レビュー

“キャラ立ちまくり”finalの意欲作「Bシリーズ」イヤフォンを聴き比べる

イヤフォン・ヘッドフォンにまつわる音響の研究をひたむきに続けるオーディオブランドのfinalが、興味深い提案を出してきた。ハイエンドヘッドフォンの「D8000」から、エントリーイヤフォン「E1000」に至るまで、同社の研究成果は既に活用されているのだが、そんな音響研究をより先鋭化させた新ラインとして「B series」3モデルを発表したのだ。これは是非一斉視聴し、その成果を体感したい! という事で、モデルごとの違いとブランドとしての一貫性をお伝えする。結論から言うと、オーディオ好きであるほど、どれを選ぶか悩むラインナップになっている。

上から時計回りにB1、B3、B2

なお、価格は、ダイナミック型とバランスド・アーマチュア(BA)型ユニット各1基のハイブリッド「B1(FI-B1BDSSD)」が69,800円(税込)、BAが1基の「B2(FI-B2BSSD)」が29,800円(税込)、BAが2基の「B3(FI-B3B2SSD)」が49,800円(税込)だ。

最新の研究成果を具現化するアグレッシブな新ライン

近年のfinalは、平面駆動ヘッドフォン「D series」、ダイナミックイヤフォン「E series」、BAドライバーイヤフォン「F series」を中心に、製品ラインナップを構築していた。これに加えて、全国各地で不定期開催している「イヤホン組立体験会」を発展させた、カスタマイズを前提とするイヤフォン「MAKE」という風変わりなシリーズも抱えている。

では新作のB seriesはどうかと言うと、同社の研究を具現化する実験場のような製品である。ブランドを運営するS’NEXTの細尾社長曰く「エンジニアの仮説を検証し、できるだけそのままカタチにするのがBシリーズのテーマ」。今回の3モデルは、“ダイナミックレンジ(Dレンジ)と音楽の聴こえ方の関係”を研究の主眼に置いて開発された成果物だという。

白を基調とした外箱のパッケージからして、従来製品とは性格が違う

信号の最小/最大比、オーディオで言うと音量の大小比を示すDレンジは、音源の制作環境によって一定の傾向が出る。同社が挙げる例としてはクラシック、特にマーラーなどはDレンジが超広大で、対して打ち込み音源やポップスなどはDレンジが狭く解像感が要求される、といった具合だ。

各メーカーの考え方による部分はあるものの、オーディオ製品の一般的な音作りは特定ジャンルに偏らず多様な音源を鳴らすことを前提としている。finalで例えると、E seriesのミドルレンジモデル「E3000」は「ジャンルレスで最大公約数を考えた製品」。誤解を恐れずに言うと、全教科80点主義だ。これに対してB seriesの3本は、特定科目で100点を取ることを目指している。特定のDレンジに的を絞った、一点豪華主義の贅沢なイヤフォンと言えるだろう。

B seriesは「最新の研究成果を反映する」ことをラインポリシーに掲げているため、次回以降の製品は全く違う視点の提案をするかもしれないし、その後にまたDレンジの理論に戻るかもしれないという。商品寿命としても未知数で「気になったらその時に買っておくべし」と細尾社長は話している。そういった面から見ると、一期一会なサウンドの邂逅を歓ぶオーディオ玄人好みのラインかもしれない。

パッケージにはイヤーピース一式、イヤーフック、リケーブル用シリコンシート、シリコンケースが同梱

ハウジング形状はMAKEシリーズと同じIEM型、見た目もドライバーも三者三様

B seriesは3モデルで構成されている。見分け方はカラーで、ナローレンジ向けの「B1」はローズゴールド、ワイドレンジ向けの「B2」はガンメタリック、中広レンジをカバーする「B3」はフロストシルバー。ハウジング素材はいずれもステンレスだが、表面処理の差を活用している。

左からB1、B2、B3。特にローズゴールドのB1はアクセサリー的な美しさに惹かれる
B1
B1とB2はマルチドライバーだが、電気的なネットワーク回路は非搭載。一般的に帯域分離のネットワークにはローパス用のコイルとハイパス用のコンデンサーが使われる。しかしコイルには位相を進め、コンデンサーには位相を遅らせる作用があり、音声信号を通すと位相ズレが生じるという問題が発生する。これを嫌ってアコースティックな物理抵抗だけで音響調整をしているという

形状はユニバーサルIEM、フィッティングは外耳道で一箇所、耳珠で一箇所、耳甲介で一箇所の三点支持。今の所、このカタチがfinalの最適解としている。

いずれもMMCXのリケーブルが可能で、標準で3.5mm潤工社シルバーコーティングケーブルが付属する。ちなみにデザインの一貫性を優先してか、B2のみブラック被覆のケーブルとしている。

同社製品の愛用者にはピンと来る人も居るだろう、実はこれ、MAKEシリーズと同じハウジングだ。世に出たのはMAKEが先だったが、実のところ開発はB seriesが先行しており、むしろMAKEの方がハウジングを流用したのだとか。開発にあたっては「なかなか修理できないイヤフォンを修理したい」という意図があり「そういう筐体を作ったらDIYにも使えた」としてMAKEで先行採用されたという。

2019年春のヘッドフォン祭で細尾社長は、このハウジングについて「たとえ新品交換の方が安くあがるとしても、長く愛用してもらうために修理という選択肢は用意しておきたかった」と語っている。そのため生産は修理体制も用意されている本社工場。基本的にユーザーが開けることは想定していないとしながらも、修理が容易なネジ止めの分解構造だ。

搭載するドライバーも様々で、B1は1D(ダイナミック)・1BAのハイブリッド、B2は1BA、B3は2BA。ドライバー構成を見て分かる通り、B seriesの製品ナンバーは決してヒエラルキーではない。実際に価格を見ると、B1がおよそ69,800円(税込)、B2が29,800円(税込)、B3が49,800円(税込)だ。

工業製品全般に言えることだが、一般的に価格が高くなると性能が良くなる。その理由は希少素材や高等技術の投入という面と、マーケティングやブランディングの面が挙げられるが、感性の充足を旨とするオーディオは、研究をするとコストと音の良さは必ずしも一致しない事があるという。

そういうものが製品化されると、決して高くない素材で作った割に、良い音を鳴らすハイコスパモデルがひょっこり出てくる訳である。

そういう製品は実に面白いし、消費者としては大歓迎だ。しかし、マーケティングの面から見ると話は変わる。音が良い低価格モデルは高級モデルの売上を減らしてしまう恐れがあるのだ。その場合はマーケティングのポジションが上手く取れず、製品そのものがボツになるという可能性も出てきてしまう。「確かにヒエラルキー構成はマーケティングの定石だが、それによってユーザーに面白いものを届けられないとなると本末転倒」とは細尾社長の談。

E seriesイヤフォンは一般的なピラミッド型のラインを敷いており、高価格な上級機ほど音が良くなるよう設計されているが……
B seriesの関係図はご覧の通り。モデルナンバーも製品化にゴーサインが出たものから与えられるとのこと。かつてソニーが展開していたQUALIAも似たような思想だったか

キャラクターが立ちまくりの3モデル、響きの質に一貫したfinalらしさ

肝心の音はどうか、今回も「ホテルカリフォルニア」「ワルツフォーデビイ」「ヒラリー・ハーン/バッハ ヴァイオリン協奏曲」の3曲で探った。

大雑把に傾向を評価すると「パリッとしたB1」「フワッと広がるB2」「その中間のB3」といったところだろうか。

B1のパリッとした音としては、ホテルカリフォルニアにおけるギターの撥弦が特に顕著だ。シンバルも1発1発が非常に硬質で、スティックが金属を叩くと硬さが出ている。ヴォーカルは帯域がナロー気味だが非常に明瞭で、エレキギターもドラムも解像感に由来するしっかりした音像を感じる。それぞれの演奏に角が立っている一方で、楽器間の音の混ざり方はイマイチ。各楽器がそれぞれ明瞭に聴き分けられるので、耳コピやソルフェージュにおける分析的な聴き方にはもってこいかもしれない。

この傾向はヒラリー・ハーンのバッハでより顕著に感じられた。倍音はわりと鳴っているが、それ以上に各楽器が硬質な響きで耳に飛び込んでくる。特に通奏のチェンバロは、楽器特有の撥弦音がなかなか面白い。宮廷貴族がサロンを楽しんでいた様な、バロックのアイコニックな音を出していて、これが結構際立っている。ただし、独奏のヴァイオリンと少々喧嘩している様な気もする。ヒラリー・ハーンのストラディバリウスはもっと豊かに響くはずだと、頭の一部が訴えてきた。

こういうアコースティックな響きに命が宿る音楽は、あまり得意ではない模様だ。それよりも解像感・ビート感でグルーヴを呼び覚ます、カリッとしたスピード感のあるEDMやフュージョンなどの音楽と相性が良い。それでも響きはそれなりに伴っている、というのがこのイヤフォンの凄い所。

市場にはこれよりもずっと硬質な音を出すイヤフォンが数多出回っているが、それらと比べるとずっと耳へのアタックが優しい。「解像感が欲しい! でも耳に痛い音はちょっと……」という、高品位なカリカリさをお求めならば、是非一度試してほしい音だ。

カリッとした現代的なサウンドがお好みならば、B1は期待に応えてくれるはず。ハイレゾリューションな音の刺激はピカイチで、ハウスやアシッドといったエレクトロニック・ミュージックの愉しさを遺憾なく発揮するだろう

B1に対するこの評価が、続いて聴いたB2では一変する。ホテルカリフォルニアはB1と正反対の、アタックの優しい丸みを帯びた音だ。ギターもシンバルも、角にヤスリをかけたようなRがついている。アコギを聴くとそれなりに解像していることを感じさせるが、それ以上に音が溶け合うし、エレキギターには懐かしささえ感じさせる雰囲気がある。スッと真ん中に躍り出るヴォーカルの存在感も特筆ポイントだ。それでもヴォーカルに芯が通っているのは、BAのサガなのか。

ワルツフォーデビイでは、ピアノの演奏に詩を読んでいるような、語りかけてくるような優しさを感じた。音源由来のヒスノイズが自然で、それでもドラムが入ってアンサンブルが始まると、キッチリと情報量が出ている事も感じる。この辺が昔とは違う、現代のイヤフォンと感じるところだ。

ダブルベースのマルカート感はちょっと薄い。耳には優しいがもうちょっとボディの効いた、弾力のある音が来てほしい。それでもスネアの小気味よいブラシの音はなかなか粒が細かい。基本はシルキーで滑らかな音がつながっているが、それでも何故かソフトフィルターの奥にリアルさを感じる。この不思議な感覚は全体的に言えることで、ソフトフィルターがかかったようなふんわりした雰囲気を湛えながら、しっかりとした情報量に由来するリアルさがある。

ヒラリー・ハーンをかけると、B2は水を得た魚のように歌いだした。冒頭のトゥッティ3音はアンサンブルが一塊となって耳に届き、合奏としてひとつの音になっている。ヴァイオリンはキンキンした刺激が無く、どこまでも優しい音が心地良い。それでいてカデンツァ前のクレッシェンドなどは良い緊張感を保って、迫ってくる曲想のパワーをしっかりと出している。こういう音楽的に繊細な表現が得意な様子だ。

全体的に音の塊、エネルギーが押し寄せてくる、深層意識に衝撃を受ける様な迫力のある表現をする一方で、音の調子としては解像感カリカリではないので、僅かな鳴りの違い・刺激を敏感に感じさせるような描き分けは不得手。ジャンルを問わずちょっと古風なアナログの音源との相性が良さそうで、ロックならば70年代のアメリカンやヨーロピアンサウンドか。クラシックを歌わせるとヨーロッパのスピーカー、特にタンノイなどを想起させる。個人的にはプレステージシリーズのブックシェルフモデル「オートグラフ・ミニ」が頭に浮かんだ。ある意味で最もfinalらしいサウンドで、従来からのfinalファンにはB2が最も耳に馴染むかもしれない。

B2は一転してスモーキーな雰囲気と柔らかさが印象的。英国のレトロなスピーカーでアコースティックな音楽を聴くような味わいがあるが、その中にも現代的な情報量をしっかり出してくる

最後に聴いたB3は、一言でいうと「使いやすい」。ホテルカリフォルニアは例えばアコギの角がキッチリと立ち、エレクトリックベースは骨の太い低音がキビキビと動く。一方でアンサンブルもそこそこ良く溶けている。各楽器がそれぞれ際立ちつつ、少し俯瞰すれば全体的に混ざり合う。ヴォーカル表現は秀逸で、芯が通りつつも色気を伴った響きが付帯する。角も立ち、響もあり、芯も通っている。パッと聴きのインパクトも聴き込みの奥深さも譲らない、なかなかにハイレベルな音だ。

ワルツフォーデビイはダブルベースが印象的で、なかなか弾み、芯もある。ピアノも芯がありつつ、優しい響きも持ち合わせている。いずれも一音一音が際立っていて、各楽器に存在感があるのだが、それでいて背景として流れる黒子の音もちゃんと出せるのはお見事。ダブルベースソロになるとピアノとドラムはスッと存在感を抑えられていた。ドラム、スネアのアクセントには“トン”という良い強調感がきちんと表現されている。粒立ちだけでない、響きだけでもない、表現としての演奏を聴けた。

ヒラリー・ハーンはどうか。冒頭トゥッティの3音で、ヴァイオリンの響きとチェンバロの粒が同時に且つ自然に鳴ったのには大いに感心した。ヒラリー・ハーンのソロ、特に音が低くなると、ウッドの豊かな箱鳴りが聴こえる。朗々と歌われる調べからは柔らかい響きと硬質なパワー感が同居しており、違和感なく踊る様がとても心地良い。この曲ではチェロとチェンバロの通奏低音によるアンサンブルで特に聴けた。そんな中で切なげなカデンツァの緊張感にハッとさせられる。ここは響きと芯と解像感が高次元で両立しないと表現できない場所だが、そういうところで脳髄の奥まで訴えかけてくるのは流石だ。

高音に痛々しさ、キンキンした刺激が無いのも良い。硬質になりきらず、甘すぎず。粒立ちと響きのバランスが3本の中で最も良い。音楽的な語彙が豊富な、かなり器用な1本。ただ、音はどちらかと言うと硬めだ。これよりももう一段の柔らかさとエネルギーが欲しいなら、E5000を選んだ方が幸せになれるかもしれない。

B3は今回の3本の中で、最も万人受けしそうなバランス型だった。E5000をもう一歩硬質で情報量を出す方向に降ったサウンド、と言えば伝わるだろうか。他の2本にも言えることだが、響きの質がいずれも豊かな点にfinalブランドの一貫性を感じる

特定音源に特化したB1/B2、汎用性が高いB3。どれを選ぶかが悩みどころ

その出自が故に初めての高級イヤフォンとしてはなかなかオススメしにくいB seriesだが、だからこそ開発意図もサウンドキャラクターも明確に伝わってくる。音楽の種類や好みが様々なように、イヤフォンの性格や音も様々だ。そんなイヤフォンの多様性を端的に表現している様に見える。

この3モデルはコスパやヒエラルキーではなく、純粋に音の好みで選ぶイヤフォン。それだけは間違いないだろう。つまりユーザーによって最適解が異なる、その違いこそが面白い。

音の傾向は「カリカリ音の刺激が最高!」なB1、「ふんわり音場の心地良さが至高!」なB2、「上品な響きも高精細な刺激も譲れない」B3と言った様子だ。今回聴いた3モデルの中ではB3が最も守備範囲が広いと感じたが、そもそもB Seriesは、言ってしまえばキャラ立ち上等、なイヤフォンである。そういう事を考えると、安牌としてB3を選ぶよりもB1やB2の方が……。あるいはE5000も視野に入れつつ、選択の際は実際に音を聴いて自分の好み(とお財布)と相談しながら、大いに悩む楽しみを味わうことを強くオススメする。

天野透