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U-NEXTがGoogleの「Media CDN」を採用した理由

U-NEXT・CTO(最高技術責任者)のリー・ルートン氏。取材はオンラインで行なわれた

U-NEXTは、同社がコンテンツ配信に利用するCDN(コンテンツ・デリバリー・ネットワーク)として、Googleの「Media CDN」を採用したと発表した。

CDNとは、映像配信などでコンテンツが滞りなく利用者のもとに届くよう、負荷分散と最適なネットワーク利用を実現するシステムであり、広く一般的に利用されている。目には見えない「もう一つのインターネット」のような役割を果たしている。

映像配信でCDNが果たす役割はなんなのか。なぜGoogleのMedia CDNを採用したのか、他のCDNとどう違うのかなどを、U-NEXT・CTO(最高技術責任者)のリー・ルートン氏に聞いた。

動画配信を支える「CDN」とはなにか

U-NEXTとGoogleのMedia CDNの話をする前に、CDNとはなにかをおさらいしておこう。

インターネット上でコンテンツを見るには、特定のサーバーからデータを転送する必要がある。文字であろうが写真であろうが、ゲームのようなアプリケーションであろうが、映像であろうが、原理は変わらない。

一方で、毎回全員がサーバーまでデータを取りに来ると、これは大変だ。サンフランシスコにあるサーバーへ世界中の人がアクセスすると、どれだけ太平洋の回線網が太くても耐えられない。また、大量のアクセスが集中するとサーバーの方もこれまた耐えられない。

というわけで、本来必要な「コンテンツを提供するサーバーへのアクセス」を肩代わりするのがCDNの役割だ。

色々な地域にサーバーを置き、専用のネットワークでつなげた上で、人々は元々コンテンツがあるサーバー(便宜上、以下記事中では“オリジンサーバー”と呼称する)までアクセスすることなく、自分の近くにあるCDN内のサーバーにアクセスするようにする。

我々はそのことを意識することなく、オリジンサーバーへアクセスしている「つもり」なのだが、実際にはCDNのサーバーへアクセスしている。結果的にネットを混雑させることも、オリジンサーバーを混雑させることもなく、快適にサービスが利用できるようになる。この、「我々から見えない」という部分がCDNの特徴とも言える。

U-NEXTも動画配信サービスである以上、CDNを使わなければネットインフラに負担をかけてしまうし、快適なサービスが提供できない。そのため、CDN事業者と契約を交わしてサービスの安定・快適化に腐心しているわけだ。

U-NEXTは国内の動画配信事業者としては最大手の1つ
4月に公開された最新の資料では、U-NEXTの有料会員数は258万7,000人となっている

効率以上に「エンジニアに負担をかけない」のがGoogleの利点

というわけで、ここから本題に入る。

今回話題の中心となるGoogleの「Media CDN」は、今年4月23日から27日、米ラスベガスで開催されていた放送業界向け展示会「NAB Show 2022」に合わせて一般公開されたもの。Googleも当然CDNに依存しているのだが、自社開発・自社運営していたCDNを他社に広く公開し、サービスとして提供することはなかった。

Googleは「NAB Show 2022」に合わせて、「Media CDN」を一般公開した

Media CDN のご紹介 - 没入体験を実現する拡張可能な最新プラットフォーム

U-NEXTはこの「Media CDN」を採用する最初の事業者の1つになる。U-NEXTは今年3月よりMedia CDNを使い、すでに実際に配信事業を提供済みだ。

「やはり『YouTubeが使っているCDN』に興味がありました」

U-NEXTのルートンCTOはそう笑う。

実際には、Media CDN=YouTubeのCDNというわけではなく、Media CDNはあくまでGoogleが外部のパートナー向けに提供するCDNサービス、という位置付けである。

「YouTubeのCDN」という点に興味はあったようだが、実際にU-NEXTがMedia CDNを採用した理由はまた違うところにあった。

ルートンCTO(以下敬称略):なによりエンジニアとして見た場合、CDNの複雑さを隠していて、よりモダンな構造になっている点が重要です。

CDNには長い歴史があります。いまや数千・数万のサーバーを使い、リアルタイムに処理を分散しているので、結果としてシステムが複雑になっています。ですから、利用する側(筆者注:CDNを使ったサービスを運営する側)も、ちゃんとシステムのことを勉強しておく必要があるんです。チューニングできる部分も多く、CDN側も専属のエンジニアをつけて、コンサルテーションを行ないながら調整の期間をとります。

しかし、Media CDNはそうではなかった。そこが採用のポイントです。Media CDNの場合、使えるようになるまでには数日。新しい設定の追加も数時間で終わりました。フェイル・プルーフが効いていて、間違った設定にしてしまう心配が少ない。これはエンジニアとしては重要なことです。なにより、ストレスになりにくい(笑)。どこの何を変えたのか、はっきりと自信をもって言えます。「ドキュメントの細かいところを読みきれていないと危ないことがなる」ということはないんです。

良好な品質の中でも「さらに万全」を期してマルチCDNを採用

CDNを評価する上で重要な要素は「CDNへのヒット率」になる。ユーザーが動画などにアクセスする際、オリジンサーバーまで行かず、CDNまでの通信で終了する率が高いほど、ユーザーとしては待ち時間が短くなり、快適になる。

ルートン:消費者から見れば、CDNは「存在しない」ように感じるのがベストです。一番いいのは、すぐ再生が始まることで、シークしたらすぐその場所から再生が始まることです。

ここ最近はインフラ全体が良くなっていることもあって、設計も変わってきています。以前は「ロード時間」、すなわち、再生をクリックしてから実際に再生が始まるまでの時間を見ていました。再生が始まるまで「グルグル」と回り続けることが求められていたわけです。それを実現するための要素を分解すると、「ダウンロード速度」や「CDNのキャッシュヒット率」が重要になります。

ルートンCTOは、「特に日本の都会では、回線事情が良いので、CDNによる差は結果的に小さくなっている」としつつも、「Media CDNが、いままで使ってきたCDNの中ではもっとも効率は良い」と話す。Googleが公開している数字によれば、CDNキャッシュのヒット率は「98.3%」。すなわち、98%近くのコンテンツがCDNまでのアクセスで完了しており、コンテンツ提供者側のサーバー(オリジンサーバー)までのアクセスが必要なものは、アクセス全体の2%以下である、ということになる。

ルートン:現在、特に日本の環境は良いので、多くの環境では「グルグル」も出なくなっています。CDNの差をヒット率で考えることはあまりなくなりました。

とはいえ、その上で、CDNのキャッシュヒット率などは、映像配信事業者にとって大きな影響があります。オリジンサーバーへの負荷が大きいと、全体のコストが上がることになります。キャッシュ率が安定しない場合、オリジンサーバーに急にトラフィックが来ることになります。弊社のようにオリジンサーバーがオンプレミス(自社運用)の場合、突発的なトラフィックに備えることはコスト増にもつながります。

キャッシュ率が高くてかつ、オリジンサーバーへと予想外のトラフィックが来ないことが、長期的なコストメリットになるんです。

実はU-NEXTは、以前から複数のCDNを使い分ける「マルチCDN」構成を採っている。利用者側での利便性と、自社での利便性の両方を考えてのことだ。

ルートン:単純にコストだけを考えると1社に絞る方がいいです。当然ですが。しかし弊社ではあえて、現状で4つのCDNを使い分けています。あえて高くなる「マルチCDN」構成にしているのは冗長性を確保するためです。

その中で、さらに品質の良いもの、次に総合的にコストが低いものを選んでいる……ということになるでしょうか。

ルートンCTOも言う通り、CDNは消費者には「見えないのがベスト」である。だから、ここまで話した内容も、実のところ、利用する側である我々にはあまり関係ない……と言ってしまえばそれまでである。

だが、ルートンCTOはこうも言う。

ルートン:よく社内では、こんな例えで説明するんです。

レストランがあるとします。

厨房での調理や食材の選択には、皆全力を尽くすものです。

しかし、どんなにいい料理ができても、厨房からテーブルまで運ぶところで転んだら台無しなんですよ。どんなにコンテンツが良くても、デリバリーが良くなければ意味がありません。

現状のインターネット・サービスプロバイダーの状況だと、すべての経路で最高の状態を確保するのは難しいです。さらに、ラストワンマイル(自宅などへの回線の引き込み状況)はどうしようもない。

でも、他のインターネットの状況はなんとかできるかもしれない。1つのCDNがなんらかの条件で問題が出たとしても、他のCDNでカバーできれば大丈夫です。

そうした部分でサービス品質を考えるために、U-NEXTはマルチCDNを採用しているのだし、彼らのような事業者向けのビジネスとして有望だから、GoogleはCDN事業をやるのだろう。

インターネット関連事業はまさに「インフラ」であり、動画配信も「見えないインフラ事業」に支えられていることを、ちょっと覚えておいてほしいと思う。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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