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NHKで2日21時放送「幻のシーラカンス王国」深海で8K撮影を可能したシステムとは!?

インドネシア スラウェシ島沖で撮影したシーラカンス。大きさは1mをこえる
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

NHKは、古代魚シーラカンスの生態に迫ったNHKスペシャル「ディープオーシャン 幻のシーラカンス王国」を、3月2日21時から総合で放送する。8K/HDR/22.2ch版や、89分の長尺版も3月に順次放送する。

放送予定

・3月2日(日)【総合】21時00分~21時59分
・3月3日(月)【BS8K】16時30分~17時29分
・3月9日(日)【BS8K】16時30分~17時59分(89分版)
・3月9日(日)【総合】19時30分~19時58分(「ダーウィンが来た!」)
・3月11日(火)【BSP4K】19時30分~20時59分(89分版)
・3月17日(月)【BS】19時30分~20時59分(89分版)

2012年に世界で初めて深海で生きたダイオウイカを撮影したNHK深海取材班による「ディープオーシャン」シリーズの最新作。

(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX
シーカランスの正面
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

番組では、インドネシア・スラウェシ島沖の深海に潜む、古代魚・シーラカンスに密着。3台の潜水艇や深海撮影用に開発した8K超高感度カメラシステムを導入するなどして、世界で初めて、シーラカンスの72時間連続追跡を敢行。シーラカンスの様々な行動を、高精細な映像で捉えることに成功した。

語りは三宅民夫、副島萌生。音楽は久石譲で、世界最古の電子楽器「オンド・マルトノ」を使いシーラカンスの世界を表現している。

番組制作者に話を聞く

3月2日の放送に先立ち、メディア向けの取材会が行なわれた。取材会には、番組制作者やカメラマン、調査チームを率いた研究者らが参加。制作の舞台裏を聞くことができた。

――番組の制作経緯を教えて欲しい。

制作統括・岩崎氏(以下敬称略):2013年1月に始まったこの“深海シリーズ”も、今回で8作目を迎えました。シーラカンスは番組当初から撮りたいと思っていた深海生物で、今回撮影が成功し放送にこぎつけたので『ようやくここまで来た』という思いです。

番組を制作するにあたり、3つの難しい点がありました。1つは、シーラカンスは絶滅危惧種で撮影の許可を得るのが非常に難しいこと。

2つ目は、潜水艇の問題です。シーラカンスは岩陰などに隠れる習性があるため、ケーブルの付いたROV(遠隔操作の無人潜水機)では撮影に限界がある。ですから、ダイオウイカを撮影した時のように、透明球型の潜水艇でシーラカンスを狙うことができれば、これまで分からなかった様々なことが分かるはずと考えました。ただ、限られた台数の有人潜水艇を確保して、シーラカンスの生息地まで船で運び、潜って撮ることは容易ではありませんでした。

ダイオウイカを初撮影した透明球型潜水艇でシーラカンスを捜索。72時間の連続追跡調査でシーラカンス知られざる生態に迫った
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

制作統括・岩崎氏:3つ目は、シーラカンスをどのように撮影するか。実はシーラカンスは“潜れば撮れる”ことは、これまでの研究調査から分かっていました。ですから、本当の姿を狙うにはある程度長期間密着する必要がありました。ふくしま海洋科学館の岩田さんをはじめ、研究者の方々からアドバイスを頂戴し、計画を練り調査を行ないました。

――どのような撮影システムを用いたのか?

カメラマン・加倉井氏:2019年から、深海で8K撮影できるシステムを開発してきました。有人潜水艇は人を乗せた状態で水深1,000mまで潜る必要があるため、非常に高い安全性が求められます。

ですから我々は機材の設計段階から、アメリカで最も厳しいと言われるABS認証の取得を目指しました。コロナ禍の影響もあり、部品不足や対面の打ち合わせができない等の困難もありましたが、約2年をかけてシステムを完成させました。システムは2台で、1つのカメラにはマクロレンズ、もう1つのカメラにはワイドレンズを装着し、アップもワイドも撮れる体制で撮影に挑みました。

具体的には、潜水艇の外に水深1,000mの水圧に耐えられるハウジングを作り、その中に8Kカメラを入れています。カメラと潜水艇は光ファイバーで繋がっていて、映像信号やカメラを操作する信号をケーブル1本で伝送できるようにしました。

シーラカンスの8K撮影は世界初。潜水艇内から8K超高感度深海カメラを操作して撮影した
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カメラマン・加倉井氏:潜水艇の中のスペースも限られていて、多くの機材を運ぶことができないため、狭いスペースに合わせてシステムを小型化。電力は潜水艇のバッテリーを利用するため、バッテリーを大量に消費せず、カメラの発熱も抑えながらシステムを調整しました。

それから「シーラカンスは(カメラの)何メートル先にいるのか?」分からない状態でシステムを設計しなければならなかったのですが、様々なことを考慮・計算し、5mの距離で最も画質が良くなるように設計。すると、深海ではちょうど5mくらいの距離でシーラカンスを捉えることができ、シーラカンスの姿を高精細に記録できました。

大きな目は深海の暗闇でもよく見えると考えられている
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX
番組では、シーラカンスの肉質のヒレ“肉鰭(にくき)”の克明な動きをとらえた。脊椎動物が海から上陸を遂げる進化過程を解き明かす重要な存在として注目されている
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――今回の調査は、どのような点が画期的だったのか。

ふくしま海洋科学館・岩田氏:調査において、最も有意義だった点は72時間に渡りシーラカンスを観察できたことです。番組を見てもらうと分かるとおり、シーカランスは非常に動きがゆっくりしている。これまで私たちもROVを使い、シーラカンスの撮影を行なってきましたが、時間が限られてしまうため、シーラカンスにしてみれば“写真を撮っているようなもの”でした。

しれが今回、72時間という長時間にわたりシーラカンスを追跡して、さらに視野の広い透明球型の潜水艇で観察することで、シーラカンスの動きやシーラカンス同士の関係性を間近で見ることができました。

また、カメラを深海に設置し、人がいない状態で、つまりシーラカンスにとってストレスをなるべく少なくした状態でどのような行動を取るか? などの実験にも挑戦し、それによってシーラカンスの様々な行動が分かったことも大きな成果でした。

(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

――シーラカンスという魚の分かっていること、分かっていないことは?

ふくしま海洋科学館・岩田氏:深海にすむシーラカンスは、標本を使う研究がほとんどでしたから、生理学的なことやDNAなどは分かっています。ただ行動学に関しては、1980年代にドイツの研究者らが初めて生きたシーラカンスを観察した時の情報がほとんどだったからです。

それから最も分かっていない部分としては、繁殖に関することです。シーラカンスは卵ではなく、稚魚の状態にして生むことは分かっていますが、どこで生むのか? ですとか、どうやって精子と卵子を受け渡すのか? などのことは分かっていません。

ただ、今回の長時間にわたる追跡調査によって、シーラカンス同士の関係性や社会性みたいなものも少し見えてきたと感じています。

海底の絶壁のすきまに身をひそめるシーラカンス
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

――今回のプロジェクトで最も困難だったものは何か。

制作統括・岩崎氏:そうですね、まず一つは潜水艇を乗せる船のアレンジです。だいたい潜水艇の水深時間は8時間程度。シーラカンスを長時間追跡するには、潜水艇を複数台用意しなければいけません。

しかも、今回の潜水艇は透明球型。深海生物を撮影観察するには広い視野が大きな武器になるからです。シーラカンスがいつどこでどのように動いたのか観察できる。ただ、透明球型の潜水艇を複数台用意し、それを乗せて運ぶことができる船は世界にほぼ1隻しかないのです。

世界中の深海を探査してきた最新鋭の深海調査船「オーシャンエクスプローラー号」
(c)co-production with ZDF/ARTE and OceanX

制作統括・岩崎氏:それから「72時間追跡する」と言葉でいうのは簡単ですが、いざそれを実現するとなると船、つまり船員に多大な負担がかかる。潜水艇の上げ下げは非常に危険が伴うため、パイロットの数やどのようなローテンションで行なうのかといったロジスティックな面も苦労しました。

今回の番組は国際共同制作となっており、ドイツの公共放送ZDF、フランスのARTE、そして非営利組織OceanXの協力もあり、プロジェクトを実現させることができました。3月2日の放送は、どこよりも早く放送するワールドプレミアとなるので、是非楽しんで頂ければと思います。