レビュー

イヤフォンにも平面型ドライバの波、Astell & Kern「LUNA」を聴く。MADOOと共同開発「片響」とは?

Astell & Kern「LUNA」

あまり見たことのない妙に細長い箱を開けると、そこにはまるでチタンの塊のようなイヤフォンが収まっていた。それを耳に装着するとまるで音の世界に引き込まれるような錯覚をさえ覚える。その音質の良さとデザインの魅力を両立させたイヤフォンがAstell & Kern「LUNA」(495,000円)だ。

「LUNA」のパッケージ

LUNAはAstell & Kernオリジナルの限定生産イヤフォンであり、ブランド初のフルレンジ平面型ドライバーを搭載している点が特徴だ。

いまやイヤフォンにも平面型ドライバーの波が来ている。ハイエンドヘッドフォンではすでに定番となっている平面型ドライバーがイヤフォンの世界でも採用され始めているのだ。Astell & Kernでも過去のオリジナルイヤフォン「ZERO1」および「ZERO2」では小口径の平面型ドライバーをツィーターとして搭載していたが、LUNAでは13mmという大口径の平面型ドライバーをフルレンジ形式として搭載している。過去のオリジナルイヤフォンがマルチドライバーであったのに、LUNAではシングルドライバーという点も特筆すべきだ。

MADOOとの共同開発したドライバー「片響」とは?

Astell & Kern「LUNA」

まず、平面型ドライバーについて簡単に説明しよう。

従来のダイナミック型が振動板の中心にマグネットとコイルがあるのに対して、平面型ドライバーとは振動板全体にコイルが配置され、マグネットとの作用によって音を生み出すドライバーのことだ。

つまりダイナミック型ドライバーのように、振動板の中心から発音して全体に伝搬していくのではなく、発音の瞬間から振動板の全体で振動するのが平面型ドライバーだ。この違いがそのまま音の違いとなる。

平面型では振動板全体にコイルがあるため全域で均一に振動できる。ダイナミック型では一部から振動が伝播するため振動に不均一な部分が生じやすい。そのため平面型では低歪みであり、高音域での音質低下が生じにくい。また、平面型では周波数によってインピーダンス特性が変化しにくいという特性もある。

平面型では振動板が軽量で薄いため、音の立ち上がりと減衰が速く、より正確な応答が得られるのも大きな特徴だ。つまりダイナミック型では信号応答が裾野の広がった山のように緩やかなのに対し、平面型では切り立った山岳のように鋭く俊敏な応答が得られる。

ちなみに平面形状をした振動板としてはSTAXのような静電型もあるため、コイルとマグネットを使用する形式を区別するために平面磁界型とも呼ばれる。

平面型ドライバーは実は新しい技術ではない。

平面型ドライバーはオーディオのドライバーとしては優れた特性を持っていたので、70年代から80年代などオーディオの全盛期にはYAMAHAをはじめとして平面型ヘッドフォンが人気を誇った時代があった。しかしコストがかさむため、オーディオ産業が退潮するとともに業界から消えていった。

しかし、ヘッドフォンオーディオの隆盛と共にAUDEZEやHIFIMANなどのマニア系ブランドが平面型ドライバーを復活させて採用しはじめ、その音質の良さに採用例が増えていった。そして最近ではハイエンドヘッドフォンの定番ともなっている。

平面型ドライバーを採用する流れはイヤフォン界隈にも伝わり、最近はフルレンジの大きな振動板を採用したタイプが注目されている。そして国産のMADOOをはじめ、Campfire Audio、64 Audioなどの大手ブランドも次々に採用を始めている。中でもMADOOは早くから平面型を採用しており、Astell & KernではMADOOとの共同開発で今回のLUNAを開発している。

それでは平面型としてのLUNAの特徴はなんだろうか? 開発元のAstell & Kernにその違いを問い合 わせてみると、「マグネットを配置する形式が異なる」という。

13mmユニポーラ・マイクロプラナーマグネティックドライバー「片響(KATABIKI)」の構成。中央の4番が振動板

具体的にいうと、MADOOがこれまでの「Typ821」や「Typ622」に使用している「Ortho」(オルソ)ドライバーが振動板の前後にマグネットがある「バイポーラ型」なのに対して、LUNAに搭載されている「KATABIKI」(片響)というドライバーは片側(前側)のみにある「ユニポーラ型」である。

Orthoでは前後に磁石を置くことで振動のバランスを取ることが出来るため、制動の効いた透明感のある高域の表現力に優れるということだ。しかしマグネット自体は小型になってしまうため、その分でアンプのパワーを要求してしまう。

KATABIKIでは片方にしかマグネットを使わないため、強力な磁束密度を持った磁石を使うことが可能となる。これは軽い振動板を強力な磁石で駆動できるということであり、振動板のレスポンスが向上、抜け感のある高域が得られる。また構造上は振動板の面積も広く活用できるというメリットがあり、このことから豊かな低音を得ることが出来るという。
つまりバイポーラ型とユニポーラ型では、それぞれにメリットとデメリットがある。今回のLUNAではAKプレーヤー以外での使用も想定したため、プレーヤーの駆動力に大きく左右されずに楽しむためにユニポーラ型のKATABIKIを採用したということだ。

筐体や付属品にもこだわりが

LUNAのもう一つのポイントはデザイン性だ。Astell & Kernブランドのプレミアム・イヤフォンとしてLUNAはデザイン性にもこだわりがある。

筐体は硬度と剛性によって共振を抑制するチタン製ハウジングを採用、表面はメタリックな質感が感じられる仕上げが施されている。デザインの意匠は月の柔らかな曲線をモチーフとして音の穏やかさを表しているという。そしてLUNAは"MADE IN JAPAN"のプロダクトであり、日本で職人技によって組み立てられている。つまり音だけではなく「持つ喜び」にも訴求するモデルである。

ケーブルはEletech製のハイブリッドケーブルを採用、高純度の銀メッキ線と銅線を組み合わせて設計されている。イヤフォンとのコネクター部は2ピンの埋め込みタイプが採用されている。

イヤーピースには好評のAcoustune「AET07」と柔らかいフィットのEletech「BAROQUE」の二種類がそれぞれ3サイズ付属している。加えてフォームタイプもフリーサイズとして1組付属している。キャリングケースも付属し、豪華なアルカンターラの外装が施されている。

イヤーピースはAcoustune「AET07」とEletech「BAROQUE」を同梱。アルカンターラを使ったキャリングケースも付属する

実際にLUNAの箱を見ると、これまで見慣れた四角い箱ではなく、横に細長い箱なのがおしゃれでユニークだ。内箱も従来のAstell & Kern製品では縦に深くパーツが重なっていたが、LUNAは横に広く並べてあるので、内箱の蓋を引き上げた時の豪華さの感じ方が大きい。

「LUNA」のパッケージを開けたところ

イヤフォンの本体を取り出して手に取ってみると、チタンの塊を耳に装着するような独特の質感を感じる。チタン筐体のイヤフォンはこれまでもあったが、LUNAでは金属の塊という感覚が非常に印象的だ。ずっしりとはするが、体積の割には重くないのもチタンらしい。装着性もとても優れている。耳との接点部分の位置がよく考えられていて、耳にぴったりとフィットする。

また特筆するのはプラグの抜き差しの精密感だ。イヤフォン端子も高品質で、かちりと確実にDAPに挿入ができる点が気持ち良い。

Astell & Kern「KANN Ultra」と組み合わせたところ

試聴には主にAstell & Kern「KANN Ultra」を使用した。AK DAPの音量スケールの90前後で音が取れるので鳴らしにくいわけではない。イヤーピースではAET07の方が音に密度感と重みがあり、BAROQUEは少し音が軽めになるが広がりがある。好みの問題だが試聴ではAET07を主に使った。

筆者はこれまでいくつもの平面型イヤフォンを試してきたが、LUNAのサウンドは最初の出音を聴いた瞬間に平面型の音だと分かる。

まず出音が鋭く、楽器音の立ち上がりのシャープさと素早さはBAドライバーの比ではないほど音のキレが良く反応が素早い。ドラムの音が素早く響いてビシっとキレる。一音一音が瞬時に立ち上がり消える感覚と、曖昧さのない鋭い反応が印象的だ。そして一つ一つの細かな音が鮮明で、音空間の独特の透明感と楽器音の立体感が際立っている。

低域が豊かでありながら、クリアで暴れない引き締まった感覚もダイナミック型の密度感とは異なる。低音は適度な量感があり、誇張は少ない。

バスヴォーカルのBobby Bass「Sound of Silence」では冒頭の「ハロー」の発声で思わず椅子から滑り落ちそうになるほど驚いた。バスボーカルの低さ深さだけではなく、発音が鮮明で低音の吐き出す息が鋭いという不思議な感覚がリスナーを戸惑わせる。いままで低音が鋭いなどという感想を持った方はそう多くはないだろう。平面型イヤホンのレスポンスの良さ、LUNAのユニポーラ型ドライバーの低音に与える効果はまさに驚くしかない。

中音域では女声ヴォーカルがとても魅力的で、細かな声の震えまで伝わり、少し温かみがある。特にヴォーカルの高い方、ソプラノがロールオフ(頭打ち)しないで上まで力強く綺麗に伸びていくのは、気持ち良く平面型らしい美点だ。BAやダイナミックでは味わえない魅力でもある。普通聞こえないような細かな音が聞こえるせいか、音空間の深みに吸い込まれるようにさえ感じられる。

「声」を主体に複雑に作り込まれたハチスノイト「ILLOGICAL Lullaby」ではすべてのミックスされた声が屹立するように、まったく混ざり合わずに音空間を埋めている。このような見事なサウンドはいままでにあまり聴いたことはない。

高音域では伸びやかであるとともに、歪み感が少なく端正で音が瑞々しい。ベルの音がとても澄んでいて刺激的なところがない。ジャズトリオを聴くとハイハットの音がとても鮮明で音の輪郭が明瞭なのも平面型らしい魅力だ。一方で平面型イヤフォンの問題になりがちな、高レスポンスゆえの高域の刺激感は極めてよく抑えられているようだ。

高品質録音でジャズトリオが楽しめるPhronesis「Untitled#1」では、ジャズクラブの薄暗い照明の下でまるでドラマーが目の前でスティックを振り下ろしたかのように、ハイハットの音が鋭く響き、スネアの音は淀みがない。平面型ドライバーの反応の良さは、従来のイヤフォンなら音がぼやけがちな細かなシンバルの響きも、まるでガラス細工のようにクリアに浮かび上がらせる。ウッドベースやピアノの音もそれぞれ非常に際立っている。

そして従来の平面型にないLUNAの長所は音楽性だ。ここまでのインプレではモニター的な高性能と思われそうだが、感覚的な印象はリスニング寄りの音に思える。

Astell & Kern「SP3000T」とも組み合わせた

この点でLUNAの能力を遺憾なく発揮できるDAPは“真空管 + ハイエンドDAC”形式のAstell & Kern「SP3000T」だ。

真空管の滑らかさがよく伝わり、細かな音の情報まで鮮明に耳に届くのは圧巻だ。音楽の感動的な豊かさを余すところなく伝える。SP3000Tでは真空管の電流駆動量を切り替えるカレントモードの差が、今まで聴いたイヤフォンの中では最も大きく違いがわかり、ハイカレントモードにすると一段と音の濃密さが向上する。

SP3000Tで試すと正直KANN Ultraでも物足りないと思うようになる。KANN UltraよりもSP3000Tの方が情報の密度感が高いと感じるイヤフォンはそう多くはない。ちょっと危険なほどの魅力を秘めたイヤフォンだ。

たしかにDAPの駆動力にはあまり関係しないかもしれないが、DAPの能力を浮き彫りにされるため、エントリークラスのDAPはあまりお勧めできない。

平面型の音はBA型やダイナミック型とも違うのでクセがあると感じるかもしれない。しかし一度ハマると、もはやBA型やダイナミック型に戻れなくなってしまうかもしれないほどの魅力を秘めている。

LUNAはデザインと音の融合を果たしたイヤフォンで、「持つ喜び」としての趣味性の高さを併せ持っているプレミア製品である。その一方でLUNAはユニポーラドライバーの先行搭載機という側面もあるとも言える。もしかすると今後ユニポーラドライバーが増え、平面型ドライバーの多様性も増えるきっかけともなるかもしれない。

平面型イヤフォンの進化はまだ始まったばかりなのだ。

佐々木喜洋

テクニカルライター。オーディオライター。得意ジャンルはポータブルオーディオ、ヘッドフォン、イヤフォン、PCオーディオなど。海外情報や技術的な記事を得意とする。 アメリカ居住経験があり、海外との交流が広い。IT分野ではプログラマでもあり、第一種情報処理技術者の国家資格を有する。 ポータブルオーディオやヘッドフォンオーディオの分野では早くから情報発信をしており、HeadFiのメンバーでもある。個人ブログ「Music To Go」主催。http://vaiopocket.seesaa.net