プレイバック2021

ストリーミングコンテンツが製品のあり方を変え始めた by 本田雅一

オーディオ&ビジュアルを趣味として捉えると、心の中の半分以上を占めるのは大好きな音楽なり、映像作品なりのコンテンツだ。そのコンテンツが映像、音楽ともにストリーミングが主流となってきたことで、選ばれる製品に変化をもたらし、結果的にハードウェア製品の商品企画や開発における力点が変化してきた。

そんなことを強く感じたのが2021年だったように思う。

この動きを加速させたのは、あるいは日本においてはコロナ禍における巣篭もり需要だったのかもしれない。放送や物理メディアから映像のストリーミング配信へのトランジションは、日本はやや遅れ気味の印象を持っていたが一気に進んだ。すでにストリーミング配信が当たり前になっていた音楽と合わせ、メディアの変化が製品を大きく変えていくことだろう。

映像は“イマーシブサウンド対応”が当たり前に

映画が大好きなAVファンにとって、長年のリファレンスは映画館だった。

だから高価なプロジェクターを欲しがり、劇場なみの音響を求めてサラウンド環境を構築するようになり、そうしたニーズもあって映画会社はパッケージ販売時に劇場と同じ品質の音声データをつけてきた。

ところがテレビ番組となると話は変わってくる。特にスポンサー提供で制作される無料視聴可能なテレビ番組では、音声フォーマットに大きなコストをかけることはほとんどなかった。音楽番組でもドラマでも同じ(皆無というわけではないが)。

スポーツ中継などでは5.1chサラウンド放送などもあったが、作り込みを伴う作品ではさにあらず。アニメなども大ヒットして劇場版が製作される場合は別として、制作費がカツカツの中では5.1chはもちろん、Dolby Atmosなどのイマーシブサウンドフォーマットで作られることはない。(念のために言えば日本だけの話でもない)。

フジテレビ系列で放送中のテレビアニメ「『鬼滅の刃』遊郭編」。制作は2chステレオ
(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

映画は“劇場”というイマーシブサウンドを生かせる箱があるからこそ音響にこだわる意味があり、その音響編集をそのまま生かしてパッケージや配信を通じて家庭でも楽しめるが、それ以外となると難しいということだ。

しかし、これが映像配信サービスとなれば話が変わってくる。

瞬間風速的な人気や話題になることよりも、長く愛される質の高い映像作品にした方がファンを獲得しやすく、長く楽しめることによって長期間、再生され続けるものになる。興行収入で当たるか、当たらないかで回収できない、ということもなく、あくまで集めた会費から予算を捻出して作品を作る。

画質や音響にこだわり、体験の質を高めた方が、加入者の満足度を高めてサービス利用を継続してもらえる。だからグローバルで配信されているような映像配信サービスのオリジナル作品は、4K/HDRでDolby Atmosが当たり前の世界になっている。

Netflix「全裸監督 シーズン2」は、5.1chサラウンドで制作されている
「全裸監督 シーズン2」 予告編2 - Netflix
Netflix「浅草キッド」は、Dolby Vision/Atmos制作
「浅草キッド」予告編 - Netflix

国内の制作番組でもDolby Atmos対応が当たり前に?

そんなことはわかっていると言われそうだが、このトレンドは日本制作のコンテンツにも波及し始めている。なかなか連続もののテレビアニメ全般にまで広がってはいないが、作品性の高い長編ならばAtmosを使ったイマーシブサウンド、あるいは5.1chサラウンドの音声が期待できるようになってきた。実写ならばその確率はさらに高い。

NetflixやAmazon Prime Videoといった大手映像配信事業者は、映像作品を買い付けて配信するだけでなく、企画段階から入って製作そのものを自社で行ない、配信する完全オリジナルの作品を日本作品でも本格的に行ない始めているからだ。

映画、連続ドラマ、ドキュメンタリーが中心コンテンツのNetflixはもちろん、Amazon Prime Videoが巨額の予算を注ぎ込んだ「ザ・マスクド・シンガー」では音楽バラエティショーでも5.1chで編集されていた。

「ザ・マスクド・シンガー」予告映像が解禁! 歌っているのは誰だ? |Amazonプライムビデオ

グローバルでの配信が前提で、品質面でグローバル基準に合わせての制作となるため、海外作品と同等の品質少しずつではあるが、変わっていくと考えていい。関係者に取材しても、その時々の製作上の都合はあるものの、可能な限りより良いフォーマットでという流れになってきている。

この辺りは別途、NetflixやAmazon Prime Videoに取材をしているのでコラムで詳しく紹介したいが、Atmosや5.1chサラウンド対応のコンテンツがカジュアルに再生できる環境になってきたことで、今後はサウンドバーなどのAtmos対応、そしてその“音場再現の質”が求められるようになってくるだろう。

さらに別の要素もある。立体音響技術が音楽作品を変え始めていることだ。

マニア向けではなく簡単に、しかし質の高いイマーシブオーディオが求められる

音楽配信サービスで言えば、今年はApple Musicが追加料金なしにハイレゾ、ロスレス、空間オーディオの配信に対応したことが一番衝撃的なニュースだったと思う。この影響でアマゾンもAmazon Music HDの追加料金を廃止せざるを得なくなった。

Apple Musicロスレス配信開始。ロスレスとは? iPhoneで聴く方法

Amazon Music HDが月額980円に値下げ。プライム会員は780円

ソニーが先行して始めていた3Dオーディオ技術の360 Reality Audioも、Amazon Music HDでの配信が始まり、さらに上記のように追加料金がなくなったことで楽しめる環境が増えた。

Amazon Musicの空間オーディオがヘッドフォン対応。追加機器不要

これらはヘッドフォン、イヤフォンの仮想音場技術で聴くことが主流だが、Atmosに関して言えばHDMI出力を用いることで、対応機器による3Dオーディオ再生が可能だ。具体的にはApple TVなどからApple Musicを再生すれば自宅のサラウンド環境を生かせる。

このことは、本格的なサラウンドシステムを組み上げている人にとっては、ちょっとしたボーナスコンテンツのようなものだし、これから何らかの形でAtmos対応機材を導入したいと思っている人の背中を押すことになるだろう。

ということで、「SONOS Beam(Gen2)」のようなカジュアル、かつ音楽配信にも対応したAtmos対応機器が今後は増加するだろうと予測している。またAV向けのシステムであっても、3Dオーディオの配信サービスを利用できるようになっていくだろう。

Sonosのサウンドバー「SONOS Beam(Gen2)」

Sonos、Dolby Atmos対応サウンドバー「Beam(Gen2)」を18日発売

ソニーが発売した「HT-A9」は、そうした意味では理想的な製品の一つだ。4つのスピーカーを用い、独自の波面合成技術で7.1.4チャンネルのイマーシブオーディオ環境を作り出すこの製品は、当然ながらHDMIを通じてATOMSの音声も再生できるが、さらに360 Reality Audio再生にも対応している。

価格がおよそ22万円とハードルがやや高いものの、映像、音楽共に楽しめるコンテンツが増加している中にあって、積極的に勧めたい製品だった。

ソニーのサウンドバー「HT-A9」

ソニー、4本で12個の仮想スピーカーを生み出す新感覚サラウンド

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。