小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第635回:約10万円の小型カメラで映画「Pocket Cinema Camera」

“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

第635回:約10万円の小型カメラで映画「Pocket Cinema Camera」

ここがデジタルシネマのスタートライン

Blackmagic Designがまたやった

 ハイエンドのプロ用機をあっと驚く低価格で提供するのが、オーストラリアのBlackmagic Design(以下BMD)である。本連載でも低価格スイッチャー「ATEM 1M/E」やHDMIキャプチャユニット「UltraStudio Mini」などを取り上げたことがあるが、従来製品の1/10から1/100ぐらいの価格で製品を投入してくるため、プロの映像レベル、とくに途上国のレベルアップに多大な貢献をしている。

 もちろん日本でも、映像に興味がある人であれば個人でも買える価格なので、プロクオリティへのハードルは大幅に下がってきていると言えるだろう。今回はその中でも、デジタルシネマカメラのワークフローに注目してみたい。

 2013年のNABにて発表された、小型・低価格シネマカメラ「Blackmagic Pocket Cinema Camera」(以下BPCC)が、いよいよ日本でも9月頃から入手できるようになってきた。価格は107,800円。普通プロ用のシネマカメラは数百万円から数千万円することを考えれば、破格に安い。

 一見するとただのミラーレス一眼のようなルックスだが、写真は撮れない。デジタルシネマ専用のカメラである。販売店の情報はWebサイトに掲載されている。カメラ量販店での販売も検討していると聞くが、実際にはまだ製品数が揃っていないためか、見かけたことはない。

 いったいデジカメで動画を撮るのと何が違うのか。そのあたりをじっくり見ていこう。

小さいのに本格派

 ではまず本体の特徴から見ていこう。マウントはマイクロフォーサーズなので、マイクロフォーサーズレンズがダイレクトに装着できる。電子接点も備えており、レンズ側が対応していればAFやAE、カメラ操作による絞り調整も可能だ。

マイクロフォーサーズマウント装備のデジタルシネマカメラ
レンズを装着するとミラーレスっぽい

 センサーはスーパー16サイズの12.48×7.02mmとなっているが、フィルム時代のスーパー16は12.52×7.41mmなので、ちょっと小さいがまあほぼスーパー16mmサイズだと言える。撮影される映像の解像度は、フルHDとなる。

 そもそもマイクロフォーサーズの17.3×13mmよりもセンサーサイズが小さいので、35mmフルサイズ用のレンズを取り付けた場合は焦点距離が約3倍になる。例えば28mmのワイドレンズを付けても、結果的に約84mmの中望遠になってしまうということである。

 そんなに苦労して動画撮って何がいいのかと思われるかもしれないが、秘密は記録フォーマットにある。多くのデジカメは動画記録が8bit/MP4で、せいぜいビットレートの高い低いぐらいの事だが、このカメラは10bitのLog記録ができる点が違っている。

 Log記録とは、ビデオ的なレンジにこだわらず、広いダイナミックレンジで記録する方法で、元々はネガフィルムの露光カーブが対数カーブ(Log)になっていた事に起因する。

 記録フォーマットは、Lossless CinemaDNG RAWとApple ProRes 422(HQ)の2タイプとなっているが、現時点ではまだRAWでの撮影はサポートされていない。そのうちファームウェアのアップデートで可能になるだろう。

 使用可能な記録メディアはSDXCかSDHCカードで、推奨はSandiskのExtremeか、Extreme Proの64GB以上となっている。Apple ProRes 422(HQ)はビットレートが220Mbpsもあるので、当然Class 10対応が必須だが、容量もかなり必要だ。手元にExtreme Proの16GBがあったので入れてみたが、カードを認識しなかった。速度だけでなく、容量もチェックしているようである。

 左側は端子類が集中している。上から順にリモート、ヘッドホン、マイク入力、HDMIマイクロ、電源端子だ。ACアダプタはワールドワイド仕様のものが付いてくる。

拡張端子類は左側に集中。端子カバーはない
Cアダプタはプラグ部が交換できるワールドワイド対応

 リモートはソニーで言うところのLANC端子だが、メーカーを選ぶようだ。Manfrottoのカメラリモートが使えたという話は聞いたことがあるが、ほかのメーカーの動作は確認していない。

バッテリーとSDカードスロットは底部
バッテリーはNikon「EN-EL20」互換
背面ボタンはシンプル

 バッテリーはBMDロゴの入ったものが付属するが、実はNikonの「EN-EL20」と同型なので、これが互換バッテリーとして使用できる。本体充電も可能だが、バッテリー充電器も当然Nikonのものが使える。

 背面の液晶モニターは3.5型で、解像度は800×480。輝度を最大に設定しても、日本製のカメラのようにギンギンには明るくならないため、現場でのモニタリングには工夫が必要である。

上部にRECボタン。三脚穴と同サイズのネジが切ってある

 ボタン類は、IRIS、FOCUSボタンと十字キー、メニューボタン、電源ボタンだけと、比較的シンプルだ。特にエフェクトなどを使ってどうこうするカメラでもない。

 上部にはRECボタンと、再生時の操作ボタンがある。上部にも底部と同じ三脚穴が空いているのはユニークだ。デジカメならばアクセサリーシューが付くところだが、カスタムでいろいろ付けるためにはねじ穴のほうが便利である。

撮影前に理解しておくべき事

露出とホワイトバランスを決めるカメラ設定

 実際に撮影を始める前に、カメラのメニューを確認しておこう。中味は比較的単純で、大カテゴリが4つしかない。

 カメラ設定では、ISO感度やホワイトバランス、シャッターアングルが設定できる。ISO感度はオートなどなく、200ASA、400ASA、800ASA、1600ASAの中から選ぶ。ホワイトバランスも同様で、3200K、4500K、5000K、5600K、6500K、7500Kの中から自分で選択する。一般に昼光であれば、5600Kが基準となる。

 シャッターアングルは、写真やビデオでは見ない表現だが、シャッタースピードを表わしている。数字は、ローリングシャッターの角度を表わしている。

 ローリングシャッターは、CMOSのローリングシャッター歪みといった語句で言葉だけはご存じの方もいらっしゃると思うが、元々はフィルムを使ったムービーカメラ用語である。ムービーカメラのシャッターは、写真用のシャッターとは違い、連続で動き続けなければならないので、円盤の一部が空いたような形になっている。パックマンみたいなものをイメージして貰えればいいだろう。

戦後すぐに登場したUnivex Mercury II。円盤が入っているのがよくわかる形状

 この円盤が等速でグルグル回るわけだが、パックマンの口の開き角度によって露出時間を調整することができる。フィルム時代の写真用カメラでも、一部ローリングシャッターを取り入れたものも存在した。古くはニューヨークにあった映画カメラメーカーUniversal Camera CorporationのUnivex Mercury II、日本ではオリンパスのPen Fなどがそうだ。

 BPCCの場合、24fpsでのシャッターアングルとシャッタースピードの関係は以下のようになっている。本来ならば180度で使用するべきだが、今回はNDフィルタが用意できなかったため、露出補正のためにシャッターアングルは色々変えて撮影している。

シャッターアングルシャッタースピード
3601/24
2701/32
1801/48
172.81/50
1441/60
901/96
451/198
外部入力端子を使えば2ch別々の記録も可能

 オーディオ設定では、マイク入力に関する設定がある。内蔵マイクもあるが、ステレオミニプラグ接続で外部マイクやライン入力も使用できる。

 元々本物の映画撮影では、現場音を同時に録る「同録」はほとんど行なわれてこなかった。だがもちろんデジタル時代ならではの撮影として、同録がクローズアップされてきてもおかしくない。今回の撮影は外部マイクは使用しておらず、内蔵マイクで集音している。

記録フォーマットを決めるレコーダ設定

 レコーダ設定では、ファイルフォーマットやダイナミックレンジ、フレームレートなどが設定できる。現在ファイルフォーマットはProResしか選択できない。ダイナミックレンジは、FilmがいわゆるLog記録、Videoに変更するとITU-R Rec.709規格、いわゆるHDの標準のカラープロファイルで撮影できる。

 ディスプレイ設定では、液晶モニタの見え方を設定できる。HDMI出力は一般のデジカメが撮った映像の再生用に定義しているのに対し、本機ではライブビューをモニタリングするための出力なので、撮影データのオーバーレイも含め、フルフレームの出力が得られる。

内蔵ディスプレイとHDMI出力の挙動を決めるディスプレイ設定
HDMI出力の映像。マニュアルレンズなので絞り値が点々になっている

 以上メニューの中身を詳しく見たが、実はできることと言えばこれが全部である。今どきのデジタル一眼と比べても、かなりシンプルにできているのがわかる。

撮影機能は割と原始的

今回使用したマイクロフォーサーズレンズ

 では早速撮影である。前週に丁度マイクロフォーサーズのカメラ、オリンパス「E-M1」を扱った関係で、今回も同じレンズを使用することができた。オリンパス「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO」、シグマ「SIGMA 60mm F2.8 DN」、フォクトレンダー「NOKTON 17.5mm F0.95」の3本である。

 M.ZUIKOとSIGMA 60mmは電子接点があり、カメラ側からコントロール可能なレンズだ。NOKTON 17.5mmのみ、フルマニュアルでの撮影となる。

 まずAFだが、動作可能レンズを装着時、背面のFOCUSボタンを1回押すと、コントラストAFによるAFが可能だ。ただし動作はかなりゆっくりで、大きくフォーカスが行ったり来たりしてのんびりフォーカスが合うというスタイルである。合焦ポイントはセンター位置しか選べず、AFが被写体に追従するわけでもないので、いくら小さいからといってもビデオカメラのようには撮影できない。

 FOCUSボタンを2回押すと、輪郭に緑の色が付くタイプのフォーカスアシスト機能がONになり、マニュアルでフォーカスを取る事もできる。OKボタンを押すと中央部が拡大されるので、目視での確認も可能だ。

 ただ背面の液晶モニターは輝度が上がらず、またLogで撮れる映像も低コントラストなので、フォーカスは見づらい。ちゃんとした撮影には、別途レンズ付きの液晶フードか、HDMIのモニターが必要だろう。

 一方電子接点のないマニュアルレンズを付けた場合、そもそもAFは使えないので、FOCUSボタンを1回押しただけでMF用の緑色の輪郭表示となる。

 IRISボタンは、1プッシュで適正な絞りにしてくれる機能だが、ISOは最低でも200、シャッタースピードが1/48で固定となると、昼光ではF16とか22とかになってしまう。

 いい具合に絞りを空けるためには、本来ならばRigを組んで前方にマットボックスでも付けてNDフィルタで露出を調整することが望ましいが、それだとせっかくボディが小さい意味がなくなってしまう。撮るだけなら簡単だが、意義まで考えるとなかなか使い方が難しいところだ。

 バッテリー消費はかなり速く、小一時間うろうろして撮る程度でも1本ぎりぎりである。時間をかけた撮影では、3~4本の予備は欲しいところだ。

カラーグレーディングは必須

無償で公開されている「DaVinci Resolve Lite」

 さて、撮影が終了したら、すぐに再生して確認、というわけにはいかない。一応本機にも再生機能は付いているが、Logで記録された映像は低コントラストで色も薄くぽやんとしているので、人間の目に綺麗に見えるように整えなければならない。

 最も単純な方法では、ガンマカーブをS字にしてコントラストを出し、彩度を上げればそれらしくなるが、正確ではない。また、必要な部分の階調を出したり、色のトーンを演出したりといった作業によって、初めて映画は映画らしい絵になっていく。

 このような作業を、カラーグレーディングと呼んでいる。10bitの階調を扱えるシステムで作業を行なうのが、もっともデータの損失なく適切な効果が得られる。ここではBMDが無償で公開しているカラーグレーディング用ソフト、「DaVinci Resolve Lite」(以下Resolve Lite)を使用してみる。

 元々DaVinciは、米国DaVinci Systemsのテレシネ作業向けカラーグレーディングシステムで、1式数千万円したものだが、BMD社が買収してソフトウェア化し、ソフトだけなら107,800円という破格の値段で販売している。Liteはその無料版で、ノイズリダクションや3D機能が省かれただけで、多くの機能がそのまま使える。

 ただ、思い通りに色を作っていく作業は、まず色空間とは何かを勉強しなければならないし、作業の考え方も学ばなければならないため、全くの初心者にはまず手に負えるものではない。だが無償で勉強をはじめる事ができるというのは、多くの人にとっては大変なチャンスである。

 Resolve Liteには、このカメラで撮影した映像を標準的な(ビデオ的な)色調に変換するプリセットがある。これを使って標準的な色に戻してやる。

左がLog収録された映像、右が標準的な補正を行なった映像
CMでもおなじみ、オレンジだけ残してモノクロに

 色調をいじるには、全体のトーンを変えていくこともできるが、特定の色範囲を抽出して、そこだけいじることもできる。サントリープレミアムモルツのCMでは、ビール以外はモノクロになっているが、ああいうこともこの機能で可能だ。

 また、いくつかの処理を段階的に行なっていく方法として、「ノード」という機能は便利だ。この処理はあったほうがいいか、といった比較を行なう時にも使える。さらには、統一されたトーンを何パターンか作って、一気にシーンに当て込みたいといった場合には、設定をバージョンで管理する機能もある。

標準状態では若干緑が強い
全体的に暖色に寄せる
肌だけ暖色のまま、ほかの部分をノーマルに戻す
ノードを使って段階的に補正プロセスを組み立て

 実際の映像制作では、それぞれのシーンにおいて印象的なカットになるよう、コントラストやカラー調整を手動で行なっていく。標準補正のみと比べると、だいぶカットごとの印象が良くなっているはずだ。

標準的補正のみを行なった映像
sample1.mov
(474MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい
標準補正に加えて色補正を追加した映像
sample2.mov
(654MB)
※編集部注:編集部では掲載した動画の再生の保証はいたしかねます。また、再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

 ここでは細々とResolve Liteの使い方を説明してはいられないが、既存のカメラの映像も読み込めるので、ソフトウェアだけ落として自分の撮った映像で練習してみるというのもいいだろう。

総論

 10万円程度の価格、レンズはマイクロフォーサーズがそのまま使えると言うことで、お手軽シネマカメラとしてはほかにないユニークさを備えている。だが、普通の人がわざわざカラーグレーディングまで自分でやる必要があるかと言えば全くないわけで、いい絵が撮りたいならばデジタル一眼なりにお金をかけた方がいいだろう。

 これで本気で映画を作ろうとするならば、周辺機器も相当必要だし、なにしろワイドが撮れないのでシナリオを工夫するか、ワイドは別カメラで撮影するといったことも必要だろう。またカラーグレーディングにしても、まずはきちんと調整されたマスターモニタに出力しないと責任ある色作りはできないわけで、そうなるといくら無料版のLiteを使っても、トータルではそれなりの出費となる。

 ただこのカメラは、デジタルシネマを勉強するためには最適であり、DaVinci Resolve Liteと組み合わせてシネマ特有の色世界の探求ができる点においては、なんら遜色ないものだ。この点では、まさにデジタルシネマの夜明けには必要なトレーニングキットだとも言える。

 この製品でプロもアマも、映像制作のすそ野が広がることを期待したい。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチボックス」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。