プレイバック2021
ネックスピーカ、音楽配信、レコーダ。「立体音響」がインパクト大 by 海上忍
2021年12月28日 08:15
2021年の世相を表す漢字は「金」だそう。確かに、東京五輪は試合内容も日本勢の成績も金(きん)色に輝いて見えたが、経済面では……日本経済の停滞どころか退潮傾向を指摘する論調がいよいよ目立つようになり、円安トレンドがそこに妙な信憑性を与えた。金(かね)という悩ましい問題は、2021年のもうひとつの貌だ。
我らがオーディオ・ビジュアル業界を表す漢字はどうかといえば、個人的には「球(きゅう)」かな、と考えている。ここでいう球とは音場、究極的にはリスナーを中心に360度広がる音響空間、そしてそれを実現する立体音響技術のこと。家で過ごす時間が増えた我々の無聊を慰めるのに適した製品/サービスが相次いで発表されたことは、2021年のAV業界を象徴しているように思うのだ。そこで、特にインパクトが大きかった「球」、すなわち立体音響関連の製品/サービスを3つ取り上げ、あれこれ物申してみたい。
ソニー「SRS-NS7」でバイノーラルのこれからを考えた
個人的にインパクトが大きかったのが、これ。ソニーの立体音響関連。新製品としては、4基のワイヤレススピーカーでリアルサラウンドを実現する「HT-A9」もあり、そちらも技術的アプローチの斬新さに唸らされたが、SRS-NS7のほうが「こんなことできるんだ!」感は強い。
XRプロセッサによる前段処理が必要なため、BRAVIA XRオーナー限定の製品ではあるが、ワイヤレスのネックスピーカーで再現する立体音響としては出色の再現度。“球”とまではいかないものの、Dolby Atmos収録の映画はかなりの立体感で楽しめること請け合いだ。テレビ本体の代金はさておき、騒音で近所迷惑にならないうえ価格も手ごろ、Dolby Atmosのデコードのみならず360 Reality Audioにも対応と、ソニーの立体音響にかける意気込みを感じさせるデバイスだった。
そしてこのデバイスの登場をきっかけに考えたのは、「バイノーラルにレンダリングする汎用デバイス」の可能性。SRS-NS7の場合、その処理をXRプロセッサに依存しているわけだが、同じことを実現する外部機器が登場するとどうなるか。
たとえば、HDMIから入力したDolby Atmosなどのオーディオデータをバイノーラルに変換、aptX LLなど低遅延/高音質のコーデックでワイヤレス出力できたら……。マルチチャンネルを律儀に複数のリアルスピーカーで鳴らすのもいいが、それに近い効果を2chで、いってしまえばBluetoothで実現できるバイノーラルのほうが市場は大きいはず。来年は、この市場を拡大させる製品の登場を(ソニー製品にかぎらず)楽しみに待ちたい。
「空間オーディオ」が本格始動、その前に
今秋、AppleとAmazonという音楽ストリーミングの2強が「空間オーディオ」の配信を本格化させた。フォーマットはAppleが「Dolby Atmos」、AmazonはDolby Atmosと“球”の音場再現を図ろうとする「360 Reality Audio」の2本立て。どちらのサービスもコンテンツ拡充はこれからだが、今後大きなトレンドとなることは間違いないだろう。
しかし、やや見切り発車的な雰囲気がそこかしこに。2chで広がりある音場を表現するステレオ(Stereophonic)と長年付き合ってきた我々だが、いよいよ“脱ステレオ”、それを実現するのが空間オーディオだ……と結論づけるのは時期尚早ではないか。
楽曲の制作/拡充というコンテンツホルダー側の事情はひとまず置くとして、問題はエンドユーザ側、具体的にいえば再生を行なうオーディオ機器だ。現状、対応アプリの動作が絶対条件であり、スマートフォンやタブレットがなければ手も足も出ない。Apple、Amazonとも(イヤフォンであれば)オーディオ機器を選ばず再生できるが、製品によって再現度に差がある。立体的に聴こえはするものの、スマートフォン・タブレットに縛られるうえ質が一定しない。細かい話だが、iOSとAndroidではDolby Atmosのダウンミックスプロセスが違うことも気になる。
あくまで現状だが、吟味したコンポで聴く従来型ステレオのほうが音楽体験としての感動は深い。空間オーディオに大いなる可能性があることは確かだろうし、量的拡大を期待するが、質的向上を伴わなければ消費者の関心は続かないはず。リスナーがこぞって立体オーディオを選ぶようになる仕掛けを期待したいところだ。
22.2ch音声という“お宝”に着目。パナソニック「DMR-ZR1」
ビデオレコーダーといえば、どれだけオリジナルに近い状態で録画/エンコードするか、いかにしてソースに忠実な画を出力するかという画質オリエンテッドなデバイスという印象だが、こちらでも音場の“球”を意識する時代になった。パナソニックのディーガシリーズ次期旗艦機「DMR-ZR1」、その目玉が「新4K8K衛星放送の22.2ch音声をDolby Atmosに変換する機能」なのだ。
パナソニック門真事業所で試作機を見聴きしたが、誇張なしに驚いた。8K放送向けに制作されたドラマ「スパイの妻」(視聴したのは22.2ch音声の4K版)の妻・聡子が船倉に潜むシーンでは、真上を憲兵隊が歩き回る足音をリアルに再現。放送をテレビ内蔵のスピーカーでごく普通に見ていたが、まさかそのような気合の入った音声収録が行なわれていたとは。
NHKが新4K8K衛星放送を開局してから3年、大河ドラマや紀行モノなど個人的にツボな番組はBS4K優先で観る習慣が身についたが、思えば22.2ch音声というお宝をほとんど活かせていなかった。“球”とはいかずとも半球くらいは再現できそうなチャンネル数だけに、放置するのは惜しすぎる。ここに着目し、Dolby Atmos変換という22.2ch音声のコペルニクス的転回(?)を実現したディーガ開発陣に、素直に拍手を送りたい。
来年もよろしくお願いします
ネックスピーカーに空間オーディオ、ビデオレコーダーと一見バラバラな3つのプロダクト。しかし立体音響を実現するという共通項があり、ユーザーエクスペリエンスの追求というAV機器の基本原則にも則っている。一気に360度とまではいかないが、音場表現としては着実に前進しているのではないか、そう思わせてくれたこの3つの「球」にお礼をいいたい、サンキューと……。読者のみなさまにおかれましては、どうかよいお年を。