トピック
音って何? 理想のイヤフォンって? 知ればオーディオはもっと楽しい! final音響講座
2019年6月27日 08:00
ある時は平面駆動型の「D8000」でヘッドフォンの究極に挑戦、またある時はダイナミック型カナルイヤフォン「E1000」で“中高生でも無理なく買える”高音質を提供。質実剛健なものづくりと音に対する直向きな姿勢でポータブルオーディオファンから支持を集めるのが、finalブランドを擁するS’NEXTだ。その大きな原動力のひとつが、音響技術・理論の地道な基礎研究だ。
基礎的な技術や理論の研究は音作りをする上で極めて重要だが、フォルムや新素材といった一見して判る要素と違い、新製品に盛り込んだとしてもなかなか判別し辛い。こういった要素の重要性を知ってもらおうと、一般には触れる機会が少ない基礎研究や、聴覚にまつわる基礎理論を学ぶ「イヤホン・ヘッドホンを楽しむための音響講座」を秋葉原で開催した。登壇したのは同社でシニアサイエンティストを務める浜崎公男氏。音作りにおけるサイエンス分野を支える、finalブランドのブレインの一人だ。
この講座は元々「自分達が扱う製品がどういう仕組みなのかをより深く知る」という目的で開いた、社内向けのセミナーだった。開発チームはもちろん、生産や販売、経営に至るまで、同社に直接勤める多くのスタッフが受講していた。これを「自分達だけでなく、ユーザーの皆さんにも」となるのがfinalらしいところ。まず同社ショールームで6枠×2回のクローズドな講座を実施したところ、参加者の反応が思いのほか良かったため、今回、100人規模の大型講義に拡大したという。
意外と知らない、耳のコト
突然だが、自分の耳が音を聞く原理をご存知だろうか。「そもそも音とはナニモノだろう?」と質問されて、正確に答えられるオーディオファンはどれだけ居るだろうか。
“音は空気の振動”、つまり波という事は広く知られている。空気の粒子がゴソッと移動すると、音ではなく風になる。音波は空気などの粒子が“その場で振動”し、その振動が“周囲に連鎖”して伝播する。こうして連鎖的に震えてきた空気が耳の奥にある鼓膜を震わせて、音を感知しているのだ。その瞬間に粒子には一時的に疎密が発生するが、これを図式化するとDSDの原理になる。
鼓膜には“つち骨”“きぬた骨”“あぶみ骨”という人体最小クラスの骨が3つ連なり、ここで振動が増幅される(この仕組はBAドライバーで応用されている)。その先は“蝸牛(かぎゅう)”という、読んで字の如くカタツムリ状の器官につながっている。カタツムリのアタマ側は方向感覚を司る三半規管で、音を近くするのはリンパ液で満たされた殻側だ。この中のコルチ器と呼ばれる部分に生えている有毛細胞が刺激されることで神経信号に変換され、音として脳に知覚されるのである。
面白いことに渦巻の入口側は高い音を、中心側は低い音を知覚する。これは音波の波長が高音ほど短いためで、波長が長くなる(低音になる)につれて刺激される部分も遠くなるからだという。
こうした内容を、浜崎氏はYouTubeに公開されている動画を交えつつ解説。「言葉で説明されてもいまいちピンと来ないが、動画ならば視覚を通して直感的に理解できる」と浜崎氏は語ったが、確かに動画ならば医学にも物理学にも暗くとも耳の仕組みがよくわかる。
スピーカーとイヤフォン/ヘッドフォンは求められる設計が異なる
オーディオは長らく原音忠実主義が主流となっており、使われるスピーカーにも“足さない・引かない”が求められることが多い。音の高さ(周波数)と音の強さ(音圧)の関係を図式化したものを周波数特性と呼ぶが、オーディオ用スピーカーの周波数特性はフラットなものが理想とされている。では、イヤフォン/ヘッドフォンの周波数特性も当然フラットが理想……と思いきや、答えは「No」。その理由は「音源までの距離にある」と浜崎氏は解説する。
音波は様々な振動を経て脳で知覚される。それは耳の中だけでなく外でもだ。音が鼓膜に届くまでには、聞く人自身の周囲にある空間を巡って狭い外耳道をくぐり抜ける必要があるわけだが、音は反射や回折(角の回り込み)などで変化する性質を持っており、同じ音でも聞く場所や距離などで聞こえ方は変わる。
浜崎氏によれば、人間の耳は高度な能力を持っており、耳の形など身体の影響に由来する音の変化については、自動的に打ち消して認識するという。言い換えれば、人間の耳は“身体の影響を打ち消す逆周波数特性を持っている”というのだ。
ところがこの能力、イヤフォン/ヘッドフォンリスニングにおいては厄介な問題を生む。イヤフォン/ヘッドフォンは耳に接した場所で音が鳴るため、スピーカーと同じ様にフラットな周波数特性を目指すと、逆周波数特性の能力によって“フラットな音がフラットに聞こえない”のである。そのため、イヤフォン/ヘッドフォンを作る際は、この様な逆周波数特性などを考慮し、最終的に良好に聞こえるような周波数特性(ターゲットカーブ)で設計されると浜崎氏は明かした。
オーディオをもっと楽しむために
医学・音響工学・聴覚心理学など、これらの理論はfinalブランドの活動や音作りに大きく反映されている。例えば今回の講座では、聴覚障害の危険性に触れており、その発生原理が紹介された。
長時間・大音量の環境にさらされると、過度な刺激で有毛細胞が摩耗し、聴覚は深刻なダメージを受ける。強い刺激を受け続けて毛が抜けるのは頭も耳も同じだが、残念ながら現代の医学では有毛細胞の再生は実現していない。オーディオ趣味を末永く楽しむために、聴覚保護は必須である。
また、先ほどのターゲットカーブに関する理論は、音響心理学などと併せて近年のモデルにおける音作りの柱に据えられている。平面駆動のフラッグシップモデル「D8000」や、ダイナミック型イヤフォン「Eシリーズ」などがそれにあたり、いずれも高い評価を得ている。
6月28日に発売される新製品「Bシリーズ」、「B1」(FI-B1BDSSD)」、「B2」(FI-B2BSSD)、「B3」(FI-B3B2SSD)の3モデルも、この様な研究の賜物だ。
オーディオはサイエンス(理論)とアート(官能)の融合、しかし聴覚にまつわるサイエンスの領域は解明されていない部分が多数ある。こうした未知に挑み続けることで、同社の音作りはこれからも進化を続けるだろう。
一方、アートの領域についても同社は研究を進めている。音楽の3要素と言えば“リズム”“メロディ”“ハーモニー”、対して我々人間が音を聞き分けるときは“音の大きさ(音量)”“音の高さ(音高)”“音色”の3要素に意識を向ける。この中でオーディオ評価は音色が特に重視されるが、音量[dB]や音高[Hz]と違い、音色を定量化する物理単位は存在せず、そのためオーディオ評論では「音が細かく聞き取れる」「ヴァイオリンがよく伸びる」といった、個人の感覚や経験に左右されるアバウトな表現が多用されている。
同社は現在、この様な官能評価を定量化するという作業を遂行している。講座で例に上がったのはワインの評価だ。ワインはアロマ(香り)が3層で分類されており、比喩に使われるものが「フルーツ → ベリー類 → ストロベリー」といった具合で国際的に共通化され、「アロマホイール」というチャート表でまとめられている。これにより評価の際にはアロマの特徴が掴みやすくなり、説明も容易になるという。こうした音色に関する印象の共通化は、実は学術の世界ですでに図られている。これがオーディオの評価でも浸透すれば、機種選択が容易になってユーザーの裾野が広がるのではないか、同社ではそう期待している。
今回の講座を含めた同社の取り組みは、いずれもオーディオの世界をもっと拡げるためのものだ。講座はかなり深い内容で、受講すると「もっと知りたい」という知識欲を刺激された。
個人的には大学などの公開講座として半年くらいかけて学びたい。残念ながら次回以降の開講予定は今のところ立っていないそうだが、細尾氏は受講者やユーザーの反応を見て今後を検討したいと語る。第2回以降の開講や、地方講義の要望などを同社に送っても良いかもしれない。
オーディオに限らず、様々な分野で表層的なマーケティングが重視される傾向がある。対してfinalは、音の基礎理論講座も、新たな評価方法や開発手法の導入・検討も「音の違いを通じて音楽をより楽しむ」というオーディオ趣味の根幹を大切にしており、そこから新たな製品が生まれているのが興味深い。「ブランドとはただの文字列でもなければトレードマークのバッジでもない、理念のあり方ではないだろうか」と考えさせられた講座だった。