタースピードの3ボタンがあり、それぞれが別個にオートとマニュアルの切換ができる。各パラメータは、前方にあるマニュアルダイヤルで操作する。

大型リングでフォーカスとズームをコントロール

 液晶モニターは3.5型、約156万ドット エクストラファイン液晶。HDR対応ではないが、アシスト機能により「それっぽい」表示で確認が可能だ。ビューファインダは0.39型OLEDで、約236万ドット。こちらもHDR対応ではない。

液晶はタッチセンサー搭載
ビューファインダは0.39型OLED

 液晶内側には、SDカードのデュアルスロットがある。上下がズレた格好になっているあたり、パナソニックGH5を彷彿とさせる。なおソニーは従来、カードスロットはSDカードとメモリースティックマイクロの兼用スロットだったが、今回兼用スロットはAスロットのみで、BスロットはSDカード専用となっている。

カードスロットは2つ

 メニュー操作は、背面にあるジョイスティックで行なう。液晶もタッチパネルだが、メニュー操作はできず、あくまでAFや露出指定のために使用する。メニュー階層はプロ機に合わせて、階層が浅く作られているため、わかりやすい。

メニュー操作は背面のジョイスティックで行なう

 背面にはフルサイズのHDMI端子がある。ただし位置的には一等地で、親指の置き場所が丁度ここになる。フタを開けるための突起が指に当たって痛いのが、難点だ。

背面の一番いいところにHDMI端子

 ズームレバーは大型のシーソー式で、右サイドにはユーザーボタンが3つある。合計6つのユーザーボタンは、なかなか豪勢な作りだ。

大型シーソーズームレバーを搭載
前方にはマイクとUSB兼用マルチ端子がある

着実な進歩が見られるフラッグシップ

 HDR撮影の前に、カムコーダとしての進化点をチェックしておこう。まずは今回のウリの一つであるファストハイブリッドAFからだ。

 単に狙ったところへフォーカスが合うのが速いというのは当たり前だが、ある地点からある地点へのフォーカス移動も、スピードが決められる。標準速は「5」だが、低速から超高速まで、1~7の間で選択できる。

AF動作を自在にカスタマイズできるのがポイント
AF-Speed .mov(98.41MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 また動いている被写体を狙う際に、どれぐらいAFを敏感に反応させるかも選ぶ事ができる。例えば花の間を飛び交うミツバチを狙う場合、あまり敏感だと花の隙間の向こう側にAFが抜けてしまうことがある。こうした撮影では、AFの反応を粘らせるほうがよい。この乗り移り感度も、1~5の間で選択できる。

 加えて奥行き方向にどれぐらいの幅を持たせてAFを動かすかも選ぶ事ができる。例えば従来のソニー機では、テレマクロ気味での撮影の際に、手前の被写体にいくらタッチしても、全然フォーカスが来ないということがよくあった。だが奥行き方向を広く設定すれば、このような問題もなくなる。

「絶対手前にAFが合わない問題」も解決
AF2 .mov(22.06MB)
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 4Kにおける手ぶれ補正にも対応している。一般に、4Kでは電子手ぶれ補正が使えないカメラが多く、HD撮影に比べると手ぶれに弱いという弱点があった。しかし、ソニーのハイエンドカメラでは、2014年の「FDR-AX100」が4Kの電子手ぶれ補正に対応、その後に登場した2016年の「FDR-AX55」では空間光学手ぶれ補正を導入。AX700では電子手ぶれ補正を採用している。

手ぶれ補正は4Kでもアクティブモードが使える
stab .mov(55.45MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 多少画角が狭くなるが、空間光学手ぶれ補正がなくても4Kで手ぶれを気にしないで撮影できる。

 スーパースローに関しては、すでに「RX0」や「RX10M4」でテスト済みだが、一応サンプルをご覧頂こう。

960fpsのスーパースローモーションも、SN比がいい
Slow .mov(29.96MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

簡単で効果が高いHLG撮影

 では今回のメインである、HDR撮影をテストしてみよう。一言でHDRと言っても、実際には輝度のダイナミックレンジだけでなく、色域も拡がる事になる。したがってHDR撮影とは、ガンマカーブと色域の組み合わせでバリエーションがあるわけだ。

 AX700ではこれらの組み合わせをピクチャープロファイルに記憶し、それを呼び出すことで各種HDR撮影ができるようになっている。HDRと呼べそうなガンマカーブには、以下のものがある。

ガンマカーブ特徴
ITU709
(800%)
S-LOG2/3での撮影前提のシーン確認用カーブ
S-LOG2ソニーオリジナルのグレーディング用カーブ
S-LOG3S-LOG2よりフィルムに近いカーブ
HLGITU-R BT.2100準拠の標準カーブ
HLG1HLG2よりノイズを押さえたカーブ
HLG2本機推奨(標準)のHLGカーブ
HLG3HLG2より高ダイナミックレンジだが、SN比は落ちる

 詳しい解説は、以下のサイトを参考にするといいだろう。

 これにカラーモード(色域)を組み合わせるわけだ。ITU709(800%)やS-LOGではカラーモードを自由に選択できるが、HLGは自動的にBT.2020が選択される。今回は以下のような組み合わせで撮影してみた。

ガンマカーブ:OFF カラーモード:OFF
ガンマカーブ:S-LOG3 カラーモード:S-GAMUT3/5500K
ガンマカーブ:HLG カラーモード:BT.2020
ガンマカーブ:HLG1 カラーモード:BT.2020
ガンマカーブ:HLG2 カラーモード:BT.2020
ガンマカーブ:HLG3 カラーモード:BT.2020

 S-LOG3が輝度も色味も低いのは、カラーグレーディング前の生映像だからである。またHLGにしても、この静止画のサンプルはITU709のディスプレイで見た際に近い色味になっているだけで、本物ではない。そもそもJPGフォーマットにHLGが規定されていないし、皆さんがご覧のディスプレイもHLG対応ではないだろう。本物を見るには、HLG対応のテレビに繋ぐ以外にないのである。

 今回はソニーの4K液晶テレビ、BRAVIAの65型「KJ-65X9500E」にカメラを接続し、実際の表示を確認した。表示方法としては、カメラ側で映像を再生し、HDMI端子経由で見る方法と、テレビが対応するBRAVIAの場合、カメラはUSBマスストレージモードで接続し、ファイルをテレビ側から直接再生する方法がある。

HDRはHLG、色域はBT.2020になっていることを確認

 ソニーとしては、USB接続のほうが自動で正しいモード(HLG)が選択されるため、推奨している。HDMI経由でも手動で正しいモード(HLG)を選択すればいいが、「オート」ではカットごとに最適な映像になるよう自動調整されるため、撮影時の意図とは違う色味やコントラストになる可能性がある。BRAVIA以外のテレビとHDMI接続する際も、テレビ側のHDRモードをHLGに選択する必要がある。

HDMI接続で、上が手動でHLGに設定した時、下がオートに設定した時。見え方が違う

 今回撮影したサンプルをHDR対応のテレビで見ると、逆光の花や枯れ葉の強烈な輝度と色味が再現され、撮影時に肉眼で見たシーンがかなり正確に再現できているのが確認できた。特に強い色彩を放つ行楽シーズンの風景などをこれで撮れば、相当楽しいだろう。普段滅多に行けない場所へ行くなら、ぜひこのカメラを持っていきたいところだ。

HDRでの視聴は、撮影時の感動が甦る
HLG2で撮影した4Kサンプル
sample .mov(138.26MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

総論

 これまでのフラッグシップAX100に比べると、AFにしてもハイスピード撮影にしても、3年半違うだけに、まさに数世代の差を感じさせる出来となっている。ただしその中間の技術はαやRXシリーズで小出しに搭載されており、それがついにカムコーダに集約された、ということであろう。

 4Kでも電子手ぶれ補正が使えるので、残る問題は、いつソニーがコンシューマ機に4K/60pを積むか、という事に集約される。

 ただ、一度この大台に乗ってしまえば、後続のカメラも4Kで電子手ぶれ補正が搭載されるようになる。問題は、いつソニーがコンシューマ機に4K/60pを積むか、という事に集約される。

 HDR撮影に関して言えば、AX700は業務用機をベースに作られていることから、S-LOG2/3も搭載している。これまではLOGで撮るしか方法がなかったのだが、HLG搭載というのは一つのブレイクスルーになり得る。

 ただそのHLGにしても4種類搭載しており、コンシューマユーザーがそれを正しく使い分けられるのか、という問題もある。コンシューマ機であれば、「HDR」というボタンを押せばHDR撮影に切り替わるぐらいの、単純さが欲しいところだ。

 また視聴環境にしても、HDR対応ディスプレイはそこそこ出てきたが、HLG対応ディスプレイとなると、大型ハイエンドテレビくらいしか選択肢がない。4KのPCモニタではHDR10が標準となりつあり、手頃なモニターでHLGが見られるようになるには、まだ結構な時間がかかりそうだ。

 そもそもHLGは日本だけでしか注目されておらず、ワールドワイド的には圧倒的にHDR10かDolby Visionだ。この両者は認定ロゴもあり、対応状況がわかりやすい。HLG対応ディスプレイの出遅れは、この辺にも原因があるだろう。

 コンシューマユーザーが単純に撮って見るだけでHDRの良さがわかる、というニーズにおいては、HLGは強力なフォーマットだ。AX700の登場を機に、ディスプレイメーカーもこのフォーマットのメリットに気づいて欲しいものである。

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ソニー
FDR-AX700

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。