“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第487回:上下に伸びる映像技術、Inter BEE 2010開幕

~ 業界地図再編へ。様変わりする映像クリエイティブの世界 ~



■ Inter BEEにUstreamの波がやってきた

 11月17日から19日までの3日間、年に一度の映像業界のお祭り、Inter BEEが開催される。例年お馴染みのメーカーがさまざまな製品を繰り出してくるわけだが、やはりその年を象徴するようなテーマというのが見えてくる。

 アナログ停波を目前に控え、もはやテレビ業界的にはハイビジョン対応も完了している。業界的な次のターゲットは、放送局やポストプロダクションといった設備産業では3Dを、そしてそれ以外の部分では映像クリエイティブ分野を、と移ってきているのではないかという気がする。

 今回はそんな視点で、Inter BEEを歩いてみた。新しい映像クリエイティブ産業のムーブメントを覗いてみよう。


■3Dとクリエイティブ両方で攻めるソニー

3Dは表の顔? のソニーブース

 映像機器メーカーとして外せないのがソニーの存在だ。メインステージでは3Dのデモも行なわれているが、今年はややおとなしめで、メインステージの反対側にあるカメラコーナーが人気である。

 先日発表されたデジタルシネマ・カムコーダー「PMW-F3」の実機が展示され、多くの人が新しい映像表現の可能性を試していた。「PMW-F3」は、NABでもモックアップをチラ見せした、スーパー35mm相当の撮像素子を持つ小型カムコーダだ。


撮影可能な実機が展示された「PMW-F3」

 シネマレンズでは標準となっているPLマウントを採用しているのが特徴で、記録はSxSカードとなっている。出力としては1.5Gのデュアルリンクか、3Gのシングルリンクが可能で、HDCAM SRのポータブルデッキに対してもデュアルリンクで記録することができる。同じくNABで発表された、SRメモリーカードにも対応する。SRメモリーカードを使用するポータブルレコーダーも、新たに開発している。詳細はまだ未定だが、来年の発売をめざすという。

 F3は出力としてHDMIも備えており、モニター出力にはこれを使ってね、ということなのだろう。カメラのグレードとしてはCINE ALTAクラスのXDCAM EX機になるわけだが、このあたりのハイエンドとコンシューマのいいとこ取りした設計となっている点は興味深い。

 展示機では80mmのレンズが付いていたが、トーンが非常にプレーンでクセがなく、後処理がしやすい絵づくりだ。60iでの収録も可能だが、まあ使うなら30pか24pだろう。PLマウントではシネマ用のいいレンズが沢山あるので、映画系の撮影会社には喜ばれるだろう。

 なお発売は来年の2月1日で、ボディのみの販売と、PLレンズ3本がセットになったものが販売されるという。価格はボディのみ152万2,500円、レンズセット付きが220万5,000円。

 さらに技術展示ではあるものの、最近コンシューマで製品をリリースしたEマウントを採用した、スーパー35mmCMOS単板センサーを使った業務用カムコーダーも展示された。お馴染みマウントアダプタを使えば、αレンズも利用できるというあたりは、一連のNEX5や、VG10と同じ流れだ。


技術展示されたEマウントのカムコーダ

 ボディは展示機は奥行きが短くハンドルもないため、一見マルチパーパスカメラのように見えるが、NXCAMシリーズということなので、AVCHDで記録するということになる。記録は1080/60p、30p、24pもサポートするという。1080/60pはまだ正式にAVCHD規格に入っておらず、パナソニックのHDC-TM700/750あたりはまだ特殊モード扱いになっているが、正式なサポートも近いということなのかもしれない。

 ボディ奥にはグリップのようなものが見える。どうやらグリップ部が取り外しできるようになっているようだ。これは3Dカメラとして平行リグを使って横に並べた場合、2台の距離を狭くできるというメリットが出てくる。発売予定は来年度上期となっており、市場想定価格は60万円前後。

 後述するパナソニックが「AG-AF105」というカメラを先行してリリースする。グリップが外れるという構造も、AF105と同じだ。今回の技術展示は、このカメラにユーザーが流れることを牽制する意味合いもあるだろう。追われる側が追う側になったということかもしれない。


■ コンシューマとプロの合体で先行するパナソニック

ややこじんまりしたパナソニックブース。メイン会場とは別にスイートも一般公開している

 パナソニックブースでは、Zooma!でもいち早く取り上げた50シリーズを大々的にフィーチャーしている。しかし今回の目玉はやはりなんと言ってもマイクロフォーサーズマウントを採用したカムコーダ「AG-AF105」である。すでに今年のNABでも発表済みであったが、今回は実働機が触れるようになっていた。

 撮像素子は4/3インチなので、17.3×13mmである。スーパー35mmよりも少し小さいが、ボケ具合はあまり変わらない。まあ何よりもマイクロフォーサーズは出て時間が経っているので、アクセサリ類が充実している。すでに各種レンズ用のマウントアダプタも一通り揃っているほか、ツアイス・プライムレンズもマイクロフォーサーズマウントのものを出してきた。元々フォーサーズ用はあったのだが、フランジバックが合うように後ろを伸ばした格好である。

 さらにアオリ撮影用のチルト&シフトコントロールも展示されており、静止画撮影用のアオリテクニックを使った動画撮影もいろいろ開拓されていきそうだ。


来月にも発売されるAG-AF105アオリ撮影も可能
グリップ部も外せるようになっている

 カメラ本体としては、写真ではわかりづらいが上のハンドルとグリップ部が外れるようになっている。ハンディで撮るとき以外はかなり小さくなるわけだ。

 ラインナップとしてはAVCCAMシリーズなので、記録はAVCHDとなる。記録モードは1080/60i、30p、24pで、60pは対応しないようだ。また音声はDolby Digitalのほか、最高画質のPHモードではリニアPCMでの記録にも対応する。これまでAVCHDは、映像はまあまあだけど音声が、という声が多かった。リニアPCM記録の搭載で、プロから業務エリアまで十分なクオリティを確保してきた格好だ。

 記録メディアはSDカードで、SDXCまで対応。スロットは2つだ。出力はHD-SDI、HDMI、アナログコンポジット(SDダウンコンバート)がある。

 液晶モニタは波形モニタ、ベクタースコープ表示が可能なほか、今回新たにフォーカスアシストとして「フォーカスバー」表示を搭載した。マニュアルでフォーカスを合わせる機会が多くなるカメラなので、これからこの手のフォーカスアシスト用の表示は注目されていくだろう。

 撮像素子は元々は静止画用のものだが、本機搭載のものはHD動画の解像度に最適化したローパスフィルタが付けられている。ローパスフィルタは高周波成分で偽色が出るのを防止するためのものだ。例えばデジタル一眼では高解像度の静止画に適したローパスフィルタを採用しているため、記録解像度が圧倒的に少ない動画撮影においては、ロングの水面など細かい模様で偽色が発生するケースも多いが、ローパスフィルタを動画に最適化することで抑制できるという。

 これまではキヤノンのデジタル一眼の動画撮影機能にやられっぱなしだった映像クリエイティブ業界だが、ついにソニー、パナソニックのビデオカメラ側の反撃が始まったと言えるのかもしれない。


■ XF305の小型バージョン、XF105を発表したキヤノン

レンズ、カメラ群を大量展示のキヤノンブース

 さてそのキヤノンだが、大型撮像素子を搭載したカムコーダではなく、XF305の小型バージョンとしてXF105を発表した。実は日本以外の海外ではとっくに発表されているのだが、なぜか日本でだけ発表が遅れていたモデルである。

 体積、重量ともに約40%小さくなっており、XF305がちょっとでっけえと思っていた人にピッタリである。ちなみに兄貴分のXF305は、英BBCにHD制作用カメラとして採用されたそうで、1/3インチ撮像素子のカメラとしては初の快挙だという。

 XF305が3板式だったのに対し、XF105のほうは単板式となっている。レンズは新開発で、広角30.4mm~304mmの光学10倍。絞りはXF305が6枚羽根だったのに対し、8枚羽根になっている。さらにデジタルテレコンは、XF305が1.5倍までだったのに対し、最大6倍までとなった。

 また新機能としては赤外線撮影にも対応しており、マイク部分の前面に赤外線ライトを内蔵している。スライドスイッチ一つで赤外線照射と赤外線カットフィルタの解除が行なわれる仕組みだ。


大幅に小型化された4:2:2カメラ「XF105」赤外線撮影機能を搭載

平行リグでステレオ撮影も可能
 さらに3D撮影に便利な調整機構が組み込まれた。これは手ぶれ補正用のシフトレンズを手動でコントロールできるようにしたもので、映像の上下左右の光軸微調整をカメラ内で行なうことができる。これまで上下左右の細かい調整は、リグのネジの締め具合で調整するしかなく、なかなか合わない場合はセッティングに5時間ぐらいかかる。これの時間短縮に効果があると期待されている。

 ボディが小型ということで、さっそく左右並べて3D撮影可能なリグも展示されていた。グリップ部が外れたりしないので、レンズ間の距離は12cm程度になってしまうが、それでも5m以遠の被写体なら違和感のない3D撮影が可能だとしている。

 記録系などはXF305と同じで、CFカードにMPEG-2/4:2:2/50MbpsをMXFフォーマットで記録する。おそらく4:2:2が撮影できるカムコーダとしては、一番小さいのではないかと思われる。カードスロットは今回も2つだが、XF305の時にニーズが強かった、2メディア同時記録もサポートした。バックアップも同時に録れるということで、これまでメモリーメディアを敬遠していた層にもアピールするだろう。

 今回もラインナップとしては、フル装備のXF105と、SDI、タイムコード端子なしのXF100の2タイプ。価格はそれぞれ約40万円と約30万円となっている。発売は来年1月中旬の予定。


■ 目の付け所がユニークすぎるローランド

映像とオーディオコーナーをまたいで展開するローランドブース

 かゆいところに手が届くというか、メインストリームから微妙に外れたところで次々と妙な勝負球を放り込んでくるローランド。オーディオと映像の両方の製品を出しているので、会場の映像とオーディオコーナーのちょうど境目のところに、通路を挟んで2つの自社ブースが向かい合わせに設置されている。間の通路を完全にローランドのお客さんが占拠する格好で、こういうブース設計もまたユニークである。

 今回の目玉は、AVミキサー&レコーダの「VR-5」。夏に行なわれた同社の新製品発表会でチラ見せしたことがあったが、Inter BEEで正式にデビューした。


一般には初公開となるVR-5

 アナログAV入力3つ、マイク入力2つを備え、映像スイッチャーと音声ミキサーをオールインワンにした製品だ。モニタも2つ内蔵しており、プレビューとプログラムアウトとして使い分けることができる。またタッチスクリーンにもなっており、メニュー操作やスイッチングを画面のタッチで行なうこともできる。

 PCの入力も備えており、文字を載せたりクロマキーのバックに使用できるほか、PCの音声もミックス可能。SDカードに映像と音声を録画することもできるし、プレーヤーとして映像・音声の出力もできる。

 しかし人気が集まっている理由は別のポイントだ。それは、映像と音声の出力をUSBポートから出せるということである。つまりUSB Video ClassとUSB Audio Classに対応するということである。VR-5をPCに繋ぐと、いわゆるWEBカメラと同じようなものと認識する。これでUstreamやニコニコ生放送といったネットの生放送が、コンバータなしに直結で可能というわけである。


人気過ぎてなかなか触れない

 映像と音声を同時に扱える製品は過去にもあったが、USBで映像と音声を出力できるものは、筆者が記憶する限り初めてである。特にUSB Video Classの出力には苦労したようで、実は映像ストリームをUSBに変換するチップは世の中に存在しない。じゃあUSBカメラはどうなってるんだというと、撮像素子を直結する変換チップというのはいくらでもある。普通の映像信号が突っ込めるチップがないのだ。VR-5ではこの変換を、内部プロセッサで行なっている。つまりそういう変換プログラムをわざわざ書いた、ということである。

 昨今はネット生放送も一つの産業を形成しつつある。そういう時に投入する映像機材は、アナログの古いものをだましだまし使うか、オーバースペックを承知でハイビジョン機器を投入し、最後にダウンコンバートしたのちさらにUSBキャプチャユニットに突っ込むみたいな、回りくどいシステム設計となっていた。VR-5の登場で、ネットの生放送の現場は大きく様変わりするだろう。


■ レコーダの価格破壊、ATOMOS「NINJA」

ネットで評判を聞いて多くの人が集まったATOMOSブース

 だいたいにおいて海外でNINJAと聞くと大抵ろくでもないものと相場が決まっているのだが、このNINJAは趣が違うようだ。ATOMOSというベンチャーが出展したフィールドレコーダ「NINJA」は、横112mm、高さ83mm、奥行き40mmの超小型フィールドレコーダ。記録フォーマットはAppleが提唱するProRes422で、専用のキャディに入れたHDDもしくはSSDに記録する。このキャディはホットスワップに対応し、電源を切ることなく入れ替え可能だという。

 液晶画面はタッチスクリーンになっており、録画、停止などのボタンは液晶画面上にしかない。映像・音声入力はHDMIで、業務用に耐える出力端子を持たないデジタル一眼からの出力も記録できる。LANC端子があり、リモートからの録画開始に対応する。またLANCのスルー端子もあるので、NINJAとカメラ内の記録を同時にスタートさせることもできる。Macとの接続は、FireWire800、USB 2.0/3.0、eSATAを想定している。

 バッテリは背面に2スロットあり、ソニー製と互換のあるタイプを使用するようだ。驚くべきはその価格で、バッテリが2つついて99,800円。

隠れた注目製品、NINJAソニータイプのバッテリが2つ付けられる

 まだ実働モデルではないため、いろいろ「ほんとかぁ? 」というツッコミどころは満載だが、これが実際にこの値段で発売され、安定性も高いということになると、いろんな方面でまた価格破壊が進みそうだ。日本での扱いはフォーカルポイントコンピュータとなっている。


■総論

 放送局のシステムとなると、やはり高くても安定性を第一に考えるので、どうしても手堅いものになるが、クリエイティブの現場はある意味怪しくても今だけちゃんと動けばいい、みたいなことが通用する世界である。面白い映像が撮れればそれでいいという割り切りができる。

 これまでもコンシューマ機器をだましだまし使って面白い映像を低価格で作るということが行なわれてきたが、最近はコンシューマの技術を使ってプロスペックを満たすタイプの製品が登場してきている。ベンチャーは昔からそういうことをやってきたが、大手メーカーもプロ技術とコンシューマ技術の融合が求められてきている。

 一番それが顕著なのが、カメラの世界だろう。これまで放送用カメラの撮像素子は2/3インチか1/3インチと決まっていたが、大判撮像素子の映像表現を多くの人が求めることとなり、いわゆる報道と映像制作では映像の指向がきっぱり別れてきたというのが、今回のポイントかもしれない。

 それのきっかけとなったのが、デジタル一眼であったというのもまた、プロ機しか見ていなかったプロの間で一つの意識改革をもたらしたわけである。

(2010年 11月 18日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]