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本田雅一のAVTrends

Apple TVに感じた楽しさと少しの懸念

−クラウド型に一新し、群を抜くスマートさ




Apple TV

 担当編集からApple TVというお題をもらってコラムを書き始めた。「本田さんは昔からネットワークでのメディア共有をやっているから」と。確かにネットワークで音楽を共有し始めたのは'98年の事だから、もう干支が一巡している。ネットワーク音楽プレーヤと呼ばれる製品を使い始めてからも、もうかれこれ10年が経過した。

 しかし、映像に関してはあまり手をだしていない。もちろん、Blu-rayレコーダに録画された番組を、他の部屋から見る事はある。しかし、ビデオオンデマンド(VOD)サービスや、DVDをリッピングしてネットワーク共有する装置(日本では一般的ではないが合法的にDVDをリッピングしてネットワーク経由での再生をサポートする装置がある)には、あまり興味を持ってこなかった。

 理由は後ほど記したいが、Apple TVは過去のApple TVで失敗した経験を活かし、ハードウェアは徹底的にミニマルなものにすることで低コスト化。8,800円という価格で発売したのは見事だ。

 ただしApple TVには、驚くほど新しい技術は盛り込まれていない。どれもありふれた、従来からある技術しか入っていない。しかし、製品としては大変に良いものに仕上がっている。理由は、この言葉をあまり使いたくはないのだが、”クラウド型”の解決策を二つの領域で活用しているからだ。


■ “クラウド型”に生まれ変わったApple TV

 クラウド型という言葉を使いたくなかったのは、とかくこの言葉が誤解されがちだからだ。VODのサービスが、クラウドという概念で垣根が下がったことは疑いのないところだ。“クラウド的何か”が、インターネットから降ってくるコンテンツのコストを下げているため、大規模なHD映像配信のサービスが実現した。また世の中で一般的に使われているクラウド型のエンターテイメントサービスにも対応している。

 ではもう一つの領域とは何か?と言えば、これは家庭内のネットワークの事だ。家庭内ネットワークには大量のサーバーが存在しているわけではないが、パフォーマンスあたりのコストが安い別の何かの力を、ネットワーク越しに利用するという面でクラウド的な要素をApple TVは持っている。正確に言えば“クラウド的”ではなく“SaaS的”だが、一般にはSaaS(Software as a Service)をクラウドと表現する事が多くなってきているので、ここではクラウド的と表現する。

Apple TVの利用例

 これらの要素により、本格的なVoD、インターネット写真共有、インターネットラジオ、それに家庭内でのメディア共有やデバイス連携といった機能を、手のひらに載る小さな8,800円のデバイスで実現してしまった。

 しかし一方でApple TVには、驚くほど新しい技術要素が含まれていない。ほとんどが従来からあった技術の焼き直しなのだ。たとえばApple TVの目玉機能のひとつであるAir Playも、AirMac Expressに実装されていたAirTunesをビデオ再生にまで拡張したもので、メディア共有機能もiTunesのライブラリ共有をベースにApple IDと関連づけて管理性を持たせたものだ。

 少々ややこしい話に踏み込んでしまったが、要はApple TVには最新技術、あるいは新しい提案と言えるような要素は、個々の機能を見る限りにはない。しかし、Apple TVはiTunesを使う者にとって、明らかに素晴らしい製品に仕上がっている。

 パソコンの上でのiTunesの楽しみ(というよりも、アップルがMac OS Xの上で実現している音楽、写真、映像を楽しむための仕組み)が、そっくりそのまま取り出され、テレビに適したユーザーインターフェイスで利用できるのだから、楽しいのも当然かもしれない。

 現在のところ、日本語環境でApple TVを楽しむ際には、日本語入力の手段がないため付属リモコンでは日本語検索ができなかったり(iPhone/iPod touchのRemoteアプリでは入力可能)、日本語のふりがなでのインデックスがないといった問題で、YouTubeはもちろん、映画を探す際に不便な事が多かったなど、製品としての完成度は今後上げていかなければならない状態だ。

 それでも、iPodとiPhoneのおかげでかなりの数に上る、アップル製品に慣れ親しんだユーザーから高い評価を得られるのは何故だろうか。


■ 摺り合わせ技術の妙

Google TV搭載の「Sony Internet TV Blu-ray Disc Player(NSZ-GT1)」

 実は機能だけを見るとApple TVによく似た製品は他にもある。むしろApple TVの機能は少ないくらいだ。Androidをベースにしたメディア共有のIPTV機能を統合した端末はたくさんある。そのうちいくつかは日本でも発売されているし、Google TVのセットトップ版もApple TVと立ち位置は似ている。

 しかしそれらとApple TVが異なるのは、端末単体で何か特別な事をしようとは、一切していないことだ。実はHDDを内蔵していた旧Apple TVにおいても、これは同じだった。ネットワークの帯域不足や常に電源をオンにしておけないユーザーのために内蔵HDDを持ち、同期する仕組みになっていたが、実はコンセプトの根っこはあまり変化していない。

 では、内蔵HDDを廃止した代わりにApple TVに仕込まれたのは何だろうか? 実は“Apple TVに仕込まれた新しい何か"はあまりない。その代わりにiLifeとiOSに“仕込み”が入れられている。

 HDDを内蔵する代わりにパソコンやiOS端末の中にあるメディアを、二種類の方法で自在に操れるようにした。ひとつはApple TVからパソコンのメディアライブラリがApple IDと関連づける事で簡単に共有させ、まるでローカルのストレージにあるかのように操作させるよう実装したこと。

 もうひとつはAirTunesの考え方を拡張し、音声だけでなくビデオや写真を任意の装置で再生するAirPlayという機能に発展させたことだ。AirPlayはもちろんApple TVに搭載されているが、アップルがカバーしていない領域の製品にも拡大するため、他社にもライセンスされている。たとえばデノンとマランツが販売する最新のAVアンプは、AirPlayの機能にアップデートで対応予定だ(ただし音声のみであり、機能的にはAirTunes相当)。

 AirPlayを使えば、手元で使っている携帯電話でもタブレットでも、もちろんパソコンでも、その中のメディアライブラリを、ネットワーク内の任意のAirPlay対応装置で再生できる。現時点ではすべての機能を再生できるのはApple TVのみだが、将来はこれを他社にライセンスすることで、“アップルの作るデジタルエンターテインメントの世界”が持つ価値を高めようとしてくるだろう。

 AirPlayは対応製品を自動的に検索し、Wake on LANなども難しいことを考えなくとも自動的に連携。映像や音声のコーデックも意識する必要もない。それらはあらかじめ決められたルールで動いているからだ。もちろん、アップル独自のDRMであるFairPlayで保護されたコンテンツの再生にも対応する。

 AirPlayを使う際にApple TVがうまくWake on LANで起きてくれなかったり、AirPlayでビデオ再生中に別のAirPlayを割り込ませようとすると反応しなくなったりといったマイナートラブルが手元では起きているが、あまり時間がかからないうちに修正されると思う。

 こうした異なる要素、異なる製品を摺り合わせ、自然に連携するよう仕込みを行なう手法は、もともと昔の日本企業が得意としていたものだが、昨今はアップルの得意技になっている。彼らはパソコンOS(あるいはメディア管理用ソフト)、携帯電話/タブレット/音楽プレーヤのOSを自由にでき、実際に今まで多くを販売し、メディアライブラリの扱いに関して一貫したポリシーを持たせてきた。

 それが今、花咲いている。彼らのソリューションがスマートに見えるのは当然だ。何しろ他の会社の提案は全て無視しているからだ。これは批判ではない。アップルの製品とアップルがライセンスした技術を搭載した製品で作る世界で閉じている限り、シームレスに機器が連携し、音楽も映像も写真も、機器間の境目無く扱えるようにする事は、ユーザーの負担を明らかに軽くするからだ。


■ AirPlayに対する懸念

 とはいえ懸念される面も多い。というのも、アップルはAirPlayの技術ライセンス先に、利用する際の厳しい規定を設けているからだ。またアップルは技術はライセンスするが、技術そのものをオープンにするつもりはない。

DNLNA 1.5のDMRとして動作するマランツのAVアンプ「AV7005」

 このためAirPlayを使う限り、アップルは自由にこの技術の発展をコントロールできてしまう。もちろん、ライセンス先もだ。たとえばメーカー関係者によると、AirPlayに対応する製品を開発する場合、その製品にAirPlayと競合する技術を盛り込まない事を求める項目があると話していた。

 しかし、前述したデノンやマランツのAVアンプには、AirPlayと競合するDLNA 1.5のDMR(デジタルメディアレンダラー)機能が入る予定だ。今のところはAirPlayをテコに他の類似技術を排除しようという動きはないようだが、将来、どのように主張してくるかは未知数だ。

 たとえば、あるDLNAソリューションを提供するソフトウェアベンダーは、iOS向けにDLNAのプレーヤーとコントローラを統合したアプリケーションを開発している。このアプリケーションは現在、サーバー機能やレンダラー機能まで統合しているのだが、数カ月前から登録申請しているにも関わらず、アップルの審査を通過していないという。

 DLNA 1.5では、まだコーデックやメディアフォーマットの互換性、対応機器同士のマイナーな非互換の問題を解決しきれていないが、それでも上記のようなアプリケーションがあると、AirPlayとよく似た機能をDMR対応機器との間でできてしまう。

 具体的には写真を特定の機器に表示したり、音楽を再生させたり、ビデオを再生させるといった機能は実現できる。統合のタイトさや摺り合わせの巧さでは、一社ですべてを支配しているアップルの世界にはかなわないとはいえ、明らかに競合だ。

 特にテレビに関しては来年以降、DMR対応機種が増え、互換性問題にもメスが入り始めるとDLNAの方が良いという場面も出てくるだろう。プラスαでApple TVのような製品を接続しなくとも似たことはできるようになるからだ。

 現状に大きな不満を表明するわけではないが、この先、AirPlayという技術を業界内でどのように扱っていくのか、他社との連携をどう取っていくのかなどは懸念事項として残ると思う。


■ それでも楽しい。消費者にとっては、これが正義

 もっとも、Apple TVを使ってみると、存外に楽しいことがわかる。

 筆者の場合、音楽ライブラリはDLNAオーディオプレーヤー向けにFLAC、音楽プレーヤー用にMP3の両方に同じ曲を入れているので、接続するとすぐに全曲を再生できる状態になった。iTunesと全く同じようにジーニアス系の機能も使えるから、BGM再生用としては最適だ。

 DLNAオーディオプレーヤーの中にはアップルロスレス形式(ALAC)に対応するものもある(筆者の使うLINN Products製のプレーヤーは対応している)ので、新たにライブラリを作る人はALACでCDをエンコードするのがいいかもしれない。現在のiTunesにはiPodなどに転送する際、AACの128kbpsに変換して転送する機能があるので、ALACだけで管理しておけば、Apple TVではロスレス圧縮の音を楽しめるようになる。

 写真再生のスライド表示はPS3の同種機能ほどではないにしても、こちらも非常に楽しい。何もインストールしなくともiPhoneやiPadからは扱えるのだから有用だ。ビデオ再生にしても文句を言う人はいないだろう。

 音質や画質も素晴らしいとは言わないが、かといって酷い音質ということはない。Apple TVの価格や位置づけからすれば、十分以上のパフォーマンスを発揮してくれる。

Apple TVからiTunes Storeの映画配信メインメニューにアクセス

 ただApple TVそのものの問題ではないが、iTune向けの映画配信に関してはやや失望した。SDもHDも絵を塗りつぶしたようなフィルタ処理がかけられていたからだ。質の悪い高感度モード時のデジカメ写真のように、にじんだ輪郭と階調性やディテール感に乏しい画質だった。低ビットレートで大量にコンテンツを用意するためだろうか?

 Apple TVは画質より手軽さが優先ということを考えても、ディテールが失われてはHD版の意味がない。フィルムの質感が最初からないCGアニメなどは圧縮効率が良いためこの問題はないが、HDというからにはもう少し頑張って欲しい。iTunesのHD映像配信は720pだが、これを1080pにするよりも、圧縮品位を上げる方がトータルの画質は良くなると思う。

 最後の苦言は蛇足かもしれないが、iTunesでライブラリをメディアを管理し、YouTubeをテレビで見たり、インターネットラジオをリビングルームで楽しんだりといった事をしたいなら8,800円の投資は安いものだ。裏側を読んでしまうと、懸念すべき事も思いつくのだが、実際に使って簡単かつ楽しい。これは消費者、購入する側の視点でみれば正義だ。

 Apple TVで実現できていることは、すべて他の技術で代替できる。あとは、どう物事を進めるのか、やる気次第ではないだろうか。アップル独自技術ではない、別メーカーのフォロワーが登場することも期待したい。

(2010年 12月 14日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]