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Dolby Atmosでホームシアターはどう変わる? パイオニア「SC-LX58」で天井音&移動感を体験

 パイオニアから9月上旬に発売されるAVアンプ「SC-LX58」(178,000円)は、クラスDアンプを採用したLXシリーズながら、価格を抑えたLX5x型番の新モデルとして注目であると同時に、パイオニアとして初めて、Dolby Atmos(ドルビーアトモス)に対応している事も見逃せない(Dolby Atmosへの対応は発売後の無償ファームウェアアップデートで実施)。

SC-LX58

 ただこのDolby Atmos、ホームシアターにおいて、どのような形でBDビデオソフトが発売されるのか? BDプレーヤーとアンプを接続した際、どのように伝送・処理されるのか? そしてスピーカーはどのように接続するのか? わからない事が多々ある。今回、パイオニアにおいて、Dolby Atmos対応ファームを適用した「SC-LX58」を試聴させていただくと共に、Dolby Atmosとはどんなものなのかを探ってみた。

LX58の進化点

 Dolby Atmosの話の前に、「SC-LX58」のAVアンプとしての進化ポイントを紹介したい。試聴してわかった事だが、この進化ポイントは、Dolby Atmosの魅力を味わうという面でも密接な関係にあり、見逃せないポイントだ。

技術部 第1技術部 技術1課の平塚友久副参事

 LX58は定格出力210W(4Ω)×9chの9.2chアンプだ。全チャンネルイコールパワーのクラスD「ダイレクト エナジーHDアンプ」を採用しているのはLXシリーズでお馴染みだ。しかし、LX58ではこの「ダイレクト エナジーHDアンプ」をブラッシュアップしている。

 具体的には、ルビコンと共同開発した高品位なPML MUコンデンサを採用している。技術部 第1技術部 技術1課の平塚友久副参事によれば、もともとルビコンからSTシリーズというコンデンサを使ってくれないかという売り込みがあったという。しかし、パイオニアでチェックしたところ、音質面でややキャラクターが乗っていたため、より色付けの少ないコンデンサを作ろうと、パイオニア&ルビコンが共同で開発。そうして生み出されたMUシリーズをLX58に投入している。

基板の黄色く見える部分が、ダイレクト エナジーHDアンプの高効率化を支えるパワー素子「Direct Power FET」
ペンで指し示している部分がPML MUコンデンサ
デジタルボード部分

 パーツの共同開発という面では、DAC基板に搭載するオペアンプも、新日本無線(JRC)と共同で開発。素材配置や配線といったレイアウトの最適化、音質への影響も考慮して設計。高品質シリコンウェハを使い、ワイヤー素材も音質の良かった金ワイヤーを採用。「高解像度と澄んだ中高域を実現した」という「NJM4585」というオペアンプが完成した。

 平塚氏によれば、ダイレクト エナジーHDアンプは駆動力が高く、トランジェントも良いため、コンデンサなど、細かなパーツの音の良し悪しが、アナログアンプと較べてすぐにわかるという。「音の良さがダイレクトに出ますが、逆に音が悪いと“ボロが出やすい”シビアさもあります。ですから、音の上流から細かなパーツにこだわっています」とのこと。新しいパーツを採用しているだけでなく、それに合わせ、各部もチューニングされている。

 DACには、ESS製の8ch用DACであるSABRE 32bit Ultra DAC「ES9016S」を2基採用し、9.2chの全チャンネルに使っている。従来モデルの「LX57」は、「ES9016S」(8ch DAC)と、「ES9011S」(2ch DAC)を組み合わせていた。「ES9016S」×2基となった理由はサブウーファにある。LX57、LX58はどちらも2台のサブウーファを接続できるが、LX57は2台のサブウーファに同じ音が出力されていたのに対して、LX58は1台1台、別の音、別のチャンネルとして音を出力できるようになった。その結果、従来の構成ではDACが足りなくなったという。

 2台のサブウーファで別々の音を出すようにした理由は、「スペースなどの問題で2台を両方前方に置く事ができず、片方を後ろにするなど、ユーザー様の環境で、2台のサブウーファをリスナーから同じ距離に置く事が実際には難しいため」(事業企画部 商品企画部 コンポーネント企画課の山田喜行氏)だという。LX58であれば、それぞれのサブウーファの設置位置に合わせた音を出す事ができるわけだ。

 パイオニアのAVアンプでは、再生環境と全チャンネルスピーカー特性の最適化を行なう、MCACCやフェイズコントロール技術も特徴となるが、LX58ではそれも「MCACC Pro」に進化すると同時に、機能の整理が行なわれている。

 機能差は以下の表の通りだが、簡単にまとめると、VSA824のような入門モデルで採用される「MCACC」は、アンプ内部の調整と、位相管理(フェイズコントロール)を行なうもの。VSA-1124などの「Advanced MCACC」はそれに加え、部屋の影響による音質悪化(定在波)の低減や、ソフト側の位相管理も行なうもの。そして「MCACC Pro」は、マルチウェイスピーカーのユニット間の位相まで調整し、全体域で再現力を向上させる「フルバンドフェイズコントロール」と、スピーカーのより正確な設置ができる「プレシジョンディスタンス」もプラス。アンプ、部屋、ソフトに加え、スピーカーまで調整と位相管理を行なうものと位置づけられている。

MCACC Pro
(SC-LX)
Adv.MCACC
(VSA-1124)
MCACC
(VSA-824)
スピーカー調整
(大小/音量/距離/クロスオーバー)
全て同じスピーカー
同じ距離で鳴らしたようになる
EQ
全てのスピーカーの
音色が同じになる
○(3D)○(3D)○(2D)
フェイズコントロール
低音の迫力が増し
聴こえなかった音も聴こえてくる
(アンプ)
フェイズコントロール・プラス
低音の迫力が増し
聴こえなかった音も聴こえてくる
(ソフト)
スピーカー極性
スピーカーの±が
間違っていたら教えてくれる
スタンディングウェーブ
部屋の影響による音質の
悪化(定在波)を減らせる
SW EQ
低音の音色を調整できる
○(デュアル)
フルバンド・フェイズコントロール
マルチウェイスピーカーの
ユニット間の位相まで調整
全体域で再現力を向上
プレシジョンディスタンス
スピーカーのより正確な設置

Dolby Atmosとは? ホームシアターでどのように再現するか

 ではLX58が対応を予定している「Dolby Atmos」に迫っていこう。

 そもそもDolby Atmosとは、2012年4月に映画館向けとして発表されたドルビーの立体音響技術で、世界で対応劇場が増加。採用映画も既に120タイトルを超えている。その技術が今後、ホームシアターにも入ってくる形になる。

 Dolby Atmosの特徴は、ドルビーデジタルのような、従来からあるチャンネルベースのミキシング方式と、動きを持つオブジェクトベースのダイナミックなオーディオミキシングを組み合わせている所にある。

SC-LX58、フロントパネルの上部。Dolby Atmosのロゴではなく、シンプルなDolbyロゴとなっている

 Dolby Atmosの音声データは、主に動きの無い環境音で構成された、従来のチャンネルベースの“ベース層”と、その上に重ねる、動きのある音響の層で構成されている。これらは音響要素データとして用意されおり、再生時にどのように配置し、再生していくのかを記述したメタデータも添付されている。それを踏まえて家庭や劇場で再生を行なうというわけだ。

 従来のチャンネルベースのミキシングでは、標準的な劇場やシアタールームを想定して、クリエイターがサラウンド音声を作っている。それを、各劇場や家庭で再生して楽しむわけだが、再生する環境の広さや、スピーカーの数の違い、配置の違いなどにより、クリエイターが意図したサラウンドが必ずしも再現できるとは限らない。

 Dolby Atmosの場合は、例えばリスナーの周囲を虫がグルグル回る音の場合、グルグルまわっている音をソフトに収録しているのではなく、虫の羽音データと、“この羽音をユーザーの周りでグルグル回せ”という指示書が添付されているイメージだ。AVアンプは、レシピが添付された食材を受け取ったシェフのようなもので、ユーザーの環境に合わせ、動きなどを最適化しつつ料理(再生)してくれるため、より精密かつダイナミックなサラウンドが実現できるというわけだ。Dolby Atmosの規格としては、最大128トラックのロスレス音声の同時処理、最大64chのスピーカー出力まで対応している。

 気になるのは、このDolby Atmosがホームシアターにどのように入ってくるのかという点。ソフトとしては、従来のBDビデオと同じBlu-rayディスクで、Dolby Atmos対応のソフトには、従来のTrueHD 5.1chなどの音声に加え、Dolby Atmos用の音声データとメタデータが収録される。

 BDプレーヤーとAVアンプを接続し、AVアンプがDolby Atmos対応の場合、Dolby Atmos用音声データとメタデータを読み取りに行く(伝送はビットストリーム)。Dolby Atmos非対応のAVアンプの場合は、ドルビーTrueHDなどの、従来のHDオーディオデータが伝送される。それゆえ、Dolby Atmos対応のソフトは、従来のBDプレーヤーでも再生可能だ。

 Dolby AtmosをデコードするAVアンプに、どのようにスピーカーを組み合わせていくかはそのAVアンプに搭載しているアンプのチャンネル数によって異なる。例えば、Dolby Atmosの特徴でもある天井設置スピーカーはトップスピーカーと呼ばれ、3ペア(6台)を設置した場合、前方からトップフォワード、トップミドル、トップバックフォワードと呼ばれる。天井に2ペア(4台)しか設置しない場合はトップフォワードとトップバックフォワード、1ペア(2台)の場合はトップミドルのみとなる。

パイオニアのDolby Atmos対応試聴室。天井に3ペアのトップスピーカーが配置されている

 なお、トップスピーカーの配置は、視聴位置から左右30度前方の壁から、後方の壁に向かって垂直に伸ばした直線に沿って配置するのが理想。そのように配置できない時は、横の壁や壁と視聴位置の間に設置する必要がある(フロントスピーカー真上から後方へ)。トップフォワードとトップバックワードは、真上から前後に、対称の距離で設置。トップスピーカーの高さは、フロントスピーカーの高さの2倍から3倍になるよう配置するのがオススメだという。

 また、従来のAVアンプは5.1ch、7.1chと、“フロアスピーカーの数.サブウーファの数”で記載しているが、Dolby Atmosの場合は“5.2.4”(合計9.2ch)という具合に、最後にトップスピーカーの数を記載する。5.2.4chの場合は、フロアに5台のスピーカーを、サブウーファ2台、天井に4台(トップフォワードとトップバックフォワード)という構成になる。

 さらに、トップスピーカーを設置する事が難しい環境に向け、フロアに置いたスピーカーの上部に、上方に向けて音を放出し、天井に音を反射させて、擬似トップスピーカーを実現する「ドルビーイネーブルドスピーカー」が、各スピーカーメーカーから発売される可能性がある(パイオニアも米国での投入を予告している)。手軽に“天井からの音”が実現できる技術だが、天井の高さや、音を反射する素材が使われているかなど、様々な条件もあるという。

 なお、同じ天井からの音でも、トップスピーカーから出す音と、天井に反射させて聴かせるイネーブルドスピーカーから出す音は変わってくるが、それもAVアンプ側で自由度の高いDolby Atmos対応アンプの場合は、最適な音にして出力できるという。

Dolby Atmos+MCACC Proが可能なLX58。そのサウンドは?

事業企画部 商品企画部 コンポーネント企画課の山田喜行氏

 平塚氏によれば、従来のHDオーディオサラウンドのデコードと比べ、Dolby Atmosを処理するAVアンプには、かなりの処理能力が求められるという。そこで、LX58には、DSPを2基搭載。LX57にも2基のDSPが搭載されていたが、LX58ではより高性能なDSPで、クロック周波数もアップしたものが採用されている。

 その結果、単純にDolby Atmosを再生するだけでなく、その音にMCACC Proの処理をかけて再生する事が可能になっている。「Dolby Atmosを再生できるというだけでは不十分。我々が長年培ってきた技術であるMCACC Proをかけた状態で再生できて初めてパイオニアのAVアンプの音と言えます」(山田氏)と、LX58でも特にこだわったポイントとなっている。

 では実際に音を聴いてみよう。

 まずはAVアンプのアンプとしての基本的な再生能力を知るため、2chのジャズ・ボーカルを再生。女性ボーカルの声の出方、ベースの音に注目して聴いていると、従来モデルより、さらにトランジェントが良く、音がバッと出て、スッと消える様子が無駄なく、ハイスピードで展開。音のキレが良く、音像の輪郭も極めて明瞭。音場も深く、立体的だ。かといってカリカリにエッジを立たせた音ではなく、LXシリーズらしい、腰の座った安定感も備えている。2chアンプとしてもかなりのクオリティと言っていいだろう。

 HDオーディオのサラウンドを、フルバンドフェイズコントロールなど、MCACC Proをフルに活用した状態で再生すると、スピーカーの位相が全てカチッと揃った事で生まれる、ゾクゾクするような精密な描写と、体をフワッと包み込むような音像の一体感が心地良い。PML MUコンデンサの採用など、細かなパーツの改良で、よりクリアで精密な描写に進化した部分が、MCACC Proを適用する事で、さらに活きてくる印象だ。

 いよいよDolby Atmosコンテンツを聴いてみる。鳥や虫が飛び交うようなデモ映像だが、Dolby Atmosの威力を体験するには十分な内容だ。スピーカーセッティングは、5.2.2chだ。

天井に3ペアのトップスピーカーから、トップミドルを使用。5.2.2chで試聴した

 HDオーディオのサラウンドと比べ、鳥や虫といった、スピーカー間を移動する音の明瞭さと、移動のスムーズさが、一聴してすぐにわかるほど向上する。また、森の木々のざわめき、風の音といった周囲に広がるサウンドと、その空間の中を飛び回る鳥や虫の、奥行き方向の位置の違いがキッチリわかる。目の前で落下した落ち葉が舞う小さな風の音が、背後にまわっても明瞭に知覚できると同時に、その落ち葉の音のずっと奥で吹いている風や、森の音が“ちゃんと遠く”聴こえる。これにより、音場の立体感もよりアップしている。

 天井からの音も凄い。豪雨の時に、天井に雨が当たるパタパタという音が、本当に天井から聞こえる。同時に、近くの雨音から少し離れた空を、風がビュービューと吹いているのがわかる。その距離感の描写に感心していると、突然「バシャーン!!」という雷鳴。このカミナリの音がまた凄い、遠くで吹いている風の音よりさらに遠くの上空、遥か彼方で鳴っているのが、音の表現としてしっかりわかる。嵐の日に家にいれば、似たような音を誰しも聞いた事があると思うが、それがシアタールームの中でほぼ完全に再現できているのは驚きの一言だ。

 Dolby Atmosの凄さは良くわかる。これだけでも十分凄いと思うが、MCACC Proをかけるとさらに凄い。端的に言えば、スピーカーの存在が完全に消えたかのように感じる。

 MCACC Proをかける前のDolby Atmosサラウンドは、スピーカーから音が出ている事が知覚できるが、MCACC Proをかけると、各スピーカー間の繋がりが良くなり、フワッと広がる音に完全に包み込まれるため、“このスピーカーからあの音が出ていて”という感覚がまったく無くなり、自然界の音の広がりとほとんど同じように感じられる。

 スピーカー間を鳥が飛ぶ音も、MCACC Pro無しの場合は「リアスピーカーの左から、右へと移動して、おお、移動感もスムーズだ」と感じていたが、MCACC ProをONにすると、どこまでの音がリアスピーカーの左から出ていて、どこからが右なのかわからないほど繋がりが良く、かといってボワッとフォーカスが甘いサラウンドになるのではなく、その繋がりの良い空間の中を、ある意味、気味が悪いほどシャープで立体的な鳥の羽音が、違和感なくグルっと周りながら飛んでいく。

 スピーカー間の繋がりの良さと、定位の明瞭さ、それらが今までのホームシアターでは聴いたことがないレベルで実現できており、トップスピーカーを加える事で、上方向にもさらなる広がりが展開する。Dolby Atmos対応のソフトがどのくらいのペースで登場してくるかはまだわからないが、Dolby Atmos+MCACC Proのデモは、今までホームシアターを楽しんできた人であれば、良い意味でショックを受けるクオリティだろう。

 パイオニアとしてDolby Atmos初対応となる「LX58」は、本来であれば単にDolby Atmosが再生できるだけも凄いところだが、MCACC Proの適用も可能にする事で、さらにもう一歩先の世界へと進んでいる所が高く評価できる。ホームシアターの未来を体験できると同時に、それを巧みに使いこなせるアンプと言えるだろう。

(山崎健太郎)