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スタジオで培った技術を家庭へ、英PMCスピーカーに搭載「ATL」「Laminair X」とは何か

PMCの「prophecy」シリーズ

エミライは20日、英PMCのスピーカーについて紹介するメディア向けイベントを開催。PMCのCEOオリバー・トーマス氏が来日し、新フラッグシップ「prophecy」シリーズに搭載している最新テクノロジーの特徴を紹介した。

PMCのCEOオリバー・トーマス氏

PMCとは

1991年に創業したPMCの歴史は、英国のBBCで、スタジオマネージャーとして働いていたピーター・トーマス氏(PMCの会長兼オーナー)と、親友のエイドリアン・ローダー氏の2人が、BBCメイダヴェール音楽録音スタジオのために、リファレンススピーカーの開発に乗り出した事からスタートする。

初代プロトタイプ「BB1」が作られたのが1986年、その後、BB2、BB3、BB4のプロトタイプが続き、最終的に伝説的な「BB5」が完成。初代製品デザイン「BB5 XBD ACTIVE」が、BBCのフラッグシップレコーディングスタジオであるロンドンのメイダヴェール4スタジオ向けに販売され、現在でもBBCのリファレンススピーカーとして活用されている。

多くの音楽制作スタジオに導入されているほか、Dolby Atmosに対応したスタジオのスピーカーにもいち早く採用。Atmosのミキシングに関するルール決めの幾つかに、PMCも参加するなど、パイオニア的な存在でもある。多くの映画作品のサウンド制作にPMCのスピーカーが活用され、1996年にはエミー賞も受賞している。

さらに、こうしたプロ向けで培った技術を投入した、コンシューマー向けスピーカーも多く手掛けてきた。

来日したCEOのオリバー・トーマス氏は、創業者であり会長兼オーナーのピーター・トーマス氏の息子。前述のプロトタイプスピーカーについて「庭に置いてあって、よじ登って遊んでいた記憶があります」と笑う。

学生時代はデザインエンジニアを学び、自動車業界に就職。その後、2012年にオーディオ業界へ転身。2013年にPMCへR&Dエンジニアとして入社。以降、長年にわたりPMCのエンジニアリング部門を統括。CEO就任前の最後の役職はコマーシャルディレクターを務め、会社の明確な方向性を確立してきた。

トーマス氏はPMCの理念として、「ホリスティック(全体的)なアプローチによる設計を行ない、着色のない、最高の解像度を持つオーディオ製品を創造すること。そして、プロ用、コンシューマー用といった用途に関わらず、同一のボイシングを施しています。すべての製品が同一のバランス、ニュートラル、つまりナチュラルでダイナミックである事が特徴です。私たちのすべてのラウドスピーカーは、超広帯域でスムーズな指向性も備えています」と説明。

さらに、高度なスキルを持つ生産エンジニアによって、英国で手作りされている事も強調。ホルムコートにあるヴィクトリア朝の建物が、デモやエンジニアリング、テクニカルサポート、デザイン、管理部門の拠点。そして、サンディに生産施設と倉庫がある。

「すべてのコンポーネントは、生産の各段階で測定され、記録されています。入荷時から生産工程を通じて、最終検査に至るまで、高度なテストと品質管理を実施。すべてのモデルは、生産エンジニアがテストし、耳でも試聴した上で出荷しています」と、品質の高さにも自信を見せた。

ホルムコートにあるヴィクトリア朝の建物が、デモやエンジニアリング、テクニカルサポート、デザイン、管理部門の拠点
サンディに生産施設と倉庫がある

ATLとLaminair Xとは

そんなPMCが、「未来を予言する 音楽の生命力を解き放つ次世代スピーカー」として開発し、5月からエミライが販売を開始したのが、「Prophecy(プロフェシー)」シリーズ・5モデル。

Prophecy
  • フロア型「Prophecy9」 3ウェイ4ドライバ 実売209万円前後(ペア)
  • フロア型「Prophecy7」 3ウェイ3ドライバ 実売150.7万円前後(ペア)
  • フロア型「Prophecy5」 2ウェイ2ドライバ 実売104.5万円前後(ペア)
  • ブックシェルフ型「Prophecy1」 2ウェイ2ドライバ 実売66万円前後(ペア)
  • センター「ProphecyC」 2ウェイ3ドライバ 実売52.8万円前後(1台)
ブックシェルフ型「Prophecy1」

いずれのスピーカーにも共通するのが、PMCの代名詞とも言える「ATL(Advanced Transmission Line)テクノロジー」。これは、ユニット背面から出る音を効果的に活用して低音を補うためのもので、スピーカーの内部に長い音導管を用意。そこに、素材や形状にこだわった吸音材などを配置する事で、スピーカーのサイズを超えた深い低音、さらに正確な低音を再生できるという技術だ。

筐体内の長い音導管を活用するATL

ATLの特徴として、トーマス氏は「バスレフ型や密閉型設計よりも、低音ユニットをより効果的かつ効率的に使える。さらに、キャビネットを高度に補強する事で、最低周波数以外のすべてを吸収。トランスミッションラインの内側には、カスタム設計した吸音材を配置している。こうして最低周波数を正面のベントから放出して、低周波特性を拡張する」と説明。

さらに、低域の特性を改善するだけでなく、低域の高調波歪みが無く、クリーンかつ明瞭になる事で、「特にボーカルを美しく表現し、極めて鮮明に再生する」効果もあるとのこと。

一般的なバスレフ設計と比べても、歪みの原因となる不要なドライバー振幅を抑制。音量レベルを問わず、ナチュラルなバランスを実現でき、小音量でも低音がダイナミックで明確に聴こえるという。

もう1つの特徴が、F1の空力技術を応用して開発された「Laminair」という技術を、さらに進化させた、空気整流技術「Laminair X」を搭載する事。

空気整流技術「Laminair X」

トランスミッションラインの最後、空気が放出されるベント部分に使う技術で、気流の特性を改善し、ノイズと歪みを低減させるものだ。

開発にあたっては、流体と接触するチャンネル周囲長、流速、流体、特性(粘度など)によるレイノルズ数にも注目。ベントを複数の小さなチャンネルに分割することで、流体システムのレイノルズ数を減少させ、より層流に近い流れになるよう工夫した。

具体的には、多数のフィンをベントに配置。従来は短かったこのフィンを、2Dだけでなく、3Dシミュレーションも活用することで、より最適なチャンネル数と、形状に最適化している。シミュレーションで得られたデータを用いて、プロトタイプを作り、乱流を直接測定するのは難しいため、乱流によって引き起こされる高周波ノイズの増減を測定する事で、最終的にフィンの長さをどうするか、何個のチャンネルに分けるかを決定していった。

2Dだけでなく、3Dシミュレーションも活用することで、チャンネル数や断面積を最適化するデータを作成
流体力学的エントリー長と、レイノルズ数の関係グラフ
プロトタイプ

このベント部分はアルミニウムで作られており、主にスピーカーの下部に配置している。

ベント部分はアルミニウムで作られている
主にスピーカーの下部に配置
センタースピーカーでは両サイドに配置されている

他にも、ツイーターやミッドレンジの前に取り付けるウェーブガイドも形状を工夫。他のユニットとクロスオーバーする際に、急激な変化とせず、滑らかに繋がるように開発されている。こちらでもシミュレーションを活用し、特定の周波数帯域内でのユニットの指向特性を制御。より均一な音圧分布の実現したという。

ユニットの指向特性を制御し、より均一な音圧分布の実現した
ウェーブガイドも様々な形状が試作された

その効果は、PMCの無響室で、移動式のマイクを用いて、スピーカーに対しての角度を変えながら精密に測定。ウェーブガイドによる効果も、定量的に評価しながら開発したという。

なお、エミライはProphecy以外にも、「Prodigy」シリーズも日本で取り扱っている。こちらは、ブックシェルフ型「Prodigy1」とフロアスタンド型「Prodigy5」の2モデル展開で、価格はオープン。実売はProdigy1が275,000円前後(ペア)、Prodigy5が同440,000円前後(ペア)となっている。

「Prodigy」シリーズ

このProdigy1、Prodigy5にも、独自のトランスミッションライン技術ATLを搭載。Laminair Xではないが、気流制御の「Laminair」も使われている。

トーマス氏は、PMCの開発体制について「単に製品を作るのではなく、技術への投資も惜しまずに進めてきた。7年前に、開発部の組織変更を行ない、技術研究と製品開発の2つに分離した。これにより、新製品を作るプレッシャーを感じずに、技術を常に研磨できるようになり、どんどん新しいアイデアを研究できる体制になり、それが製品開発にも活かされている」と語った。

技術を突き詰め、進化させていくPMCを、日本のオーディオファンへ

エミライの取締役・共同創業者の島幸太郎氏は、PMCのスピーカーが、35年ものあいだ、世界のスタジオでリファレンスとして使われてきた実績や、プロの制作現場で必要とされる正確性、実感性、信頼性を追求し、その成果をコンシューマー市場にも展開している事を紹介。

そして、「設計が難しいトランスミッションラインへの飽くなき探求、そして音響工学に根ざしたサイエンスの世界と、音作りの本質であるアートの世界を高いレベルで融合させるものとして、技術を突き詰め、進化させていく姿勢。その一貫性と情熱こそが、日本のオーディオファンにあらためてお伝えしたいPMCの価値であり、エミライがPMCブランドを取り扱う事を決めた最大の理由」と説明した。

エミライの島幸太郎氏。なお、PMCはProphecyやProdigy以外にもスピーカーシリーズをラインナップしているが、エミライが取り扱うのは、比較的新しいProphecyとProdigyからとなっている。これは島氏が、LaminairやLaminair Xによる音の進化を高く評価したためだ
山崎健太郎