“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第575回:デジタルシネマをオープン化するソニーの戦略

~SPEの映画撮影スタジオからセールスの現場まで~


■ついでにいろいろ行ってきた

Sony Pictures Studio正面入り口

 先週のX Ga4mes取材レポートはいかがだっただろうか。TwitterでもX Gamesなら3Dで見たいという意見が多く出ており、“ピタリとはまるコンテンツ”が3D放送のキモだということがわかる。

 さて、渡米中ゲームがない午前中の時間を見計らって、ロサンゼルスのカルバーシティにあるSony Pictures Studioを取材させていただいた。カルバーシティはロサンゼルス空港から6kmほど北にあり、空港とビバリーヒルズの丁度真ん中ぐらいに位置する街である。かつてはコロンビア映画(Columbia Pictures)だったところで、街の1ブロック全部が敷地という、広大なエリアである。

 構内には古い看板がそのまま残っていたり、歴代コロンビアのロゴが飾ってあったりと、コロンビアの歴史を否定することなくそのまま残してある。その日は丁度、アメイジング・スパイダーマンの公開を翌日に控えて、社員向けの慰労パーティが開かれており、場内はなかなか賑やかだった。


Columbia Picturesとしての最初の建物。映画人にとっては聖地歴代コロンビアロゴが描かれた壁面
構内はお祭りムード奥に行くと無骨なスタジオが建ち並ぶ、いかにも撮影所という雰囲気

 また近隣にあるソニーストアのセンチュリーシティー店にも足を運んだ。ここはソニーストア全店の旗艦店としてかなり実験的な試みをしているということで、その部分も取材させていただいた。

 



■クリエイターの学びの場「DIGITAL MOTION PICTURE CENTER」

 ソニーは過去厚木工場を中心にして、いわゆる放送機器を作ってきたわけだが、ジョージ・ルーカスがスターウォーズをデジタルで撮りたいと言い出したことをきっかけに、映画制作の方にも拡張していった。

 2000年にHDCAMフォーマットの「HDW-F900」をリリースし、24pで撮れるようになったが、当時はまだHD解像度である。“CineAlta(シネアルタ)”シリーズはここからスタートした。2003年にマルチフォーマットカメラ「HDC-950」を出したが、シネマカメラとして本格的な単板スーパー35mmセンサーを搭載した「F35」をリリースしたのは、2008年になってからだ。

 その後、2010年に「SRW-9000」、2011年にハンドヘルドの「F3」、そして2012年に総画素数2,000万画素、8K単板センサーの「F65」をリリースした。

HDCAMフォーマットの「HDW-F900」XDCAM SR初のカムコーダ「SRW-9000」総画素数2,000万画素、8K単板センサーの「F65」

 もちろん、デジタルシネマ用のカメラはソニーだけが作っているわけではない。「RED ONE」はデジタルシネマに価格破壊をもたらした存在としてよく使われており、老舗ARRIもAlexaを投入、EOS 5D MarkIIが大ヒットしたキヤノンもC300、C500で本格参入を果たす。

 映画はかつてフィルムで撮られていたわけだが、その時代はワークフローが1つだったので、全員が同じ事を学べば良かった。だがデジタルになってからは、様々な機器の組み合わせが、すなわちフォーマットの組み合わせとなり、ワークフローが非常に複雑化した。色の管理も、フォーマット変換を行なう際に情報が壊れてしまったりと、やけに大変なことになってしまった。

 そこで米国の映画芸術科学アカデミーが中心となって、今後100年保つであろうカラーマネージメントに関するデジタルワークフローを作った。それがACES(Academy Color Exchange Specification)である。これにより、飛躍的にカラーマネージメントが楽になる。ただこれはこれで、きちんと学ぶ場が必要だ。

 そこでSony Picturesでは、スタジオ一つをまるっと使って「DIGITAL MOTION PICTURE CENTER」を作った。ここは誰でも無料で、とは言っても映画技術者じゃないとやってる内容がさっぱりわからないと思うが、ソニー製だけでなく他社の機材も使ってデジタルワークフローが学べる教室を、毎週水曜日に開催している。

 設備としては、テスト撮影ができるカメラセット、カラーグレーディングを行なうワークフローベンチ、4Kのビューイングルームが1つのスタジオ内にある。基本的なところを座講で学んだのち、撮影からカラーグレーディング、編集を経て実際に4Kで上映するまでが1日で体験できる。

 単なる勉強会ではなく、映画スタッフ同士のコミュニティ広場的な意味合いもあり、積極的な意見交換が行なわれている。そこで出てきた課題は、立ち会っているソニー厚木の技術者がすべてメモして、改良や次の製品に生かされていくという流れができている。

 



■本格的な実験ができる設備

DIGITAL MOTION PICTURE CENTER内にあるカメラセット。F65を2台常備

 ここに常設されているカメラセットは、かなり本格的で、しかも条件の厳しいものだ。というのも、ハリウッドのアートディレクターや撮影監督協会のチェアマンらが本気で作ったセットだからである。

 ここにF65が常設してあり、実際にシーンを撮影してみる事ができる。窓からの外光に相当する強力なライトも備え、14f-stopのダイナミックレンジが得られるという。


風景写真フィルムの後ろから強力がライトを当てるTransLight

 窓の外に見える風景は、半透明フィルムに家並みの風景写真を印刷したもので、一般に「TransLight」と呼ばれる手法だ。これに強力なライトを後ろから当てて、窓から見える風景のように見せているわけだ。

 ただ4Kならではの問題もあり、撮影解像度が高いために、背景の解像感の無さがばれてしまうという。そこでもっと高解像度の写真を使って背景を作ったところ、今度は遠くに見えているはずなのにそんなに高解像度で見えるのはおかしいということになり、現在どうするか検討中だという。

 ネオン管や酒瓶など、難しい被写体も置かれている。4Kの解像度を確認できるように、細かいディテールのものを置いたり、あらゆる色味の小物を置いたりと、撮影難易度の高いセットだ。

 また撮影中に色味が確認できる、「オンセット・グレーディング」と呼ばれる装置群を置くのが、今のトレンドだ。

 これは何かというと、デジタルシネマカメラはダイナミックレンジを生かすために、人間が見て正常に見えるガンマで撮影していない。ログという対数カーブを使っているため、そのままの生の映像出力は黒が浮き、色の浅い映像でしか出てこない。それではどう撮れているのかわからないので、リアルタイムで信号を補正して発色やダイナミックレンジが確認出来るシステムが必要なのだ。

細かいディテール確認用に置かれた人形撮影中の絵を正しい色で確認できる「オンセット・グレーディング」も可能

 オンセット・グレーディングが登場するまでは、撮影したデータを持ってスタジオまで帰らないと、実際の映像の色味が確認できなかった。元々フィルムもそういうものだったので、それで良いと言えば良いのだが、やはりデジタルならではのメリットは欲しいということで、この方法が急速に拡がった。

 ハリウッドではオンセット・グレーディング専門で独立するカラリストもいる。4月のNABでは、改造したバンの中にモニターからグレーディング装置から全部を詰め込んだシステムを持ち込んで、ラスベガス・コンベンションセンターの駐車場でソニーのF65で撮影したサンプルクリップをテストしている人も居た。かなりの需要があり、彼はスタッフを雇って2台目のバンの製作に取りかかるところだという。

様々なメーカーのグレーディング装置が置かれているワークフローベンチ。これはBlackMagicDesignのDaVinci Resolve

 カメラセットの隣には、ワークフローベンチと呼ばれる一角がある。ここには様々なメーカーのカラーグレーディング装置が置かれており、カメラセットで撮影されたフッテージをすぐにテストできる。これらはすべて、他社から無償で持ち込まれたものである。「うちのも置かせてくれ」というメーカーが多く、場所を拡張しなければ、ということだった。

 4Kのプロジェクション設備は、もちろんソニーの映画館用のものだ。そこにフィルムライト社のBaselightを使ってリアルタイムにカラーグレーディングしながら上映する。


気軽に写真撮影に応じてくれたCurtis Clark氏

 丁度この日、1985年に公開された映画「アラモ・ベイ」のリマスターのためにフィルムスキャンの立ち会いに来ていた映画監督のCurtis Clark氏にお会いすることができた。Clark氏は米国撮影監督協会の技術最高顧問であり、世界で初めてF65を使ってショートムービーを撮影した人物である。2011年のNABでソニーブースで公開された「The Arrival」は、F65の可能性を示唆するに十分な映像であった。

 Clark氏は2012年のNAB用にも、新しいショートムービーを撮り下ろしている。その作品「Eldorado」を4Kプロジェクタで上映しながら、ポイントとなるところで止めてF65のポイントを解説していただいた。「Eldorado」はソニーのプロ用機のサイトでメイキング映像とともにさわりを見ることができる

 「今回、ロケ地の雰囲気を正確に再現することがストーリーを補完するうえでとても重要でしたが、F65によって映像制作に非常に重要な3つのキーファクター、“Dynamic Range”、“Color Depth”、“Super Resolution”が高いレベルで実現できました。没入感があり、観客が引き込まれるような映像を創り出すために、これらの3つの要素が非常に大切だったのです」とのこと。

 冒頭の車のシーンでは、作品タイトルにもなっているクラシックカー・Eldoradoの漆黒のボディと、それに反射するネオンサインの複雑な反射が無理なく同居している。

 またフロントガラスに映り込むネオン越しに、人物の顔がディテールまで含めてしっかり表現できるのは、F65のダイナミックレンジのおかげである。

 またラスベガスのネオン博物館から借り出したという古いネオンの輝きは、今のようにどぎついカラーではなく、淡いパステルカラーだが、この高輝度ながらも微妙な色が忠実に再現できているのは、F65のColor Depthによるものだという。

赤い奇岩が立ち並ぶ「Valley of Fire」

 続いてはカジノでのロケーションになるが、このシーンでは女優には照明を当てたものの、背景のカジノは現場のナチュラルな照明であるという。人物を浮きただせつつも、背景が沈むことなく綺麗に同居できている。

 屋外のロケーション、これはラスベガスから北東に車で1時間ほどいったところにある「Valley of Fire」という場所で撮影された。実はここ、今年のNABの時に筆者も撮影に出かけた場所だ。

 夜明けのシーンをタイムラプス撮影しているが、まだ光量がない段階でも手前の緑が表現されており(WEB上のクリップでは確認出来ないが、4Kプロジェクタで上映した時には色がちゃんと見えた)、こういうところも優れたColor Depthのおかげだという。

 機会があれば、ぜひ以上のようなことを頭に入れてEldoradoを見て欲しい。

 



■変わり続けるSony Store

 ソニーストアというと、我々日本人的にはネット上のソニー直販店といったイメージしかない。リアル店舗も東京の銀座ソニービル内、あと名古屋と大阪にあるのだが、どちらかというとショールーム的な意味合いが強い。

 しかし米国のSony StoreはApple Storeと同様、実売店舗として主要都市に展開しており、重要な販路となっている。というのも、米国の量販店や電器店では、商品が電源が入った状態で自由に触れられるようにはなっていないため、実機を試す機会というのが直営店に限られるという事情があるからだ。

 この中でもセンチュリーシティーのWestfield Century Cityというショッピングモール内にあるSony Storeは、全米Sony Sotre内でもっとも実験的な試みが行なわれている店舗である。

 先日リニューアルが完了し、入り口にドアがないオープンなイメージを演出している。セールスリーダーのジョセフ・スペンサー氏にお話しを伺った。

センチュリーシティーのWestfield Century Cityというショッピングモール内にあるSony Storeセールスリーダーのジョセフ・スペンサー氏

 まず店舗内の商品配置だが、何が主力なのかがわかりやすく配置してある。今はスマートフォンなどモバイル機器がメインで、入り口近くはこれらの製品が占めている。ただシーズンによって主力は変わってくる。例えば進学シーズンになればVAIOが主力になるわけだ。

 米国人は細かいスペックとかをいちいち読んだりしないので、商品のディスプレイはポイントをアイコンで示している。これにより、比較もしやすくなる。ちなみに商品の下に敷いてあるポップは、シートになっており、すぐに外せるようになっている。主力製品の場所の入れ替えもスピーディにできるというわけだ。

入ってすぐ、「スパイダーマンが映るXperia」のディスプレイ。コンテンツまですべて自社製スペック表示は大胆に簡素化キーワードはアイコン化する。このシートは簡単に外して入れ替えできる

 各製品が置いてある“島”の上には、人感センサーが取り付けられている。これによって、商品にどれぐらいの人が関心を持ったのか、どれぐらいの時間その島に立ち止まっていたのかなどのデータを取り、顧客の関心やトレンドがどう変わっていくのかを分析している。

 テレビの配列も、シリーズごとに段階的に展示するのではなく、サイズごとにまとめた。シリーズごとにまとめると、顧客はスペック表ばかり見て、実際の商品はちょっとしか見ない事になる。これでは、機能で迷ったりサイズで迷ったりと、顧客があちこちウロウロすることになる。

井に取り付けられた人感センサー。店内の「島」の上に必ずあるサイズごとにまとめられたテレビの展示

 そこで、まずはサイズで絞り込ませることにより、商品そのものを目で見て比較して貰えるようになった。そしてだいたい絞り込んだ上でスペックシートに目を通すので、逆にシリーズの違い、特性をよく比較して見て貰えるようになったという。

 ヘッドホン、イヤホンの展示も、実際にハンズオンできるようにデモ機が置いてある。これは衛生上の懸念や盗難の問題から米国ではほとんど行なわれていないが、実際に音を聴いてみないと買えないということもあり、このような展示になっている。

 ヘッドホンは今も昔も、派手なイメージのものが若者には人気である。そこには当然、ファッション的な要素も入ってくるわけだから、自分の頭にフィットするかということ以外にも、自分のルックスに似合うかという問題が大きい。

 そこで新しく開発したのが、VR技術を利用したヘッドホンのフィッティング装置だ。ディスプレイの前に立つと、カメラが顔の位置を認識して、ヘッドホンをバーチャル空間内でフィッティングしてくれる。頭を振ると次のモデルに変えてくれるので、様々なデザインを試すことができる。

【ヘッドホンのデザインをVRで試せる装置】

 在庫の置き方も劇的に変わった。テレビなど大きなモノは別だが、小物系はユーザーが欲しいと思ったときに、すぐに在庫が確認できる必要がある。

 そこでこの店舗では、商品棚の下を在庫棚にした。スタッフが左手にブレスレットのようにはめているのが電子鍵で、これをかざすことで解錠される。残念ながらこれはFeliCa技術ではないというが、これにより顧客とトークを続けながら、商品を取り出して購入チャンスを確実に取り込めるのだという。

プリインストールのソフトを自分で選べるシステム

 VAIOの売り方も、米国独自のシステムがある。日本では「VAIOオーナーメイド」として、本体スペックをカスタマイズする購入方法があるが、米国の場合はソフトウェアをオーナーメイドできる。専用端末で必要なソフトウェアを選ぶと、奥の方で自動的にそれらのソフトウェアをVAIOにプリインストールして、その場で手渡すというシステムだ。

 ソニーオリジナルのシステムではないというが、販売方法としては実に気が利いている。もちろんソフトのパッケージも付いてくるので、再インストールなどで困る事もない。

 ゲームコーナーには、日本でもSCEから発売されているPlayStation 3用の24型/3D対応液晶ディスプレイが展示してあった。若干PSPっぽいルックスが特徴だ。3Dゲームはかなり強いコンテンツで、子どもたちが息を切らして駆け込んできてゲームに飛びつくようなオープンなスペースとなっているところも、従来型の、ちょっと気取った高級感のあるSony Storeとはまた違ったところだ。


ゲーム向け3Dディスプレイ。右下のボックスは、日本未発売のネットワークプレーヤー子どもたちにとってはワンダーランド

 



■総論

 米国から見れば、ソニーは「外資系」にあたる。コロンビア買収の時もアメリカの文化を金で買うなど多くの批判があったが、もちろん買収後の方が経営が安定し、良質の作品が多数輩出されるようになった。

 アカデミー賞を取るような名作は、過去コロンビア時代に多数あったが、その影でヒットしなかった作品が山のようにあり、映画会社経営そのものが博打であった、それをリスクヘッジして、賞をとるような超大作はないものの、巨額の予算を突っ込んで大コケするような作品を減らすことで経営を安定させたのは、Sony Picturesになってからである。

 現在は、映画業界たたき上げのエイミー・パスカル氏、AOLやディズニー傘下のハリウッド・ピクチャーズで辣腕を振るったビジネスマンのマイケル・リントン氏の両名が共同会長となり、作品クオリティと経営マネージメントのバランスを取りながら、業績を伸ばし続けている。

 ところ変われば、という言葉もあるように、日本から見るとアメリカは近い国に見えるが、日本的な感覚が受けるところ、受けないところがあり、その舵取りが非常に重要だ。

 多くの日本人にとって、ソニーはライフスタイルを提案してくれる企業という期待がある。一方米国では、カメラからスクリーンまで、エンタテイメントのハードもソフトもやる特別な企業であるという足場づくりが、ようやく実を結びつつあるように感じた。

(2012年 7月 11日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。

[Reported by 小寺信良]