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ペア約4.8万円からのピュアオーディオ、DALI「SPEKTOR」美音と高解像度を楽しむ

「ちょっといい音で……」から始めるオーディオライフ

ピュアオーディオを初めて意識したのはいつからだったろう。筆者は高校生の頃、AVアンプと小さな5.1chスピーカーセットでオーディオをはじめた。社会人になって2年目くらいの頃、デノンのトールボーイ「SC-T33」を買った時、録音された音楽にはこんなにも豊かな世界が詰まっているんだと感動した。数年後、思いきってDALIのトールボーイ「Royal Tower」を導入。自分もピュアオーディオに足を踏み入れたのだと心が躍った。

「オーディオを始めてみよう!」というよりは、「ちょっといい音で音楽を聴いてみたい」とか「もう少し迫力のある音でゲームや映画を楽しみたい」という動機の方が案外、スタートラインとしては多いのかもしれない。そんな気持ちにも応えるスピーカーがある。DALIのエントリーモデル「SPEKTOR」(スペクター)だ。

2017年の夏にリリースされたSPEKTORは、「本当のHi-Fiサウンドのすばらしさとそれを味わう喜びを、より多くの人々に」というコンセプトで開発された。名前は波形を意味する「Spectrum」に由来する。「リーズナブルな価格とユーザー・フレンドリー、そして真のHi-Fiサウンドを追求した」シリーズと位置付けられている。

SPEKTORシリーズ

そもそもDALIとは?

DALI(Danish Audiophile Loudspeaker Industries)は、デンマークに本社を構えるスピーカーメーカー。創業から今年で40周年を迎える老舗で、これまでスピーカー製造に注力し、様々なモデルを世に送り出してきた一方で、ヘッドフォンなども手掛けている。ブランドの特徴としては、エントリーからハイエンドまで豊富なラインナップと部屋に調和するデザイン、高級家具を彷彿とさせる外観、独特な美しい音色などが挙げられる。

ペア1,500万円の超弩級スピーカー「KORE」

昨年には、なんとペア1,500万円の超弩級スピーカー「KORE」や、1台400万円(税抜)の「EPIKORE 11」をリリースするなど、本格派のピュアオーディオメーカーだ。ハイエンドな製品で話題を集める一方で、手が届きやすい製品も手掛けており、ロングセラーとなった「ZENSOR」(センソール)は、“ピュアオーディオの入門スピーカー”として長い間定番だった。

その後継モデルは「OBERON」(オベロン)なのだが、ターゲット的には、エントリー/ビギナーだけでなく、少し上の層も想定したため、ZENSORよりも価格が上がった。今回紹介するSPEKTORは、 それよりも価格を抑えたシリーズで“初めてのDALI”として高いコストパフォーマンスを秘めたスピーカーだと筆者は捉えている。

ラインナップは以下の通りだ。

  • ブックシェルフ型「SPEKTOR 1」48,400円(2本1組)
  • ブックシェルフ型「SPEKTOR 2」59,400円(2本1組)
  • フロア型「SPEKTOR 6」123,200円(2本1組)
  • センター「SPEKTOR/VOKAL」39,600円(1本)

最大サイズのトールボーイであるSPEKTOR 6でも実売9万円弱と10万円を切る価格で導入できるのは魅力だ。SPEKTOR 1に至っては、実売3万円弱で入手できる。これからオーディオをやってみようという人にとって、手を出しやすいプライスではなかろうか。

今回使ってみるのは、ブックシェルフの「SPEKTOR 1」と「SPEKTOR 2」、トールボーイの「SPEKTOR 6」だ。ピュアオーディオはもちろんだが、センターのSPEKTOR/VOKAL、サラウンドにSPEKTOR 2か1を2台、フロントはSPEKTOR 6と、ベーシックなホームシアターも構築できる。サブウーファーは後述するDALIの「SUBE 9N」もお勧めだ。

「SPEKTOR 1」
「SPEKTOR 2」
「SPEKTOR 6」

ウッドファイバーコーンなど、低価格でも独自技術を満載

全製品共通の仕様を紹介しよう。

ウッドファイバーコーン

いずれのモデルもウーファーが“茶色い”。これこそ、DALIの特徴である「ウッドファイバーコーン」だ。きめ細かなパルプ繊維と木繊維の混合物で形成されており、軽くて薄くて硬くて変形にしにくく、しかもオーガニックなサウンドを持つ、ウーファーの振動板として理想的な素材だという。

ランダムな木繊維によって、あえてコーン表面を凹凸のある不均一な状態とすることで、コーン自体の不要な共振を最小限に抑え、良好な低域特性を実現するそうだ。SPEKTORシリーズのために、低損失サスペンション、フレーム、磁気回路などのすべての要素を改良。モデルに応じた最適化を行なっている。

ツイーター

ツイーターの振動板には、超軽量のシルク繊維をベースとして採用。質量は0.056mg/mm2と極めて軽い。これにより、高速なピストンが可能で、高い精度での高音再生を実現するという。新開発のフロント・プレートによって、色付けのないサウンドと優れた拡散性を実現した。

DALI長年のこだわりであるアンプ・フレンドリーの設計も徹底。インピーダンス特性をなだらかにすることで、アンプにかかる負荷を低減し、安定した動作を可能にしている。公称インピーダンスは6Ωだ。

また、低損失技術(LOW.LOSSテクノロジー)により、信号ロスを限りなくゼロに近づけ、小さい音量から大きな音量まで、繊細なディテール表現が可能だという。

細かい点として、バッフル面のエッジ部はすべてラウンド処理されているのも注目だ。フロント側の角張った面を無くすことで、音の乱反射を抑制する効果がある。DALI伝統の木工加工技術により、エントリークラスのスピーカーでも同処理を導入可能とした。

フロントバッフルの縁に注目。エッジがなだらかになっている

付属品は、全ての製品に底面用のラバーパッドが付く。フロア型のSPEKTOR 6のみ、スパイクも計8つ付属する。環境に応じて、パッドかスパイクを選べる。

フロア型のSPEKTOR 6のみ、スパイクも計8つ付属

設置場所の自由度が高いブックシェルフ型は、2種類がラインナップ。

SPEKTOR 1

最も小型のSPEKTOR 1は、115mm径ウーファーと、21mmシルク・ドーム・ツイーターで構成した2ウェイ。再生周波数帯域は59Hz~26kHz、クロスオーバー周波数は2.1kHz。推奨アンプ出力は40~100W。外形寸法は140×195×237mm(幅×奥行き×高さ)、重量は2.6kg。

SPEKTOR 2

中サイズのブックシェルフSPEKTOR 2は、国内では2018年5月から追加された。DALIが「ブックシェルフスピーカーの理想的サイズ」と考える130mm径のウーファーと、25mmシルク・ドーム・ツイーターで構成された2ウェイ。再生周波数帯域は54Hz~26kHz、クロスオーバー周波数は2.6kHz。推奨アンプ出力は25~100W。外形寸法は170×238×292mm(幅×奥行き×高さ)、重量は4.2kg。

SPEKTOR 6

フロア型のSPEKTOR 6は、165mm径のウーファー×2基と、25mmのシルク・ドーム・ツイーター×1基の2ウェイ。ウーファーは、2基が同じ帯域を再生するダブルウーファー式となる。再生周波数帯域は43Hz~26kHz、クロスオーバー周波数は2.5kHz。推奨アンプ出力は30~150W。外形寸法は195×313×972mm(幅×奥行き×高さ)、重量は13.8kg。

ブックシェルフか、フロア型か? デスクトップオーディオにも使える

フロア型とブックシェルフ型はどうやって選べばいいのだろう。デスクやチェスト、その他家具の上などに設置したい方は、ブックシェルフが候補になる。フロア型は、スピーカースタンドを設置したくない方、狭い設置面積で低域の量感やパワフルさを楽しみたい方、リビングで家族や友人同士で楽しみたい方が向いていると言えるだろう。

フロア型は、別名トールボーイとも呼ばれ、ホームシアター用途も想定して展開されてきた。狭い設置面積でありながら、構造上、大きな内部容積を確保でき、複数のユニットも搭載できるため、低音再生能力に優れている。ブックシェルフ型で必要なスピーカースタンドが決して安くないということもあって、スピーカー以外の出費を抑えたい方にもお勧めできる選択肢だ。

また、スタンド自体は重くてしっかりしているが、上に載せるブックシェルフスピーカーは、耐震シートなどを使わなければポン置きなので、地震への備えを考えて敬遠する人もいる。

反面、トールボーイはドライバーユニットが上下に何個も並ぶため、音響装置として理想的な「点音源」からは離れてしまう。音のフォーカスがブックシェルフ型に比べてやや散漫になる傾向があり、音像は比較的広がってしまう。しかし、ブックシェルフ型ではよほど大型なモデルを選ばないと実現できないスケール感や、ダイナミックな音場を手軽に実現できるというアドバンテージは魅力だ。筆者も長年トールボーイ1ペアだけで6畳間シアターを構築していたが、サブウーファーなしで不足を感じたことは無かった。

SPEKTOR 1をデスクトップに設置したところ

ブックシェルフ型のSPEKTOR 1は、サイズが140×195×237mmと小ぶりなので、デスクに置けるスピーカーでもある。リアバスレフのため、筆者の狭いモニター台では後ろの壁ギリギリになってしまうが、環境次第で十分設置できる小型モデルであることは間違いない。

なお、SPEKTORの各モデルはすべてリアバスレフとなる。背後の壁までの距離はある程度確保してあげよう。筆者の経験上は、20cmは開けておきたいところ。壁に近すぎると、低域が不必要に強調されてしまう。音を濁すのでお勧めしない。

手に届く価格で本格サウンド

ブックシェルフから聴いていこう。

普段、DALIの「RUBICON 2」を置いているアコースティックリバイブのスタンドに、SPEKTOR 1を設置し、スピーカーケーブルを結線。バナナプラグにも対応するターミナルなので、そのまま接続を行なった。なお、ターミナルはフロア型も含めてすべてシングルだ。バイワイヤには非対応のシンプルな作り。

SPEKTOR 1のスピーカーターミナル

スピーカースタンドを選ぶ時、オーディオビギナーの方に気を付けてほしいのは“耳の高さとの関係”だ。理想は、ツイーターの高さと耳の高さがほぼ同じになること。ソファーに座るのか、椅子に座るのか、座布団や座椅子なのか、実態によって違ってくるので、メジャーで床面から耳までの高さを明らかにしよう。あとは、スタンドにスピーカーを載せたとき、ツイーターの床からの高さを予測する。ツイーターがスピーカーのどの位置にあるかは、全体の寸法からの推測で構わない。それぞれの高さを照らし合わせて、スタンドの高さを実態に合わせるのか、椅子の高さ調整などで合わせるのか、検討しよう。

とはいえ、完璧なマッチングは困難だ。筆者は特注のスタンドを制作してもらったのだが、これは予算面でも簡単なことではない。そこで、妥協点としてスピーカーが耳より「低い方がいいか」「高い方がいいか」で選ぶなら、筆者は「高い方」を推す。というのも、ユニット(特にツイーター)を見下ろすアングルは音の違和感が強いが、上方から降り注ぐ分には、映画やライブコンサートの音場などで人は慣れているからだ。あくまで個人の見解だが、案外当たっているような気もする。

SPEKTOR 1

SPEKTOR 1で音楽を聴いてみる。システムは、NASにSoundgenicのSSD 1TB版、ネットワークトランスポートに「DST-Lacerta」、USB-DACは「NEO iDSD」、プリメインアンプは「L-505uXII」の組み合わせ。SPEKTORの性能を十二分に体感するため、筆者のリファレンスシステムを使用した。音源は基本的にダウンロード購入したハイレゾだ。

最も小型のSPEKTOR 1だが、思ったより低音が出ることに驚く。

このサイズのスピーカーにしては左右の間隔を大きく開けていたのに、空間を出音で支配できている。高い音から本機の出せる低い音までバランスよくまとまっており、DALIらしい優しい美音と、現代的なトランジェントの良さも併せ持ったサウンドに感心した。

小さなPCスピーカーやBluetoothスピーカーなどからのステップアップとしては、大幅な音質向上が体験できる。今までヘッドフォンを使っていたという人も、広大な空間に広がるスピーカーサウンドの良さを改めて実感できるだろう。この音でペア48,400円は凄い。

SPEKTOR 2に交換するとどうだろうか。

SPEKTOR 2

同じシリーズのスピーカーだが音楽の説得力が格段に上がる。ウーファーの大口径化がとても効いているようだ。中低域に余裕が生まれることで、楽器ごとの分離がよくなるし、生楽器の描写力やダイナミクス表現が数ランク上の領域に達しているのが分かる。ブックシェルフでは鳴らしにくい重低音が録音されたソースでも、地に足の付いた音が出てくる。ツイーターの口径も若干大きくなったことで、ウーファーとの音の繋がりもより自然になった。

The DALI CD Vol. 5よりJacob Dinesenの「Dancing Devil」。DALIは音楽制作も本国では行なっていて、以前サンプルをいただいていた。Dancing Devilは、ミディアムテンポの渋カッコいい男性ボーカルもので、ドラムやベースの音がかなり下の帯域まで大きなレベルで入っている。SPEKTOR 1で聞くと、さすがに低域表現には限界もあったが、破綻ないバランスで鳴らしてくれて好印象。スピーカーの距離をここまで離すことはないだろうし、一般的な設置シチュエーションで部屋を満たすBGM代わりにはむしろちょうどいいくらい。

SPEKTOR 2になると、ドラムのタムやスネアが太い音で低域もたっぷり入ってることが分かる。ベースに至っては、ローエンドが下に伸びたことで低い帯域の中でもご機嫌に歌ってたことに気づく。こんなに音階が変わっていたんだと感動。楽曲の渋カッコよさがさらに増した。

劇伴も聴いてみる。映像の世紀バタフライエフェクトより「パリは燃えているか」。SPEKTOR 1は、DALIらしい美音なのだが、往年の甘くてとろけるような中域は当時からすると控えめになってウェルバランスに。スピード感も兼ね備え、正確に鳴らすタイプに変わっていることが伺える。曲がはじまって3分半くらいの盛り上がりはもう少しカタルシスほしいところ。

SPEKTOR 2は、スケール感や壮大さが格段に向上。俄然、ピュアオーディオっぽくなってきた。ドーン! とパーカッションが鳴るところもサイズを超える迫力があってグッとくる。3分半のサビで盛り上がるところも放送中の番組を思い出して心がゾワゾワした。

音数の少ないアコースティックなバラードを聴く。「映画 ゆるキャン△」より、佐々木恵梨「ミモザ(Movie Edit)」。アコースティックギターとチェロ、バイオリン、女性ボーカルだけのシンプルな構成だ。SPEKTOR 1で聴くと、「ああ…… こういう曲はDALIと合うなぁ」としみじみしてしまった。優しい音色と、ウッドファイバーコーンによる有機的な質感が心地よい。

昔のDALIは、ややスピード感の表現が苦手で、トランジェントにいい意味での緩さがあったが、今のDALIは総じてピシッと時間解像度も高くキメてくる。アコースティックギターの音が精密で現代的だ。SPEKTOR 2は、ハイレゾらしい情報量を納得のいくレベルで伝えてくれる。

中音域のエネルギーが充実しているおかげで、音楽全体の説得力がだいぶ変わった。チェロは肉付きが改善し、アコギは胴鳴りまで分かるようになった。後半で入ってくるバイオリンの音も格段に本物らしい。SPEKTOR 1では、どうしても輪郭表現が中心というか、やや薄っぺらくなってしまうのだ。また、ウーファーとツイーターの音の繋がりが格段に改善している点も特筆したい。ツイーターの口径が大きくなったのが効いているのだろう。中高域に帯域的な抜けがなくなったおかげで、2WAYが点音源に近い印象で聴けるのも嬉しい。

映像コンテンツで何か適当な作品はないかと思ってコレクションを眺めていたら、ガールズ&パンツァー TV版のBlu-rayが目にとまった。Blu-ray BOXになる前の各巻版は、2.1chという珍しい方式を採用している。通常のテレビ放送のステレオに加えて、戦車のエンジン音や砲撃など、重低音が必要なSEをLFEチャンネルで補完しているのだ。フォーマットはDTS-HD Master Audioだ。

AVアンプ「RX-A6A」側で一切の補正を掛けず、ピュアダイレクトモードにして、SPEKTOR 1と2の出音をチェックしてみた。フロントスピーカーはAVアンプのプリアウトからL-505uXII経由で鳴らしている。

まずはSPEKTOR 1。第3話と第4話を視聴。聖グロリアーナ女学院との練習試合、ガルパンの人気を決定づけた大洗での市街戦が描かれる話数だ。サブウーファーは、DALIのSUBE 9Nを組み合わせた。これは普段使いしている私物である。

サブウーファーは、DALIのSUBE 9N

小型スピーカーにもかかわらず、意外とフロント側の出音にも迫力がある。しかも、あとで分かったことだが、中低域がスッキリしているおかげで、台詞やSE、劇伴との分離はSPEKTOR 2よりも優れていた。目まぐるしく展開される試合の中で、次々と鳴り続けるSEも、チェックのためにと注意を向けなくても、スッと耳に入ってくる。岩や砂の飛び散る音も緻密だ。台詞やSEのディテール表現は、価格以上の精密さが感じられた。

ツイーターが担当する数kHz付近にややピークがあって、少々耳障りな感じがした。ツイーターの口径が大きくなったSPEKTOR 2ではほぼ感じなかったが、中低域が充実したので相対的に高域が目立たなくなったのかもしれない。ウーファーにDALI自慢のSMCは採用されていないため、ウーファーから出る音の濁りはないとは言えない。特に劇伴の混濁感は惜しいところ。とはいえ、実売3万円弱でこの描写力はさすがDALIと言わざるを得ない。6畳弱の防音室を音で満たす役割は、SPEKTOR 1でも存外に果たしてくれた。

続いて、4話を中心にSPEKTOR 2で視聴。SPEKTOR 1では、サブウーファーが沢山仕事をしている印象だったが、SPEKTOR 2ではフロント側からも中低域が量感を伴ってしっかり出てくるようになったおかげで、戦車や砲撃の定位変化(移動)がリアルに重みをもって感じられるようになった。当たり前のことであるが、LFEだけでなくフロントチャンネルにも低域は入っているのだ。台詞や劇伴、低音成分を多く含む戦車のSEなどがより実在感を増したのも作品への没入度合いを高めてくれた。自然とスクリーンに前のめりになる。

迫力がアップするので、予算とスペースさえあれば2を選ぶのが良いだろう。ただ、振動対策は重要だ。適切なスピーカースタンドや、インシュレーターを使用して足場の振動対策を行なおう。中低域を中心に音を濁らせないためだ。

フロア型でしか味わえない世界がある

フロア型のSPEKTOR 6

さて、ブックシェルフ型を堪能したら、次はフロア型だ。底面にはスパイクを装着できるが、諸般の事情今回は金属製インシュレーターで設置している。

高さは97cmで、トールボーイとしては小ぶりな部類。筆者の環境に設置すると、既存のスタンドとブックシェルフの組み合わせより、ツイーターが低くなった。チェアは関家具のゲーミングチェア「Rosa」を使用しているが、座面を最大まで下げてもツイーターを若干見下ろすようなアングルになった。違和感を無くすため、小型の椅子に浅めに座ったり、正座、立て膝などして試聴を行なった。

そもそも普及価格帯のトールボーイは、リビングやダイニングにホームシアターを構築するのに最適だ。リビングといえば、チェアよりもソファーや座椅子、座布団が多いと思うが、トールボーイもこういったシチュエーションにマッチしやすい。マッチするというのは、先ほども解説した「耳の高さとツイーターの高さが近くなる」と言う意味だ。特に普及価格帯のトールボーイスピーカーは、それほど背が高くないので、クッションソファ等に座っても差し支えないくらいだ。前述の通り、多少ツイーターを見上げるくらいの高さで座って聴いても、違和感は少ない。

ダブルウーファーによるロー/ミッドの再現力を聴くと、ピュアオーディオの世界に入り込んだという気分にさせてくれる。SPEKTOR 1/2で迫力不足を感じていた、飛騨高山ヴィルトーゾオーケストラから「ベートーヴェン: 祝賀メヌエット 変ホ長調 WoO 3」を聴くと、ホールコンサートでしか体感できない深い低音の響きが初めて聴こえた。楽団員が何人もいる、一斉に生楽器が演奏される、あのライブで聴く音の厚みが雰囲気として伝わってくるではないか。

鬼太鼓座の怒濤万里から「鼕々(とうとう)」も聴いてみる。大太鼓がキタラホールの空気を震わすダイナミックな重低音は、単に「それっぽい低音が鳴ってる」ではなく、初めて「あ、部屋の空気まで震えた」と分かった。目の前にちゃんと大太鼓が現れた気がした。胴鳴りまでリアルだ。ただ、一般家庭で十分な音量で鳴らすのは難しいソースではある。SPEKTOR 6で聴いたら、専用室がほしくなってしまうかもしれない。

SPEKTOR 6背面のバスレフポートが、迫力の低音を増強してくれる

ライブ音源が楽しめることが分かったら、SPEKTOR 2でもなかなかの臨場感だった『クロノ・クロス』ライブアルバムより「世界のへそ」をプレイ。この曲は、パーカッションとドラムのエキサイティングなアドリブの応酬がしばらく続くのだが、スピード感やキレの良さ、トランジェントの早さなどが問われてくる。SPEKTOR 2でもなかなかの描写力でこれはイケてると思ったが、さらに越えてきた。

「お!?」と思ったのは、バスドラがちゃんとバスドラとして聞こえること。ローエンドがしかるべき帯域まで再生できていることもそうだし、音圧の再現度や胴鳴りの空気感までかなりのレベルに達している。スネアとタムとの分離感も向上。これは中域も担当するウーファーがダブルになって余裕が生まれたからだろう。アンビエンスマイクで録られたホールトーンは、天井の高さまで感じられるようだ。

ただ、低域の量感が増えたことで印象が変わってしまった楽曲もあった。ガールズ&パンツァー最終章 第3~6話のOP主題歌「Never Say Goodbye」。ストリングスとバンドセクションが豪華な疾走感のあるアニソン。ストリングスの厚みはリッチになったが、やや低音の量感が過多だ。SPEKTOR 2までは気付かなかったので、小型スピーカーやイヤフォンを想定した音作りである可能性もある。そういえば、ベース音はけっこう上の帯域まで鳴っている。

また、ドライバーユニットが上下に並ぶことによる音像の広がりが気になる楽曲もあった。DSD 11.2MHzで録音されたLittle Donutsの「BUNNY HOP」。FAZIOLIのF278と、テナーサックス、トランペットのジャズトリオ。楽器音の厚みや、ピアノの左手が奏でる低域など、SPEKTOR 6が圧倒している側面も確かにある。一方で、理想的な点音源からは遠ざかり、サックスやトランペットの音像が広がっている。楽器音の芯を捉えにくいというか、ちょっと散漫としている。アコースティック楽器を中心にした小編成の楽曲を好まれる方は、フロア型で聴くなら、試聴距離を十分に取ることを勧めたい。筆者のような二等辺三角形のリスニングポジションは近いと思う。複数人が座ってゆったり楽しむリビングがいい。十分な距離を取って聴いた方が自然な音を楽しめるだろう。

TV版ガールズ&パンツァーのBlu-ray、第5~6話を視聴してみる。サンダース大学付属高校との森や平原を舞台にした一回戦が描かれている。映像作品を立て膝や正座では見ていられないので、ゲーミングチェアでそのまま視聴。ツイーターをやや見下ろすような角度になるが、映像作品ならばあまり違和感はない。聞いている内に慣れる範囲だと思う。

戦車の走る轟音は、サブウーファーばかりに頼るより、フロントからしっかりと低域が出ていると説得力がある。砲撃はドキッとする音圧と迫力で戦車戦の場に居合わせているかのようだ。やはり映像コンテンツとトールボーイスピーカーの相性は抜群である。音の質量みたいなものが圧倒的に充実しているし、しかも最低限の設置面積でスマートに実現できることが素晴らしい。AVアンプをお持ちの方は、サブウーファーを加えてLFEチャンネルをフロントスピーカーで鳴らさないようにするだけで、フロント側の余裕が生まれて音場の透明度や解像感が上がってくるので、2chシアターでもぜひ検討してみてほしい。

美音と高解像度の両立

オーディオにホームシアターに、初めての一歩を踏み出すとき、心配なのは予算とクオリティのバランスかもしれない。初めて本格的な単品スピーカーを買う、思い切って数万円もする製品を候補に絞った、でも本当にこれでいいのか、おいそれと買い換えなんて出来ない……最初の一歩は不安がつきものだ。筆者もそうだった。

DALIは、往年の“甘くとろけるような美音”から、美音でありつつもスピード感や解像度も両立する現代的なキャラクターに変化してきた。リスニング用としては、癖の少ない音色だと思うのだが、モニタースピーカーのように無味乾燥ではなく、有機的な質感を備えているので、ゆったり浸れる優しい音であることも魅力といえる。

音楽から映画・ゲームまで、音を楽しむエンタテインメントを丸ごとお任せできる信頼のブランドとして、筆者は心から推したい。最初のDALIに、初めてのオーディオに、SPEKTORは“使ってよかった”を感じさせてくれるだろう。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト