“Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語”

 

第481回:最小放送システム、パナソニック「50シリーズ」

~ IPで操作するカメラ、コントローラ、スイッチャー ~



■ だんだん本気になってきた

 最初はダダ漏れなどと言って喜んでいただけだった「Ustream」も、最近は割とシリアスなテーマの番組がちゃんとビューを集めるようになってきた。同じテーマでも実はニコニコ生放送のほうがビュー数が多いのだが、どうも企業や団体には「ニコニコ」などというフザケた名前のところで放送できるか! といった抵抗もあるようで、Ustreamのほうに流れる傾向があるようだ。

 さて、そんな企業や団体がWEBカメラ一つといった規模ではなく、もっとちゃんとした放送をやりたいとなると、とたんに放送の難易度が上がってくる。複数のカメラをスイッチャーでまとめ、複数のマイクをミキサーでまとめ、トータルで番組としての体をなす程度に操作していくという作業は、ちょっとパソコンやネットに詳しいという程度では全然無理で、まったく別のスキルが必要になる。

 今回ご紹介するパナソニックのフルHDカメラシステム「50シリーズ」は、そういうプロとしてのスキルがすでにあるという人のための製品群だ。したがって一般の人にはなんだかわけがわからないかもしれないが、たまにはそういう回もあるということでご容赦願いたい。そもそもこの50シリーズは、大型アミューズメント施設や会議場、ホールといった設備向けの製品なのだが、ちゃんとした放送機材の割りには安いこと、またサイズ的にもコンパクトであることから、ネットの放送にフィットするのではないかというのが、筆者の提案である。

 今回はネット中継システムという目線で、このシステムを検証していくことにしたい。


■ 三位一体連動がポイント

 パナソニック50シリーズは、リモートカメラ「AW-HE50」、カメラコントローラ「AW-RP50」、スイッチャー「AW-HS50」の3製品のことである。順に説明していこう。


  • AW-HE50

    リモートカメラ「AW-HE50」

     リモートカメラAW-HE50は写真だけ見ると、よくエレベータの天井に張り付いている監視カメラぐらいのように思えるかもしれないが、実際にはその4倍ぐらいのサイズがある。中味は監視用ではなく、映像撮影用のちゃんとしたカメラが入っているからだ。映像出力はHD-SDIのタイプと、HDMIタイプの2機種がある。

     後述するスイッチャーと組み合わせるのであれば、HD-SDIタイプを選ぶことになる。HD-SDIタイプの希望小売価格は558,000円。今回はHD-SDIタイプのカメラを2台お借りしている。

     カメラとしては、35mm換算で画角36.9mm~664.5mmの光学18倍ズームレンズ、開放F1.6と、結構明るい。撮像素子は1/3インチ フルHD CMOSの単板式だ。

    カバーは簡単に開けられるので、自分でレンズクリーニングも可能
     カメラ動作範囲は、パンが350度、チルトが120度となっている。パン方向は真後ろが向けないぐらいで、ほぼ全域カバーできると考えていい。背面にEthernet端子を装備し、それを経由してコントロールする。こういうカメラは天井に逆さまに張り付けるものだが、底部には三脚用のねじ穴が切ってあり、普通のビデオ用三脚にも載せられるようになっている。

     いつもならカメラレビューとしてサンプル撮影などを行なうところだが、このカメラは電源が必要で、それほど簡単に外には持ち出せない。そもそも室内専用のカメラであるため、今回は画質評価用サンプルの撮影は行なっていない。


    カメラリモートによるレスポンス。一拍遅れる感じはあるが、操作には困らない(クリックで再生)

     後述するカメラコントローラAW-RP50をEthernetで接続すると、各カメラのパラメータを操作できる。いくつかの調整はAW-RP50のパネルにショートカットキーがあるが、細かい設定はOSDメニューを出して設定することになる。

     フルオートではコントラストぐらいしか調整ポイントはないが、マニュアルにすると普通の業務用カメラと同じような設定が可能だ。いくつかポイントを紹介すると、DRSはガンマやニーを自動調整してダイナミックレンジを向上させるものだ。民生機で言う「おまかせiA」のようなものである。

    マニュアルモードのコントラスト調整パラメータカメラのピクチャコントロール1カメラのピクチャコントロール2

     映像の印象としては、室内向きに作られていることもあって、増感してもほとんどノイズが気にならない。DNRがかなり上手く働いているようだ。一方ディテールはHighが必須である。なしだとかなり甘い絵になる。

     カメラコントローラがない場合は、PCのブラウザでカメラにログインして同様の設定を行なうことができる。 

  • AW-RP50 

    カメラコントローラ「AW-RP50」
     カメラコントローラAW-RP50は、上記のようにカメラ本体の調整にも必要だが、基本的にはカメラを動かすためのコントローラである。希望小売価格は252,000円。

     パン、チルトのコントロールはジョイスティックで行ない、ズームはズームレバーが付いている。斜めに付いているところがポイントで、左手で動かすと丁度いい角度である。

    OSDメニューを出さなくても、いくつかの調整はダイレクトに行なえるズームレバーは左手で操作しやすい角度背面パネル。1~5番までは上位モデルAW-HE100などを接続するためのポート

     フォーカスはオートでもマニュアルでも可能で、マニュアル時にはコントロールノブを押し込むことで一時的にAFにすることができる。またズームやフォーカス、パン、チルトの状態をメモリーすることができるので、アングルやサイズを変えるときもいちいち手動で設定する必要はなく、カメラを決められた状態にセットできる。

     セット方法は簡単で、STOREボタンを押したのち、10個のメモリーボタンを長押しするだけだ。STOREボタンを消灯させてボタンを押すと、その設定が呼び出される。

    カメラ設定をメモリできるので、ボタンでさまざまなアングルに切り換えが可能(クリックで再生)

  • AW-HS50

    コンパクトスイッチャー「AW-HS50」背面パネル。ファン音はやや大きい
     AW-HS50は、HD-SDI入力4系統、DVI-D入力1系統を切り換えるコンパクトスイッチャーだ。全入力にフレームシンクロナイザーを装備するため、外部同期なしで接続できる。希望小売価格は472,500円。

     内部にはカラーバー、バックグラウンドジェネレータを持つほか、2つのフレームメモリーを装備している。クロスポイントは5つだが、SHIFT押しで裏面にアクセスできるため、実質的には10クロスポイントだ。入力として5つ、カラーバー、バックグラウンドカラー、ブラック、フレームメモリー2つで、丁度10ソースである。

     プレビュー用にDVI-D出力を備えており、ここにPC用の大型モニタを接続すると、マルチ画面で各入力ソースなどが確認できる。マルチ画面は4分割、5分割、6分割、9分割、10分割といったパターンが8つあり、入力数や使い勝手に応じた設定ができる。

    マルチ画面でソースと出力のモニタリング可能
     基本的には1ME型のスイッチャーで、トランジションはA/Bバス間で行なう。フェーダー動作に関しては、A/BタイプとPGM/PSTタイプに切り換えできるほか、PGM/PSTタイプではどっちの段をPGMにするのか(つまり上下が入れ替わる)選ぶことができる。もうこの辺でスイッチャーのプロ以外にはなにを言ってるのかさっぱりわからないと思うが、説明すると長くなるので置いていく。

     ミキサーとしてはカット、ミックス、ワイプが使える。キーヤーは1つだが、ルミナンスキー、クロマキー、リニアキー(エクスターナルキー)が選べる。ルミナンスキーは純粋に輝度だけからキーを作るタイプと、輝度とクロマからキーを作るタイプがある。この価格帯とコンパクトさでエクスターナルキーまで備えるスイッチャーは珍しい。

     クロマキーもなかなかよくできており、マーカーを出して画面上からピクセルをサンプリングし、ある程度まで自動でキー設定ができる。微調整ももちろん可能だ。またPinPも可能で、キーヤーとも並列で使用できる。どちらが上になるかは設定で決める。

    キーセットアップ画面。4タイプのキータイプが選択できるオートでクロマキーした結果。文字の周辺にまだブルーが残っているマニュアルで微調整すると、綺麗に抜ける

■ IP接続で相互リンク

50シリーズの結線例。Hubに全部繋げばネットワークはOK

 これらの機器は、すべてネットワークで連結されて初めて威力を発揮する。カメラコントローラAW-RP50にオートセットアップ機能があり、すべての機器をHubに接続すると各機器にIPアドレスが振られ、コントロールが可能になる。

 カメラコントロールができることはすでに述べたが、カメラコントローラとスイッチャー間でも相互にリンクができる。便利なのはタリー機能だ。スイッチャーでPGM出力されているカメラには、赤いランプが点灯する。

 もう一つ便利な機能が、カメラコントローラ側でカメラを選ぶと、その選択がスイッチャー側と連動する機能だ。連動はAUX列やPST列に割り付けることができる。例えばPST列と連動するように設定しておけば、次のショットのためにカメラをコントロールすると、あとはスイッチャーのCUTまたはAUTOボタンを押すだけで、そのショットを送出することができるわけだ。

コントローラとスイッチャーは互いに連動できる(クリックで再生)

HubにPCを繋ぐと、専用ツールで静止画をやりとりできる
 フレームメモリーは、カメラ映像からストアできるだけでなく、PCと接続して専用ソフトで管理することができる。フレームメモリーの内容をPCに吸い出すこともできるし、PCで作成したテロップなどの画像をフレームメモリーに送ることもできる。手数は多くなるが、この機能を上手く使えば、相当数のテロップ送出をこなすことができる。

 ただこれだけのボタンに沢山の機能を詰め込んだため、表示や操作がややこしくなっているのが難点である。特にAUXバスやキーソースを選ぶときに、いくらモードが違うとはいえPGM出力している列をさわることになる。よくよくデリゲーションボタンの点滅を注意しておかないと、どえらいことになってしまう。

 また多くの調整パラメータがOSDメニューの中に入っているので、放送しながら直感的な微調整がなかなか難しい。特にキーのクリップとゲインぐらいは、独立のノブが欲しかったところだ。

 4つあるユーザーキーにはいくつかの機能を選んでアサインすることができるが、残念ながらE-MEMに相当するメモリ機能はない。クロマキーの設定やテロップの色など、いくつか記録して切り換えたいこともあるだろうが、そこまではできない。PinPやWipeの位置はメモリできるだけに、惜しいところである。


■ 総論

 パナソニック50シリーズは、常設の中継設備として非常にコンパクトなセットだ。全体のバランスの中ではカメラが高いのが気になるところだが、これがないとカメラ1台につきカメラマン1人が必要になるわけで、そのぶん人件費がかかる。機材費と人件費の天秤になるというわけである。

 ただカメラコントローラはカメラを100台までコントロールできること、複数のコントローラをカメラネットワークの中にぶら下げられることなどから、大きな会議場などで設備として入れると、いろんな部屋のカメラがフレキシブルにコントロールできて便利だろう。ただ映像信号の方はそうはいかないので、別途マトリックススイッチャーで分配する必要がある。

 一方テンポラリ的な中継セットとして考えても、かなりコストパフォーマンスが高い。カメラもスイッチャーも小さくて軽いので、カメラ3台、コントローラー、スイッチャーぐらいならちょっとした箱に詰めて一人で持てる程度だ。専用のジュラルミンケースに詰めれば、普通車でも運搬できるだろう。映像1人、音声1人、配信1人の3人体勢で、かなり本格的な移動放送局になる。

 個人的に一番満足度が高いのは、スイッチャーだ。不満点もいろいろ書いたが、これだけできて50万円以下というのは、相当安い。なにせ機能がかなり折りたたまれているので、使いこなすのはかなりのスキルが必要だが、逆にそれだけのスキルを持つ人にはうっかりスルーされそうなぐらいの値段である。

 ただネット放送に使うには、最終出力のHD-SDIをIEEE 1394などにコンバートしないとPCに取り込めない。映像のコンバータはあるが、音声をどうするかという問題が残る。別途USB Audio ClassやアナログでPCに突っ込むという手もあるが、できれば映像と音声をエンベデッドしてIEEE 1394で突っ込みたいところだ。これができるコンバータは今のところローランドの「VC-300HD」ぐらいしかないが、これだけで100万円ぐらいするのがコスト的なネックとなりそうだ。

 しかしながら、フルデジタルのHDクラスの放送機材がこの価格で入手できるというのは、プロ業界にとっては衝撃である。しかも少人数で運用することができるのも、機動性という意味でかなりのプラスだ。ネットの生放送も、これでまた一つクオリティがステップアップするかもしれない。

 なお9月28日に筆者らで、この50シリーズの解説番組をUstreamで放送している。興味のある方はご覧いただきたい。

(2010年 9月 29日)

= 小寺信良 = テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「ややこしい話を簡単に、簡単な話をそのままに」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンピュータのフィールドで幅広く執筆を行なう。性格は温厚かつ粘着質で、日常会話では主にボケ役。

[Reported by 小寺信良]