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Netflixは日本の映像ビジネスを変えるのか? 対応TVも

その本質と国内展開を予測。独自コンテンツ製作が鍵か

 2月4日(米国時間)、アメリカの映像配信大手であるNetflixは、2015年秋に日本市場へと進出すると発表した。Netflixは、2012年上半期より米国外へ進出する戦略を加速し、2016年までにグローバル展開を完了する目標を立てている。2014年にはヨーロッパに本格進出し、ついに今年、アジアへの本格的な足がかりとして、日本市場に参入する。ちょうど、記事掲載の2月12日には、東芝から、日本初のNetflix対応テレビ「REGZA J10」が発表された

 Netflixがどういうビジネスなのかは、折りに触れて本連載でも解説してきた。2010年に書いたインタビュー記事から、サービスの本質は大きく変わっていない。

 が、ここで改めて、日本参入を前に「Netflixとはなにか」「映像ビジネスの世界でいまなにが起きているか」を解説し、さらにそこから、「日本参入時にどういうことが起きるのか」を考えてみたい。

アメリカの映像ビジネスを「二度変えた」、海外展開を加速中

 まず、基本的なところをおさらいしておこう。Netflixは、インターネットを介した映像配信の会社だ。月額料金(アメリカの場合、最も安いプランで8.99ドル)を支払うと、彼らが持っているカタログの中から好きなものを好きなだけ視聴できる、サブスクリプション型ビデオオンデマンド(SVOD:定額制のVOD)だ。日本でいえば、dビデオやHuluがライバルにあたる。正確にいえば、それらのサービスが手本としたのがNetflixであり、SVODの草分けといえる。

 同社は1997年に創業したが、この時はVODの会社ではなかった。借りたいDVDを指定すると家に届くという、配送型レンタルで成長した会社だ。日本でも同様のビジネスはあるが、これもNetflixの影響下にある。要はこの時代から「映像を家で気軽に見る方法」を提供する会社だったわけだ。

 その後2007年になり、同社はSVODを開始する。しかし、VODをディスクビジネスと別に始めたわけではない。当初は、利用者をSVODに誘導することで、ディスクの配送に関わるコストを削減するのが狙いだったのだ。しかし、Netflixが視聴できるデバイスが広がっていくと、利用者はディスクを使わなくなっていく。Netflixは、ディスクレンタルで一度目の、そして現在、SVODにおいて二度目の変化をリードしたわけだ。

 統計によってもデータは異なるが、現在アメリカでは、インターネットトラフィックの30%から35%程度が、Netflixの映像配信だけで構成されている、と見られている。2015年1月20日現在、全世界での利用者数は5,740万契約。2010年9月には1,500万契約だったものが、4年4カ月で4倍弱にまで伸びている。同社は2015年第1四半期までに6,140万契約に到達する、という強気の予想を立てている。Amazon.comが有料ユーザー(フォトストレージや2日以内での配送などのサービスを含む)向けの「Prime Instant Video」で急追していると言われてはいるものの、Netflixが圧倒的なトップであることに変化はない。

 その影響力は、各国の回線・衛星放送の事業者にとって、脅威でもあり魅力でもある。衛星放送サービス大手のDISH Networkは、2014年12月、同社のサービスの中にNetflixを統合して提供するサービスを発表した。ヨーロッパではイギリス・ドイツ・フランス・ベルギーなどの各国で、STBにNetflixを組み込んで回線とともに提供するサービスが広がっている。Netflixは本来回線にはこだわらないネット上のサービスだが、マーケティング上の連携を行なうことが、回線そのものの拡販に結びつくようになっているのだ。

Netflixを統合したDISHのSTB。既存の番組視聴機能に加え、Netflixがアイコンとして並んでいる

「テレビ」が最大の強み、4K+UHDを先導

 映像配信として考えた場合、Netflixの強みは、圧倒的に「テレビ的」である、ということだ。

 動画の視聴量としては、いまだYouTubeの力は大きい。しかし、YouTubeが平均2、3分の短い動画をPCやスマートフォンなどで見るサービスから脱皮できない一方で、Netflixはテレビへの対応を強化することで、サービスの価値を高めていった。2009年よりゲーム機対応を行ない、順次対応機器を増やしていったが、いまや、Netflixが使えないテレビは考えられないし、ゲーム機もApple TVのようなSTBも、Netflixが欠くことのできない用途の一つとなっている。例えばPlayStationにおいては、Netflixなどのアプリを介して映像を見るユーザーは、1回あたり平均2時間以上視聴している、というデータがある。これは完全に「テレビ的」に見られていることの証といえる。Netflixがビジネス拡大をしていった時期は、アメリカにおいてディスクビジネスがシュリンクしていく時期と重なる。特にカジュアルな利用者の市場に、大きな影響があったことは疑いがない。

「テレビで映像を見るための経路」としての魅力を強化するために採られたのが、オリジナルの番組を作成していく、という方針である。特に2013年以降は、CATVなどに対してドラマを製作していたところと組んで、Netflixブランドのドラマの提供を始めている。その代表格が「ハウス・オブ・カード 野望の階段」である。同作は2013年にエミー賞を3部門受賞し、2015年には第3シーズンの放送が予定されている。ネットで生まれた作品がエミー賞を受賞したということは、既存の放送向けドラマと完全に肩を並べた、ということでもあり、象徴的な出来事でもあった。

 そして現在は、画質面でもリードする存在になりつつある。各社が4Kテレビで「4Kコンテンツ」をアピールする際、強調するのはNetflixとの関係だ。放送と違い、ネット配信は新技術への対応が容易だ。そもそも、Netflixブランドのドラマは4K撮影が基本であり、4K解像度での配信も視野に入っていた。今年のテレビでは、HDRも視野に入ってくる。こちらにも年内に対応を予定している。Netflixとしても、8.99ドルの標準プランでHDまでを、11.99ドルの上位プランで4K+HDRをサポートする形とすることで、利用者を上位プランに導き、全体のARPUを高めることが可能になるため、非常に積極的な展開が予定されている。

CESでのソニーのプレスカンファレンスの一コマ。Netflixの4K+HDRへの積極対応は、どのテレビメーカーも強調するポイントだった

 4K+HDRというと4K対応BDこと「ULTRA HD Blu-ray」が思い浮かぶが、同時に配信でも使われる。1月5日に設立された「UHD Alliance」には、ULTRA HD Blu-rayと4Kテレビを推進する家電メーカーやコンテンツメーカーに加え、Netflixが名前を連ねている。コンテンツ製作において共同歩調を採っておくことが、4Kから先の世界を考える上では論理的、と判断されているからだ。

ハードは準備万端、日本独自のコンテンツ製作を強力に推進か

 さてポイントは「日本に来るとどうなるか」ということだ。

東芝のNetflix対応テレビ「REGZA J10」(49J10)

 実際問題、2014年の早い段階から、テレビ業界では「近々日本参入があるらしい」との噂が流れていた。筆者もいくつかのルートでその情報は得ており、2014年後半にはほぼ既定ものとして受け止めていた。

 まず第一に、テレビについては、2014年モデルからかなり準備が進んでいた。2014年に発売された4Kテレビのうち、一部の例外を除き、多くの製品にはHEVCのデコーダーが搭載されていた。しかし、現状、機能として使われている例はほとんどない。海外でNetflixが、4K配信向けにHEVCデコーダーが必須であったからだ。ハードウエアとしての条件はすでに整っており、あとは日本語化をしてテレビ側へ組み込めばOK、という状況である。東芝だけでなく、国内メーカーの多くが、今年発売のテレビでNetflixへの対応を予定している、と見られている。4Kテレビ拡販の上で非常に有効と考えられる上に、搭載のハードルが非常に低いからだ。だからこそ、サービス開始まで半年以上ある現状で「搭載テレビ」が発表されるわけだ。今年の「Netflix対応テレビ」の場合、単に機能が入るわけではなく、リモコンにNetflixボタンがつき、テレビの電源がオフの時もこのボタンを押せば直接Netflixが立ち上がる、という形になっている。

テレビ的な体験がNetflixの強み
もちろんタブレットでもシームレスに視聴できる

 PCやスマートフォン、ゲーム機などの汎用機器についてはよりハードルが低い。AndroidなどのモダンOS搭載テレビの場合、従来のテレビ向けのノウハウだけでなく、スマートフォンやPCでのノウハウが転用しやすいこともプラスである。また、ケーブルTVなどの各種STB、ブルーレイレコーダーなどのへの対応も行われる。Netfilixが積極的な技術投資とテレビメーカー側への働きかけを行ない、「映像の出口を全部押さえる」戦略に出ているからだ。

 次のポイントは「コンテンツ」だ。すでに述べたように、Netflixは自社ブランドコンテンツの開拓に積極的だ。その点は日本でも変わらない。具体的な名前を挙げるのは避けるが、Netflixは国内の制作者ともすでに接触し、「日本製作のコンテンツ」を準備する方針である。10年前と違い、日本は海外のコンテンツよりも「国内のコンテンツ」重視の市場になっている。ハリウッド生まれの作品は大切で欠くべからざるものだが、それだけでは普及のてこにならない。

 誰しもが「日本の制作者の協力を得られるのか」という疑問を持つだろう。日本はテレビ局がコンテンツに出資し、最大の流路として製作する場合が多い。Netflixがテレビ局のシステムを脅かす存在になるなら、コンテンツ製作は軌道に乗らない。

 なら厳しいのでは……と思う人が多いだろうが、筆者は、必ずしもそうとは限らない、と思っている。理由は同社のアメリカでの方針にある。

 本記事の中で、Netflixが出資して作るコンテンツを「Netflixのオリジナルコンテンツ」ではなく「Netflixブランドの作品」と書いてきたが、それには理由がある。両者は同じようで、微妙に違うからだ。

 Netflixが出資し、イニシアチブをとって製作しているコンテンツは、既存のドラマ制作者とのパートナーシップで製作されている。「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の場合には、実際の製作はソニーピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)が担当している。

「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、Netflixが強いイニシアチブをもって製作し、最初にNetflixで公開された。しかし「Netflixでだけ提供されている」わけではない。ディスクでも販売されているし、CATVなどの経路でも配信されている。日本で最初に公開されたのはNOTTVだし、今はなんとHuluでも配信されている。

Netfilixの象徴である「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、現在の日本では、彼らのライバルであるHuluで配信されている。コンテンツ供給を担当するSPEに裁量権があるからだ

 Netflixはオリジナルコンテンツを作成する際、パートナーと非常に柔軟な関係を構築している。極端に言えば、「事情がある場合を除き、SVODではNetflixだけで、しかも他のメディアより速く公開する」という条件さえあれば、パートナー側はビジネスの選択肢を広く採れる。SVODが普及し、影響力が大きくなったといっても、既存の放送やディスクメディアが不要になったわけではない。コンテンツ製作をする側は、多彩なチャンネルで何度も収穫できることを求めている。柔軟な体制と豊富な資金力をもって組みうるパートナーとして、Netflixが注目されている……という言い方もできる。

 Netflixは、日本でも同じ方針を採るとみられている。テレビ局や映画会社、アニメスタジオなどに「ネットではNetflixを最初に、その他はご自由に」というビジネスモデルで交渉を行なうことになれば、テレビ放送やディスク販売といったビジネスモデルを大きく崩すことなく「番組製作の出資者と新しい流路を得る」ことが可能になる。例えば、Netflixでの配信とテレビ放送をごく近いタイミングで行なえるようにすれば、テレビ局としてもリスクは小さくなるわけだ。なにしろ、Netflixには、巨大なユーザーベースを背景にした資金がある。それを日本にきちんと投入するのであれば、番組製作側には見逃せない相手といえる。アニメや映画では「製作委員会」方式での出資も多いが、「出資元の一つ」としての参画だと考えると、こうしたスキームとの相性も悪くない。

 また、Netflixで配信する場合には、日本のコンテンツを海外に配信するための流路としての価値も見逃せない。といっても、アニメならばともかく、日本のドラマを欧米に売るのはきわめて難しい。しかし、アジア市場はまったく異なる。Netflixのアジア進出は日本からスタートする。日本が市場として大きいということだけでなく、アジアに対するコンテンツ供給地としての価値を見た上で日本進出を決めたのだと考えると、色々納得できる。

 各テレビ局はネット配信の価値を理解しつつあるが、どことどう組むべきか迷っている。昨年、Huluを日本テレビが買収し、非常に有望なプラットフォームになった一方で、日本テレビの影響力を危惧する他のテレビ局、具体的にはフジテレビやテレビ朝日は、Huluへの参加に二の足を踏んでいる状況もある。

 Netflixはあくまで「外資」であり、その影響力の拡大を懸念する向きもある。だが、日本のコンテンツの価値を高める上で、コンテンツ製作の「原資」が問題だという結論であるならば、Netflixの提案に乗る企業が多くいても、筆者は驚かない。

 もう一つ、Netflixのコンテンツの作り方の特徴を挙げるとすれば、「徹底した分析指向」がある。同社は各コンテンツに大量の「タグ」をつけて分析している。単純なジャンルタグではなく、出演者やドラマの傾向を含むものだ。すべての分類を累計すると、約5万のパターンに分けられるほどだという。それらをクロスマッチすることで、どんな視聴者がどんな出演者のどんな傾向のドラマを好むのか……という解析を行なっているのである。「ハウス・オブ・カード 野望の階段」も、題材や細かな展開、出演者の選定に至るまで、そうしたデータを元に作られた作品のひとつである。

 そもそも、ハリウッドでは作品を作り込む上で、こうしたリサーチが広く活用されている。だが、Netflixほど「ビッグデータ的」に解析を行なっている企業はなく、そうした部分が、同社ブランド作品の価値ともなっている。

「良い作品は数字では生まれない」と、情緒的な反応をしたくなる人もいるだろう。だが、数字を重視することは情緒を無視することではない。クリエイティビティと投資に対する効率の両立こそが、今のハリウッドの本質であり、Netflixはそれを今日的なやり方で突き進めている存在、ともいえる。

 日本にNetflixが「解析的なコンテンツ作り」を持ち込むことになれば、中長期的に見ても、面白い影響が生まれるのでは、と感じる。

 となると問題になるのは、「どのくらい日本に本気でお金をつぎ込むのか」ということだ。筆者は、ヨーロッパへの参入時の状況を考えると、相当に本格的なやり方で臨むのでは……と予想している。

 昨年秋、ドイツに行った時のことだ。ちょうどNetflixはその頃にヨーロッパでのビジネスを本格化したのだが、彼らのかけるマーケティングコストは相当なものだった。ベルリンで空港を出ると、中心部までの交通広告が「ハウス・オブ・カード 野望の階段」に占領されていた。知名度が高いコンテンツとNetflixを紐付けて、一気に広げる作戦だったのだろう。Netflixは2014年第4四半期の段階で、7,800万ドルものフリーのキャッシュフローを持っており、投資余力は大きい。

 日本での展開を考えると、単独のサービスとしての拡販はもちろんのこと、回線とのセットになった拡販も考えられるだろう。NTT東西が卸売りする光回線を拡販していくタイミングと合致しており、そうしたビジネスの中でNetflixを活用したい、という事業者が出てきても不思議はない。ヨーロッパでのビジネス拡大と似たやり方だ。

 ただ日本の場合、最大の懸念は「ペイTV利用」がなかなか広がってこない、ということである。衛星放送にしろVODにしろ、「有料放送400万加入限界説」がある。スカパーは現在約341万加入。dビデオがBeeTV利用者を含めない場合で429万加入。400万加入前後が天井となり、それより大きく伸ばすのが難しい状況だ。Netflixが成功するには、400万加入に近いライバルへと早期に追いつき、その数字を越えていく必要がある。そのためには、いままでのSVODや衛星放送と違うことをアピールする必要がある。その時には当然、Netflixブランドの日本向けコンテンツが必須だ。回線的にも技術的にも、もう準備は整っている。Netflixは「コンテンツ製作と機器展開で一気に攻める」のは間違いない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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