西田宗千佳のRandomTracking
Amazonがプライムビデオで目論むプライムな体験とは?
デバイスは儲け度外視。サービスと深く統合し差別化
(2015/10/2 09:30)
9月24日から、日本でも「Amazon プライムビデオ」がサービスを開始した。同社の会員サービス「Amazon プライム(税込3,980円/年)」のメンバーならば、追加コストなしに視聴が可能だ。時を同じくして同社からは、プライムビデオの利用を念頭に置いたオリジナルデバイスである「Fire TV」、「Fire TV Stick」も発表された。詳しくは別記事をご参照いただきたいが、コストの面でも内容の面でも、非常に競争力のあるビジネスと言える。
アマゾン・ジャパンのジャスパー・チャン社長と、サービス開始に合わせて来日した、ビデオサービスとデバイスの担当者のインタビューをお届けする。チャン社長に加え、ワールドワイドでのデバイス戦略を担当する、Amazon Devices シニアバイスプレジデントのデイブ・リンプ氏、米Amazon・Amazon Video国際部 副社長のティム・レスリー氏、そして、同社ディレクターでFire TV担当のティム・トワーダール氏の4名である。
日本で伸びるプライムサービス、「ビデオ以外」も含めた価値で訴求
最初に、プライムビデオがこの時期にスタートすることになった背景について考えてみよう。アマゾンは全世界での戦略として、会員サービスである「Amazon プライム」の強化を進めている。当然、日本でのプライムビデオ展開もその一環である。
チャン社長(以下敬称略):プライムにて、配送やパントリー、ビデオまですべて提供できるのは、私たちにとってもうれしいことです。なぜなら、一番大きな目的は会員様の満足度を高めることだからです。いろいろな特典を追加することで、Amazonとの接点を増やし、より多くの関係を築けることが大事です。プライムビデオは、特典の中でも特に重要なもの。ビデオがあることで、Amazonの使い方が変わっていくことがポイントです。とはいえ、一番大事なのは、プライムプログラムへの満足度を高めることですが。
ビデオ事業担当のレスリー氏も、同様の答えを返す。
レスリー:我々は何年にも渡って、Amazon プライムの価値向上に取り組んできました。プライムサービスは日本でも急速に利用者が拡大していますし、世界的にも伸びています。特に日本は世界でも最も早く拡大しています。
顧客の声に耳を傾けた結果、彼らが「ビデオサービス」を望んでいることがわかっていました。アメリカ、ドイツ、イギリスではすでにプライムビデオをスタートしており、ビデオが利用者に支持されることもわかっていました。今回、日本でベストなコンテンツを用意することができたため、日本でのサービスを始めることになりました。非常にワクワクしています。
では、なぜこの時期に開始したのだろうか? Netflixなど、他のSVOD(会員制・サブスクリプション型ビデオオンデマンド)が相次いで国内でのサービスを開始しているが、その影響はどうだろう? チャン社長は「ずっとスタートしたいと考えていた」と直接的な影響を否定するものの、次のように回答している。
チャン:8年かけてAmazonプライムで色々なサービスを提供してきた、ということは大きいと思います。
豊富な品揃えは、元々のAmazonの戦略ではありますが、そこにAmazonの素早い配送オプションがついたのが大きかった、と思います。それだけでなく、(食品や日用品を必要な分だけ購入できる新サービス)Amazonパントリーのようなプライムメンバーしか買えないセレクションを追加することも大切です。プライムビデオについても、「デジタルのサービスはプライムメンバーしか使えない」という形で特典を追加していくことが、非常に重要だと思います。
基本的には、幅広いサービスを提供することが大切です。もちろん、順番はあって、タイミングによって準備ができ次第、ということになりますが。とにかく、準備ができ次第導入する。プライムビデオがこの時期になったのも、(海外でスタート済みで)日本で展開されていないものがあるのも、単に「準備」の問題です。ビデオについても、別に今がどうこう、ということではなく、とにかく「準備ができ次第」ということでした。他のサービスも「準備ができ次第」提供していきます。それを加速するのが我々の仕事です。
これは筆者の認識だが、チャン社長の言う「準備ができた」ということは、コンテンツの調達にめどがついて、サービス展開が可能になった、ということだと思われる。実際、日本のプライムビデオには、古い映画やドラマも含め、日本のコンテンツの姿が目立つ。そうした調達ができたのも、実際には、ライバルが増えてコンテンツ提供元がビジネスチャンスと捉え、Amazonとしても交渉がしやすくなったからだろう、と予測できる。
なお現在、日本のプライムサービスには、海外と異なり、容量無限のフォトストレージなどはない。提供価格の違いなどもあり、単純に展開できるものではないと思うが、チャン社長の言にしたがうなら、単に「やらない」のではなく、準備が出来次第やる、ということになるのだろう。ただし、それがいつになるかはまた別の話だが。
日本のコンテンツ調達に注力、内容・ジャンルにも制約は設けず
プライムビデオのサービスは、まずアメリカでスタートしたものだが、現在はドイツ・イギリスでも展開中だ。日本は4番目の展開国になるが、国ごとにどのような特徴があるのだろうか?
レスリー:我々は、どの国でも顧客の声に耳を傾けます。そして、どんなコンテンツが求められているかを確認します。それぞれの国では求められるコンテンツがやはり違います。例えば、日本の場合、プライムビデオに登録された作品の70%は日本の作品です。幾つかのコンテンツはグローバル調達しますが、多くのコンテンツはその国で調達を行ないます。制作についても同様です。
このコメントの通り、プライムビデオは、スタート段階としては「日本のコンテンツ」が目立つのが特徴だ。特に、東映系の邦画やTBS系のドラマが厚い。こうした部分は、アマゾンが意図的に強化した部分だ、と推察できる。
もう一つの特徴が、オリジナルコンテンツの制作だ。アメリカでは、Netflixと並び、大きな額をオリジナルコンテンツ制作に投資していることで知られている。日本での方針はどのようなものになるのだろうか?
レスリー:オリジナルは全て4Kで制作しています。いくつかのエクスクルーシブ(独占)配信の映画についても、4Kです。今後も4Kでの配信タイトル増加に努力しています。4Kコンテンツの視聴時も、プライムビデオについては追加コストは不要です。ただし、同じ「Fire TV」の中で視聴する場合でも、他のプラットフォームについては、それぞれ必要である場合があります。
我々は、あらゆるタイプのコンテンツクリエイターに門戸を開いており、素晴らしい日本向けコンテンツを作りたいパートナーとは、誰とでも連携する可能性があります。
我々が調達するコンテンツは、日本の加入者に対して提供されるだけでなく、世界中のAmazon プライム加入者に提供される可能性がある、という点は強調しておきたいです。オリジナルコンテンツについては、全世界での配信を視野に入れています。
チャン社長も同様の回答だ。
チャン:お客様が見たいもの、好きなものはすべて提供したい、と思っています。したがって、あらゆるテレビ局・制作会社・クリエイターの方々、すべてと組んでやっていきます。
加えて、Amazon Studioで作るものは、40本のうち20本を日本向けに作ります。日本向けのAmazon Studioの体制は、まだ決まっていません。ただ、どういう形態でも構わないので、とにかく、お客様に喜んでいただけるオリジナル作品を作ることが重要だと考えています。
すなわち、ドラマやアニメだけでなく、可能ならばあらゆるジャンルの番組に取り組む、ということなのだろう。ちょっとぼんやりしているが、初期のパートナー調達コンテンツの中でも、地上波のバラエティの見逃し配信や幼児向けアニメーションの存在を強調しているところなどから、いわゆる「ドラマ好きがSVODの利用者」という先入観を排したいのだろう、という想像はつく。
自社スタジオの半分が日本向け、というのはかなりの注力ぶりだが、ガードは堅く、「どんなものか」「どことパートナーになるのか」という点は不明なままだ。だがその姿が見えてくると、SVODとしての独自色が、より強まるのだろうと予想できる。
ただ1つ、「おそらくないだろう」とわかっている部分もある。それはポルノ・アダルトビデオなどだ。2013年秋、単品での映像配信を「Amazonインスタント・ビデオ」としてスタートした際には多くのアダルト作品が用意されていたものの、プライムビデオには含まれない上に、現在はAmazonビデオにおける単品販売もほぼ休止状態。一部のアイドル系作品や成人向け映画を残すのみとなっている。これは、同社のビデオ配信事業の方向転換を示すものの一つと考えられる。
デバイスの売上では儲けず。「TVの未来への保険」として最高の4Kデバイスを目指す
Amazonの戦略として面白いのは、必ずハードウエアを伴ってビジネスが行なわれることだ。リンプ氏は、Fire TVのみならず、Amazonのデバイス戦略全体を見ている人物だ。同社のハードウエア・デバイス事業の特徴は、どういうものになるのだろうか。
リンプ:我々のデバイスビジネスでのポリシーは、「プレミアムなものをプレミアムでない価格で」というものです。そもそも、オリジナルのデバイスを得ることで利益を得ようとはしていません。その代わりに、Amazonは「プロダクトを使っていただく」ことで利益を得ようとしているのです。
例えば(Fire TV Stickを手に持って)これを買った後、繋がないで机の中にしまっておかれると、利益は出てきません。しかし使ってもらえれば、結果的に何度も売り上げが売れ、プライムのメンバーにもなっていただける可能性が出る。ビデオを買ってもらえるかもしれない。そこから利益を得るのです。
これは、Kindleなどの電子書籍リーダーを販売した頃から変わらぬモデルと言える。ただし、Kindleとは明確に違う点もある。
リンプ:KindleもFire TVも、ビジネスモデルの面では同じです。
しかしテレビベースのプロダクトが違う点としては、非常にセレクションの幅が広いことが挙げられます。ですから、Amazon以外が提供しているサービスに対してもオープンにしていく、ということが重要です。
他のビデオサービスなどにもコンテンツはたくさんあります。NetflixやHulu、niconicoなどもお客様は見たいと思うはずです。
我々は、「使いたいと思うコンテンツ」を自由に使って欲しい。私はプライムが顧客にとってベストなサービスだと確信しています。きっと皆さん気に入ってくれるはずです。しかし、同様に、他のサービスにも、皆さんが気になるコンテンツはあります。「セレクションの幅の広さ」こそが重要なのです。それが、Fire TVを他の競合プロダクトに対し、有利なものにしていきます。
この点を、Fire TVの担当ディレクターであるトワーダール氏も強調する。
トワーダール:消費者は自分が使いたいと思うものを使っていただければいいんです。テレビやゲームコンソール、タブレットなど、どの機器でプライムビデオを見ていただいても構わないです。
ただし、私の仕事はFire TVをとにかくグレートなものにすることです。なぜなら、ベストな体験を提供できれば、皆ここに戻ってきて、より多くの回数、利用していただけるようになるからです。Fire TVをアメリカ・ドイツ・イギリスで発売してきましたが、どこでも好評をいただいています。メディアプレーヤーとしてはNo.1の販売実績です。
そして、Fire TVを、彼の言う「グレートな存在」にしているのは、4Kへの対応が先進的である、という点にある。4Kテレビやディスプレイにつなぐと、プライムビデオの4Kコンテンツが、追加費用の発生なしに見ることができるだけでなく、Netflixのような他社サービスでも、4Kコンテンツが見られる。現状、Netflixの4Kコンテンツを見る場合、Netflix対応4Kテレビ以外で唯一の選択肢がFire TVだ。Fire TVを使えば、「Netflixが内蔵されていない4Kテレビ」でも、4Kで楽しめる。
トワーダール:我々は、4Kの普及が加速しつつある、と認識しています。4Kはテレビの未来である、と思っていますし、Fire TVが最初の4Kプレーヤーになっていることを嬉しく思いますね。重要でありエキサイティングなことだと思うのは、Fire TVがテレビにとって「未来への保険」、次世代のハイレゾリューションコンテンツへの対応策になっている、ということです。私には、今後の4Kを超えるコンテンツへのコンシューマのデマンドはわかりませんが、少なくとも消費者は、Fire TVのようなアプローチを歓迎していると認識しています。
そういう観点で見ると、Fire TVの中での「アプリ」の価値も高いものに感じられる。
トワーダール:アプリケーションはとても重要です。非常に多くの利用があります。ビデオ系のアプリケーションはもちろんです。特に短尺の映像を見るために、YouTubeアプリを使う人が多くいます。
また、ゲーム、特にカジュアルなゲームについては伸びています。SDKとして、AndroidベースのものとHTML5ベースのものがあります。多くのデベロッパーはまだAndroidベースのものを選択していますが、ニーズの拡大は明確です。
「Mayday」などの「深いインテグレーション」が差別化ポイントに
そして、Amazonのデバイスにとって重要なことは「シームレス」である、というポリシーだ。
トワーダール:いろいろなデバイスを使っているユーザーが、Fire TVを使うようになりつつある、と認識しています。どこまで見たかをSyncしてくれる「Whisper Sync」はとても重要です。
他のデバイスに比べ、Fire TVはコンテンツ中心のアプローチを採っています。結果、9割のサーチが、Fire TVではボイスサーチによるものです。それだけ、素早く簡単に見つけられることが鍵になっているのです。
シームレスに機器を行き来しつつ、サービスをより快適に使う上で、リンプ氏は「インテグレーションが重要」と説明する。
リンプ:Fire TVについて例を挙げましょう。
1つがASAPです。我々は、レコメンデーションエンジンを持っていて、あなたの使用状況から次に何を見る可能性が高いかを推測できます。ですから、サービスの背後でそれを使い、映像のダウンロードを始めておくのです。なので、映像がすぐに再生されるのです。これはとても難しいことなのですが、プライムビデオが使えるすべてのデバイス・すべてのサービスで利用できます。そういう複雑さは消費者からは見えません。ですが、結果としてはそれが快適なんです。
そうした例が、とにかくたくさんあります。eブックリーダーでも、TVでもタブレットでも。それをソフトウエアで実現することに注力しています。
ビデオサービスはそうした取り組みの典型例の一つですが、同様に「Mayday」もそうした存在です。Maydayは、音声を介してAmazonのオペレーターに、機器の使い方を直接訪ね、リモート操作を含めたサポートを可能にする、という仕組みです。
Amazonは20年にわたり顧客との関係を構築してきましたが、カスタマーサービスについても、ハードウエアとソフトウエアをインテグレーションし、基礎の部分に組み込んでいます。しかも、利用者の全てに無料で提供されていて、いつでも、製品のライフサイクルの最後まで、自由に使えます。
そういうレベルで組み込まれていることが、「ワールドクラスのカスタマーサポート」ということなのです。
すなわちAmazonとしては、ビデオで戦いつつも、その本質を「多層的なサービス」価値に求めており、全社一丸となったバリューで、結果的に「ビデオサービスでも選んでもらえる」ようになろう、としているのである。
Amazon Fire TV | (西田氏新刊) ネットフリックスの時代 配信とスマホがテレビを変える 講談社現代新書 |
---|---|
Fire TV Stick | Fire TV Stick 音声認識リモコン付属 |
---|---|
Amazon |
---|
Amazonプライム会員30日無料体験 |