レビュー

別のイヤフォンに“変貌”、驚異のNF Audio「NE4 Evolution」

NF Audio「NE4 Evolution」

数カ月前、WeChat経由でNF Audioから新製品の知らせが届いた。その名は「NE4 Evolution」、“フェイスプレートの交換で音が変わるユニバーサルIEM”だという。ようやく日本での発売が開始されたので(伊藤屋国際から販売/価格はオープンプライス/実売99,800円前後)、その機構と音をレビューしてみよう。

深センレポートの副産物? がWeChatで届く

メーカーの経営者や開発者に取材したとき連絡先を交換することは、我々のような職業に就く者にとっては基本中の基本。ただ話を訊くだけでなく、知己を得て次のニュースソース獲得につなげるという意味もあるからだ。

2019年秋の深セン渡航はレポートの材料になっただけでなく、人脈がおおいに広がるという効果をもたらした。彼の地では顔合わせのときWeChatのID交換をするのが常だから、別れたあとも個人的な交流が続く。投稿に「いいね」を付け合うようになれば仕事絡みの話もしやすくなるもの、日本未発表の新製品情報がダイレクトに届くようになるまでひと月とかからなかった。

実は、深センでは3日間で10以上の企業を訪ねた。NF Audioもその1つで、CEOと昼食をとりながら話をしたが、製品やオフィスの写真を撮れなかったため記事にはならず……しかし、共に食事したからか気を許せるチャット友達として定着。画期的なイヤフォン新製品「NE4 Evolution」の情報も、今度の新製品はスゴいんだぜ、という軽いノリでWeChatにより届けられたのだ。

そのNE4 Evolution、確かに斬新な設計だ。一見よくあるユニバーサルIEMといった佇まいだが、唯一無二の特長が1つある。それは「フェイスプレートにサウンドチューニング用電気回路を搭載している」こと。5つの接点でハウジング部と連絡し、内蔵された4基のBA(バランスド・アーマチュア)ドライバーをコントロールする。しかもフェイスプレートは着脱可能、交換すれば付属する3タイプそれぞれの音を楽しめるという寸法だ。

フェイスプレートにより音が変わるということは、今後新しいフェイスプレートが開発されればテイストの異なるサウンドを楽しめ、自分好みにカスタマイズできる拡張性を意味する。NF Audioはフェイスプレートの新作を開発する方針を明らかにしており、DIYキットの発売計画もあるという。

これまでイヤフォンのカスタマイズといえば、リケーブルかイヤーピースやフィルタの交換が相場だったが、電気回路の入れ替えが可能なNE4 Evolutionではネットワーク(2way、3way)や周波数特性まで変えることができる。

それにしても、電気回路とは? フェイスプレート内部の構造は? 渡された文書では情報が不足していたため、NF AudioのFelix Yang/楊賀捷CEOに直接話を訊いてみた。アポなしで問い合わせても数分以内に返事が届くのがWeChatの(というより中国の)常道、疑問はあっけなく氷解するのだった。

-- フェイスプレートの中にはどのような回路が入っているのですか?

Yang氏:内部にはクロスオーバー(周波数分割)回路が格納されています。

-- どうやって2ウェイや3ウェイにしているのか、なぜインピーダンスが変化するのかを教えてください。

Yang氏:少し待って、回路図のイメージを紙に書くから……はい、こんな感じ。パネルの5つの接点は、ドライバー3基の+、-、+の信号に対応しています。そして制御回路のパラメータにより、インピーダンスや周波数特性を変えることができるのです。

交換用フェイスプレートの回路図(イメージ)
(写真提供:NF Audio)

-- パラメータといっても、EEPROMに情報を記録するわけではありませんよね?

Yang氏:いろいろな種類の抵抗器・コンデンサの組み合わせが一種のパラメータとして作用する、という意味です。純然たるアナログ回路ですから、部品のはんだ付けが必要になります。

-- サウンドチューニングは抵抗やコンデンサの入れ替えを伴う、ということですか?

Yang氏:そうなりますね。これから弊社では交換用フェイスプレートのバリエーションを増やしますから、通常はそちらをご利用いただきたいと思います。

交換用フェイスプレートの内部。コンデンサーや抵抗が見える

フェイスプレート交換で音が一変、もはや別モノ

このNE4 Evolutionという製品が持つ一番の売り口上は、フェイスプレートの交換で音が変わること。だから“実際に音が変わるのか否か”に読者の関心が集中しそうだが、答えははっきり「Yes」だ。それも「少し変わった」、「ニュアンスが微妙に変化した」というレベルではなく、まったく別のイヤフォンに変貌すると言っていい。

最初に聴いたフェイスプレートは、出荷時点から装着されている黒い「Reference」。4基のBAドライバーを超低域×1、フルレンジ×1、高域×2にアサインした3ウェイ設計で、フルフラットな周波数特性を意識したサウンドデザインとのこと。確かに低域に不自然な盛り上がりはなく、特別な"味付け"を感じないモニターライクな音だ。クロスオーバーの設定ゆえか、中域にやや厚みを覚える帯域があるものの、緻密でスムースなサウンドを聴かせてくれる。

そしてヴィヴィッドな赤の「Pop」に交換。低域の量感をやや多めに、中域をやや絞り気味に周波数分割した3ウェイ設計で、4基のBAドライバーを低域×1、中域×1、高域×2にアサインしているという。トム・ミッシュの「Disco Yes」を再生してみると、Referenceとサウンドキャラクターがかなり違う。低域に厚みがあり、ベースがぐいぐいドライブする感じ。中高域方向はキレ味よくスネアがスパン、スパンと小気味よくキマる。解像感・定位感といった基礎的な部分はReferenceと大きく変わらないものの、全体としてのサウンドキャラクターは一変した。

ラストは淡い青の「Transparent」、これがまたサウンドキャラクターが大きく違う。フルレンジ×1と高域×2の2ウェイ設計だからか、厚ぼったく感じる帯域がない。ドライバー間のつながりが自然で、モニター的な精緻さを感じさせつつも聴き疲れのないサウンドだ。

全編ほぼアコースティックギター1本のドミニク・ミラー「What You Didn't say」は、爪弾く音の1つ1つが余韻まで緻密に描写され、倍音成分も心地いい。再び「Disco Yes」を聴いてみると、ベースのドライブ感は後退するものの、中高域の伸びやかさと光沢が曲に爽快感を加える。

フェイスプレートの交換は、予想より簡単だった。ネジは老眼に厳しい小ささだが、1本だから1~2分あれば作業は完了する。ときどき端子の嵌合が妙に硬く難儀するリケーブルと比べても、交換の難易度は低いといえるだろう。

交換作業前はフェイスプレートの固定方法が気になっていたが、精巧で計算高い作りだ。フェイスプレートの凸部をハウジング端の切り欠けへ挿し込み、凸部からもっとも離れた位置を六角穴付きネジ1本で止めるのだが、塩梅な高さに設定された台座によりトルクがかかり、接点部下のスプリングが圧を適度に調整するため、接触不良やカタつきがうまく回避されている。

そのフェイスプレートを取り付ける部分も、よく考えられている。全体がシールドされたバスタブのような構造で、底にある5つの接点以外はドライバーが格納された空間と分離しているのだ。電気信号が通ることを除けば、一般的なイヤフォンのフェイスプレートと変わりなく、加工精度の高さもあってハウジングとシームレスに重なる。フェイスプレートが着脱できる構造とは、そう言われない限り気付かないはずだ。

Referenceフェイスプレートを取り付けたところ
付属のドライバーでフェイスプレートを外したところ
フェイスプレートの着脱はあっけないほどかんたんだ
種類BLACK/ReferenceRED/PopBLUE/Transparent
再生周波数帯域18~22kHz9~20kHz20~30kHz
感度108db/mW104db/mW114db/mW
インピーダンス10Ω22Ω
周波数分割超低域×1、フルレンジ×1、高域×2低域×1、中域×1、高域×2フルレンジ×1、高域×2

マニア心をくすぐる「拡張性」

イヤフォンのフェイスプレートにクロスオーバー回路を組み込むことで、マルチドライバーの音質面におけるカスタマイズ/チューニングを行なう……これまでアイデアとしては存在したかもしれないが、いざ実現化/実装するとなるとフェイスプレート着脱の機構然り、シールドなど電気的な設計然り、課題は多い。そこを乗り越えてきたことは、素直に評価すべきだろう。

フェイスプレートを変えると音が変わることは確かで、しかもまったくといっていいほど変わる。前述したとおり、解像感や空気感など共通項は少なからずあるものの、音楽として聴こえる全体の音、4基のBAドライバーが調和したイヤフォンとしての音となるともはや別モノだ。

それにしても、フェイスプレート1枚でここまで音の印象が変わるとは。ドライバーの基礎性能やアコースティック設計で音が決まることは論をまたないとして、改めてマルチドライバー環境下におけるクロスオーバー/ネットワーク設計の妙を思い知った次第だ。

実売99,800円前後と安くはないが、3台の4BAイヤフォン+拡張性が手に入ると考えれば、値段に対する印象も変わってくる。作りが精緻で高級感もあり、なによりフェイスプレート交換による音の変化が楽しい。

最大の気になる点は「将来オプションの交換用フェイスプレートが発売されるかどうか」だが、9月現在ベーシックな音調のフェイスプレートを発売告知しているほか、部品とチュートリアルで構成されるDIYキットを発売する計画もあるとのこと。

国内輸入代理店の伊藤屋国際に確認したところ、日本での発売は現状未定だそうだが、交換用フェイスプレートのバリエーションが増えれば、この製品は格段に面白くなるはず。幸いNF AudioのYang CEOはやる気満々だから、WeChat経由での続報を待つことにしよう。

付属の交換用フェイスプレート。赤が「Pop」で水色が「Transparent」
NE4 Evolutionのパッケージ。イヤーピースやキャリングケースも付属する
海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。