西田宗千佳の
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楽天Koboスタート。三木谷社長単独インタビュー

~楽天が電子書籍市場で狙うもの~


楽天株式会社・三木谷浩史社長。自身も常にKobo Touchを持ち歩き、日常的に電子書籍を読んでいるという。「実は意外とこれでマンガも読んでます。けっこういいですよ」

 楽天が本日、電子書籍サービス「楽天Kobo」をスタートする。同時発売する電子書籍専用端末「Kobo Touch」は、7,980円(楽天スーパーポイントの割り戻し分も含めればさらに安い)という、挑戦的な低価格で販売することから、7月2日の発表以来、話題となっている。

 楽天は、電子書籍のビジネスにどのくらい本気なのだろうか? そして、ビジネスの狙いと勝算はどこにあるのだろうか? 同社の三木谷浩史社長の単独インタビューをお届けする。

 なお、本記事では三木谷社長インタビューのポイントをお伝えするが、その全文と、さらなる解説は、EPUB形式による筆者のメールマガジン「MAGon・西田宗千佳のRandom Analysis」7月25日発行号にてお伝えする。同号には、同じく電子書籍ストアサービスである紀伊国屋書店BookWeb Plus担当者取材記事も掲載予定である。ご興味がある方は、御購読・購入を検討いただければ幸いだ。



■最初は否定的だった「ハード」を含めたビジネスにトライ

 「まさか私が、ハードウエアを作って皆さんに売るようになるとは思わなかった」

 7月18日夕方、東京・丸の内にある大型書店・丸善丸の内本店前で開かれた楽天Koboのプロモーションイベントに登場した三木谷社長は、笑いながらそう答えた。

7月18日夕方、丸善丸の内本店で発売イベントに参加。「20年来の盟友」という丸善・小城武彦社長とともに、Kobo Touchをアピールした。来場した客に自ら説明するパフォーマンスも

 昨年11月9日、カナダのKobo社を3億1,500万ドルで買収、そこから急ピッチに、日本でのビジネス環境の整備を進めてきた。同社は昨年8月、「Raboo」という電子書籍ストアをスタートしていたが、これとは別に、なぜKoboを買収し、本格的なビジネスに参入しようと考えたのか? 三木谷社長は「理由が2つある」と話す。

三木谷氏(以下敬称略):インターネットショッピングにとって、本は重要な商材です。音楽で、CDがダウンロード販売に変わったように、本も紙から電子に変わるのは、ある意味必然です。楽天市場のサービスとしては、そちらの方向に行くのは自然な話で……。我々が変わったというより、「場」が変わった、と言った方が良いかもしれません。それによって、市場の拡大が見込めます。

 Koboのチームも、他の電子書籍に関わる人々も、特に欧米において、ここまで急速に電子書籍の市場が成長するとは思っていなかったところがあります。Koboのチーム自身、そう言っています。よって、本の定義を変える可能性が出てきています。グローバルに広がっているわけですが、ふと立ち返ってみると、「そりゃあ電子の方がいいよね」と思うことも多い。ある意味単純で、率直な話なのですが。マーケットとしては非常に大きくなるだろうと考えます。

 特に楽天グループとしては、日本が一番大きなマーケットではありますが、海外でもビジネスをしています。グローバルにeBookをやっていく必要があるというのが、重要なポイントです。Rabooや、他の企業とのアライアンスも含め、色々と検討しましたが、最終的にたどり着いたのが「Koboの買収」だったのです。

 では、そこでなぜ「Kobo」だったのか? その判断の軸にあったのは、「グローバル化」と「コンテンツだけで差別化できない時代」を見据えた考え方だった。

三木谷:我々にとってKoboが魅力的であった理由は、アメリカでこそ伸ばせていませんでしたが、他の国ではかなり健闘していた、ということ。フランスやカナダ、オーストラリアでは、Amazonに勝っているんです。

 グローバルにビジネスができる、ということは、やはり楽天にとって大きな魅力です。在外邦人だけでも何百万人といらっしゃって、そこに日本語の書籍をお届けするだけでも、それなりの規模のあるマーケットです。事業セグメントとしては小さなものかもしれませんが。例えば、Rabooでは洋書を扱えないわけです。

 単にアメリカで成功していることだけでなく、マインドセットとして、Koboは世界で最もオープンマインドな電子書籍リーダーだと思っていますので、グローバル展開を目指す楽天にとっては重要です。

 また、皆さん、今回我々のローンチまでのスピードに驚かれたのではないかと思います。開発力も含めて、とても早い。今回はKobo Touchからスタートしますが、これからその後継機も含め、将来的には色々な端末が出てくるかと思います。単純なeBookリーダーに終わらず、総合的なデジタルコンテンツサービスおよびショッピング連携も含め、Koboであればやっていけるな、と思っています。

 コンテンツ(書籍)のラインナップでは、もうそうそう差別化できない時期になってきています。実際、KindleもKoboも、読める書籍の内容としてはそう変わりません。日本でも近い将来には、差がなくなってくるでしょう。やっぱり機能面、ソーシャル面であったりダウンロードの仕方であったり端末の品質であったりで差別化する必要があります。

 実は私も、Koboを買収するまでは、専用端末のビジネスには否定的だったんです。

 しかし、実際に長く使ってみると、やっぱりこれはこれで価値がある、ニーズが高いな、という結論に至りました。軽いですし、バッテリーも長持ちします。それに、値段も重要なファクターです。

 電子書籍がクラウド型書庫で管理され、どの端末でも安心して読める、という要素も必須です。自宅のベッドルームでは専用端末を使うけれど、移動中は持ち歩くのがいやなのでスマートフォンで、という使い方もできます。

 しかし、特にバッテリーの問題は大きいでしょうね。私なんかもスマートフォンのヘビーユーザーですが、バッテリーもへたってきて半日くらいしか持たなかったりします。でもKobo Touchなら全く問題ない。飛行機の中で読むときも、バッテリーのことを気にせず使えます。


 

 ここで、今日発売のKobo Touchの外観を見てみよう。残念ながら、オンラインストアのスタートは本日15:00で、記事執筆に間に合わなかったため、インプレッションはあくまで外観と文字の読みやすさに限定させていただく。

 ボディはやはり、かなりコンパクトだ。実際には、Sony Readerなどの方が軽く、決して最小でも最軽量でもない。しかし、バランスは良好で、背面の模様による「滑りにくさ」も評価できるポイントかと思う。

Kobo Touch。筆者の手元にあるのは黒モデルだが、このほか、主に背面のカラーバリエーションとして、ブルー・シルバー・ライラックがあるKobo Touch背面。菱形のパターンになっている。黒はマット仕上げでかなりもちやすく、すべりにくい印象

 文字表示はなかなか美しい。フォントとして、モリサワの「モリサワリュウミン」と「モリサワゴシックMB101」が採用されており、この効果は高いと感じる。解像度は800×600ドットなので、いまとなってはそう高くない。特にマンガではもう一声、とも思うが、コントラスト感は他の電子ペーパー採用端末に勝るとも劣らず良好で、好感触だ。これらの部分は「こだわった点。やってみるまではわからなかった部分だが、大切だと感じる」と三木谷社長も言う。

「モリサワゴシックMB101」での表示例。個人的にはこちらの方が読みやすいと感じる「モリサワリュウミン」での表示例。小説などの場合、雰囲気はこちらの方が良い
最小設定。さすがにこれだとちょっと読めないが、ルビまでしっかり表現はされている最大設定。フォントの素性の良さがしっかりわかるのがうれしいKobo Touchの設定項目の一部。電子ペーパー端末はページリフレッシュのスピードが気になるが、何ページに一度リフレッシュするかを設定し、スピードと画質のバランスを選べる。ページ数を減らすと遅くなるがきれいになり、増やすと早くなるが残像感が強くなる
Mac用ソフトの「Kobo Desktop」。端末登録設定や書籍管理などが行なえる。ダウンロードはPC版ともにhttp://rakuten.kobosetup.comより行なう

 なお、出荷時には最新のファームウエアは導入されておらず、アクティベーションも行なわれていない。アップデートとアクティベーションには、パソコン(WindowsでもMacでもかまわない)に接続し、専用ソフトから行なう必要がある。

 このあたりは少々わかりにくく、初心者にとってはハードルが高いのでは、という印象を受けた。だが、Sony Readerなどの他の専用端末も似たようなもので、「Kindleが突出して設定が楽だ」というのが正確だろう。安定性も含め、継続的な改善が求められる点ではある。



■狙いは“オープンでグローバル”、電子書籍ビジネスでの成功にまずは全力投球

 今後、楽天の電子書籍ビジネスはKoboを主軸に回っていく。そうなると気になるのはRabooとの関係だ。

三木谷:基本的には、RabooとKoboは統合していくことになります。お客様についてもコンテンツについても、引き継いでいく形を検討します。

 将来的には、どのストアでも読めるコンテンツの内容では差別化できなくなると考えていますので、他のストアにあったものはKoboにもあって読める、という形になるでしょう。KoboはEPUB、もしくはPDFであれば対応可能ですので、フォーマットがそれらであれば、他のストアから購入した書籍でも読めるようにすることは、技術的には可能です。

 そもそもKoboは、「世界でもっともオープンなeBookリーダー」を標榜しています。そこがAmazonとのもっとも大きな違いになるでしょう。Vox(筆者注:海外で投入済みの汎用タブレット)でも、Kobo以外での書籍購入や閲覧も制限していません。そういう考え方で望もうと考えています。

 楽天は言うまでもなく、日本におけるネットショッピングの巨人だ。そのため、Koboの買収の裏には、「パソコンを使わずに使えるネットショッピング端末のニーズ」を見据えた戦略があるのでは……と言われてきた。三木谷社長は、その点も否定しない。だが「電子書籍は呼び水」という見方については「正しくない」とする。

三木谷:タイミングについては、正直まだまったく決まっていません。どういう順番でやるかは決まっていませんが、汎用的な端末もやることになるのでは……と。ただしまあ、Kobo Touchがまだローンチする前ですのでね(笑)。

 Koboの成功なくして将来のビジョンはありません。まずはこれ、電子書籍のビジネスを全力で成功させることに集中します。

 電子書籍が従か、というお話ですが、それはまったく違います。電子書籍がメインです。その後(ショッピングなどへの応用)はどちらかといえばオマケ……というと言葉は悪いですが、あくまでついてくるもの、という認識です。

 



■不利を承知でEPUB3で攻め、「ポイント」を武器に全社で戦う

 電子書籍ストアビジネスとして、成功を目指すための方策として考えられたのが、書籍フォーマットとして「EPUB3」を主軸にする、という作戦だ。日本で一般的に使われてきたXMDFやドットブックには対応せず、EPUB3の他には、PDFを利用するにとどまる。大規模な電子書籍ストアとして、文字サイズ・レイアウトが可変する「リフロー型」を主軸に据え、端末でも全面採用するのは同社が初となる。

 EPUB3は、IDPFによって定められたオープンかつ今後の標準となり得る可能性を秘めた書籍フォーマットだが、利用例がまだ少ないこと、再現性の検証が完了していないことなどから、「時期尚早では」との声も聞かれていた。実際、スタートする「今日」のコンテンツ量でいうと、フリーのものも含めて「3万冊程度」ということなので、有料コンテンツだけで5~6万冊ある他のストアに比べると不利である点は否めない。

 だが、それでもあえて採用に踏み切った理由はなんだったのだろうか。

三木谷:EPUB3は世界標準になっていくものです。日本語が読めるだけでなく、他の言葉も読めるようになるだろう、ということが重要です。洋書を読む機会ももっと増えてくるだろうと思いますし。やはりグローバルであることが重要です。

 他のフォーマットもサポートし、EPUB3もサポートし、ということになると、これは結果的にですが、EPUB3への移行がなかなか進まないのではないかな、という懸念はありました。

 出版社さんの意向をうかがいますと、おっしゃる通り、最初に(フォーマットを作り直さねばならない)「面倒くさい感」があるんですよ。でも一方で「方向性としてはEPUBだろうね」というお話もあります。そこは一生懸命がんばれば、数カ月でリカバーできるのではないか、と考えています。

 やり方としては、出版社さん側で作成する場合もありますが、我々が独自に作成したコンバージョンのソフトを使い、お預かりしたデータをEPUB3に変換する、という方法がほとんどですね。

 実際のところ、重要なのはその後の「品質保証」の部分。しっかりと品質をチェックする部分です。もうこれは人手の問題ですから……。できあがったデータの品質については、高い評価が得られているのではないか、と感じています。

 確かに手間はかかりますが、スタートからEPUB3に踏み切ってしまって、正解だったと考えています。日々タイトル数は増えていきますし、もちろん売れ筋のタイトルからやっていきますので。品質チェックについても、慎重になる時期を過ぎれば、もっとスピードアップしていくと思いますよ。

 電子書籍ストアにおいて、重要なのはやはり「売っている書籍の数」だ。これまで巷では「出版社や著者が許諾しないので電子書籍が出てこない」とまことしやかに言われてきた。だが筆者の実感としては、それは正しくないと考えてきたが、三木谷社長もこれに同意する。

三木谷:もう、契約の部分はまったく問題ありません。主要出版社とはすべて契約できましたので。

 問題はやはり制作スピードです。ここは我々ががんばるしかありません。正直、今の冊数をスナップショット的に見ることに、あまり意味はないのではないか、と考えます。目標としては、年末までに、できれば20万冊を用意したいです。電子書籍化されていく、ということについては、Koboが出てきたこともあって、明らかに追い風だといえますね。

 なお、海外では、Amazonが著者と直接取引を行い、出版社の持つ「書籍データの制作と流通」、「著者への報酬引き渡し」の部分を担当する形で新しいビジネスモデルを構築しつつある。この点に警戒心を抱く出版社もあるようだ。だが、7月2日の会見後に、三木谷社長は記者からの質問に答える形で、「楽天は出版社になる意思はない」とコメントしている。

三木谷:出版社とは分業の形を採りたいと考えています。先日コメントした通り、出版社業務を行なうつもりはありません。

 では、楽天Koboの販売施策上の工夫点はどこになるだろうか?

7月2日の発表会で「kobo touch」を披露する楽天三木谷社長

三木谷:楽天のIDで、別途クレジットカードなどを登録することなく使えます。

 なにより、我々にとっての武器は楽天スーパーポイントの存在です。楽天の成功も、スーパーポイントの存在に負うところがあります。いくつかの調査会社のデータでも、「もっともネットで使われているショッピングポイント」に挙げられていますので、これが使えることは、消費者にとって大きな魅力になるのではないか、と考えます。

 今後は、「本を買ったらいくらポイントがつく」ということだけではないやり方も考えます。例えば、SNSに書籍を紹介したらそれでポイントがつく、といったやり方です。

 だが、書籍の価格を極端に下げる、という意識はないようだ。


三木谷:価格については、正直極端な値崩れは起きないのではないか、と考えているところです。本においてはディスカウントよりも、ポイント施策がメインになるのではないか、と思います。

 もちろん、出版社さんと共同でマーケティングを行なう場合など、双方合意の上でプラスになると判断した場合には、様々な施策を行なっていくことになるでしょう。結局大切なのは、売り上げを最大化することですからね。どちらにとっても。

 楽天には、既存企業・新規参入組ともにライバルが多い。「楽天のユーザーベースを使える」という最大の武器を使い、どこまでそこで戦っていけるのか。ビジネスとしてはそこが注目されるところだ。

品川シーサイドにある楽天本社の受付。デモ用ディスプレイもKobo一色だ

 楽天には、ちょっとおもしろい社を挙げた風習があるという。毎月1度、社を挙げてパーティーを開き、その月に生まれた社員を祝う。今月の誕生パーティーの日は、実は今日、7月19日だ。そしてこの日は楽天Koboの誕生日でもある。楽天関係者によれば「元々は別に狙っていたわけではない」らしいのだが、くしくも同日になったのだ。そのため、今夜のパーティーでは、社員と同時に「Kobo」も誕生日を祝われることになるのだという。

 全社のリソースを使い、まずは「電子書籍での成功」を目指す。

 それが、楽天・三木谷社長の狙うKoboの船出の形と言えそうだ。


【7月20日1時追記】
 本記事掲載以後、正式なファームウェアの公開と電子書籍ストアのサービスがオープンしたため、現時点での楽天Koboに対する評価を追加表記させていただきたい。

 率直にいえば、欧米における「もっとも使いやすい電子書籍リーダー」という評判と、現状の日本語版の評価の間では、かなり大きな隔たりがあり、すでに動いている他の電子書籍ストア・サービスに比べ、体験として至らない部分が多い、と言わざるを得ない。

 ハードウェアとしてのKobo Touchは、動作の遅さや設定呼び出しのわかりにくさ、通信のコントロールなど、日本語化したファームウェアの完成度にまだ疑問が多く残るのに加え、電子書籍購入に至る速度も遅く、正直使いづらい。特に、いわゆる自炊用としてはまだまだおすすめできない。書籍のラインナップ量も、不利であろうことは予想できたが、想像以上にスタートで苦労しているな、と感じる。筆者の手元では正常にダウンロードできたが、購入した書籍が正常にダウンロードできなかった、という例も見受けられる。

 他の電子書籍ストアは、ローンチからここまでで、様々な改善を積み重ね、着実に進化している。今後強力なライバルであるAmazonのKindleが登場することを考えても、早期に相当の改善をしないと、Koboの成功は危うい。「全社を挙げて」ということであれば、その意気込みを改善につなげていただきたい。

(2012年 7月 19日)


= 西田宗千佳 = 1971 年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、PCfan、DIME、日経トレンディなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。近著に、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「メイドインジャパンとiPad、どこが違う?世界で勝てるデジタル家電」(朝日新聞出版)、「知らないとヤバイ!クラウドとプラットフォームでいま何が起きているのか?」(徳間書店、神尾寿氏との共著)、「美学vs.実利『チーム久夛良木』対任天堂の総力戦15年史」(講談社)などがある。

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[Reported by 西田宗千佳]