鳥居一豊の「良作×良品」

ヘッドフォンのバランス接続を身近に。フォステクス「HP-A4BL」

ロジャー・ウォーターズ「Amused to Death」を聴く

 今回は良品としてフォステクスの「HP-A4BL」(実売価格51,840円)を選んだ。手頃な価格とコンパクトなサイズで人気のHP-A4をベースに、バランス出力を新規に搭載したモデルだ。ヘッドフォンのバランス出力は、高級ヘッドフォンユーザーを中心に認知が進んできている。

フォステクス「HP-A4BL」

 だが、バランス接続のためにケーブル交換が必要で、リケーブルが可能なヘッドフォンは中〜高級機が主体となかなか手を出しにくい。また、バランス接続のためのコネクタ形状がメーカーによってまちまちで、リケーブルが可能なヘッドフォンを持っていても、特定のバランス出力を持つモデルと接続するためのバランス接続ケーブルが販売されていない可能性もある。これの解決にはケーブルの自作やオラソニック「NA-BH1」のようなバランス型ヘッドフォンアダプターを使用する方法があるが、いろいろとハードルは高い。

 そんな状況だからこそ、フォステクスが実売5万円ほどの価格のモデルにバランス出力を搭載した意義は大きい。ヘッドフォンのバランス接続はチャンネルセパレーションの向上など思った以上に効果が大きいので、より多くのユーザーが挑戦しやすくなるのは良いことだと思う。

コンパクトなサイズはそのままに、XLR(4極)バランス出力を装備

 まずは、HP-A4BLを詳しく紹介していこう。サイズはHP-A4そのままで、外観の違いとしては、XLR(4極)のバランス出力を備えた点が大きく異なる。バランス出力を追加しただけでなく、新開発のオーディオコンデンサーや低位相雑音高精度水晶発振器を採用するなど、内部の使用パーツも見直して音質をチューニングしている。

HP-A4BLの正面。基本デザインはHP-A4を踏襲するが、XLR(4極)のバランス出力の装備が大きな違い

 DACチップはバーブラウン製のPCM1792Aで、最大192kHz/24bitのリニアPCMに加えてDSD最大11.2MHzにも対応する(Mac OSで使用する場合はDSD音声は5.6MHzまで)。このほか、High/Lowのゲイン切り替え、2つの特性を選択できるデジタルフィルターを搭載するのはHP-A4と同様だ。

XLR(4極)のバランス出力。ゼンハイザーなどが採用するのと同じタイプ。交換用ケーブルも比較的多くのアクセサリーメーカーから発売されている
前面はアクリルパネルとなっていて、なかなか上質な仕上がりとなっている。入力切り替えやデジタルフィルター、ゲイン、出力切り替えボタンが並んでいる
背面の入出力端子。アナログ音声入力のほか、光デジタル音声入出力、USB、ファームウェア更新用のmicroSDスロット、ACアダプター端子がある

 コンパクトなサイズながらも、厚めのアルミ材で構成されたシャーシは剛性も高く、しっかりとした作りになっている。サイズとしては手の平に載ってしまうような小ささで、机の上に置いて使う場合でも邪魔になりにくい。そのわりにボリュームのツマミは十分に大きめなものとするなど、使い勝手もよく配慮されている。

HP-A4BLを側面から見たことろ。ボリュームツマミが大きく飛び出しているのがわかる。コンパクトサイズながらも操作はしやすい
上面から見たところ。厚めのアルミ材を4点でネジ止めしたシンプルな作りだが、面と面がぴたりと組み合わされた精度感の高いものになっていて、剛性の高い作りだ

 リニアPCM、DSDともに主要な周波数のインジケータが表示され、入力された信号の種別を表示する。このほか、入力切り替えなどのボタンは、オンとオフの2種類の状態が選択できるもので、入力切り替えならば光デジタル入力/USBを選択できるようになっている。ボタンやボリュームツマミも質感の高い金属パーツとなっていて、精密感のある感触は使っていて心地良い。

リマスターで復活したロジャー・ウォーターズ「Amused to Death」

2月に発売されたBD版「ロジャー・ウォーターズ The Wall」

 さて、試聴する良作としては、ロジャー・ウォーターズの「Amused to Death」を選んだ。「The Wall」など、ピンク・フロイドの黄金期の中心人物であったロジャー・ウォーターズの3枚目のアルバムで、発売は1992年。「ファイナル・カット」の後でピンク・フロイドを脱退した後に発表されたものだ。

 昨年は、筆者のようなピンク・フロイド好きにはなかなかうれしい1年で、本作「Amused to Death」のリマスター版の発売、そしてDSD 2.8MHzでのハイレゾ音源の発売があり、また、「ロジャー・ウォーターズ The Wall」のコンサートを収録したCDおよびBDソフトも発売された。BD版は映像も素晴らしいが音声はドルビー・アトモスとなっていて国内版も2月に発売されるが、待ちきれないので輸入盤を購入したほど。

 試聴で使った音源は、moraで配信されている2015リマスター版のDSD 2.8MHzを使用している。再生はWindows 10のデスクトップPCを使い、foobar2000で行っている。HP-A4BLのドライバーはホームページで入手してインストールした。最新版のVersion2.0.7はWindows 10対応済みとなっている。

moraで「Amused to DeathDSD版」を購入

 ヘッドフォンは、手持ちのゼンハイザー「HD800」を使用。純正のバランスケーブルを使用してHP-A4BLと接続している。今回はバランス接続での試聴を中心に行なっている。

試聴では、手持ちのゼンハイザー「HD800」と組み合わせて聴いた。接続ケーブルはゼンハイザー純正のバランス接続ケーブルとしている

 準備が整ったところで、さっそく聴いて行こう。1曲目はインストゥルメンタルの「The Ballad of Bill Hubbard」。ロジャー・ウォーターズのソロ作なので、ピンクフロイドの他のメンバーは参加してないが、メロディアスなイントロや人の声や犬の吠える音など、さまざまな効果音を散りばめた曲はピンクフロイドのアルバムのひとつと勘違いしそうな出来だ。

 HP-A4BLは、音色としては忠実度の高い再現で、ひとつひとつの音を粒立ち良く描いていくタイプだ。このあたりはベースとなったHP-A4にも通じる部分だ。音源がDSDでしかもバランス出力で聴いていることもあり、チャンネルセパレーションがより明瞭になっていて、ギターの音が浮かび上がるような空間感の豊かな再生音はなかなかの臨場感だ。

 曲の終わりで、アナログ放送のチャンネルを切り替えたようなノイズが入り、唐突に2曲目の「What God Wants,Part I」が始まる。本作は、テレビで放送される主に戦争を題材としたニュースやドキュメントを見ている体裁で、現代の戦争(というより戦争を娯楽として見ている現代人)への風刺をテーマとしたものだ。そのため、曲と曲の合間には、チャンネルをザッピングしているようなさまざまな番組の音が乱雑に挿入されるのだ。このあたりの効果音混じりのエフェクトも、より雑味のない明瞭な再現となっていて、ヘッドフォンながら音場感が豊かに出る再現とあいまってなかなかに映画的な音響だ。

 曲はジェフ・ベックによるギターもなかなかに迫力があり、メロディアスながらも迫力のある調子だ。ドラムのアタックが強く感じられ、胸に直接刺さるようなキレ味が出ている。後半ではライブを思わせる歓声も混じり、音は混濁しがちになるが、HP-A4BLでの再生は実に鮮明で、荒々しさをストレートに伝えてくる。クライマックスでまたもや曲は唐突に切り替わる。

オリジナル版との違いが大きい「Perfect Sence,Part I」

 3曲目の「Perfect Sence,Part O」では、オリジナル版であるCDとの違いを聴き比べてみた。CDは、発売当時にCDで購入したもので、久しぶりに棚から引っ張り出してきてWAV形式でリッピングして再生している。オリジナルとリマスター版である本作は、音のバランスなども含めて大きな違いは少なく、個々の音の鮮度が増したような真新しさを感じる音になっている。DSD音源やハイレゾ音源の質の高さがよく実感できるものだ。

 そんななかで、「Perfect Sence,Part I」だけは、明らかにオリジナル版とは異なっている。それがイントロで挿入される男のつぶやきだ。オリジナル版はしわがれた男が荒野でなにかを呟いているザラっとした感触のもの。それが、なんと「2001年宇宙の旅」に登場したコンピュータ、HALの最後の言葉に置き換わっている。HALの機能を停止しようとするボーマン船長に語りかける言葉だ。「デイブ、やめてください」、「デイブ、私は恐ろしい」などの淡々とした声と、ボーマン船長のものと思われる宇宙服の呼吸音、遠くで響く雷の音などがまじり、イントロに重なっている。こうした変更がどのような意図によるものかはよくわからないが、この曲のメロディ自体がゆったりと落ち着いたムードの声、HALの落ち着いた声の方がよくマッチしていると感じる。

 DSDのリマスター版の音の鮮度が高いこともあって、CD版はやや曇ったような古さを感じてしまう。そのわりに音は硬く、キツイ鋭さを感じる。

 リマスターで音の鮮度が蘇ったサウンドは、オリジナルの発売時期の古さを感じさせず、より強く心に伝わる。HP-A4BLも、解像感も高く鮮度の高い音をキレ味よく再現するが、それでいて音はより滑らかな感触となっていて、音楽に入りやすいと感じた。エッジの効いた鋭い音なのに、じんわりと染みこんでいく感じ。この雑味のないクリアさは、本機の大きな魅力だろう。

フラットで忠実感のある音と、アナログ的な柔らかさを感じる音を選択できる

 11曲目の「Waching TV」は、天安門事件のドキュメントをテレビで見ているシチュエーションの曲だ。ロジャー・ウォーターズがギターを弾き語りしているような落ち着いたムードで、しかし時折激しい銃撃音が挿入される。ここでは、2種類あるデジタル・フィルターの音の違いを聴き比べてみた。

HP-A4BLを手に持ってみたところ。片手で軽々と持ち上がるサイズで、置き場所に困るようなことはほとんどないだろう

 試聴でのメインとして聴いているデジタル・フィルター1は、フラットで忠実感のあるHiFi調の再現で、落ち着いたムードから一転してサビの部分では悲痛とも思えるシャウトに変わるなど、画面の向こうの惨劇に胸を痛める心情もよくわかる。粒立ちのよい鮮明なサウンドだが、声に込められた心情の変化もしっかりと再現できる力がある。

 これがデジタル・フィルター2になると、中域が充実したバランスに感じられより情感豊かな再現となる。音色的には温かみがあり、声の立ち方がぐっと厚みを増したような感じになる。おそらくは、アナログ的な感触を重視した音作りだと思われる。解像感や鮮度の高さは後退するが、中域の盛り上がりなど聴きやすい音のバランスになるので、しっとりとしたバラードを情熱的に味わうなら、こちらもなかなか良い。

 デジタル・フィルターによる音色の変化は、どちらかというとオマケ的な機能だと思えるが、イコライザー調整やホールの残響などを付加するようなものほど、極端な変化は少なく、音質的な影響も少ないので、うまく使い分ければ曲調や気分に合わせて楽しめる便利な機能として活用できるだろう。

駆動力の差が明らかなバランス出力と、落ち着いた感触のアンバランス出力

 最後は14曲目の表題曲「Amused to Death」で、バランス出力とアンバランス出力を聴き比べてみた。

 曲はアルバムの終盤になるほど、落ち着いたバラードが主体の曲となり、「Amused to Death」も、女性コーラスとのハーモニーが美しさが印象的だ。HP-A4BLの再現はロジャー・ウォーターズの呟くような声も、クライマックスで高らかに歌い上げる部分も、実体感のよく伝わる芯の通った再現で、心情がよくあらわれた音になる。こんなコンパクトなヘッドフォンアンプながら、ゼンハイザーのHD800をしっかりとドライブし、非力さを感じることがないのは立派だ。価格帯を考えるとかなりのレベルの音だ。

 アンバランス出力に切り替えてみると、駆動力に差が出るのか、ちょっと落ち着いたムードになる。ボーカルのつぶやきに近い歌は、ささやくような感じになり、ニュアンスはしっかりと出るのだが、サビの部分での声の張った感じはややエネルギー不足にも感じがちだ。絶対的なパワー感や音の鮮度はバランス出力の方が明らかに優秀。アンバランス出力も決して悪くはないのだが、5万円前後のUSB DAC付きヘッドフォンアンプとしては標準的な実力と感じる。

 バランス出力の音があまりにも飛び抜けた実力だということが改めてわかった。バランス接続のメリットはチャンネルセパレーションの向上により、音の広がり感や音場感が大きく増すことにあるが、これが従来のアンバランス接続のヘッドフォンではなかなか感じにくい部分だけで、その差は大きく感じる。しかも、音の鮮度感やエネルギー感の向上はさすがのものだ。バランス接続が可能なヘッドフォンをお持ちの人ならば、まずは本機でバランス接続による音の変化を試してみてほしい。その明かな違いにびっくりするはずだ。

アルバム1枚をじっくり聴き込む楽しみが、ハイレゾやバランス接続でより豊かになる

 「Amused to Death」は、戦争への批判というよりは、メディアを通じてリアルに報道されることで、かえって現実感を失い、エンターテイメントになってしまったとさえ思える現代の戦争と、それを見る人々への批判と疑問をテーマにしたものだ。戦争映画が大好きな自分には耳が痛いメッセージでもあり、うかつに結論を出さずに考え続けることが重要なテーマだと思う。本作を聴いたのは10年以上ぶりだったわけだが、自分が年をとっていろいろなことを深く考えられるようになったことも含めて、よりじっくりと楽しめたと思う。こういったコンセプチュアルなアルバムをじっくりと聴き込むにも、ハイレゾの鮮度の高い音は没入度を高めてくれるし、より上質な音楽体験になったと感じた。

 まだまだ普及しているとは言えないバランス接続だが、その効果が比較的安価なヘッドフォンアンプでもきちんと実感できたのは発見だった。HP-A4BLのような製品に合わせて、ヘッドフォンもよりリーズナブルな価格帯にバランス接続対応モデルが増えてほしい。ヘッドフォンでの音楽体験がますます充実したものになるはずだ。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40〜60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。