プレイバック2019

機械式時計はオーディオと似ている。オリエントスター愛が買った2つの時計 by 麻倉怜士

私が機械式時計にはまり始めたのは、2003年頃。その理由は、オーディオやビデオ分野でデジタル化が急速に進む中、改めて蓄音機やレコードプレーヤーでアナログレコードを聴いた時の新鮮な感動と同じストーリーだ。デジタルオーディオも、生演奏の音を追求し続けているが、実際に音の振動を変調せず、そのまま再現するアナログレコードを蓄音機で聴くと、デジタルより遙かに感動的な生命力があることに驚く。まさに音楽が湧き出ずるという表現がぴったりだ。

我が家の壁にはこれまで集めた世界各地の機械式腕時計が蝟集

機械式時計はそんなアナログオーディオによく似ている。水晶振動子によってデジタル電気的に駆動するクオーツと違い、ゼンマイを動力にし、ギアや歯車が動いて、最終的に時刻表示にまで至る。それはオーディオで言うと、まるで針の振動をそのまま拡声する蓄音機だ。どちらも「音が出る」「時刻を表示する」という本質機能のプロセスが具体的なイメージとして想像できるのが共通している。

機械式時計は人間的だ。クオーツという電子部品 ――見えないし、わけのわからないもの―が時を支配し、ひいては人間を支配するのではなく、ゼンマイに動力を与えない限り、時は動かない……というのが、機械式時計の醍醐味だろう。時刻情報表示以上の深遠な価値や、文化的・伝統的な積み重ね、人間の英知が詰まった小宇宙のようなロマンを、私は深く感じる。この中で歯車とゼンマイの組み合わせが正確に時を刻んでいるのだなあ……と時刻を確認するたびに想像する。

実際には、時は絶えることなく、滑らかに流れている。秒針がステップ式に1秒1秒動くクオーツ式は時刻を知るのに大変便利だが、機械式はきわめて細やかになめらかに秒針が動くという点で、より忠実に深遠な時の流れを表現している。

機械式の中でも、特にオリエントスターが好きだ。その魅力はズバリ、パワーリザーブインジケーター。ゼンマイの巻き上げの残量を文字板上に表示する、機械式ならではの機構だ。他メーカーだと搭載商品はごくわずかだが、オリエントスターはすべてパワーリザーブだ。

オリエントスターと、その他のオリエント製品コレクション
上質感溢れるオリエントスター

時刻よりも先にパワーリザーブインジケーターに目が行ってしまう。「時計君は今どれくらい元気かな」「そろそろ巻いてやらなきゃ」と、時計の体調がすぐにわかり、何かしてあげようと思う。対話できるといってもいい。自動巻きだと「元気がないな。そろそろ一緒に運動しようかな」と、私自身にもアクティブになる。対話しながら、生気を吹き込んであげると、時計はどんどんどん元気になるし、私自身もより時計と親密になれる気がする。

私はたくさんパワーリザーブ腕時計を持っているので、「午前はこの子、午後はこの子を着けよう」と、複数のガールフレンドと付き合っているような感覚になる。

本格的な機械式時計「オリエントスター」は、1951年に「輝ける星」をイメージして誕生した伝統のブランドだ。以来68年にわたり国内生産に徹し、ユーザーの熱き支持を受けてきた。私もこれまでGMT、他分野からのインスピレーションのレトロフューチャーシリーズ(自転車、レコードプレーヤー、ギター)、スタンダードモデル、セミスケルトンモデル、モダンスケルトンモデル、スポーツコレクションのアウトドアモデル……のオリエントスターや、オリエントブランドの代表でもあるサン&ムーンモデルを集めてきた。もちろんすべてパワーリザーブ装備だ。

サン&ムーンモデル
GMTモデル
12時と6時のローマ数字が印象的
自転車インスピレーションモデル
スポーツコレクション(左)、レコードプレーヤーインスピレーションモデル

今年、これまでコレクションしていなかった、「オリエントスター」のハイエンドのスケルトンとメカニカルムーンフェイズを、手に入れたのである。

「オリエントスター」のハイエンドのスケルトン
メカニカルムーンフェイズ

「スケルトン」(2016年発売)はたいへん美しい。時計美の極致と言っても過言ではない。スケルトンを通して見るひとつひとつの部品の美しいこと。個個の部品が装飾され、上質に輝く。立体的な機構や、波目・渦目模様のムーブメント、そのものが美だ。テンプの動きには、熱い生命感を感じる。

ダイヤモンドカットされたインデックスと針の複雑な光の反射感もブリリアント。向こう側の景色が見える透かし組みも、おしゃれ。

オリエントスター初のムーンフェイズ機構搭載モデル。月の満ち欠けの状態を表すムーンフェイズは、機械式時計の大きな楽しみだ。

文字盤の6時位置の月が本物の月と同じく約一カ月かけて一周するなんて、ロマンの極致ではないか。

今年、入手したオリエントスター初のメカニカルムーンフェイズ(2017年発売)も私の憧れだった。OSマークをちりばめた白の文字盤のディテールまでの凝りよう。部分部分で反射感を変えて複雑な模様を描く、エレガントさ。ケースフレームのピンクゴールド色が深く、輝く。ローマ数字の黒がクリヤーで精密。両球面サファイアガラスの透明度も非常に高い。青く塗装した針の先が職人の手で曲げられている。12時と6時のローマインデックス表記もクラシカルで素敵。

これからもじっくりと、オリエントスターと付き合っていこうと思う。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表