ディスコレ

高所がとにかくコワい! 「崖っぷちの男」

ホテル21階の壁際に降り立った男の賭け

「ディスコレ」(Disc Collection)は、Blu-ray/DVD/CDなどから、ジャンルを問わずに選んだ作品のショートレビューコーナーです

崖っぷちの男 ブルーレイ+ DVDセット
Man on a Ledge (c)2012 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

 「崖っぷちの男」は、タイトルから分かる通り、主人公が危機的な状況に陥ったところから物語が展開。観る側としては「どうしてこうなった……?」という疑問から始まる。

 開始早々、主人公は地上60mという高さから飛び降りを予告。そこからの眺めを映像で観るだけで、筆者を含む高いところが苦手な人はひどく不安な気持ちにさせられる。しかし、実はこの男、ただ飛び降りるためにここに立ったのではなかった。早く理由を教えてほしいという思いで、その後の展開に期待していく。

 脱獄犯のニック・キャシディ(サム・ワーシントン)は、ニューヨーク・マディソン街の名門ルーズベルト・ホテル21階の部屋で「潔白な身のままで逝く」と書き置きを残し、窓から幅35cmという壁面の縁に降り立った。彼は、30億円のダイヤモンド横領犯として投獄されたNY市警の元警察官。60m下には、飛び降りの瞬間を狙おうとするテレビクルーや野次馬が集まってくる。ニックは、自らの要求を伝えるため、交渉人として女性刑事のリディア・マーサー(エリザベス・バンクス)を指名。彼女は、ニックへの説得を開始するものの、彼の真意を聞き出せないまま、時間だけが過ぎていった。

 しかし、実はこれはすべてニックが自らの無実を証明するための壮大な計画。NYじゅうの目を全て自分に引きつけている間、弟のジョーイ(ジェイミー・ベル)とその恋人・アンジー(ジェネシス・ロドリゲス)が、潔白の証拠を手に入れるために、デイヴィッド・イングランダー(エド・ハリス)の所有するビルに侵入していたのだ。果たしてニックは身の潔白を証明できるのか……。

 監督のアスガー・レスは、ドキュメンタリー作品の経験を持つが、ハリウッド長編は初めて。この作品は特に前評判が高かった印象も無かったし、日本でも特に大々的な宣伝は打たれていなかったように思う。筆者は自分が高いところに立つのは嫌いだが、映像でどれだけそれを疑似体験させてくれるのかという怖いもの見たさで気になった作品。ただ、最初の設定だけが特殊だった、というオチも有るかもしれないと不安を持ちつつ、1月23日発売「崖っぷちの男 ブルーレイ+ DVDセット」のBDを視聴した。

高所の怖さを徹底して描写。交渉人とのやりとりも注目

 作品の見どころは、なんといっても映像の怖さ。高所恐怖症の人でなくても想像は付くと思うが、作中のほとんどの時間は、この極限の場所で展開する。主人公のニックは、本当は飛び降りる意思がないのだが、何度か落ちそうなそぶりを見せたり、思いがけないアクシデントで意図せず落ちそうになったりと、気を抜かせないシーンが連続する。

 宣伝文句としては「ノンストップ・アクション・サスペンス」と紹介されており、アクションシーンももちろんあるのだが、サム・ワーシントンが「アバター」や「タイタンの戦い」のような肉体を駆使した戦いを見せるわけではない。ただ、気を抜くと死がすぐ目の前にある状況で、頭をフル回転させた命がけのやり取りが展開されるのが、観る者をハラハラさせる。高所のシーンは、実際の建物を使って撮影されており、主人公たちの表情からもリアルな怖さが伝わってくる。セットを使用した特撮のシーンもあるが、セットでも「実際の高所を体験したことを体が覚えていて、それを思い出しながら撮影した」とのこと。いくら命綱があっても、60mの高さに立って、まともな演技ができる役者は少ないはず。サム・ワーシントンはどれほどの怖いもの知らずかと思ったら、実は本人も高所恐怖症。本当に怖いからこそできた表情だったわけだ。

 この60mという高さにはこだわりがあったとのこと。超高層ビルやタワーなど、高すぎる場所だと下の様子が良く見えず、かえって怖くなくなるということはあるが、この場所は下の群集が見えないほどではなく、かといってそのまま落ちれば間違いなく命を落とすだろうと誰もが思える高さ。高所恐怖症の人にとって、ちょうど一番イヤな場所を舞台に設定しているのが、憎らしくも上手いところだ。ここでのニックと下にいる人々とのやりとりも、後半の重要なカギになってくる。

 興味深いのは、映像としての怖さだけではない。ニックと交渉人・マーサーのやりとりの中で、どうして彼がその場所に立つことになったのかという理由が明かされていく。最初はニックの行動を不可解に思っていたマーサーだが、2人の間には“ある共通点”があり、それをきっかけに強い信頼で結ばれていく過程が面白い。ニックはマーサーに対して少しずつヒントを与えていくので、シーンが変わらないからといって間延びしたところはなく、良く練られた2人芝居のようにテンポ良く進んでいく。こうしたやりとりが行なわれている間、実は近くのビルで、ニックの弟とその彼女が、無実の証拠を見つけるために奮闘。ニックが飛び降りようとする場所にそのホテルを選んだ理由も分かってくる。

 悪役のイングランダーを演じるエド・ハリスも作品にいい深みを与えている。金に汚く、ワルい顔が似合うまさに悪の大ボスといった男だが、彼なりの筋を通していて「莫大な財を成してそれを守るというのはキレイごとではない」と心から信じているのが分かる。ただの憎たらしい男というだけでなく、リーマンショックを乗り越えたアメリカの金持ちの中には、こういう人がいてもおかしく無さそうという気がしてくる。そのほかにも、周囲には敵か味方か分からない人物がゴロゴロいて、いろんな展開が予測できる。下に集まる群衆やマスコミなど、中心人物以外の態度の変化に注目しても楽しめる。

 途中から、何となく誰と誰がニックの敵なのかは見当が付いてくるが、ある程度与えられるヒントと、随所で少しずつ予想を裏切るポイントのバランスがちょうどいい。結末も、ビックリするようなトリックとは言えないが、ちょっとした意外性をかぶせてくるテンポが良く、最後まで気を抜かずに観ることができた。また、すべてを知った後で、もう一度最初の脱獄に至るシーンなどを観ても、その背景が良く分かって楽しめる。

 観終わって少し気になったのは、「崖っぷちの男」というタイトルへの違和感。原題は「Man on a Ledge」で似たような意味にも見えるが、この言葉は、ビルから誰かが飛び降りようとしている時に用いる、アメリカの警察の用語とのこと。製作のロレンツォ・ディボナヴェンチュラが、複数のベテラン警察官に取材したところ、こうした状況に置かれた人々が飛び降りる確率は、なんと50%だという。それを考えると、落ちても全く不思議ではない状況でのやり取りだったわけだ。一方、「崖っぷち」という日本語はインパクトがあるものの、どこかコメディのような間の抜けた感じも受ける。これは個人的な印象かも知れないが、原題の緊張感が抜け落ちてしまい、少しもったいないと思った。タイトルだけを見て興味をひかれなかった人にも勧めたい。

「崖っぷちの男」の評価ポイント(5段階)
高所恐怖度★★★★★
駆け引きのスリル★★★★
結末の意外性★★★
崖っぷちの男 ブルーレイ+ DVDセット
価格:3,990円
発売日:1月23日
品番:VWBS-1407
収録時間:本編約102分
映像フォーマット:MPEG-4 AVC
画面サイズ:16:9シネスコ
音声:英語(DTS-HD Master Audio 5.1ch)
  日本語(DTS-HD Master Audio 5.1ch)
発売元:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
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中林暁