本田雅一のAVTrends |
HDMIの音質改善手法に見る問題点と希望の光
-DENON LINKなど各社の取り組みとその未来
デノン「DVD-A1UD」 |
先日、デノンの最上位BDプレーヤであり、世界初のスーパーユニバーサルプレーヤー「DVD-A1UD」を試聴する機会があった。残念ながら発売は5月に延期されており、最終的な音質を評価する段階にはない。最終的な音の質感をチューニングする作業はこれから行なわれるので、印象はまだまだ変化していくだろう。ファームウェアが完成してからでなければ、仕上げも行なうことができないためだ。
とはいえ、開発に向けてラストスパートには入ったようだ。筆者が試聴したのは、一部で行なわれた試聴会などで使われたバージョンから、2、3段階ほど改修が進んだものとのことで、映像も落ち着き、音に関してもどのような骨格になるのかが見え始めてきていた。
このような状況のため、まだ画質・音質に対する言及は簡単なものに留めておくが、この試聴の中で、思わず頬がほころぶような良い結果を得られたのが、DENON LINK 4thの出来映えだ。DENON LINK 4thはBDソフトの音質を、確実に一段上へと導いてくれる。
しかし一方でDENON LINK 4thは、AV機器ベンダー各社が解決しなければならない問題も、その影として投影しているように思えた。それはHDMI経由の音質を改善する手法の統一である。
■ DENON LINK 4thは何を解決する?
DENON LINKとはEthernet接続に利用するUTPケーブルを用い、高速な双方向通信を行なうことでジッターレスのデジタル音声通信を行なう、デノン独自のデジタル音声伝送技術だ。
DVD-A1UDの背面。DENON LINK 4thでは、Etherenetでマスタークロック共有などを行なう |
これまでのDENON LINKでは、フロー制御やマスタークロックの共有をデータを送り出す側と受け取る側の間で実現し、さらに音声データも暗号化して伝送する機能が備わっていた。これにより、音質劣化の少ないデジタルリンクを実現していた。
たとえばSACDやDVD-Audioの場合、数年前はi.LINKによるデジタル音声のリンクを各社が採用していた。現在でも一部製品はi.LINK接続を採用している。i.LINKによるオーディオ伝送ではソース機器とレシーバが双方向通信を行い、フロー制御を行なうことでレシーバ側のマスタークロックを用いたD/A変換を可能にしていたが、i.LINKとDENON LINKでは後者の方がクセのない音を出す(デノン製AVアンプは両方に対応しているため、比較が容易にできる)。
同様に従来のDENON LINKと同じようなデジタル音声信号のノージッター伝送のみに特化した仕組みとして開発されたのがDENON LINK 4thだ。従来との違いは音声信号をUTPケーブルではなく、HDMIから伝送するという点だ。UTPケーブルは、純粋にマスタークロック共有とフロー制御のみに使われる。
制御系信号と音声信号を分けているのは、DENON LINKのUTPケーブル経由で市販Blu-ray Discソフトで使われている高品位音声の伝送を行なうために、著作権保護の仕組みを提供している各社やコンテンツ権利者などに、HDMI以外での伝送方法を認めてもらう必要があるからだ。従来はこれを新しいフォーマットができる度に行なっていたが、今回はそれが難しかったのだと推察される。
さて、実際にDENON LINK 4thを採用するDVD-A1UDと、DENON LINK 4th対応ファームウェアのβ版がインストールされたAVP-A1HDの組み合わせで、DENON LINK 4thをオン/オフ切り替えて聞き比べると、その効果は非常に大きなものであることと確認できた。
オペラやバレエ、そしてオーケストラ演奏など、クラシック音楽を中心にしたBDソフトで、非常に明確な効果が得られる。ホール全体を包むフワッとした空気感が表現され、演奏全体をしっかりと支える再現性の高い低域が出てくるようになる。ヴァイオリンのソリストが使う楽器の、存在感のある音色もより深みが出てくる。
とはいえ、ポピュラー系の音楽ソフトや映画でも、良さは充分に判るはずだ。質の良いサラウンドデザインが施された映画なら、隙間なく音が詰まった音場の濃さに感動できるだろう。
HDMIは、パソコン用デジタルディスプレイをデジタルリンクさせる規格を開発するために組織されたDDWGという業界団体が開発したリンクをベースに作られたDVIが元だ。DVIはAV機器向けにプロトコルや端子仕様などをアレンジしたHDMIに発展し、この時に音声を同時送信できるよう仕様追加を行なっている。このため、オーディオ信号用の同期信号さえ通っておらず、同期ズレが必ず発生してしまうビデオクロックに合わせてオーディオ信号を同期させる、やや無理のある仕様になっている。
当時、HDMIの策定に関わっていた元シリコンイメージの技術者に数年前伺った話だが、技術者は皆、映像の事しか意識しておらず、デジタル伝送のプロトコルが音質に影響を与えるなど、よもや想像していなかったと言っていた。
ところがその後、高級DVDプレーヤがHDMIを採用し始めると、HDMIの音質が悪いという報告が相次ぐようになった。PLAYSTATION 3の初期モデルがSACD再生をサポートする頃になると、HDMIを策定するメンバーの中でも音質改善の必要性について議論するようになったというが、では音質を良くするノウハウを持っているメンバーがいたかというと、全くそのノウハウがなかったとのことだ。
従って、オーディオメーカーが持つノウハウで伝送プロトコルを改善すれば、音質が良くなるのは当然の結果と言えるだろう。しかし、DENON LINKはデノンが独自に開発している仕組みだ。同社によると必ずしも非公開ではないとのことだが、従来、他社が(あるいは同じD&Mホールディンググループであるマランツも)DENON LINKを採用したことはない。デノンは来年中にはミドルクラスの製品までをDENON LINK 4thに対応したいと話しており、同社製品のファンにとっては良いことだと思う。
だが、本来ならばAV業界全体がHDMIの音質改善について、もっと積極的に動かねばならない。DENON LINK 4thそのものは、ひじょうに良い仕組みで結果も良好だ。しかし、その利点を体験できる人も、入手できる人も限られている。
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【2008年12月3日】デノン、世界初のBlu-ray対応ユニバーサルプレーヤー
-DENON LINKでジッタ低減。2系統HDMIで音と絵を個別伝送
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20081203/denon.htm
■ HDMIの音声伝送プロトコル改良、ソニーとパイオニアの場合
実はHDMIを通じた音声のジッターフリー伝送は、ソニーとパイオニアも実現している。ソニーはH.A.T.S.、パイオニアはPQLSという名称を使っているが、いずれも同じ名前はi.LINKの時に使っていた名称と同じだ。なぜなら、両者とも基本的な考え方や動作原理は同じだからだ。
ソニーのH.A.T.S.対応SACDプレーヤー「SCD-XA5400ES」 | ソニーのH.A.T.S.対応AVアンプ「TA-DA5400ES」 |
パイオニアのPQLS対応BDプレーヤー「BDP-LX91」 | パイオニアのPQLS対応AVアンプ「SC-LX81」 |
i.LINKの時は、これがオーディオ信号のフロー制御コマンドという形で規格化されており、各社とも相互接続の保証はしていなかった(独自に相互テストは行なっていたようだ)ものの、異なるメーカー間でも接続できていた。
同じ仕組み(マスタークロック共有は行なわないが、フロー制御を行なうことで伝送経路のジッターを無無効化する方法)をソニーとパイオニアはHDMI上でも行なうようにしたのだが、その実現方法は異なっており、残念ながらHDMIにおけるH.A.T.S.とPQLSには互換性がない。
H.A.T.S.はHDMI 1.3aで規格化されているフロー制御コマンドを使ったものだが、PQLSはCECコマンドを使ってソース機器とレシーバが通信を行なうことで実現しており、実装方法が違う。
HDMIで規格化されているのに、なぜこのような違いが起きたのか詳細は不明だ。HDMIの規格策定にはパイオニアは参加していないため、HDMI上でのPQLSを開発する際に、同様の仕組みが規格に組み込まれることが周知されていなかったのかもしれない。あるいは他に音質面での理由があるのかもしれないが、この点については、あまり多くを両者とも語っていないため詳細はわからない。
この点があまり問題になっていないのは、HDMIにおけるフロー制御に対応したプレーヤー、AVアンプの数が少ないこともあるが、仕組み上、音楽ソフトでしか音質改善効果を得られないからだ。
つまりCDやSACDといった音楽ディスク再生時にしか効果がないのだが、CDやSACDの音にこだわる人は、専用の音楽プレーヤーをたいていは持っている。わざわざ音質面で評判の悪いHDMI経由で接続しようとは思わない。ソニーは例外的にHDMI対応SACDプレーヤーを発売しているため、対応AVアンプとの組み合わせでのみ長所を活かせるものの、あくまでソニー同士の組み合わせに限ったものだ。
おそらく、この手法が今後、業界内で定着することはないだろう。ユニバーサルプレーヤーにおける音楽ソフトの音質改善は達成できるが、映像ソフトには効かないとなると、注目度はかなり下がってしまうからだ。
DENON LINK 4thは、こうしたHDMIを用いたフロー制御機能のあとに登場したため、「またプライベートリンクか……」とため息を漏らした人もいるかもしれない。しかし、DENON LINK 4thは音質面でさらに磨きをかけるために追加されている部分もあるほか、映像ソフトでも音声をジッターフリー伝送できるという、HDMIだけでは達成できなかった利点を生み出しており、プライベートリンクであることを差し引いても、存在意義はある、あるいは開発せざるを得なかったのだと思う。
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■ 誰もが納得するデジタルリンクへ
AVファンからのHDMIの評判はすこぶる悪い。端子が抜けやすいことや、剛性が低く太いケーブルの場合は自重で端子が曲がりそうになる。アナログ時代にはバージョンによって機能が異なるなんてことはなかったのに、スグにバージョンが上がって機能が追加されていくため、AVアンプを買うタイミングがつかめない。投資に見合うものかどうか判断し辛いといったことは、AVファンなら感じたことのある人は多いはずだ。
それもこれもHDMIの普及が始まった時期が、DVDからBlu-rayへとフォーマットが大きく変わる時期と重なったからだ。HDMIの普及は薄型テレビ普及の時期と同期していたので、Blu-rayのフォーマット策定時期と被ってしまったのは、致し方ない面もある。
しかし、すでにフォーマットは統一され、放送の規格も当面は大きく変わりそうにない。このタイミングで策定される次のHDMIでは、映像ソフトの音質改善も含めた、一般ユーザーからAVファンまで、幅広いユーザー層が納得できる規格にしてほしいものだ。
HDMI 1.4は近く最終予定が公開されるものと思われる。その際には詳細をまたお伝えしたいが、この中ではHDMIを通じてTCP/IP通信を行なう仕組みなども提供されるようだ。機器間のより自由度の高い通信が行なえるようになれば、HDMIのプロトコルもより自由度の高いものにできる。
繰り返しになるが、映像ソフトも放送規格も、ハイビジョン時代への移行が終わり、フォーマットは今後、大きく変化しない絶好のタイミングである。このタイミングで投資に見合う良いデジタルリンクを業界が提案できるかどうか、AVファンは注意深く次のHDMIに注目し、評価しようと待っている。HDMI 1.4はHDMIの音を改善してほしいと考える人たちの希望の光だ。HDMI規格策定に参加している企業は、ここでファインショットを見せなければならない。