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Hugo/Mojo/DAVE、CHORDは何故汎用DACを使わないのか? キーマンがこだわりを解説

 アユートとタイムロードは3日、ポータブルDACアンプ「Hugo」(ヒューゴ)や「Mojo」(モジョ)などで話題を集める、英Chord Electronicsの技術や思想について紹介するメディア向けのイベントを開催。Mojoの周辺機器として今後発売を予定しているアダプタなども紹介した。

ジョン・フランクス氏

 CHORDは1989年に創立されたメーカー。既報の通り、日本での輸入代理店業務は、ポータブルアンプなどポータブルオーディオ機器をアユートが、据え置きのホームオーディオ製品はタイムロードが取り扱っている。イベントには、CEOでアンプや電源回路の設計を得意とするジョン・フランクス氏と、DACなどのデジタル回路設計のコンサルタントを行なっているロバート・ワッツ氏が参加した。

Mojoのヒットにより「CHORDが凄くメジャーなブランドになったと感じている。こうした状況はアユートさんの力があったこその成果。CHORDブランドが新しく生まれ変わる時期に来ているのではないか」と語るタイムロードの黒木弘子代表取締役
「Mojoの成功は、CHORD社とタイムロード社が今まで培ってきたブランド力があったからこそ。普段は新製品のスペックにフォーカスが当たるが、今回は製品の内部や裏側にあるメーカーの思想に触れていただきたい」と、アユートの渡辺慎一代表取締役

 もともと航空電子工学の分野で仕事をしていたジョン・ フランクス氏は、“何か問題が起きた時に、誤魔化しは通用しない”という航空電子工学ならではの世界で技術を磨き、そうした思想を活かしたオーディオメーカーとしてChord Electronicsを設立。BBCからの依頼でアンプを作るなどしていたという。

 ロバート・ワッツ氏との出会いは、1994年のCES。若く、精力的なDAC設計者であったワッツ氏は出会いから1年後、Chordを訪れ、「FPGAを使ったDACを作りたい」という提案をする。

フランクス氏は、通常のDACチップとFPGAの違いを景観を例に説明。FPGAを大都市の景観だとすると、既存のDACの風景は、街のほんの一部に過ぎないという

 フランクス氏は当時を振り返り、「FPGAは高い処理能力がありますが、1個のチップで当時55ドルほどしました。DACチップであれば1個2ドルです。正直“(ワッツ氏は)クレイジーな事をやろうとしている”と思いました(笑)。しかし、音を聴いてみると今までとまったく違う。デジタルなのに、こんなに自然で“カチカチではない音”を初めて聴きました。確かにコストがかかる手法ですが、“問題が起きた時に誤魔化しをしない”という航空電子工学での経験も手伝い、技術的な解決を果たすためには、お金がかっても、ワッツ氏と一緒に製品を作ろうと決意しました」という。

 そして誕生した最初のDAC製品が「DAC 64」。そこから様々な製品を投入。同社のDACは高い評価を受けていく事になる。

最初のDAC「DAC 64」
それから24年、様々な製品が登場した

何故DACを使わず、FPGAを採用するのか

 CHORDのDACの最大の特徴は、バーブラウンやESSなどの汎用のDACチップを使っていない事だ。その代わりに「FPGA」という、自由にプログラミングできるLSIを採用している。例えばHugoにはXilinxの第6世代「Spartan-6」、Mojoには第7世代の「Artix7」というFPGAが搭載されている。

ポータブルDACアンプのHugo

 ワッツ氏は、既存のDACの問題点として、「時間軸での精度の不足」を指摘する。「つまるところトランジェント(音の立ち上がり/立ち下がり)の時間精度の問題です。例えば、低い音のベースギターのサウンドは、ピッチが判別しにくいものです。しかし、その音のトランジェントを正確に再現できるかどうかが“良い音”にとっては重要となります」。

 さらに、「音場に音像が定位するのも、左右の耳に届く音のトランジェントの時間差が影響します。我々の耳は時間差に敏感に反応し、定位を判別しているからです。また、楽器の音色にも時間精度が関係しています。サックスの音と、そうでない楽器の音の違いは、音色の明るさ、暗さなどですが、そういった部分、つまり“自然な音の表現”にもかなり影響しているのです」という。

 つまり一般的なDACでは、サンプリングされたデジタルデータを、時間軸で正確にアナログに戻す処理において、処理能力の不足が原因で、「密度が甘くなり、音が悪くなる」(ワッツ氏)という。

DACなどのデジタル回路設計のコンサルタントを行なっているロバート・ワッツ氏

 続いてワッツ氏は、デジタルデータになる前の、アナログの正弦波を掲示。これがADコンバータによってデジタル化され、CDやデジタル配信されるわけだが、その際に、トランジェントの開始点で標本化して得られるデジタルデータは、細かく見るとカクカクとした階段状になっている。

タイミング問題を示した簡略図。上がオリジナルのアナログ制限は、下がトランジェントの開始点で標本化して得られるデジタルデータ

 そのデジタルデータから、フィルタをかけてアナログ信号に戻すわけだが、単純なフィルタではタイミング誤差が100μSec以上あり、正確な波形に戻らないという。「対処方法はシンプルで、無限に処理ができるフィルタを使って補完すれば、オリジナルの波形を復元できるというのが我々の考え方です。つまり、補完処理を増やしていけばいいのです。そのためには、フィルタのアルゴリズムを改良し、いかに効率的に処理を重ねていくかを重視しています」。

タイミング誤差のあるフィルタでは、正確な波形に戻らない

 その思想を元に生まれたのが「WTAフィルタ」だ。ワッツ氏によれば、小型の「Mojo」でも「通常のDACと比べ、500倍程度の処理能力があります。これにより、トランジェント、ピッチ、音色などをより正確に再現できる」という。

ポータブルDACアンプ、Mojo

 「Mojoは設計に3年ほど費やしました。Hugoで培った技術も投入しています。ポータブル向けの小型製品ですので、動作効率を高める事が重要でした。また、XilinxのArtix7という新しいFPGAを比較的ローコストで入手できた事が製品化に大きく寄与しました。Hugoと共通のコードを使いながらも、消費電力は半分になりました。バッテリの進化も手伝い、3μVの低雑音、ダイナミックレンジ125dB、歪率0.00017%といったスペックを実現できました」。

究極のDACを目指した「DAVE」

 昨年の12月から、タイムロードより発売されているフラッグシップDAC「DAVE」(150万円)は、CHORDの思想や手法をより進化させ、「究極のDAC」を目指して開発されたモデルだ。

上部に搭載されているのが究極のDACを目指した「DAVE」

 「DAVEでは、164,000タップのWTAフィルタを使っています(タップ数はFIRフィルタの処理細かさを表したもの。Hugoは26,000タップ)。通常のフィルタのタップ数は200程度ですが、時間領域の精度を向上させると音質が改善していく事がわかりましたので、タップ数を増やす事にしました。それに合わせ、WTAフィルタのアルゴリズムも、長いタップ数に適合するように改善した」という。

 さらにDAVEでは、WTAフィルタを周波数256fsの速度で走らせており、88nsec(ナノ秒)の頻度でサンプルを作成。それに加え、出力されたデータを、2,048fsまで上げる処理も実施。最終的には9.6nsecごとにサンプルを作るようにしており、「これによりDACの中でアナログに相当するほどの密度の濃いデータが作られるようになる」とする。

 こうした重い処理に対応するため、DAVEには166ものDSPコアを持った巨大な並列処理が搭載されている。

 この処理で得られたデータを受け取るのがアナログ出力段のパルスアレイDAC。ここを介してアナログ信号となるわけだが、そこに使われているパルスアレイのノイズシェーパーにもこだわりがある。

 「デジタル領域でのFFT(高速フーリエ変換)性能を測定すると、HugoやMojoではディストーションノイズが200dBとなります。ハイエンドオーディオ用DACよりも1,000倍ほど精度が高い結果で、これで十分だと当初は考えていました。しかし、Hugoのノイズシェーパーをいじっていると、その性能が、音質にも作用し、音場の奥行き感に影響する事がわかりました」という。

DAVEのノイズシェーパーを測定したグラフ
信号でも信号を入れた場合でもノイズフロアの変調が無いという

 ワッツ氏は10代の頃、教会で100m先に置いてあるオルガンの音を聴きながら、目をとじると、“100m先にあるように聴こえる”のに、自宅のオーディオで再生すると、スピーカーの間に定位してしまう事を不思議に感じ、その理由をずっと考えていたという。

 その上で、「人間は、奥行きを脳で認識する際、反射音などからそれを感じています。しかし、直接音と比べ、間接的な音はレベルが小さい。その小さな音までどれだけ正確に再現できるかが、奥行き感に影響している」と分析。

 「DAVEではFPGAの規模がさらに大きくなり、さらに複雑な処理が可能になりました。そこで、220dBが得られるアルゴリズムに変えてみると、奥行きの表現が如実に変わりました。最終的には350dBまで実現し、驚愕するほど音が良くなった」という。

 DAVEでは17次のノイズシェーピングを行ない、全46積分回路を活用。ノイズシェーパーだけでの単独設計でも、HugoのFPGAに格納できない規模になっているという。

 こうした結果、超微細な信号を完全に再生でき、歪みが無く、左右チャンネルも極めて均一で低雑音。無信号でも信号を入れた場合でもノイズフロアの変調が無く、測定可能なジッタの副作用も無いDACが実現。

左右チャンネルも極めて均一で低雑音
測定可能なジッタの副作用は無いという

 ワッツ氏は、「極端に低いレベルの信号も再生できるので、奥行き感の再現に注目して欲しい」とポイントを説明。DAVEは「世界最先端のDACテクノロジーを使い、DACの測定性能に再定義を促すほどの性能を持っている。音の自然さに一層肉薄できる製品」だとした。

Mojoのアクセサリも登場予定

 なお、Mojoに関しては、昨年10月に開催された「秋のヘッドフォン祭 2015」において、Mojoと直接接続できる様々なアクセサリの開発が進められている事が明らかになっている。

 説明会終了後、フランクス氏はその1つとして、Lightnning-USBカメラアダプタのケーブルを使わずにiPhoneとの連携を可能にするモジュールの試作機を見せてくれた。

Mojoにモジュールを装着したところ
左側がモジュールの試作機。Mojoとドッキングできる

 Mojoの筐体サイズにマッチするアダプタで、ドッキングした状態でスマートフォンのサイズともマッチするように設計されている。アダプタからはLightning端子が出ており、これをiPhoneと接続すれば、Mojoから高音質な出力が楽しめるという。具体的な発売日や価格は未定だが、「さほど時間を空けずにリリースできる予定」だという。

Lightningケーブルがモジュールから出ており、iPhoneなどと直接接続できる。試作機であるため、デザインなどは製品版とは異なる

 フランクス氏はこれ以外にも、無線LAN機能を追加してMojoをネットワークオーディオレンダラーとして動作させるモジュール、SDカードリーダを追加してMojo事態を音楽プレーヤー化するモジュールなども検討しているという。

(山崎健太郎)