BAとダイナミックを両搭載。AKG「K3003」を聴く
-約13万円の意欲作。“いいとこ取り”の高音質
AKG「K3003」 |
AKGと言えば、スタジオモニターヘッドフォンや民生用ヘッドフォンで知られる老舗メーカー。ドイツのメーカーのようなイメージを持っている人もいるようだが、オーストリアの会社だ。
民生機ではK701やK601などのKシリーズ、スタジオモニターライクなHIGH DIFINITIONシリーズなどが印象深いが、カナル型(耳栓型)やインナーイヤホンも手掛け、ノイズキャンセルモデルもラインナップするなど、様々なヘッドフォン&イヤフォンを開発しているメーカーでもある。
ヘッドフォンでは5万円を超える高級モデルも揃える同社だが、カナル型イヤフォンでは最上位の「K370」でも直販17,800円と、他メーカーの超高価格モデルと比べると低価格だ。そのため、ハイエンド市場においては、どちらかというとヘッドフォンのイメージが強いだろう。
そんなAKGから、カナル型イヤフォンの衝撃的なモデル「K3003」が9月中旬より登場する。特徴は2つ、バランスド・アーマチュアユニット(以下BA)とダイナミック型ユニットを両方搭載したハイブリッドタイプである事。そしてもう1つは、実売想定138,000円というハイエンドな価格だ。
機構の面でも価格の面でも、どんな音になっているのか極めて気になるイヤフォン。さっそく聴いてみよう。
■3ウェイ・ハイブリッド・テクノロジー
内部構造。前方に高域、中域用のBAを搭載。その背後にダイナミック型ユニットを内蔵している |
BAユニットを搭載したイヤフォンでは、2ウェイ、3ウェイといったマルチウェイ化がトレンドで、複数のBAユニットをイヤフォンの中に詰め込んだモデルが増えている。これは、1つのユニットで再生できる帯域が狭いBAの弱点を補う工夫の1つと言えるだろう。
「AK3003」も、そんなマルチウェイタイプなのだが、構成が挑戦的。高域用、中域用にそれぞれBAユニットを搭載しているのに加え、低域用にダイナミック型のユニットを搭載しているのだ。AKGではこれを「3ウェイ・ハイブリッド・テクノロジー」と呼んでいる。
スピーカーでは、ウーファとツイータに素材や方式の異なるユニットを使う事は珍しくないが、イヤフォンでは極めて珍しい。異なる方式が同居している事が、音にどのような影響を与えているか? が、このイヤフォンの聴きどころと言えるだろう。
スペック的には周波数特性が10Hz~30kHz。感度は104dB/mW。インピーダンスは8Ω。
■シンプルで上質なデザイン
まずはデザイン……の前に、ケースから見ていこう。イヤフォンのものとは思えない大きなケースで、磁石留めの蓋をあけると、美しくレイアウトされた本体と付属品が登場。ジュエリーケースのような雰囲気だ。付属品は航空機用プラグアダプタと、レザー調素材を使ったキャリングケース。キャリングケースは側面にケーブルを巻きつけるタイプで、肌触りも上質だ。
製品のケース。右の写真は、外側の厚紙を外した状態 | 蓋を開いたところ。ジュエリーケースのような趣だ |
付属のキャリングケース | 側面にケーブルを巻きつけるタイプ |
さらにケースにはシリアルナンバープレートも装備。これは、製品出荷時に品質検査を全数実施し、検査に合格したことを証明するものだという。高価な製品だけあり、オーナーシップをくすぐるケースになっている。
ケースにはシリアルナンバープレート | ケースの下段にもアクセサリを収納 | 付属の航空機用プラグアダプタもステンレス製 |
さらに、マニア心をもくすぐる付属品が、小さな丸い4つのパーツ。これはイヤフォンから音が出るノズル部分の先端に装着するフィルタだ。実はこのフィルタというパーツ、形状などにより、最終的に聴こえる音を変化させる重要なパーツなのだが、K3003ではネジが切ってあり、ユーザーが簡単に取り外しできるようになっている。
付属のフィルタはその交換用フィルタなのだが、音の傾向に変化をつけてあり、1つ(2個セット)は低音ブーストタイプ、もう1つは高域ブーストタイプとなっている。つまり、付け替える事で再生音をカスタマイズできるわけだ。こういうギミックはマニアにはたまらない。DSPなどで音をいじるのではなく、あくまでメカニカルに調整するというのが粋だ。
音質を変化させるフィルタも付属している | フィルタの効果を示した図 |
イヤフォンのデザインは極めてシンプル。サイズもコンパクトで、独創的なハイブリッド技術が使われているとは思えない。筐体の素材はステンレス。耐久性を高め、不要な振動を抑制する効果があるという。コンパクトではあるが、手にすると適度な重さがあり、金属的な肌触りと合わせて高級感がある。ヘアライン処理された表面に、控えめに主張するAKGのロゴマークもクールだ。ケーブルを除いた重量は10g。
ステンレス筐体は本体だけでなく、ケーブルのYコネクタや、入力プラグもステンレス。さらに付属の航空機用プラグアダプタまでステンレスだ。さすが高級機といった贅沢ぶりである。
筐体はステンレス | AKGのロゴマークも。表面はヘアライン仕上げ | 横から見たところ。サイズはコンパクトだ |
入力プラグやYコネクタもステンレス |
イヤーピースは3サイズと、各サイズのスペアも同梱。半透明で、内側が灰色に塗装されている。ステンレスの本体と組み合わせるとよくマッチするカラーリングだ。本体が小さく、適度に重さがあるため、装着しやすく、ホールド感も良い。
イヤーピースを外したところ。筐体はステンレス | AKGのロゴマークも。表面はヘアライン仕上げ | スペアのイヤーピースも同梱している |
ケーブルはY型で、長さは1.2m。OFC(無酸素銅)で、摩擦によるノイズを抑えるラバー被覆を採用。Yコネクタから下部は布製被膜を採用し、断線しにくいようにしている。入力はステレオミニだ。
なお、バリエーションモデルとして、ケーブルの途中にマイク内蔵リモコンを装備した「K3003i」というモデルも存在する。音量調整、再生/一時停止/スキップ/曲戻しなどの基本操作に加え、着信時の応答もでき、対応機種はiPhone 3G/3GS/4、第2世代以降のiPod touch、第4世代以降のiPod nano、iPod classic、第3世代以降のiPod shuffle、iPadとなる。ただし、このモデルはアップルストアとセレクトショップのナノユニバース、リステアでの限定販売モデルだ。店頭予想価格は通常モデルと同じ138,000円前後となる。
ケーブルの途中にマイク内蔵リモコンを装備した「K3003i」 |
■ダイナミックとBAの見事な融合
試聴してみる |
ポータブルの試聴環境は「第6世代iPod nano」+「ALO AudioのDockケーブル」+「ポータブルヘッドフォンアンプのiBasso Audio D12 Hj」を使用。据え置き環境としては、Windows 7(64bit)のPCと、ラトックのヘッドフォンアンプ内蔵USBデジタルオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」を使用。ソフトは「foobar2000 v1.0.3」で、プラグインを追加し、ロスレスの音楽を中心にOSのカーネルミキサーをバイパスするWASAPIモードで24bit出力している。なお、お借りした「K3003」は、エージング100時間を突破した状態だ。
「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best OF My Love」を再生する。すぐにわかるのは、非常に自然な音だという事。珍しい機構のイヤフォンなので、さぞや個性的な音がするだろうと予想していると肩透かしを食らう。だが、冒頭のアコースティックギターの金属質な弦の音と、それによってギターの筐体が振動して発せられる木の暖かい響きの音が、完璧に描きわけられている事に気がつき、思わず前のめりになる。これはちょっと凄い音だ。
1分過ぎから入るアコースティックベースの「ヴォーン」という量感のある低域は、まぎれもなくダイナミック型の音。頭の芯を振動させるような量感が心地良い。BAでも低い音は出るが、“大量の空気が動いている感覚”を出すのは難しく、ダイナミック型の利点と言える部分だ。逆に、この豊富な低域に埋もれず、中高域が一音一音クリアに、輪郭がシャッキリ描写される部分に、BAっぽい解像度の高さを感じる。両方のユニット特性の“いいとこ取り”と言えるだろう。
ここまでならば、単に「低域をダイナミック型が担当して、中高域をBAで再生してる」で終わりなのだが、「K3003」の凄いところは、ユニットの方式の違いを感じさせないほど、高音と低音のキャラクターが統一されている事だ。この場合、驚くべきは中高域のニュートラルさにある。
ソニーのMDR-EX1000 |
「K3003」に話を戻すと、“BAの硬さ”が出てもおかしくない中高域に、そうしたキャラクターがまったく感じられない。これが、ダイナミック型の低域と、BAの中高域の音色が綺麗に統一され、繋がっていると感じさせた要因だ。
「Best OF My Love」の冒頭、アコースティックギターの弦の音は、素材を感じさせる硬質さがあるのだが、ギターの筐体の響きの音には木のぬくもりがしっかり感じられる。続く女性ヴォーカルの高域も極めて自然で、不自然な硬さが無い。ヴォーカルに血が通い、妙な表現だが音がきっちり“肌色に聞こえる”。
「手島葵/The Rose」は、ヴォーカルと伴奏のピアノの音が広大な空間にどこまでも広がっていくようなシンプルな楽曲だが、Shureの「SE535」で聴くと、寒々しい空間に硬質な手島葵のヴォーカルが、どこまでもクリアに広がっていくように聞こえる。この音をイメージでビジュアル化すると、冬の氷が張った湖の中心で歌っているかのようで、広がる空間もキンと冷え切っている。
「K3003」で再生すると、ヴォーカルに温かさが生まれ、情感が豊かに聴こえる。広がる空間も人肌程度に熱を帯びており、寒々しくない。確かに、個々の音の輪郭のクッキリ度、細かい音の張り出し、明瞭度などのポイントで比べると「SE535」の方が鮮明に聴こえる部分がある。だが、日常生活で聴いている人間の声に近いのは「K3003」だ。生々しく、その中にもハッとさせる情報量の多さを聴かせてくれる。このサウンドを「ニュートラルで自然だ」と感じるか、「BAにしてはメリハリと押し出しが弱くてつまらない」と感じるかは好みの問題だ。ダイナミック型の音が好きだというのもあるのだが、個人的には「K3003」の方が好ましい音だと感じる。
SE535とのサイズ比較 |
「坂本真綾/トライアングラー」は、全体的に高音が激しく、ヴォーカルのサ行がキツめに感じられ、高域の解像度だけが高くて中低域が乏しいBAで再生すると「ガサガサして耳が痛い曲」に聴こえてしまうのだが、「K3003」ではボリュームを上げてもまったく耳が痛くない。では高域が伸びていないのかというと鬼のように突き抜けており、解像感も高い。これも音色が硬質過ぎないためだろう。同時に、音に厚みが感じられるため、痩せてガサガサした音にも聴こえない。下の方に意識を向けると、中盤からの低域ベースラインが量感豊富で、その中に太くて輪郭がシッカリしたベースラインがゴリゴリと刻まれていく。非常に心地よいサウンドだ。
若干気になる点としては、良くできた高域・低域の影に隠れて、中域の張り出しが弱いところにある。楽曲によっては上と下が元気一杯で、真ん中の音が意識に入りにくいという事もあるだろう。だが、中域が張り出し過ぎると他の帯域の明瞭度を下げる事にも繋がりかねないので、このあたりはバランスが難しく、聴く楽曲の好みにもよるだろう。
■音質カスタマイズに挑戦
そんなニーズを見越してか、音質の変化が楽しめるフィルタが付属している。一見どれも同じに見えるが、低域ブースト用はフィルタの周囲に黒、高域ブースト用は白、通常(リファレンス)版は灰色に色付けされている。ごちゃごちゃになっても見分けられるのは安心だが、非常に小さなパーツなので、クシャミしたら何処かへ行ってしまいそうで怖い。付属のケースを無くさないようにしたい。
フィルタ交換はネジのように回すだけなので簡単。取り外すと、中のBAユニットが顔を出し、構造を知るという意味でも面白い。
音質カスタマイズ用フィルタ。左からリファレンス、低域ブースト、高域ブースト用だ | フィルタを外したところ。内部のBAユニットが見える | 低域ブースト用フィルタを装着したところ |
低域ブーストを装着すると、最低音の沈み込みの深さに変化は無いが、低域全体の量感がアップする。ロックなど、迫力ある楽曲の再生に向いているだろう。低域の動きは見えにくくなるが、解像度の低下はあまり無く、あくまでアコースティックなフィルタで変化しているため、変化後の音にも不自然さは無い。
高域ブーストに付け替えると、「まさにBA」という音に変化する。高音の輪郭がカリカリに明瞭になり、キツすぎて耳が痛くなる一歩手前まで行く。打ち込み系の楽曲や、弦楽器の細かい音を聴きたい曲などでマッチするようだが、高域の主張が激しくなるため、前の音の余韻が空間に広がる様子が、しゃしゃり出てくる次の高音に隠れて見えにくくなる。音場の広さと高域のバランスが理想的なのは、やはりリファレンスのフィルタと言えるだろう。音の違いそのものだけでなく、フィルタでこれだけ音が変わるという体験ができるのも面白い機能だ。
■ハイブリッド技術を使ったモデル展開に期待
音色的にニュートラルで、ダイナミック型の良さ、BAの良さを両方備えた、完成度の高いイヤフォンだ。マルチウェイのBAイヤフォン高級モデルを既に使っている人や、「BAの音には今ひとつ馴染めない」というダイナミック型好きの人に、一度聴いて欲しい。
気になるのはやはり、実売138,000円前後という価格だろう。10万円を超える価格は、耳型をとって作るカスタムインイヤーモニターの世界に入り込んでおり、「K3003」はデザイン面も含めた高級感を武器にしていく必要もあるだろう。
ダイナミックとBAという、異なる方式を同居させながら、ここまでの音にまとめあげた手腕は高く評価できる。10万円以下、5万円以下など、このハイブリッド・テクノロジーを採用した下位モデルのラインナップが充実してからが本番とも言える。K3003は、「ヘッドフォンだけでなく、イヤフォンも凄いんだぞ」というAKGの強いメッセージを示す役割を担ったモデルと言えそうだ。
[AV Watch編集部山崎健太郎 ]