藤本健のDigital Audio Laboratory

第563回:“タイムストレッチ”で音質はどう変わる?【2】

第563回:“タイムストレッチ”で音質はどう変わる?【2】

「SONAR」と「Logic」、「Singer Song Writer」を比較

 DAWのタイムストレッチ機能で時間を伸ばすと、音質がどのように変化するかという実証実験の第2回。前回は「Pro Tools 11」と「Cubase 7」で試してみたが、今回もまったく同じ素材を使って、「SONAR X2」、「Logic Pro X」、そして「Singer Song Writer 10」のそれぞれで行なってみることにする。前回と同様に、結果の音をMP3ファイルで聴けるようにしているので、前回のファイルともぜひ、聴き比べてみてほしい。

SONAR X2 Producer
Logic Pro X
Singer Song Writer 10 Professional

 なお、今回の3つのDAWでの実験の前に、前回のPro Tools 11について補足をしたい。前回記事において、編集ウィンドウで直感的に操作できるTCE(Time Compression and Expantion)を使う方法でのタイムストレッチを行なったが、その際、アルゴリズムの指定を行なっていなかった。

X-Formを選ぶと、Zplaneのelastique Proのエンジンを使用する

 そのため、次に行なったAudioSuiteでのPolyphonicと非常に近い結果となっていたが、「ここでX-Formというものを選ぶことで、結果が大きく変わるはずだ」との指摘をいただいた。このX-Formを選ぶことで、Zplaneのelastique Proのエンジンと思われる、Polyphonicとは異なるアルゴリズムが適用されるということで試してみた。標準のエンジンと比較して、複雑な演算をしているのか、実行してから結果が反映されるまで何秒かのタイムラグがあるのだが、結果は大きく違っていた。ドラム/ベース/ギターのサウンドと、ボーカルのサウンドをそれぞれ150%、200%にした結果は以下のとおり。

 これを聴く限り、前回のCubase 7でのelastiqueと非常にソックリな音であることが分かる。筆者の認識不足で、この手法が抜けてしまったことをお詫びしたい。

音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
ProTools(X-Form) 150%pt_p_150.mp3(848KB)
ProTools(X-Form) 200%pt_p_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
ProTools(X-Form) 150%pt_p_v_150.mp3(215KB)
ProTools(X-Form) 200%pt_p_v_200.mp3(285KB)

SONAR X2の場合

 今回のDAW、まずは、ローランドが販売している米CakewalkのSONAR X2から。SONAR X2はWindows 8にいち早く正式対応し、その後アップデートされたSONAR X2aでは、Windows 8のタッチパネル操作にも対応。これによって、画面にミキシングコンソールを表示させ、それを指で動かすといったことも可能になったわけだが、そのSONAR X2に搭載されているタイムストレッチのエンジンはiZotopeのRadius Technologyというもの。これはSONAR 8.5で搭載され、その後、SONAR X1、SONAR X2と引き継がれてきているが、これを使って試した。

SONAR X2の画面。プロセスメニューから「長さ」を選択

 まず、SONAR X2のトラックに素材を読み込み、プロセスメニューから「長さ」を選択する。するとダイアログが表示されるので、何%に伸縮させるのかを指定。さらに「オーディオストレッチ」にチェックを入れた上で、そのアルゴリズムを選ぶ。これを見ると、5つのタイプが用意されているが、ドラム/ベース/ギターのサウンドもボーカルのサウンドもソロではないので、ターゲットとなるのはRadius MixおよびRadius Mix-Advancedの2つとなる。まずは、Radius Mixで、それぞれ150%、200%にしたものが以下の4つだ。

音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
SONAR X2(Radius Mix) 150%s_rd_150.mp3(848KB)
SONAR X2(Radius Mix) 200%s_rd_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
SONAR X2(Radius Mix) 150%s_rd_v_150.mp3(215KB)
SONAR X2(Radius Mix) 200%s_rd_v_200.mp3(285KB)

 elastiqueでのサウンドと近いけれど、よく聴いてみると、やはりいろいろと違うのが見えてくる。たとえばドラム/ベース/ギターの150%を聴き比べると、Radius Mixはハイハットのリバーブが妙な感じで強調されている印象を受ける。一方、200%にすると、elastiqueのスネアはやや音が歪んでいるのに対し、Radius Mixのほうは劣化が少ない。またボーカルの違いは、それほどないようだが、それぞれを聴き比べると、elastiqueは若干ハイを強調した感じに聴こえ、Radius Mixは少し派手さに欠けるといった感じ。まさに一長一短という感じだ。

 では、Radius Mix-Advancedで同じ実験を行なうとどうなるのだろうか? その結果は以下のとおり。

音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
SONAR X2
(Radius Mix-Advanced) 150%
s_rdad_150.mp3(848KB)
SONAR X2
(Radius Mix-Advanced) 200%
s_rdad_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
SONAR X2
(Radius Mix-Advanced) 150%
s_rdad_v_150.mp3(215KB)
SONAR X2
(Radius Mix-Advanced) 200%
s_rdad_v_200.mp3(285KB)

 こちらを聴いてみると、よりelastique Proによるものと近い印象となる。が、200%にした際のスネアはやはり、こちらのほうが原音に近く自然に感じる。ボーカルのほうは、先ほどのRadius Mixとあまり違いを感じられなかった。おそらく、素材を変えると、また少し印象も変わってくると思うが、いずれにしても非常にわずかな差といったところだろう。

 もう一つ残っていた実験が、矩形波を同じようにタイムストレッチにした際、波形がどう変化するのかというもの。先ほどのPro Tools 11のX-FormとRadius Mix、Radius Mix-Advancedのそれぞれ200%にした画面を同じスケールで並べてみた。まあ、これを見比べて、何が分かるというわけではないが、いずれも矩形波の原型をほとんどとどめておらず、まったく違う形になっているが、再生させてみると、いかにも矩形波の音となっているのが面白いところだ。

矩形波のタイムストレッチ後の波形(Radius Mix)
矩形波のタイムストレッチ後の波形(Radius Mix-Advanced)

Logix Pro Xの場合

Logix Pro Xのタイムストレッチ設定画面。長さはロケーターで選択する

 次に、先日レビューしたAppleのLogix Pro Xでの実験を行なってみよう。Logic Pro Xでのタイムストレッチ操作も簡単で、まず、あらかじめ素材をトラックに読み込んでおき、「編集」メニューから「タイムストレッチ」を選択すればいいのだ。この際、どの長さにタイムストレッチするかは、ロケーターであらかじめ選択しておくだけ。ただし、このメニューを見ても分かる通り、「タイム・ストレッチ・アルゴリズム」というものが選択できるようになっている。これを見ると、「ユニバーサル」、「複雑」、「パーカッシブ」という3種類から選べるようになっており、デフォルトでは「ユニバーサル」が設定されていた。まずは、この設定で先ほどと同じ素材、ドラム/ベース/ギターのサウンドもボーカルを150%、200%に伸長してみたのが以下のサンプルだ。

音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
Logic Pro X
(ユニバーサル) 150%
l_un_150.mp3(848KB)
Logic Pro X
(ユニバーサル) 200%
l_un_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
Logic Pro X
(ユニバーサル) 150%
l_un_v_150.mp3(215KB)
Logic Pro X
(ユニバーサル) 200%
l_un_v_200.mp3(285KB)

 これを聴いてみると、いいか悪いかは別にして、elastique ProやRadius Mixとは明らかに違う音になっている。まず、原音にあったリバーブが取り除かれ、ややモノラルっぽい音になっており、きらびやかさがなくなっている。が、その一方で元のドラムの音などは比較的キレイに残っていて、音色そのものの変化が少ない。そう考えると、ミックスダウン後の音に掛けるのにはあまり向かないが、DAWのトラック上での操作という意味では、非常にいいようにも思える。

 では、もう一つのアルゴリズムである、「複雑」を選ぶとどうなるだろうか? それが以下のものだ。

音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
Logic Pro X(複雑) 150%l_co_150.mp3(848KB)
Logic Pro X(複雑) 200%l_co_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
Logic Pro X(複雑) 150%l_co_v_150.mp3(215KB)
Logic Pro X(複雑) 200%l_co_v_200.mp3(285KB)

 ちょっと聴いた感じでは、ドラム/ベース/ギターのサウンドもボーカルも、先ほどの「ユニバーサル」とあまり差がないように思うが、どうだろうか? ここで、矩形波を表示させてみたところ、こちらは「ユニバーサル」、「複雑」ともに、矩形波の雰囲気が残っている。が、それぞれを比較すると、「複雑」のほうが確かにちょっと複雑な形をしているようにも見えた。

矩形波(ユニバーサル)
矩形波(複雑)

Singer Song Writer 10の場合

 最後に国産DAWであるインターネットのSinger Song Writerのタイムストレッチについても見てみた。最新バージョンであるSinger Song Writer 10にはタイムコンプレッションという機能が搭載されている。タイムストレッチではなく、タイムコンプレッションとなっていることから、伸長よりも圧縮をメインにした機能のようにも見えるが、これを選択すると50%~200%の範囲でのタイムストレッチが可能となっているので、150%、200%で、やはり同じ素材を伸長してみた。結果は以下のとおりだ。

Singer Song Writer 10で「タイムコンプレッション」を選択
設定画面
音声サンプル(ドラム/ベース/ギター)
Singer Song Writer 150%ssw_150.mp3(848KB)
Singer Song Writer 200%ssw_200.mp3(1.12MB)
音声サンプル(ボーカル)
Singer Song Writer 150%ssw_v_150.mp3(215KB)
Singer Song Writer 200%ssw_v_200.mp3(285KB)
矩形波の結果

 これらを聴いてみると、海外勢の製品と比べて、やや厳しいというのが正直なところ。矩形波の結果は右の写真の通りであり、元の矩形波の形がほぼ完全な状態で再現されるのも興味深いところではある。ちなみに、このエンジンは、ZplaneやiZotopeからライセンスを受けたものではなく、インターネット独自のもののようだが、まだ改良の余地はいろいろありそうに思える。ぜひ、今後の開発で機能強化してくれることに期待したいところだ。

 以上、さまざまなDAWのタイムストレッチについて見てきたがいかがだっただろうか? 試してみて難しいと感じたのは、素材によって結果がいろいろと異なり、どれがベストなのかを選ぶのは非常に難しいということ。だからこそ、複数のアルゴリズムを搭載したDAWが多いのだと思うが、音にこだわるのであれば、いろいろと比較していく必要もありそうだ。まだ、ほかにもいろいろなアルゴリズムがあるようなので、機会があれば、また改めて同じ素材でテストをしてみたいと思う。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。EPUBマガジン「MAGon」で、「藤本健のDigital Audio Laboratory's Journal」を配信中。Twitterは@kenfujimoto