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ソニー29年ぶり復活のレコード生産工場を見た。今だから作れるアナログとは?
2018年5月17日 08:00
ソニーミュージックグループにおいて、約29年ぶりにアナログレコードの自社一貫生産が実現。その第1弾として、ビリー・ジョエル「ニューヨーク52番街」とEIICHI OHTAKI Song Book III 大瀧詠一作品集Vol.3「夢で逢えたら」の2タイトルが3月21日に発売された。その生産現場であるソニーDADCジャパン 大井川工場で、実際のレコードがどうやって作られるのかを見るとともに、今の時代だからこそ作れるレコードの良さとは何か、聞いてきた。
アナログレコードの自社生産は、カッティングマスター制作からスタンパー(金型)製造、プレスまで行なうことで可能になったものだが、このうちスタンパー製造とプレスを担うのが、静岡県にあるソニーDADCジャパンの大井川工場。
ソニー・ミュージックエンタテインメントのディスク製造工場であるソニーDADCジャパンは、2017年にアナログレコード用のプレス機を導入。これに先駆け、東京のソニー・ミュージックスタジオではアナログレコード製造用マスターのラッカー盤カッティングマシンを導入し、アナログレコード用カッティングマスターの制作を開始している。
ソニーDADCの主な事業は、CDやDVD、Blu-rayを含む音声/映像ソフトウェアなどの製造や開発、販売。この大井川工場の操業開始(当時は静岡工場)は、ソニーがレコード発売を開始した1968年で、アナログレコードの生産工場として設立された。その同じ地で、再びアナログレコード生産が行なわれることとなった。
東京・乃木坂にあるソニー・ミュージックスタジオでのカッティング作業で制作された、樹脂製の「ラッカー盤」が同工場に届けられ、ここで精密な金型である「スタンパー」を製造、それを使って塩化ビニル材を円盤状に「プレス」するのが基本的な流れだ。
ソニー・ミュージックスタジオでのカッティング作業は、通常のレコード(塩化ビニル製)よりも柔らかい樹脂でできた円盤の表面に溝を刻み、A面とB面が一枚ずつ別の「ラッカー盤」となる。カッティングがどのように行なわれているかについては、昨年掲載した藤本健氏の連載で詳しく紹介している。
同スタジオでのカッティングマシン導入後は、マスターは自社制作できる体制になったが、プレスは他社の工場で行なわれていた。その後、ソニーDADCジャパンにおいてスタンパー製造やプレスの機材が導入されたことで、一連の生産工程を自社で実現。3月にリリースされたビリー・ジョエルと大瀧詠一の作品集は、この一貫体制が29年ぶりに復活した、最初のレコードとなる。
ラッカー盤からスタンパーが作られるまで
熱で変形しやすいラッカー盤からスタンパーを作成するには、まずはラッカー盤に銀を約0.1μmの薄さで塗装(銀鏡塗装)して電気が通るようにし、ニッケルメッキを施す。溝を持つラッカー盤から、銀+ニッケル部分をはがすと、溝(凹)とは逆の凸型を持つ「マスター」となる。
マスターは酸化しやすいものだが、それを元にニッケル100%の「マザー」(凹型)を作成。そのマザーから、最終的な金型となるニッケル100%の超精密金型であるスタンパーとなる。このスタンパーを、プレス機に固定できるように、円周部分を折り曲げたのが、「スタンパーフォミーング」と呼ばれるものだ。
同社はCDやBlu-rayなどのスタンパーを作る機械を自社で製造しているが、アナログレコードに関しては、機械を海外から購入して使用している。ただし、買ってきた機械をそのまま使うのではなく、同社が持つディスク製造のノウハウを活かして改善しているのがポイント。
例えば、最初にラッカー盤へ銀を塗る際に、バラつきのない均一な薄膜塗装を施すことができたり、ニッケルで作ったマザーから同じくニッケルのスタンパーをきれいにはがすなど、様々な場面で同社の持つプロセスノウハウが活かされている。また、メッキなどの工程を全てクリーンルームで行なっているのは、世界的にもこの工場だけだという。それも、ノイズの元となる異物の混入を極力減らす“最初の段階”がとても重要という認識からだ。
約30年前にレコードを自社生産していた当時は、クリーンルーム内の製造ではなかったが、より精密なディスクであるDVDやBlu-rayなどのスタンパー製造にはクリーンルーム内であることが不可欠。アナログレコードにもそうしたノウハウを活かしていくことで、品質を徹底して追求した“今だから作れるレコード”になっているわけだ。
プレス工程にも様々な音質へのこだわり
A面B面それぞれに作られたスタンパーを使って、次はプレス工程に移る。塩化ビニル材を高温で熱して作ったカタマリ、通称“ケーキ”を、A面とB面用のラベルで挟んでプレス機にセット。
熱したA面とB面のスタンパーで上下から押さえつけ(プレス)、円盤状に潰したケーキの表面に溝ができる。レコード再生時は、この溝を通る針の細かな振動を増幅し、実際に聴こえる音になる。プレス後に温度を下げると固まり、余分な外周をカットすると完成。試聴による品質チェックを経て、1枚のレコードとなる。
なお、海外の工場などでは、材料の塩化ビニルに、切り取った外周部分など一度使われたものも再利用する“ミックス材”が一般的とのことだが、同社では再利用しない“バージン材”に限定。ノイズの可能性になるものを徹底して排除するこだわりがここにもある。
プレスの工程でも、ホコリなど異物の混入を防ぐため、プレス機は剥き出しではなく周囲を覆った状態で稼働。クリーンルームなどに使われるHEPAフィルターも備え、内部をクリーンに保っている。こうした工夫も、かつての製造工程に比べて大幅にノイズを減らすことに貢献しているとのことだ。
同社工場の中で、アナログレコードを生産する部分は現時点ではほんの一部であり、プレス機も現在は1台のみのため、まだ一度に大量生産できる状態ではないが、かつての製造環境との違いの一つに、精密な測定器などが登場したこともある。30~40年前には無かった機材を使って細かい部分まで分析でき、ノイズ低減につながっている。BDやDVDなどで必要となる精密な測定器はかなり高価でもあるが、それをアナログレコード製造にも使えることは、長年ディスクを製造してきた同社の強みでもある。
この工場に届けられるラッカー盤を制作するソニー・ミュージックコミュニケーションズのマスタリングエンジニア堀内寿哉氏とも密にやり取りしており、単に「届いたラッカー盤をプレスする」役割だけでなく、製造側からの意見も反映し、“音質”と“品質”それぞれに最高を求めたレコードができ上がる。これが自社一貫生産の大きなメリットだという。
今回の取材を通じ、30年前は実現できなかった音質のレコードが、今の技術やノウハウの積み重ねで作れるようになった様々な側面を知った。単に“昔を懐かしむ”だけでなく、新たな楽しみとして、レコードを聴いてみたくなる体験となった。
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