小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第886回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

途切れない“究極の左右分離イヤフォン”を目指して、NUARL「NT01AX」を試す

完全True Wireless?

左右分離型イヤフォンはすでに多くのメーカーが参入し、また低価格化も進んだことで、完全普及モードに入ったと言っていいだろう。そんな中、「TrueWireless」という言葉が一人歩きしているようにも思える。

NUARL「NT01AX」

再生機との接続がワイヤレスというだけでなく、左右も繋がってないからTrueWirelessだろうと思っている方もいらっしゃるかもしれないが、実はTrueWirelessはQualcommの音声伝送技術の名称である。

一般的にQualcommのSocを搭載した左右分離型イヤフォンは、左側がBluetooth経由で音楽を受信し、左チャンネルの音を再生するとともに、右側へ右チャンネルの信号を伝送する(左右逆の設計もあり得る)。現在のBluetoothの仕様では、再生機と受信機が1対1でペアリングするので、左右の音を分けてデバイスに伝送する事ができないからである。この伝送方式を「TrueWireless Stereo」と呼んでいる。

左右分離型で音切れが問題になるのは、この左右間の伝送が途切れるからだ。電波は水の中を伝送できないわけだが、頭というのは大量の血液が循環するため、頭の中を直進できない。そこで各社とも、音切れを無くすために、電波出力を上げたり、アンテナ形状を工夫したりして、頭を迂回して左右を接続している。

音切れしにくいことで知られるNFMIは、この左右間の伝送を、電波ではなく電磁誘導で伝送する。平たく言えば、磁力で伝送するわけだ。磁力は水中でも伝送できるため、頭の中を突き抜けて左右間を伝送できる。だから、音切れに強いと言われている。

一方でQualcommでは、すでに2017年からBluetoothで複数のデバイスに同時接続できる技術展示を行なっていた。その延長線上として、左右の音をBluetoothで別々に伝送する「TrueWireless Stereo Plus」という技術を実現した。

左右を独立して伝送できれば、左右間の音切れ問題は解決する。このTrueWireless Stereo Plusを搭載したのが、NUARLの「NT01AX」だ。昨年12月14日の発売で、価格は18,000円となっている。今回はこのイヤフォンを試してみたい。

TrueWireless Stereo Plusに対応したNUARLの「NT01AX」

左右完全分離伝送のメリット

TrueWireless Stereo Plusを実現するには、イヤフォン側にQualcomm製の対応Socが必要となる。NT01AXに搭載されているのは「QCC3026」で、今月に入って同Socを搭載した別メーカーのイヤフォンも登場してきている。

「QCC302X」シリーズの上位互換として、「QCC5100」シリーズというSocもある。こちらはTrueWireless Stereo Plusに対応するだけでなく、Qualcommのローレイテンシー技術「Qualcomm aptX Adaptive」にも対応する。こちらを搭載した高級モデルもそのうちリリースされてくるだろう。

一方で再生機側、すなわちスマートフォン側も、Snapdragon 845/855が必須となっている。すでに845搭載スマホもいくつか出ているが、既存モデルはTrueWireless Stereo Plusには非対応である。

Snapdragonは、チップ自体は同じでもオプション機能をどれだけONにするかで価格が変わってくる。既存モデルは機能を殺してあるという事だろう。今後、ファームウェアのアップデートで対応できるスマホも出てくるかもしれない。加えて正規対応モデルの発売も期待したいところだ。

TrueWireless Stereo Plusによる伝送には、音切れ以外のメリットがある。従来は1つの電波で2ch分の信号を伝送しなければならなかったため、接続の安定性とビットレートの天秤で、ギリギリのせめぎ合いを行なっていた。しかし今後は2つの電波でそれぞれ独立して1chを伝送すればいいので、接続の安定性が見込めるほか、ビットレートの向上も期待できる。

またイヤフォン側も、片方で受けて反対側へ伝送していると、片側だけバッテリーの消耗が激しいという事になる。例えば右側はまだバッテリーが十分なのに、左側のバッテリーがないために両方使えなくなるわけだ。しかし今後は左右別々に受信するので、バッテリーの減りが均等になる。同じバッテリー実装でも、連続利用時間は伸びるはずだ。

加えて音響設計上も、左右をまったく同じ回路にできるため、エンクロージャ容積が左右均等にできたり、製品サイズを小型化できるといったメリットもある。

高級感のある本体

先にお話ししたように、現時点ではまだTrueWireless Stereo Plusに対応したスマートフォンがない。したがって現時点での「NT01AX」は、若干先物買いという事になる。ただTrueWireless Stereo Plusが使えない相手に対しては、従来通りTrueWireless Stereoで接続するので、使えないわけではない。

また、新Socである「QCC3026」は、受信感度が大幅に向上しており、電波強度に応じたバッファリングのアルゴリズムも見直されている。現在のスマホ接続でも、メリットがあるはずだ。

ではまずハードウェアから見ていこう。イヤフォン本体のカラーはブラックゴールドとなっているが、光沢のあるチタンカラーといった風情で、なかなか高級感がある。IPX4相当の耐水性能を持つ。

カラーはブラックゴールドのみ

ドライバーは6mm径のダイナミック型で、振動板に硬質炭素素材のグラフェンをコーティング。高域の再現性及び応答性にメリットがあるという。連続再生時間は、SBCおよびAAC接続時は約10時間で、aptX接続時のみ約7時間となっている。リスニング時のノイズキャンセリング機能はない。

耳へのおさまりが良い設計

イヤピースは、シリコンタイプのものがS/M/L3タイプのほか、シリコン型イヤピースとしてファンも多いSpinFitの半傘タイプのものがやはりS/M/L3タイプ付属する。耳に固定するためのイヤーループはS/Lの2タイプが付属。

オリジナルのシリコンイヤピースが3サイズ
SpinFitの半傘タイプも3サイズ
イヤーループは2タイプ差し替え可能

フィット感はなかなか良好だ。個人的にはオリジナルのシリコンタイプのほうがしっくりくる。SpinFitは半傘タイプなので、奥まで入るが遮音性が低いように思う。

音導管の脇に接点が3つあり、ケース側の接点と接触して充電を行なう。本体を入れてフタをすることで、上から押さえられ、接点に接触するというスタイル。単に本体に差し込んだだけでは充電されない。付属ケースのバッテリー容量は、本体の2.5回分。イヤフォン充電には1.5時間かかるが、15分充電で2時間利用可能な急速充電機能を持つ。

音導管脇に3つの接点がある
ケースに差し込んだだけでは充電されない
ケースにはバッテリーの残量表示もある

スマートフォンとペアリングすると、LとRが2つ出てくる。どちらに繋いでもいいが、TrueWireless Stereo Plusに対応していないスマホの場合はどちらか1方と接続する事になる。

Bluetooth接続ではLR2つ出てくる

どちらにでもペアリングできるところから、電源を入れるごとにバッテリーの多い方に自動的に繋がるため、片方だけバッテリーが減る、いわゆる「片減り」を防止するという。

イヤフォンは左右に一つずつ電源ボタンがあるが、左の2回押しで次の曲、3回押しで前の曲に戻る。右は2回押しでボリュームダウン、3回押しでボリュームアップとなる。

ボタンの2度押し3度押しで機能が変わる

またNUARLではユニークなサービスを展開している。完全分離型だと片側だけ無くしてしまうということがありえるが、1年間だけは1回だけ、8,000円でイヤフォン本体のみ(ペア)を新品交換してくれる。ただし両方無くした場合は対象外だ。

また既存製品のNT01シリーズのユーザーは、10,000円で本機NT01AXにアップグレードできる。こういうサービスがあると、「次もNUARLに」という流れができるだろう。

バランスの良い音質、押し出しの強い音

では実際に音を聴いてみよう。メーカーも自身を見せる音切れ耐性だが、電波が混み合っていると思われる繁華街や駅構内を2時間ほど移動してみたところ、音切れはまったく見られなかった。ノイズキャンセリング機能はないので、遮音性はそれほどでもないが、音導管の径は一般的なサイズだ。各自好みのイヤピースに付け替えるなどして工夫できるだろう。

本機には、HDSS(High Definition Sound Standard)という技術が採用されている。「ETL (Embedded Transmission Line) 」と呼ばれる音響モジュールをエンクロージャ内に配置し、内部反響を押さえる技術だそうである。

音質的には低域から高域まで、色を付けずにバランス良く出るタイプ。確かに音の聴こえ方に雑味がなく、特定の周波数のクセが少ない。フルレンジドライバーながら高域の伸びが綺麗なのも、グラフェンコーティングのメリットと言えそうだ。低音はやや膨らみ気味でもう少しシャープさが欲しい印象もあるが、押し出しの強い音で好感が持てる。

イヤフォン自体にはセンサーがなく、耳から外したら再生が停止するといった機能はない。NFCには対応していないので、複数台の機器とペアリングを頻繁に切り換えたい人には、若干面倒だろう。

総論

完全分離型イヤフォンは、大手メーカーではなく、ベンチャー製品が先陣を切った。むしろ大手は後発参入だったのだが、2年前に発売されたAirPodsが現在もなお首位を独走するというのも奇妙な話だ。

もっとも、音切れ耐性ではAirPodsは定評がある。iPhoneと接続した場合、W1チップにより左右に分けて信号を伝送する、TrueWireless Stereo Plusと似たような技術をすでに実装済みだからだ。

そしてAndroid勢も、新Socの登場により、今年はこうした完全左右分離伝送がトレンドになりそうである。NT01AXはその先頭を走るモデルの1つであり、価格帯もAirPodsとほぼ同じだ。本当の性能を威力を発揮するのはTrueWireless Stereo Plus対応スマートフォンが出てからという事になるが、現時点でも音切れ耐性は高いので、先物買いしてもメリットの一部は享受できる。

昨今は1万円を切る分離型イヤフォンも珍しくなくなったが、音質、音切れ耐性、デザインの面でバランスが取れた製品はそれほど多くない。本機は久々に自分で買ってもいいと思わせる商品に仕上がっている。

Amazonで購入
NUARL
NT01AX
ブラックゴールド

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。