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新たな高音質Bluetoothオーディオ「HWA」とは? Huaweiと対応予定メーカーの現状
2018年7月31日 08:00
コーデックで音(音質)が変わる、それはデジタルオーディオの経験がある人なら体で理解していることだろう。今回紹介する「HWA」は、最後発のBluetooth/A2DP向けコーデックであり、近年急成長している中国の通信機器/スマートフォン企業・華為技術(Huawei)および、オーディオ分野も得意とする台湾の半導体企業の盛微先進科技(Savitech)から発信された。まだ情報は少ないが、特徴として最大96kHz/24bitのハイレゾ相当を実現するという。その現在と今後の見通しについて迫ってみたい。
Bluetoothオーディオとコーデックの関係
そもそもコーデック(CODEC)とは、音声の符号化(enCOder)と復号化(DECoder)を意味しており、この2つのプロセスが表裏一体となりデジタルオーディオ再生を行なうことに由来する。データに冗長な部分が多いリニアPCM音源は、サンプリングレートとビット深度に比例してデータサイズが大きくなるが、一定のルールに従い符合化すれば大幅にデータを圧縮できる。それを同じルールに基づいて復号化すると符合化前の状態に戻るため、データとして流通(ファイルのダウンロードやストリーミング)させやすくなるという寸法だ。
しかし、コーデックは魔法ではない。先ほど“符合化前の状態に戻る”と書いたが、それは情報を間引かない方式のコーデック(ロスレスコーデック)に限られる。代償としてデータ圧縮率は低くなるが、理論上はオリジナルのPCM音源を1bitの相違もなく保てるため(ビットパーフェクト)、FLACやALACなど音質重視の音源に重宝されている。
一方のBluetoothオーディオは、Hi-Fiオーディオでは事実上標準のプロファイル「A2DP」の仕様範囲内にデータ量を収めなければならない。本稿の趣旨から外れるため結論から述べるが、A2DPではBluetooth 2.xおよびその拡張規格EDR(Enhanced Data Rate)に沿わねばならず、電波の状況を考慮するとビットレートを1Mbps以内に収めることが現実的とされる。音楽CDのビットレートは約1.4Mbpsで、そのまま無圧縮ではBluetoothで伝送できない。圧縮してリアルタイムで伝送するには、現状では情報を間引く方式のコーデック(ロッシーコーデック)に頼る形となっている。
そこでどのコーデックを使うかということになるが、A2DPで必須の「SBC」、iPhone/iPadなどApple製品でサポートされている「AAC」、CD並みの高音質をうたう「aptX(アプトエックス)」、その高品質版に位置付けられる最大48kHz/24bit対応の「aptX HD」、そしてソニーが開発した最大96kHz/24bit対応の「LDAC」の中から選ぶことになる。他のコーデックに対応する製品もあるが、現在流通しているBluetoothオーディオ製品の大半はここに挙げた5種類のコーデックで構成されている。
「HWA」とは何なのか
今回のテーマである「HWA」について、日本法人を通じてメールインタビューの形で開発部隊に質問した。7月上旬の取材時点で「アルゴリズムに関する詳細は非公開」とのことで、結局のところaptXやLDACなど既存のコーデックとの仕様の比較は未了となってしまったが、取材で見えてきた内容をお伝えしたい。
なお、HWAの窓口はHuaweiだが、コーデックとしての中核部分はSavitechが開発した「LHDC」だ。彼らの提案を受けたHuaweiがLHDCをベースに「HWA」というコーデック名でまとめたというのが実際のところで、HWAのコア技術はSavitechが握っている。
Huaweiへの質問事項はHWAのWebサイトに掲載された情報をもとに作成した。「デコードはソフトウェアで行なう」のくだりは、後述するオーディオメーカーへの取材において「スマートフォンなどに搭載された汎用CPUにより実行されるソフトウェア(アプリ)がデコードの主要部分を担う」ことが判明したため尋ねた。
「Platinum」や「Gold」といったグレードについても同様で、デバイスが取得したグレードごとに再生できるフォーマットに差がある(ex. Platinumは最大96kHz/24bitでGoldは最大48kHz/24bit)という情報を受けてのことだ。その背景を踏まえつつ、以下のやり取りに目を通していただきたい。
――HWAとは、LHDCコーデックを使ったオーディオの技術/ブランドの総称のようなものですか?
Huawei:その通りですが、必ずしもLHDCが必須コーデックというわけではありません。なお、この仕様は変更になる可能性があります。
――LHDCコーデックはSBCの約3倍のビットレートとのことですが、他のLDACやaptX HDとの違いはどこでしょうか? MP3のような聴覚心理モデルに基づく非可逆圧縮 (ロッシー圧縮) とは異なるものですか?
Huawei:アルゴリズムの詳細は非公開となっております。
――対応チップの制限などはなく、どのようなデバイスにも搭載可能なものでしょうか? 処理能力の推奨スペックなどはありますか?
Huawei:対応するチップを搭載し、デバイスとして対応している必要があります。
――再生の条件にBluetoothのバージョンは指定されていないようですが、多くの製品が対応している「Bluetooth 2.1+EDR」程度で対応するものでしょうか? また、BluetoothプロファイルはA2DPを使用するという理解でよろしいですか?
Huawei:A2DPを使用しますが、Bluetooth 2.1+EDRでは最適なユーザーエクスペリエンスが提供できません。
――「Platinum」や「Gold」などというグレードが設けられているとのことですが、ライセンスはどのような形態になるでしょうか。採用したいメーカーなどにとって、ライセンス料のほかに何か条件はありますか?
Huawei:グレードまた各グレードによるライセンス形態等は、引き続き検討中です。
――96kHz/24bit対応とのことですが、現時点ではこの仕様が上限という理解で正しいですか?
Huawei:現状は、その通りです。
――デコードはソフトウェアで行なうとのことですが、アプリがバックグラウンド動作している時でも安定してデコードできる負荷の量という認識で正しいですか?
Huawei:その通りです。
――多くのオーディオメーカーがサポート/賛同を表明しているようですが、スマートフォン以外の製品にも搭載可能ですか?
Huawei:対応するBluetoothチップ、または必要であれば外部DACを搭載するなどすれば、スマートフォン以外のデバイスにも搭載可能です。
以上のやり取りから確認できたことの1つが、HWAは特定のコーデックに縛られないということ。HWAそのものはコーデックではなく、LHDCというコーデックを包括する再生規格という意味合いのようだ。A2DPを使用するということは、既存のBluetoothオーディオ機器同様Bluetooth 2.1+EDR/A2DPの環境下で動くことを意味し、その点ではaptX HDやLDACなど“ハイレゾ級”コーデックの代替技術といえるが、それはあくまで現時点での話。将来的には、HWAというブランド名を維持しつつ仕様が見直される可能性もありそうだ。
「対応するチップの搭載が必須」という回答については、デコード側(イヤフォン/ヘッドフォンなどレシーバー側)のことを指していると考えられる。LHDCエンコードはソフトウェア、LHDCデコードはハードウェア(IC)という棲み分けはLDACやaptX HDと同様で、ここにチップベンダーたるSavitechの商機があるのだろう。ただし、Android 8.0におけるLDACとaptX HDのようなエンコーダのオープンソース化については言及されなかった。
「Platinum」や「Gold」などのグレードについては、「検討中」という曖昧な回答に留まった。事前の調査では、「対応チップ(Savitech製)を搭載し96kHz/24bit再生に対応する」ものがPlatinumで、「対応チップは搭載しないが(アプリだけで)48kHz/24bitまで再生できる」ものがGoldという認識だったが、まだ正式には固まっていないという。だとすると、既にHWA対応機として発売されているP20 ProなどHuawei製端末は何なのか? という素朴な疑問が浮かぶが、その件についてはひとまず置こう。
P20の設定画面からHWAを読み解く
HWAに対応するオーディオ機器は発売されていないため、その音質を評価することはできないが、送出側の機器であるHuawei P20(Pro)の画面を注意深く見れば、コーデックとしての特長をいくつか読み取ることができる。
まず、ビットレートは選択可能だ。「設定」アプリで開発者モードを有効にしたうえで「開発者向けオプション」画面からコーデックにHWAを選択すると、再生音質として「接続品質重視の最適化(400KB/s)」と「音質と接続品質のバランス重視の設定(500/560KB/s)」、「音質重視の最適化(900KB/s)」、そして「ベストエフォート(適応ビットレート)」という4つの選択肢が現れる。LDACとビットレートの刻みは異なるが、おそらくはLDAC同様ゲインに応じてビットを配分し、その効果でデータ量を減らしているのだろう。
特徴的なのは、遅延の設定も可能なことだ。選択肢は3つ、「低遅延(50-100ms)」と「中遅延(150-200ms)」、「高遅延(300-400ms)」。対応する再生機器がない現状、聴感上どのような影響があるかは不明だが、低遅延時は音質重視(900KB/s)は選択できないなどビットレートとの関係性はありそうだ。
ほかにも、サンプリングレートとビット深度を選択できるなどコーデックとしてのオプション/パラメータはLDACやaptX HDとよく似ている。開発者モードを使わないかぎりこのような設定は不要だが、“ハイレゾ級”コーデックとしての必須条件を満たしていることは確かなようだ。
HWA対応製品を開発中のメーカーに聞いてみた
HWAという再生規格を策定したからといって、対応機器がなければ意味はない。旗振り役のHuaweiが送出側機器の主流たるスマートフォンを擁しているにせよ、HWA対応のヘッドフォン/イヤフォンなど受信側機器の充実は不可欠で、そうなるとパートナー企業の力が必要になる。つまり、オーディオメーカーが対応製品を開発してくれるかどうかにHWAの成功がかかっているのだ。
そのあたり抜かりはないようで、すでに多くのオーディオメーカーに声がかけられている。WEBサイトに「Trusted by world leading companies」として掲示されている企業名を見ると、日本からはオーディオテクニカやオンキヨー&パイオニア、TASCAM/ティアックなどの名前を確認できる。一方、欧米企業はドイツのゼンハイザーがあった。
そのなかでティアックの広報・開発チームにコンタクトを取り、HWA対応製品の開発状況についてヒアリングしてみると、Huaweiのメール取材では不明だったことがいくつかわかってきた。
まず、Bluetoothオーディオ機器でコーデックを採用するときの前提として、aptX/aptX HDおよびLDACは有利な位置にある。「Hi-Fi向けにはaptX対応が欠かせないためクアルコムのチップが必要で、事実上そこが開発の出発点になっているが、クアルコムのチップにはLDACを組み込める」(開発・加藤徹也氏)という事情があるからだ。
では、HWA/LHDCはどうかというと、「最高品質の96kHz/24bitを再生するにはSavitech製チップの搭載が条件になる」ため、すべてのコーデックをワンチップに集約することはできないという。NT-505やUD-505といったTEACのオーディオコンポに搭載されている最新世代Bluetoothモジュールには、プログラマブルなSoCが採用されており、それを利用してHWA/LHDAC対応させることは可能だが、Savitech製チップは搭載されていないため48kHz/24bit止まりとなる。
ごく初期の開発ステージのため、実機でじっくり試聴とはいかなかったが、「サードパーティーとしていち早くLDACに対応したように、Bluetoothには前向きに対応している。ユーザーにとっても“何でもつながる”ほうがメリットを感じるはず」(広報担当・加藤丈和氏)との言葉からもうかがえるように、開発は着々と進んでいる印象を受けた。
対応製品が登場してからが本番?
Huaweiの新端末発売にあわせてリリースされた「HWA」だが、現時点ではBluetooth/A2DPの新しい高音質コーデックとしてLDACやaptX HDと同列で語るのには違和感を覚える。パートナー企業はすでに40を数え、サードパーティーとして最初にLDAC対応を実現したティアックのようにBluetoothの経験豊富な企業も参加しているが、取材時点ではまだ準備段階のようで、未知数の部分も多い。
そう感じた第1の理由が、この記事執筆時点ではサードパーティーから販売されているレシーバ機器(ヘッドフォン/イヤフォンなど)がまだ無いこと。Huaweiの端末はすでに発売されており、HWAの信号を送出することはできるが、7月25日現在、対応製品を検索するページではスマートフォン以外の機器がヒットしない。P20/P20 ProにHWA対応イヤフォンが付属するわけではなく、6月11日に行なわれた製品発表会にも対応オーディオ機器の展示はなかった。
第2の理由が、アルゴリズムは非公開だとしてエンコード/デコードに関する情報を得られなかったこと。LDACのときはソニーの開発チームに直接取材したが、海外となるとなかなか難しい。折しもaptXやaptX HDと関連が深い特許(EP0398973B1)が2018年2月に期限切れしており、HWA公開のタイミングと近いことから、関連の有無も気になるところだ。
ただ、HWAはそもそも高価格帯のオーディオやスマホはそこまで重視していないのかもしれない。クアルコムのチップとaptX/aptX HDコーデックは多くのスマホに採用されているが、メーカーにとって安価とはいえないクアルコムのチップを使わずに済めば、コストダウンにもつながり、より低価格な機器でも高音質なワイヤレスオーディオを楽しめるようになる可能性はある。48kHz/24bitまでならばSavitech製チップが必須ではないという点も、注目に値する。
とはいえ、肝心の"音"を聴けないうえにアルゴリズムの概要すら不明な状況では、評価は難しい。パートナー企業の名前は出ているが、実際にどのような製品を開発中かの情報はない。ソニーがLDACを発表したときは、オーディオ機器を幅広く展開している実績からくる品揃え/品質両面の安心感はあったが、HWAの場合そこまでではない。ヘッドフォン/イヤフォンやオーディオコンポなど対応製品が出揃った時点で、機会があればもう一度取材してみるつもりだ。