大河原克行のデジタル家電 -最前線-

世界規模で大型テレビ、ミラーレスに注力するパナソニックの新戦略

~AVCマーケティング本部長の西口史郎氏に聞く~


パナソニック グローバルコンシューマーマーケティング部門AVCマーケティング本部の西口史郎 本部長

 パナソニックが、2012年1月に発足した新体制において、再編の目玉となる組織が、グローバルコンシューマーマーケティング(GCM)部門である。その体制がスタートしてちょうど6カ月を経過した。GCM部門は、コンシューマ製品に関して、国内外を統括したマーケティング、販売、サービスを担当する組織で、そのなかにはAVC商品を担当するAVCマーケティング本部、白物家電を担当するアプライアンスマーケティング本部を設置し、それぞれにAVC商品、白物家電商品におけるグローバル視点でのマーケティング活動を行なうことになる。

 とくにAVCマーケティング本部では、薄型テレビの販売が大きな転換期を迎えるとともに、ミラーレス一眼カメラのマーケティング活動をグローバルで加速。さらにオリンピック商戦でも数多くの仕掛けを開始している。この半年で果たしてどんな成果が生まれているのか。グローバルコンシューマーマーケティング部門AVCマーケティング本部の西口史郎 本部長に話を聞いた。


■ 綾瀬はるかをアジアで起用する狙いとは

――グローバルコンシューマーマーケティング部門がスタートしてちょうど半年を経過しました。この半年間、西口本部長は、ずいぶん海外を飛び回っているようですが、どんな感触を得ていますか。

西口 私自身、5年ほど、国内市場に仕事が集中していたのですが、久しぶりに海外市場の状況を、現地を訪れ、目の当たりにしますと、韓国勢のパワーを改めて感じます。だが、それだけにファイティングスピリットも沸々と湧いてきますよ(笑)。そして、市場を見てみると、狙い目がないわけでもない。そうしたところを、チャレンジャーとして突いていきたい。

――半年を経過して、AVCマーケティング本部ではどんな成果が出ていますか。

台湾で開催されたLUMIX GF5 記者会見の様子

西口 半年という期間では、まだ成果を言える段階にはない、というのが正直なところです。これまでのマーケティングの考え方は、日本は日本、海外は海外。しかも海外では地域完結型の商品戦略、コミュニケーション戦略が中心でした。それを大きく変えて、グローバル視点でマーケティングを推進するわけですから、すぐに成果が出るというわけではありません。

 2012年度は、高位平準化を目指し、グローバルに、コンシューマ製品を横断する組織をつくり、収益を伴った成長にドライブをかけていくための初年度となります。ただ、社員の意識はすでに変化してきていますし、すでにいくつかの取り組みを開始しています。具体的な取り組みのひとつが、ミラーレス一眼カメラです。6月に台湾で、LUMIX GF5の新製品発表記者会見を開きましたが、これはGCM部門ができなければなかった発想だといえます。

――それはどんな点ですか。

綾瀬はるかさん

西口 国内でLUMIXシリーズのイメージキャラクターを務めていただいている綾瀬はるかさんを、台湾、香港、シンガポールでも、LUMIXのテレビCMに起用し、統一キャンペーンを図っていくことになります。日本で展開しているキャラクターを海外で活用するのはAV関連商品では初めてのことです。綾瀬さんは台湾でも大変人気が高い女優で、台湾での記者会見にも、綾瀬さんに出席していただきました。空港には500人にのぼるファンが駆けつけたほどです。

 会見では、LUMIX GF5を実際に使っていただいた感想を語っていただき、台湾のマスコミを通じて、ユーザーに訴求しました。これまでのやり方であれば、台湾であれば、台湾のイメージキャラクターを起用するのが一般的でした。これまでにも、アジアの現地法人では、日本の人気キャラクターを使いたいという想いもありました。しかし、本社側にはグローバルで起用しようという発想がなく、それを実現することが難しかった。しかし、グローバルで物事を考えるようになると、日本だけで完結するという発想ではなくなってきます。

 今回は、日本から台湾を担当している社員だけでなく、台湾現地のマーケティングメンバーが熱意をもってやってくれた。その点で、将来につながる動きだといえます。グローバルで打ち出す方針と、ローカライゼーションをマッチさせた「グローバル・マーケティング施策」が、いよいよスタートしたわけで、その点では手応えを感じています。

台湾での会見に出席した綾瀬はるかさん台湾で放映されるテレビCMの様子

――今回、台湾でLUMIX GF5の会見を行なった意味はどこにありますか。

台湾で開催されたLUMIX GF5の記者会見の様子

西口 GCM部門にとって、ミラーレス一眼カメラは戦略製品のひとつです。その市場をグローバルに見た場合、日本および東アジア地域は、ミラーレス一眼の先進国だと位置づけることができます。日本ではミラーレスの市場構成比が一眼カメラ全体の43%であり、香港でも44%に達している。しかし、台湾ではさらに構成比が高く54%と過半数に達しています。ミラーレスがいち早くテイクオフしている市場です。その市場において、当社の戦略的製品を大々的に発表するという大きな意味があります。

 そして、もうひとつは、台湾が中華圏に対する発信基地としての役割を担っているという点です。台湾の街の中を歩いて感じたのですが、書店では日本の雑誌がそのまま販売されていますし、多くの人が日本の文化をよく理解しています。つまり、日本の文化を中国文化圏に翻訳してくれる場、さらにそれを発信してくれる場としても重要なのです。台湾への訴求だけでなく、汎中華圏あるいは東南アジアへの発信拠点という点でも重要な市場です。中華圏に対しては、日本から直接発信するよりも、台湾経由で発信していくことも有効な手段になると捉えています。

――ただ、GF5では、日本に比べると1カ月ほど、台湾での発表が遅れていますね。

台湾市場で投入するレッドカラーのGF5

西口 その点ではまだ改善の余地があります。今後は、日本との同時発表、同時発売を目指していきたいですね。ただ、今回のGF5では、台湾市場向けには、日本では発売していないレッドカラーの製品を用意しました。これは、商品企画の段階から、それぞれの地域にあった商品を、市場の声を聞きながら展開していた成果によるもので、以前から行なってきた取り組みの延長線上のものだといえます。

 一方で、今後も中華圏に向けては、台湾から常に発信するのかというと、そういうわけでもありません。それぞれの地域の活動をより活性化するためには、ほかの国や地域でも同時にやることを目指したい。また、海外での様々な成功事例を日本に逆輸入するということもやっていきたいですね。これまではそれぞれの市場で完結していたために、宝の持ち腐れになっていた部分もあります。成功事例を共有して、シンクロナイズさせていくことが必要だと考えています。


■ 日本、海外での成功事例をいかに共有するか

コンシューマー事業分野3つの組織

――ただ、AVC分野はパナソニックでも、海外売上比率が高い領域ですし、それぞれの国で独立した手法が確立しているという背景もありますね。その成功体験が邪魔になることはありませんか。

西口 白物家電の場合は、食文化や生活習慣、気候や所得レベルの差など、地域ごとに市場性がありますから、商品コンセプトそのものが違うという側面があります。しかし、デジタル商品の場合には、世界共通という商品づくりが行ないやすい。最たるものは、デジタルカメラです。これは世界共通でのモノづくりができる。また、テレビも地域によって放送方式が異なる場合がありますが、パネルなどの基幹部品は共通です。こうした商品のグローバル化だけに留まらず、マーケティングでもグローバル化を進めていくことがこれからの課題です。

 ご指摘のように、これまでに、海外では多くの成功経験がありますが、一部には、日本からの押しつけのような形で展開していたものもありました。ここはお互いに意識を変えて、成功体験をもっと共有し、地域に根ざしたものに消化して展開していくことに踏み出していきます。

 もうひとつ大きな変化は、商品づくりのところからGCM部門が、積極的に参画していくということです。先ほど、デジタル商品はグローバルで基本は同じ仕様だといいましたが、それでも、地域によって、使われている用途や場所、求められる機能の優先順位が異なります。スマートビエラでも求められるコンテンツも違ってくるでしょう。しかも、どんなコンテンツが市場に受け入れられるのかは、日本人の感覚ではわからない部分があります。中国語をネイティブに喋れる社員であったとしても、台湾の市場で本当にどんなものが受け入れられるのかはわからないかもしれない。そうした気持ちを持って取り組んでいかなくてはならない。

新興国攻略においても、グローバルコンシューマーマーケティング部門が果たす役割は大きい

 ですから、GCM部門を作った大きなポイントは、全世界の現地の状況をよく知る社員を、もっとモノづくりの現場に参画させ、どんなものが求められているのかを肌感覚の情報として発信してもらい、それを商品に反映させていくということなのです。これが売れる商品づくりにつながります。

 とくに、日本や先進国においては、マーケティング部門が強力にリードするという構図が出来ていますが、新興国では、日本で作ったものを売るという体制の方が中心です。そのあたりを大きく改革し、モノづくりの早い段階から各国のマーケティング担当者が参画し、どうプロモーションをするのか、どの販路を通じて、どうやって販売していくのかということを捉えた、「逆算のマーケティング」をしっかりと定着させていきたい。これまでは国内、海外という形で組織が分断されていましたが、これがなくなることは大きなメリットです。

 アジアと一口にいっても、人種も違い、言葉も違い、文化も違う。そして、電気製品の普及状況も異なります。日本で成功したやり方だけが正解だとはいえません。一人よがりになるのではなく、隣の国はどうやっていのか、どんな成功事例があるのかということを、グローバルで共有できる仕組みを作りたい。

 私は、AVCマーケティング本部とBU(ビジネスユニット)の社員に、それぞれ言っていることがあるんです。

――どんなことを言っているのですか。

西口 AVCマーケティング本部に対しては、「商品づくりのところに積極的に入っていけ」ということを言っています。すでに、日本のマーケティング本部は、商品の企画段階から参画し、宣伝から商流のところまで一気通貫でやっていく体制が整っています。しかし、海外のマーケティング担当は、まだそこまでできていない。しかも、参加しているのが、海外を見ている日本にいる社員。これでは駄目です。現地の社員の現場感覚、肌感覚で得た情報をいかに引き出して、商品づくりに反映していくか。日本にいる日本人社員には、自分の気持ちだけではなく、現地で生活している社員の声を引き出してほしいということを言っています。

 また、マーケティング部門はモノづくりの現場に近づく必要がある。モノづくりを知った上で、パナソニックの代表として、マーケティング活動を行なっていかなくてはなりません。

 一方で、BUに対しては、「もっと現場に近づいてほしい」というお願いをしています。モノづくりの現場が、実際の市場を知るということは、大きな強みになります。

 いま強化しているのは、それぞれの市場における「家庭訪問」の活動です。実際に家庭を訪問して、どんなことが求めているのかという要望を聞き、それをモノづくりに反映させています。こうした活動にも、モノづくり現場の人たちを引っ張りだして、一緒になって、肌感覚で理解することが必要なのです。

 BU側がプロダクトアウト中心になり、マーケティング部門がモノづくりに立脚しない商社的な動きになっては、いいモノが生まれません。

 お互いを知った上で、緊張感をもって取り組んでいくということになります。


■ 46型以上のテレビと女子カメラの訴求に力を注ぐ

――2012年度において、グローバルでの重点製品、そして重点地域はどこになりますか。

西口 AVC分野においては、いかに収益を伴った成長に切り替えていくかがポイントになります。付加価値商品に対して、また将来に渡って成長する商品カテゴリーに対して投資を行なっていきます。成長という観点での重点商品は、大型テレビとミラーレス一眼カメラ。そして、重点市場では、ブラジル、インドといった新興国があげられます。日本は、AV市場がシュリンクしていくことになりますが、そこでシェアをあげていくことにはこだわって取り組んでいきます。

 テレビの大型化については、46型以上の領域に力を注いでいくことになります。

 大型といっても、日本のようにすでにフルHD化が進んでいる市場もあれば、大型化が進んでいても、プラズマテレビのHDモデルが中心となり、フルHD化していない市場もあります。こうした市場においてHDテレビを出しても、収益やブランドイメージのアップには貢献しませんから、思い切って絞り込み、46型以上では、基本的にはフルHDという付加価値戦略で展開し、前年比で約3割の成長を目指す。2011年度には73%だったフルHDの構成比は85%にまで引き上げる計画です。

 そうしたなかで、プラズマテレビは本格志向、液晶テレビの大型モデルは、先進感プラス省エネ性能という位置づけを明確にしながらやっていく。テレビ市場の単価下落は激しいが、そうしたなかでも、平均単価の押し上げをグローバルで狙っていきたい。

パナソニックはロンドンオリンピックのTOPスポンサーとしてキャンペーンを展開

 地域別にみると、超大型モデルは、米国、中国市場が中心になります。また、日本や欧州、米国はトレンドを引っ張っていく市場であり、デザイン性やスマートテレビの提案といった部分で、市場成長を担うことになる。ただ、テレビの販売台数の成長を牽引するのは、やはり新興国のように需要が伸びる市場。このように地域ごとの特性にあわせた戦略を推進していきます。

 さらに、今年はオリンピックという追い風があるので、それを活用していくこと、そしてスマートビエラの切り口からの提案も加速していきたい。スマートテレビについては、2012年度は約45%まで構成比を高めたいと考えています。

 パナソニックは、オリンピックのTOPスポンサーであり、これまでは日本での販売拡大効果が大きかったのですが、今年は、催しのお膝元である欧州での展開にも力を注ぎたい。欧米では3D放映も行われますから、そうした観点からの訴求も行ないたい。また、先進国でのマーケティング活動だけに留まらず、アジア、中南米でもオリンピックに関するマーケティング活動を行なっていく。ただ、各地でのオリンピック商戦の盛り上がりぶりは、その国でメダルがどれだけ取れるかどうかによりますからね(笑)。そうした動きを捉えながら、施策を展開していきます。

――一方で、ミラーレス一眼カメラはどうですか。

西口 これも地域ごとの市場性にあわせた展開が必要だと思っています。日本およびアジアでは、「カメラ女子」の言葉に代表されるような女性層を対象にした動きが活発化してきましたから、コンパクト、スタイリッシュといった路線を強調していきたいですね。一方で、欧州や米国では、カメラ女子の動きよりも、EVF(エレクトロリック・ビュー・ファインダー)や高速スピードといった製品に対する評価が高い。デザイン的にも高機能性を感じさせる製品を中心にしたマーケティングを行なっていきます。

 日本の市場ではまもなくミラーレス一眼カメラのシェアが50%を超えることになるでしょう。すでに、ニコンがこの市場に参入していますが、我々にとっては、それは大歓迎です。ミラーレス市場全体が活性化することになりますし、もともと我々の土俵であり、そこに入ってくるわけですから、まったく恐れることはない。

 また、コンパクトデジカメのエントリーゾーンでは、スマートフォンとの食い合いが指摘されていますが、それは避けられない部分があるとしても、スマートフォンと真っ向からぶつかるというのではなく、スマートフォンと共存する戦略も打ち出していきたい。

 お客様目線で考えれば、デジタルカメラならではの高画質や、一眼カメラならではのアーティスティックな表現を欲しているユーザーが確実に増加しているのがわかります。一眼カメラで撮影した画像を、スマートフォンと連携させ、1ランク上の画像をSNSなどにアップしてもらうといった使い方も提案できる。SNSにあげている写真がいまひとつだと思っていた人が、「折角だから、きれいな写真を撮りたい」、「もっと表現力がある写真が撮りたい」、そして「これがスマートフォンと簡単につながればいい」というような提案ができれば、スマートフォンとともに、もう一台デジカメを持って、撮影しようという流れが出来るはずです。ミラーレス一眼は、お手軽感と高画質を両立するという新たなトレンドを引っ張っていくことになると思います。

――しかし、ミラーレス一眼市場の競争は、これから激化しそうですね。

西口 日本ではミラーレス一眼の構成比が50%を超えるなかで、トップシェアを獲得したいと考えています。GF5の出足は好調です。これまでは、シーンガイドなどの機能によって撮りやすいことを訴求し、「エントリー」、「簡単」、「小さい」という提案を行なってきましたが、ミラーレス一眼カメラそのものが市民権を得て、デジタル一眼カメラの次世代のカメラであるということが理解されてきた。高画質であること、そして、レンズのラインアップが揃っていることなどを知ったユーザーが反応しているという点で大きな手応えがあります。


■ これまでの資産を生かしながら新たな成果へ

――AVCマーケティング本部として、今後はどんな取り組みを行ないますか。

西口 いま、ようやく手応えを掴みはじめたところです。日本から一方通行での情報発信ではなく、現地と日本、また現地と現地といった連携を深めたグローバル展開、グローバルでの商品づくりやマーケティング活動を推進していきたい。まだ、活動の成果は、50点にもいっていないですね。従来の仕組みには、長年の歴史があるので、意識を変えて、行動に移すには時間がかかる。韓国メーカーは一足飛びに、この体制を確立したが、パナソニックには、それぞれの国や地域での歴史的な取り組みや、伝統的な活動、そしてパナソニックブランドに対する市場からの信頼感がある。そうしたそれぞれの地域での資産を生かしながら、グローバルのマーケティングをやっていきたい。まだまだこれからですよ。

(2012年 7月 10日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など