トピック

完成まで3カ月かかる木製ハウジングと平面振動板、SENDY AUDIOこだわりの工場に潜入した

左から「Apollo」、「Aiva」、「Peacock」

天然無垢材にこだわるSENDY AUDIO

一見変わらないようでいて着実に進化し続けるオーディオデバイス。特にヘッドフォンはワイヤレス化やANC機能など変貌著しいカテゴリだが、変わらない点が2つある。それは開放型・密閉型という二者択一の基本構造と、ドライバーやハウジングの出来に大きく左右される音質に関する部分だ。そこにデザインや装着感といった要素が加わり、得られる満足度は、新旧や進化の度合いといった物差しで測れるものではない。

2024年にアユートが取り扱いを開始した「SENDY AUDIO(センディーオーディオ)」は、そのような物差しでは図れないブランドだ。従来のラインナップはエントリーの「Apollo」、20台限定で販売された「Aiva」、フラッグシップの「Peacock」の3製品、いずれも天然無垢材を手作業で加工したハウジングに平面振動板を搭載する開放型ヘッドフォンであり、高級感の中に先進性を感じさせる仕上がりとなっている。

今回、中国・東莞にあるSENDY AUDIO本社工場に往訪する機会を得て、新たにラインナップに加わる「Aiva 2」(88,000円)などを製造する現場を見学した。独自のQUAD-FORMERテクノロジーを採用した平面磁界ドライバーがどのように設計されているのか、気品漂うハウジングがいかにして成形されているのか、レポートしたい。

Sendy Audioを擁するDongguan Sivga Electronic Technologyの東莞工場
東莞工場では主にアッセンブリーと品質検査を行なっている
アッセンブリーは手作業が大半を占める

完成まで3カ月、天然無垢の木製ハウジング

筆者が訪ねた東莞市は、コンシューマエレクトロニクスの一大集積地・深センの北隣に位置する。高速道路を使えば宿泊地の深セン中心部から90分ほど、その間工場や集合住宅が連綿と建ち並ぶから、日本人としては都心から横浜・横須賀あたりへ移動する感覚だ。

SENDY AUDIOを擁する東莞斯唯嘉電子科技有限公司(Dongguan Sivga Electronic Technology)は、2016年設立のオーディオメーカーとしては新興といえる若い企業だが、OEMビジネスなどで経験を積んだエンジニアにより構成され、設計・製造には強いこだわりと自信を感じさせる。

左からApollo、Aiva、Peacock

最初にぶつけた質問は、もっとも目を引く木製のハウジングについて。ひと目でわかる天然木に独特の風合いを漂わせる仕上げは、他のヘッドフォンにない存在感を放つ。一見して、作るには手間暇がかかりそうだが、詳しく聞くと、想像以上の手間がかかっていた。

新モデル「Aiva 2」のハウジングも、渋いウッドハウジングだ

大まかな流れでいうと、入荷した天然無垢の乾燥木材をさらに1~2カ月乾燥させ、落ち着いたところで切削機にかけ、仕上げ工程に進む……というものだが、その削った木材には研磨と塗装を各4回施すという。

1~2カ月乾燥させた木材を、切削機で削ってハウジングの形にしていく
削ったハウジングを研磨しているところ
細かい部分は手作業で研磨
ハウジングを塗装
ハウジングは磨きと塗りを計4回繰り返す(写真は下から順に1回目、2回目、3回目)

PeacockとAivaはゼブラウッド(美麗な縞模様と硬質な特性を持つ樹種)、Apolloはローズウッド(日本では紫檀と呼ばれる硬質なマメ科の樹種)と素材が異なるため一括りにはできないが、各工程には約3日の乾燥期間が必要となるため計1カ月、つまりハウジング部の製造にはトータルで2~3カ月を要する計算だ。

Peacock
Apolloのハウジング

加工精度についても厳密に管理されており、切削にはCNCマシンを使用することにより0.05mmを基準にしているという。一般的にその精度は金属を対象とした時のもので、周囲の空気に含まれる水分を吸収/排出する調湿作用を持つ木材の場合は若干緩やかになると考えられるが、吟味した高硬度の乾燥木材をさらに乾燥させ塗装を繰り返すことで精度を追求しているのだろう。

ちなみに、ベストな素材はエボニー(黒檀)だが、希少なうえに質が安定しないなどいろいろな意味で、製品への採用は難しいとのことだ。

なぜ木材にこだわるのかという問いには、「自然な響きが感じられる」から、という明快な回答が返ってきた。確かに、木材にはほどよく振動を吸収する特性があり、それにより音の響きも変わる。とはいえヘッドフォンの場合、木の材質そのものの特性に加え、厚みや加工精度にも影響されるから、素材の特性と扱いに習熟していなければ工業製品として扱うことは難しい。

なお、東莞市内には多数のコンシューマエレクトロニクス関連工場があり、労働者も多い。振動板の素材や各種芯線などヘッドフォンの製造に必要な部材はすべて東莞で調達できるそうで、木材からハウジングを削り出す工程も、熟練の職人が働く協力工場で実施しているという。SENDY AUDIO製品の価格競争力を考えたとき、その答えは東莞の地の利にあるのだと実感した。

「QUAD-FORMER」が完成するまで

彼らの製品に対するこだわりは、音質に直接作用する平面振動板の設計にも現れている。ここでいう平面振動板とは、埋め込んだコイルの磁気により振動板全体を駆動するもので、一見するとブランド/機種間の違いがわかりにくいが、コイルをどのように配置するか、シートの薄さと柔軟性をどう調整するかにノウハウがある。

Apolloの平面振動板

この点、SENDY AUDIOのスタイルはわかりやすい。時間をかけ、ひたすら試作を繰り返すのだ。基本は「コイルの配置パターンだけでなく、振動板のテンションも調整する」という考え方であり、そこに低歪を狙った4コイルのQUAD-FORMERテクノロジー(特許申請中)などの独自技術を盛り込むことだが、感覚・感性を重視した微調整により製品にある種の生命感を吹き込もうとしているかのように映る。

QUAD-FORMERテクノロジーとは、振動板の裏表それぞれにコイルを2本、両面で計4本のコイルを配置するというもの。振動板が同じ周波数で同じ振幅をするため、磁気エネルギー変換の効率化を図れるうえ、歪みを抑えられるメリットがあるとされる。SENDY AUDIOの開放型ヘッドフォン全モデルに採用され、サウンド・アイデンティティの確立に大きく貢献している技術だ。

QUAD-FORMERテクノロジー

それだけに設計とテストは入念に行なわれている。フラッグシップモデルのPeacockを例にすると、制作した平面振動板のテストパターンは約40枚。テンション調整や配置パターンを見直すため、準備期間は1枚につき約1カ月というから、音が決まるまで3年以上の月日を要したことになる。

試聴にもポリシーが貫かれている。ベース、男女のボーカル、高音域、サウンドスペースなど項目に分けて音楽のジャンルに関係なくチェック、製品(ヘッドフォン)のみならずスピーカーとの聴こえの違いについても確認するそう。特に重視するのは音像で、どこに位置するように感じられるかがポイントだという。

次の段階として、楽器や声のディテール部分に注目し、楽曲から受けるエモーションやダイナミズムの変化を確認するというから慎重だ。

平面振動板の試作品(Aiva 2用、左右でコイルパターンが異なることに注目)

試聴に使う曲のプレイリストを見せてもらったところ、拉徳斯甚进行曲(ラデツキー行進曲)などクラシックあり、偏偏喜歓你(香港/中国で有名な広東語スタンダードポップス)などボーカル曲あり、加州旅館(いわずと知れたイーグルスの代表曲)などロックありと、意識して古今東西広いジャンルからピックアップしているように感じられた。

試聴という官能検査だけでなく、測定機材を用いたテストも念入りに行なわれている。開発中の製品は逐一周波数測定を実施し、フィードバックを繰り返して問題点の洗い出しと修正を進める。製造ラインでは、聴こえに関する各項目について全数検査を行なうことで、最終的なクオリティチェックを実施している。

開発途中では業務用測定機を使い周波数測定を繰り返す

製造ラインで特に印象的だったのは、新製品Aiva 2に付属のケーブルを仕上げる工程。超高純度6N(純度99.9999%)のOCC導体を手撚りする様子は、さながら家内制手工業、完全なハンドメイドで相当な手間をかけている。さらに、プラグに結線したあとエージングを施すなど念には念を入れており、SENDY AUDIOの製品に対する情熱を垣間見た次第だ。

付属のケーブルはすべて手編み
編まれてプラグが結束されたケーブルはエージングと導電検査が実施される
出荷前は周波数測定を含め全品検査を実施する

ものづくりにかける情熱

今回、SENDY AUDIOの開放型ヘッドフォンが完成するまでの工程と設計スタイルを取材して感じたのは、彼らの「熱量」だ。ハウジングの素材として天然無垢木材を採用するにしても、追熟ならぬ追乾燥をしたうえ削り出した木材に2~3カ月かけて研磨と塗装を各4回施すという念の入りよう。その工程の一部とはいえ、事実を目にしてしまうと、否が応でも製品に対する印象が変わってしまう。

彼らが追い求める音の基盤ともいうべきQUAD-FORMERテクノロジーにしても、モデルごとの仕様/パターンが確定するまで3年以上の月日をかけるという説明を多数のサンプルを示されつつ聞くと、なるほど、と感心してしまう。

もちろんオーディオ機器は最終的な音質で判断すべきだが、設計プロセスの開示はブランドへの信頼を醸成するという観点で重要なこと、その労を惜しまない彼らの熱量を我々エンドユーザーは大いに歓迎すべきだ。

2月下旬に実施された工場見学会は、新製品「Aiva 2」発表直前というタイミング。日本向けには限定20台で終売となったモデルの後継機なだけに、その期待値は高い。オリジナルAivaと比べ何が変わったのか、変わらないのか。手間とこだわりを感じさせるハウジングの質感、開放型/平面振動板らしい静謐さを湛えつつも熱量を感じさせる音から、彼らの一貫したスタイルと飽くなき探求心を感じた次第だ。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。