プレイバック2019

「面白い体験」をさせてくれる2つのガジェットに投資した一年 by 西田宗千佳

「さて、今年なにを買ったかな……」と振り返ると、意外にAVな買物をしていないことに気付く。

もちろんディスクはそれなりに買ったし、ストリーミングでドラマと音楽に依存する生活をしているし、ヘッドフォンも(ワイヤレスばっかりだけれど)それなりに買っている。だが、どれもある意味「安定的な買物」であって、それによって生活が激変するようなものではない。スマホもPCも新しいものを買っているが、「それで生活が変わったか」というとそうではない。

これを「停滞の時期」ということもできるかもしれないが、どちらかというと「内容の時期」「消費スタイル定着の時期」なんだろう、と考えている。

その中で、「グラグラさせる体験」をくれたガジェットはなにか。

考えると2つ思い浮かぶ。5月に買った「Oculus Quest」と、10月に買った「Bose Frames」である。どちらも本誌連載でレビューをしているが、改めて「西田をどうグラグラさせたのか」を考えてみたい。

Oculus Quest
Bose Frames

VRビジネスを「Oculus Quest」が変え始めた

本誌連載をずっとお読みいただけているみなさん、もしくは(ありがたく奇特にも)西田の記事を追いかけてお読みいただいているみなさんなら、西田がVRやARを積極的に取材しているのをご存じのはずだ。別に、西田が新しいもの好きだ、ということだけが理由ではない。「ディスプレイが四角い枠の中にあるもの、という常識が変わることで、コンピュータとオーディオビジュアルの未来が大きく変わる」と思っているからだ。逆にいえば、目の前にある四角いディスプレイを見ることだけでは、品質は向上しても世の中は大きく変わらないのではないか、と思っている。

Oculus Quest

別にVRなどだけではない。プロジェクターのように「どこかに投射するもの」も生活を変えると思っている。ただ、ハイエンドよりもその下くらいの方が、世の中を変えるのではないか。最近、短焦点型や天井投射などが増えてきて、なんとなく「変化」を感じる。

VR/ARが世の中を変えるほどのインパクトを生み出すには、最低あと2年くらい必要なのではないか、という予想をしている。そういう意味では、Oculus Questも「まだ早い」製品である。これを買ったら数年大丈夫……なんていえる状態にはない。

だが、Questが出てから、市場がちょっと変わったような気がしている。ちゃんとコンテンツが売れている、という声が聞こえるようになってきたのだ。さらに一年前、「Oculus Go」が出た時、これもまた手軽で話題になったが、その話題はどのくらい持続しただろうか? VRアプリを買った人の数は少なく、動画配信系サービスのアプリを使った程度、という人が多かったのではないか。

だが、ハンドコントーラーがあり、6DoFで自由に部屋の中を動ける(ただし、部屋に障害物がない場合)Questが、PCのVR用HMDよりも低価格かつ手軽な製品として出た結果、コンテンツ市場は変わり始めた。Facebookによれば、Oculus Quest発売以降、同社のOculus向けコンテンツストア「Oculus Store」でのコンテンツ売り上げが急拡大し、2019年9月の段階で累計1億ドル(約110億円)を超えたという。その20%が、発売から4ヶ月しか経過していないOculus Quest向けとされており、Questの登場が大きく影響したのは間違いない。

正直、1億ドル、というのは、巨大な投資を必要とするプラットフォームビジネスを考えるとまだまだ小さいものだ。だが、明らかに「なにかが変わっている」傾向ではある。

Facebookが12月にシンガポールで開催した、APAC記者向けのイベントで公開した数字

12月に入り、コントローラーを使わず、手をそのまま認識する機能が導入されたのもポイントだ。正直まだ「実験的」レベルで、コントローラーを持っていない方が便利、というシーンはほとんどない。だが、今後OSとアプリの対応が広がれば、もっと使いやすさが広がるだろう。

12月にソフトウェアアップデートがあり、手を直接認識する機能が搭載。今後の可能性に期待したくなる

単体HMDとしてはまだ性能が足りないと思うし、もっとつけやすくなって欲しいとも、軽くして欲しいとも思う。一方で、「こういう方向性が、エンターテインメント用VR HMDとしては当面正解なのだな」という形であることもはっきりしてきた。レビューでも書いたが、「今時のVRを体験していないほど、デバイスで新たに体験できるようになることのコスパがいい」のが、Oculus Questの利点だ。VRのファンよりも「新しい体験でドキドキしてみたい人」にお勧めしたい。

音のARの先駆けだった、「Bose Frames」

新しい体験という意味では、「Bose Frames」も面白かった。

Bose Frames

ぶっちゃけ、普通に使うと安っぽいサングラスでしかない。サングラスをかける必然性が薄い生活をしているから、毎日かけているわけでもない。

だが、その体験は本当に面白い。自分にだけ聞こえる音が、けっこうな音質で、けっこうな音量で鳴る体験というのは、はじめてヘッドフォンをつけた時の面白さに通じるかもしれない。全然音が漏れない、というわけではないので、ここでも日常的に使うのは厳しいのだが、部屋の中で音楽を聴きながら仕事をする時にはいい。なにより、耳になにもつけてない解放感がある。しかも、ネックスピーカーより身体への負担は小さい。

しかもいくつかのアプリでは、自分の向いた方向に合わせて音の出てくる方向が変わる。このアプリがまだ全然ないのが問題だが、「音のAR」としての面白さに満ちている。

今の業界動向を見ると、ヘッドフォンなどを使った「音のAR」が「映像のAR」より先に来るのではないか、という予兆がある。アップルやマイクロソフト、AmazonにGoogleといったプラットフォーマーがヘッドフォン事業に参入するのは、音声アシスタントと連携し、「音のAR」によってプラットフォームの価値が高まる可能性が高い、と見てのことだ。

Bose Framesはその先駆けの一つである。

これも、毎日使うほどのものではないので、出費を日割りしてコスパを考える人にはお勧めしない。しかし「そこで得られる面白い体験」をエンターテインメントとして捉え、先を見据えることを楽しめる人にならお勧めしたい。

まあ、量販店やボースの専門店などで体験することができるので、それで十分、という人もいそうだが。

「毎日使いたくなるモチベーション」を!

Oculus QuestにしろBose Framesにしろ、最大の課題は「毎日使う必然性のあるアプリケーションが不足している」ことにある。ゲームも音楽も楽しいが、毎日使うにはモチベーションに欠ける。現状、これらの機器は、やはり「体験に投資して面白がるもの」であり、その先がない。それが最大の弱みともいえる。

毎日使うには、「毎日使わずにはいられないほど面白いもの」を用意するか、「毎日使いたいほど便利で依存するもの」を用意する必要がある。それは、ハードの進化とコンテンツの進化が両軸になって生まれる。

毎日使いたくなるコンテンツを用意するのは意外と難しいが、毎日使いたい道具は、アイデアや技術の進化でなんとかなる可能性が高い。2020年に期待するのは、そんな「毎日使いたくなる強いモチベーションを促すもの」だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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