[BD]映画「けいおん!」
桜高軽音部、ついに海を渡る
映画になってもブレない“まったり”
■ドップリ浸かりやすいアニメ
映画「けいおん!」 Blu-ray初回限定版 |
(C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部 |
価格:9,240円 発売日:2012年7月18日 品番:PCXE-50189 収録時間:本編109分+特典149分 映像フォーマット:MPEG-4 AVC 画面サイズ:16:9 音声:(1)日本語(リニアPCM 5.1ch) (2)日本語(リニアPCM 2ch) 発売元:TBS・桜高軽音部 販売元:ポニーキャニオン |
私のような外出の少ないアニメオタクを外に連れ出す健康的な趣味として、聖地巡礼というのがある。アニメの舞台地訪問旅のコトだ。舞台地訪問はNHK大河のように、実写作品でも旅行目的になりえるが、アニメ作品の場合は少し事情が異なる。現実世界の風景を参考にしながらも、最終的には“絵”になり、現実には存在しないアニメキャラクターが動きまわる二次元世界になる。実写よりも当然情報量は少なく、我々はアニメを鑑賞しながら、きっとこんな街や学校なんだろうなと、妄想を交えながら創作の世界にトリップして楽しんでいる。
それゆえ、アニメの舞台地に行くと、画面と自分の妄想の中にしか存在しなかったはずの二次元世界が、三次元世界に出現し、しかも自分の足でそこに踏み入る事になる。「ここがあのシーンで使われた場所なんだ~」と軽いノリで巡礼していると思われがちだが、思い入れの強い作品の場合、とてもそんなノリにはならない。
深夜に自室のテレビの前で、どこかうしろめたく、コソコソ楽しんでいたはずの妄想世界が、実在するものとして強烈に肯定されていく背徳的な快楽に身を任せていいのか逡巡し、脂汗が浮かぶ。「けいおん!」の舞台である桜高(旧豊郷小学校)の階段を登り、最上階にある軽音部のドアの前に立った時の心境がまさにそうだ。巡礼した事がない人に向けてのうまい例えが浮かばないが、メイドさんが好きで初めてメイドカフェに行ったのに、直視できずに視線が泳いでしまう×48倍の感覚と言えばいいのだろうか。
アニメなら何でもいいと言うものではない。ストーリーが面白ければ良いというものでもない。現実の舞台地が持つ雰囲気と、作品の世界観がリンクしている事や、作品自体が日常生活をメインに描いていると、非常に“濃い”巡礼地になるようだ。作品世界に首までドップリ”浸かりやすいかどうか”が鍵なのだと思う。
そんな巡礼向き作品として、個人的ランキングで「おねがい☆」シリーズと双璧を成す「けいおん!」も、遂に映画化。単なる女子高生バンドによる日常系深夜アニメのはずが、現実の女子高生の間にバンドブームまで巻き起こす人気作となり、劇場版も大ヒット。男たちが控えめに楽しんでいた巡礼地にリアル女子高生まで来てしまうという超展開にまで至った。7月18日に発売されたばかりのBlu-ray初回版を開封しながら、嵐のようだった一連のムーブメントを回想せずにはいられない。いずれにせよ、劇場版BD/DVDの発売は、この作品にとって1つの区切りと言えるだろう。
■映画になってもブレません
大学にも無事合格し、卒業を控えた軽音部の3年生、唯(ゆい)、澪(みお)、律(りつ)、紬(むぎ)の4人は、いつもどおり部室でお茶したり、バンドの方向性をめぐって対立する小芝居で暇をつぶすなど、まったりムード。そんなある日、クラスメイト達が卒業旅行を企画している事を知り、思いつきで自分たちも卒業旅行に行く事に。卒業がまだの後輩・梓(あずさ)も連れていく事になり、行き先の相談や旅行準備に大騒ぎ。
部室で飼っている亀のペット“トンちゃん”による導きの結果、行き先は音楽にゆかりの深いロンドンに決定。海外でテンションが上がり、宿泊先のホテルを間違えたり、食事に訪れた店で思わぬハプニングに巻き込まれたり。そんな波乱含みの旅行の最中、先輩4人は、後輩の梓に贈り物として、あるものを用意することにして……。
基本設定は以前のレビューを参照していただきたい。テレビシリーズの第1期で、唯が軽音部に入部。第2期の最後で彼女達が卒業するという流れの作品であり、劇場版はテレビの後日譚ではなく、ほんの少しだけ時間を巻き戻し、描かれなかった卒業旅行をメインにしつつ、改めて卒業までの出来事を“厚めに”描いているといえる。テレビシリーズを知らずに映画だけ観るという人はあまりいないと思うが、テレビ版を楽しんだ人も、DVD/BDなどでおさらいしておくと、より楽しめるだろう。特にBD/DVDに収録されているテレビ未放送の27話は抑えておきたい。
テレビシリーズを見た人はわかると思うが、ラストにかけては、「まだ卒業したくない」、「みんなと一緒にいたい」という雰囲気が全体に漂い、のんびりした日常がメインに描かれつつも、どこかセンチメンタルなトーンに染まっている。劇場版でも同じ雰囲気が冒頭から感じられるため、作品に思い入れが強い人は、一抹の寂しさを覚えながら鑑賞する事になるだろう。
だが、映画になったとはいえ、主役は“まったり”が信条の軽音部。亀のトンちゃんがどのティーカップに触るか? で旅行先を決めようとするが、なかなか触ってくれず、飽きて机に突っ伏したりと、だらりとした特有のトーンはテレビシリーズのまま。映画ともなれば、冒頭から緊迫感のある事件でも起きて観客を引きつけそうなものだが、そういった気負いはゼロ。もしかしたら映画史上もっとも“まったり”とスタートする作品かもしれない。
BD通常版のジャケット (C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部 |
女子高生バンドの物語だが、音楽メインというより、音楽を中心にした彼女たちの生活を微細に描写しているのは映画でも同じ。今回も、旅行代理店に出かけて相談したり、トランクにイロイロ詰め込んだり、出発日の早朝に駅で待ち合わせしたり、空港の広さに驚いたりと、旅行までの過程が凄まじいまで細かく描写される。「ロンドン着くまでに映画終わるんじゃないの?」と不安になる。「ロンドンについた!」からスタートしてもよさそうなものだが、それをしないのが実にけいおんらしい。
確かに旅行というものは、行く前にあーだこーだと計画している時が一番楽しい。また、早朝に仲間と待ち合わせする非日常感、空港の動く歩道で異様に上がるテンション、飛行機のシートに座って「落ちたらどうする」みたいな話をしているような枝葉も含めて“旅行の楽しさ”なのだと思い出す。「あるある、こういうの」という細かな描写を大量に積み重ね、共感で引きつけ、視聴者が彼女達の隣に座っているように錯覚させる。この強烈な“生っぽさ”、“共有感”、“ドキュメンタリー感”が最大の持ち味。劇場版になっても、基本姿勢をブレずに貫く姿勢は小気味良いほどだ。
例えば、空港を出た時点でテンションがおかしくなり、「ロンドンの空!」、「ロンドンのタクシー!」、「ロンドンの英語の看板!」などと叫ぶ唯と、普段冷静なはずの澪まで、勢いでそれらを撮影していく様が可愛い。帰国してから「なんでこんなもの撮ったんだ」と思うに決まっているが、きっと誰の写真フォルダにもそんな一枚があるだろう。名所を観光する場面は一瞬なのに、トラブルを乗り越え、ホテルの部屋に到着して目を開けていられない唯を丁寧に描写する不思議な作品。でもそんな彼女を見ていると、強行軍特有の、全身が鉛になったような疲労感が自分の体にも伝染するようだ。
旅先の出来事を描くだけでは単なるロードムービーだが、卒業旅行は作品の一部でしかない。本命とも言える、帰国後の卒業式へと繋がる“長い序章”と言っても良いだろう。旅先で先輩4人が見つけたものを、彼女たちなりの方法で、後輩の梓にプレゼントする。派手ではなく、軽音部らしいプレゼントだが、そこに至るまでの心の動き、悩み、喜びがここまで丁寧に描かれているため、とても他人事ではいられなくなっており、深く感動的なシーンになる。4人から梓へのプレゼントは、彼女のためだけでなく、4人の高校生活を見守ってくれたファンという名のもう1人の部員へのプレゼントなのかもしれない。
■3種類のコメンタリは必聴
テレビアニメとは思えないクオリティで度肝を抜いた作品ゆえ、映画の映像もハイクオリティなのだが、ある意味もとから凄いので“今まで通り”だ。毛先や指先など、細かな描写に注目すると、テレビ版よりも丁寧なのがわかる。また、ハイクオリティなCGを使ったアングルの自由度向上も劇場版ならではだろう。ビットレートは30~35Mbpsを中心に推移。たまに35Mbpsを超えるところもある。ロンドンの街並みや、細かいモブの動きにも注目したい。
音声はリニアPCM 5.1chと2.0chの2種類。派手なサラウンドや低音の爆発はないが、環境音が豊富で、自分もロンドンを旅しているような臨場感に包まれる。ライヴシーンでは音圧がアップし、演奏が胸に迫ってくる。ライヴステージ、屋外、教室など、演奏する場所によって反響音が変化しているのも注目だ。
BDには初回限定版と通常版があり、初回版には特典映像を収録したディスクが付属する。また、本編ディスクにも違いがあり、オーディオコメンタリは通常版には収められていない。このコメンタリは、キャストによるものと、監督らスタッフによるもの、プロデューサーによるものと、3トラックもあり、いずれも“濃い”内容なので、できれば初回版を選びたいところだ。
声優陣のコメンタリは、キャラクターと同じ声でワイワイやるので、作品の延長のようで楽しい。意識的に脱線が少なく、作品の各シーンについて語ってくれるので情報量は多め。印象的だったのは、唯役・豊崎愛生さんが、「(何かあった時の)リアクションの“間”や、細かいタイミングにもキャラクターの個性がしっかり出ていて、監督があらかじめそうしたタイミングを作ってくれているので、演じる時に声が出しやすく、とても演じやすい」と話していたこと。個々のキャラクターが監督の中で、高い精度で確立されている事を伺わせる。
また、梓が旅行用に新しい靴を下ろしたため、靴ズレしてしまうシーンがあるのだが、声優陣が「あるよねー!」と声をそろえていたのも印象的。監督・脚本ともに女性の作品だけあり、ハプニング1つにも説得力がある。もし男性の監督・脚本の作品だったら、こんなシーンは生まれただろうか? と思いながら観てみるのも面白いだろう。
監督やスタッフのコメンタリでは、作画的なこだわりが多数語られており、アニメをよりマニアックに楽しみたいという人に最適。画面にかけるフィルタや、光源の考え方など、難しい話も多いが聞き応えがある。色指定で、紬の入れる紅茶の色にまでこだわりがあるのを知って驚いた。
初回版の展開図。左下にあるのが絵コンテ集だが、ズシリと重く、ボリューム満点だ (C)かきふらい・芳文社/桜高軽音部 |
初回版付属の特典ディスクには、「山田尚子監督inロンドン(シナリオハンティング映像)」、「田中みな実のアフレコ潜入リポート ~未放送部分追加・完全版~」、「11/27 放課後ティータイムinユニバーサル・スタジオ・ジャパン 舞台裏映像」や、記者会見映像、初日舞台挨拶映像などを収録。個人的な話だが、USJのライヴは取材で行ったので懐かしい。ライヴ前に軽音部の皆さんにお話も伺え、完全に仕事を忘れていたのは言うまでもない。舞台裏だけでなく、できればステージの映像も入れて欲しかったところだ。
「山田尚子監督inロンドン」は、制作にあたり、山田監督が実際にロンドンを旅して構想を膨らませるもの。当然作品で使われた場所も登場するわけで、聖地巡礼映像のように楽しむ事もできる。「ロンドンまで巡礼に!」というのはなかなか大変なので、こういう映像はありがたいところ。できれば「この場所は、映画のこのシーンで使われました」という編集も欲しかったところだ。
なお、BDの初回版は9,240円、通常版は7,665円と、どちらも高め。初回版には「電話帳か」と言いたくなる厚みの絵コンテ縮小版や、劇場用パンフレット縮小版、ミニ設定資料集、楽曲「天使にふれたよ!」コード譜(4種)、ブロマイドセット(5種)、前売鑑賞券縮小版(5種)など盛りだくさんの特典も付属している。これはこれで満足度は高いのだが、普段アニメをあまり見ない層にも人気のある作品なので、多くの人が買いやすいように、もうちょっと全体的に価格を抑えてほしかった。
■最後のシーンは“足”に注目
鑑賞後にウルウルしながら物語を思い返すと、単に“女子高生が卒業旅行に行って、卒業した”だけの物語だと気づき、「なんで俺泣いてんだ」と首を傾げる。そういえばテレビシリーズでも、よくできた日常アニメだと笑いながら見ていたのに、第2期20話「またまた学園祭!」で、ライヴ後の部室で「次はもう無いんだ」と皆が泣いているシーンで、己の涙腺も崩壊し、「俺に何が起こったんだ」と困惑した記憶があるが、今回の劇場版もあの感覚に近い。知らないうちに、自分がどれだけこの部室に入り浸っていたのかを、改めて思い知らされる映画でもある。
逆に、映画っぽい怒涛の展開、スペクタクルを期待して観ると“肩透かし”を食らうだろう。公開時に「テレビシリーズのスペシャル版のようだ」という声があったが、気持ちはよくわかる。ただ、早朝の路面電車の背景や、ロンドンの街並み、帰国時のタクシーなどCGシーンや、テレビシリーズを超えるライヴシーンなど、個々のシーンのクオリティは映画版ならでは。今までのスタンスを、映画でより深く掘り下げている。これが「けいおん!」ならではのスペクタクルであり、この作品でしか表現できない感動の形とも言えるだろう。
個人的に衝撃だったのが、最後の最後、“足のシーン”。見た人はわかると思うが、足だけでここまでの感情表現が可能なのかと、作画の凄さも含めて絶句した。細かな“枝葉”の表現にこだわり続けた作品の、まさに集大成とも言えるシーンであり、“枝葉をしっかり伸ばせば、やがて大樹になる”という証明のように感じられた。
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[AV Watch編集部山崎健太郎 ]