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幻の“真鍮ウォークマン”も!? ポータブルの猛者と開発者が激論した、コアな一日
(2015/7/21 00:00)
ウォークマンの開発者と、一般のポータブルオーディオユーザーが集まったイベント「Walkman Premium」が7月18日、東京・青山の東京ヒアリングケアセンター青山店で行なわれた。雨がパラつくあいにくの天候だったが、会場は身動きが取れなくなるほどの参加者で溢れ、ウォークマンに対する期待や不満、要望など様々な意見が交わされた。
よくあるユーザー参加の試聴/体験イベントにも見えるが、実はかなりレアな機会。というのも、ウォークマンのフラッグシップモデルであるNW-ZX2のプロジェクトリーダーをはじめ、音響設計、電気設計、ソフト設計それぞれのリーダーが一つの場所に集まり、一般ユーザーの意見を直接聞くというもので、“ウォークマンを知り尽くしている”主要メンバーがここまで一度に揃う一般イベントはまず無いからだ。
きっかけは、カスタムイヤフォンの「Just ear」を手掛けるソニーエンジニアリングの松尾伴大氏が、ZX2プロジェクトリーダーの佐藤朝明氏と間で、「もっとユーザーと直接対話する機会を増やすべき」との話になったこと。ソニーエンジニアリングと共同でJust earを展開する、東京ヒアリングケアセンター青山店が主催する形でイベント開催が決まった。このため、ソニーの公式なイベントとは異なり、普段は聞けないような情報が思わず開発者の口からこぼれるかも知れない……という期待も高まるイベントだったのだ。告知された日が開催直前だったにも関わらず、ウォークマンやポータブルプレーヤーについて熱い想いを持つ、50名を超える参加者が集まった。
今回は“レアキャラ”として、ソニーの「高音質microSDカード」の商品企画を担当する後藤庸造氏も登場。参加者の中に高音質microSDのユーザーもいたが、一方で「音は変わらないと思う」という意見もあったため、後藤氏は試聴の準備をして「ぜひ覆したいと思います」と意気込みを見せた。
今この場だから明かせる、開発の裏側とは
最初に、ウォークマンのNW-ZX2に関して、“今だから言える話”を盛り込みつつ、初代Androidモデルの「NW-Z1000」からプロジェクトリーダーを務めている佐藤朝明氏が、これまでの取り組みを振り返った。
通常、ウォークマンの新しいモデルが企画されるときは、商品企画の部門から細かい要望が開発側に来るとのことだが、ZXシリーズの場合は特殊で、“ざっくりとしたリクエスト”を受けて、開発側でどういったものを作るか調整するという。発売することは決まっていても“キックオフ時はほぼ決まっていない”とのことで、「やりがいがあって面白く、緊張感もあって、期待値も高い」と佐藤氏。
前モデルのZX1から、新しいZX2へと代替わりするにあたり、検討された課題を説明。まず、ZX1で最も多かったユーザーからの不満は「バッテリライフの短さ」だったとのことで、ZX2では約2倍となる33時間へと拡大。「ただ、バッテリを大きくすることで、音も良くなって一石二鳥、ということに気付き、音質のためにセットサイズも大きくした」という。今回、当初から決まっていたのは、この「バッテリの強化」と、「microSDを使うこと」だったそうだ。
音質面での大きな特徴であるフルデジタルアンプのS-Masterは、今回ハイレゾ対応の「S-Master HX」に強化されたが、様々なオーディオ製品にS-Master HXが載っている中、ウォークマンのS-Master HXだけは特殊だという。「我々のウォークマンチームが独自で半導体から作っている。はっきり言って、作れるのは我々だけ。S-Masterは安いアンプのように見えて、実はもうウン億円が……」とのこと。
他社で一般的な、DAC+アナログアンプで構成する場合を例に挙げ、「DACは安いと1ドル、高くても20~40ドル。2つ使って80ドルのDACで1万台作ったとしても、8,000万円くらい。コストを節約しようと思ったら、汎用のICを使えば安い。ウォークマンがなぜここまでやる(コストを掛ける)かを一言でいうと、S-Masterではヘッドフォンの直前までデジタル処理できるから。アナログで線を引き回すのではなく、ヘッドフォンの直前までデジタルだから、セパレーションなども非常にいい」。
「オーディオは好き嫌いがある世界だが、アナログアンプの音の良さとして“温かい、柔らかい音”という点がある。分離度、音場の解像度は高い一方で、連続性があるので、空気感のつながりが良い。S-Masterの良さは、それとは違う路線。デジタル処理の良いところは、アンプの出力段の“動的オーディオ特性”、波形に追従するスピードが全然違うこと。普通のオーディオ機器のように、“静的オーディオ特性”として1kHzでどういう値が出るか、ではなく、応答速度が高いため、例えば細かい音が、S-Masterではしっかり出る。音の違いが、アナログアンプとS-Masterで大きく違う。この音を作り出せるのは、S-Masterが作れる我々だけ。ウォークマンはS-Master HXを、ZXシリーズだけではなく下のモデル、A10(NW-A10シリーズ)も含めて使っている。そのため、開発にウン億円掛けてもペイできる」。
これを聞いた松尾氏は「ヘッドフォンのドライバ開発に似ている」と指摘。ソニーのMDR-EX90SLなど数多くのイヤフォン/ヘッドフォンを生み出してきた松尾氏によれば、ソニーのヘッドフォンは一定期間ごとに新しい振動板を開発するが、材料から社内で手掛けているとのこと。これも、ヘッドフォンのビジネスだけではなく、カーオーディオなど他へ転用できることから可能なのだという。
佐藤朝明氏は「半導体開発は、(ウォークマン本体の)商品開発がスタートするもっと前から始まっている。これがハイレゾウォークマンの特徴的な一つになっていて、アナログアンプでは出せない細かな音、バスドラム、ベースギターの立ち上がりの速度も違って、低音がルーズにならず、締まっている」とした。
一方で「デメリットとして、歪っぽく聴こえるとの指摘もあった。ただ、面白いのは、歪んだ音が、歪んで聴こえるということ。アナログアンプで歪んだ音源を聞くと歪まないで聴こえる。“歪んだ音を歪んで聞かせる”のが正しいと思って作ったのがZX1、でも『歪んだ音を柔らかくいい音で聴かせることが、オーディオの世界にはある』というアドバイスを受けて、ZX2では、スピードをキープしたまま歪まなくした」という。
さらに、話はDAC/アンプ以外の内容にも及び、低インピーダンス化のために、本体に削り出しアルミ+金メッキ銅板の「ハイブリッドシャーシ」や「グランド分離」を採用した点、ソニーのオーディオ機器ハイエンドモデルである「ESシリーズ」に使われている“ESハンダ”を、ウォークマンにも採用した点などを、音質担当の佐藤浩朗氏が説明。
前述したようにバッテリ持続時間を改善するために大型のバッテリを搭載してみると、後で測定し直して分かったことだが、ZX1にそのまま大型バッテリを入れただけでも応答性が良くなるなど、オーディオとしての特性も改善されたという。そこからさらに発展し、「バッテリ屋さんと組んで、リチウムイオンバッテリの保護回路に入っているFETもインピーダンスが低く、基板もベストなパターンを追求した。そんなことやってるのは他にないと思う。本当は“高音質電池”と付けたかった」と笑いつつ、「オーディオは数値だけでは語れない。ZX1もZX2も測定値だと誤差とも見えるものもあるが、音が全然違った」と、これまでの様々な高音質へのアプローチを振り返った。
その他のオーディオパーツについても、スピーカーで使うような、ポータブル機器には“オーバースペック”ともいえる仕様の大型コイルを使うなど、細部までケタ外れであることを感じさせる要素を紹介。「メルフ抵抗」を、ドイツで作っているものを採用するというのも、コスト面などを考えると通常ではありえないとのことで、調達部門が怒鳴りこんできたほどの値段だったとのこと。
ハイブリッドシャーシ採用に至るまでの経緯も明かした。アルミやステンレス、真鍮、鉄、銅それぞれに材質による音質の違いがあるため、様々なパターンを試作。実際に真鍮で作ってみたところ、インピーダンスが高く、高域が弱かったため、断念したという。会場には製品化に至らなかった真鍮ボディの試作機が持ち込まれた。手に持ってみるとかなりの重さで、これはこれで高級感があるプレーヤーとして面白いのでは……とも思えたが、やはり音質面で基準を満たさなかったとのことだ。課題の一つだった“音の柔らかさ”に貢献しているのが、ZX2のハイブリッドシャーシに使われている金メッキの銅板だという。
次期モデル、DSDネイティブ対応、Android採用の理由……ユーザーの本音が開発陣に
開発陣からの説明の後は、いよいよ参加者からの質問時間に。
早速、参加者からは「(次のモデルとして噂されている)“ZX100”は出すんですか」というストレートな質問がぶつけられると、さすがに次期モデルまでは明かせないとのことだったが、佐藤朝明氏は、ヒントとも取れる、ウォークマンが目指す形として「どういうバリエーションを作れるかがポイント。ラーメンでも、コッテリ味がおいしいと思う人にアッサリ味は受け入れられない。音も、それぞれ最高だと思っているものは違っているし、毎日コッテリでも飽きてしまう。そこで、選択肢を変えながら、高みを目指していく」と回答した。ZX2が出た後でも「ロックはZX1の音の方が好き」というアーティストもいたとのことで、「同じ音のものを作っても面白くない。今後新ウォークマンを作る中でも、同じものの置き換えでは無く、それぞれ得意なものを作る。好きな音を探せるオーディオの楽しみを広げたい」との考えを示した。
もう一つ、質問で挙げられたのは「DSDネイティブ対応」について。これは「世界中から来ている要望。頑張ります」と回答した。なお、ZX2などではDSDはPCM変換だが、これはPCなどで変換するのとは違うとのことで、“DSDの音になるように”変換しているという。「それができるのは、ソニーがDSDのフォーマッタだから。PCで変換すると硬い音になってしまうが、DSDのフォーマットの管理者が持っているアルゴリズムで変換しており、今のところはベストな解」とした。
一方で「ネイティブ再生はキーワードになっているし、『どこまでがネイティブか? 』という議論もあるが、検討はしています」と前向きな回答が得られた。
そのほか、WM PORTからの(専用ケーブルやクレードルを使った)デジタル出力時に、現状ではDSDをそのまま出力できないという指摘については、「USB DACとパソコンの間の場合は(専用ドライバなどを介して)ローカルな会話がなされているが、ウォークマンにはDACのドライバをインストールできない。他のメーカーではできていることだが、曲の切り替わり時の“ボツ音”について、ウォークマンの品質基準として、ショックノイズには厳しい。この問題は我々だけでは解決できないので、業界みんなで(仕組みを)揃えたいという話はしている。“ウォークマンと繋ぎたい”と考えるメーカーの人たちと話して、次の世代はソニーだけじゃなく、みんなつながるようにしたい」との意向を現した。
今回の参加者は、ウォークマンの愛用者だけではなかった。告知時に「AKシリーズなど、他のプレーヤーのユーザーさんもぜひ参加して欲しい」との案内もあり、「AK240」や「AK120」、さらには40万円超の新フラッグシップ機「AK380」のユーザーも来場。他にも、COWONやFiiO、再生機としての評判も高いソニーのPCMレコーダ「PCM-D100」などを持つ、まさに“ポータブルの猛者”たちが集う場となっていた。
他のプレーヤーを使っている人に対して、松尾氏から「どうしてウォークマンではなくそのプレーヤーを選んだのか? 」という質問が投げられると、その一つに「ウォークマンは、動きがもっさりしているように感じる」との意見が出た。
ZX2などでAndroidを使っている大きな理由としては、ストリーミングサービスの利用を見据えている点にあるという。一方で、社内でもAndroidにするか、そうではないOSにするかについては意見が分かれるとのことだ。
ちなみに、Android OSを使うことで(OS開発の費用が抑えられて)安くできる、というのは間違いだという。Google Playでアプリをダウンロードできる端末を作った場合の費用面では、「ちゃんとしたスマホを作るのと同じ」とのこと。それでもAndroidを使うのは、前述したストリーミング系サービスにメリットを感じているためだという。
このほかにも、「単3電池などで動かすウォークマンは作らないのか? 」、「ウォークマンのリファレンスにしているヘッドフォン/イヤフォンはあるのか? 」、「音質だけでなく、モノ作りとしての高みを目指す面白さ、仕掛けはあるのか?」といった質問が寄せられた。その後、個別に質問できる時間になると、ハード、ソフトそれぞれの担当者へ意見をぶつける人、公開された内部パーツを熱心にカメラへ収める人、ユーザー同士で交流する人など、それぞれが充実した時間を過ごしている様子が見られた。
興味深かったのは、あるユーザーは「ストレージをSDカードだけにしてほしい」という意見で、その隣にいた他のユーザーは「内蔵メモリだけにしてくれないと、プレイリストなどが使いづらい」といった正反対の考えがユーザー同士でも存在していること。バッテリの持ち時間についても、「1日しか持たなくても音質を優先して欲しい」という意見と、反対に再生時間を優先するという意見が真っ二つに分かれていた。こうした意見に対し、ソニーが実際の製品でどうやって応えるかは難しいところだが、今回のように開発者が異例とも取れる形で集結し、直接対話したことで、開発者が得たもの、今後に活かされるものはあるはず。全ての質問や意見に対し100%答えられない部分も確かにあったが、参加したことでZX2の魅力を改めて知るとともに、次期モデルへの期待も一層膨らむイベントとなったのは間違いないだろう。