レビュー

ストリーミング×立体音響の凄さ、WOWOW実証実験をヘッドフォンで体験

WOWOWとNTTスマートコネクトが共同開発した「ω(オメガ)プレーヤー」(画面はiOS版)

空間オーディオ、イマーシブオーディオ、3Dオーディオ……呼び名はいろいろあるけれど、いずれも「立体音響」を意味する用語で、オーディオ界隈のホットイシュー。Apple MusicやAmazon Musicといった音楽ストリーミングサービスも続々と対応を開始しており、すでに利用中というAVファンも多いはずだ。

立体音響といえば、いわゆるホームシアターなどで広く普及しているが、ほぼ2chオンリーの状況だったヘッドフォンリスナーにとっては目新しい存在。本当に立体的に聞こえるのか、スピーカーリスニングと比較してどうなのか、懐疑的な向きも少なくない。

そのような状況下、衛星放送サービスのWOWOWが立体音響を活用した音系コンテンツの実証実験を実施した。しかも最大192kHz相当のMQAをサポート、対応するUSB DACを用意すれば高品質な再生が楽しめる。2021年12月15日から2022年2月10日まで行なわれたβテストを振り返る形で、ヘッドフォンリスニングにおける今後の「配信系立体音響」について考えてみたい。

WOWOWによる立体音響配信の実証実験

WOWOWが開始した実証実験は、NTTスマートコネクトと共同開発された再生ソフト「ω(オメガ)プレーヤー」を利用し、インターネット経由で配信されたハイレゾ/立体音響コンテンツを再生するというもの。対応プラットフォームはiOSとmacOS、マルチチャンネル対応のオーディオインターフェースが必要だ。

iPhoneなどiOSデバイスとMacに限定した実験ではあるが、プラットフォームごとに棲み分けが行なわれている。iOS版ではPCMにくわえMQAに対応するほか、本来はスピーカーリスニングを前提としたマルチチャンネル音源をヘッドフォンリスニング向けに最適化するエンコード技術「HPL」をサポート。2ch信号を立体音響に拡張する「Auro-Matic for Headphones」も装備される。MQAのサポートは、MQAフルデコード対応機器が必須とはなるものの、音質を確保しつつも配信を見据えた省データの実現が狙いだ。

一方のMac版はAURO-3Dの利用がメインで、マルチチャンネル対応のオーディオインターフェースからAVアンプやサウンドバーへHDMI出力することが想定されている。今回はヘッドフォンを利用した配信系立体音響を検証しようという企画の都合上、iPhone 13 Proを中心としたテストになることを了承いただきたい。

macOS版のωプレーヤー。iOS版とは異なり、AURO-3Dの信号も再生できる
macOS版ではHDMI/マルチチャンネルでの出力が前提となるため、チャンネル割当を細かく指定できる

HPL-MQAの効果をチェック

WOWOWがテスト配信するコンテンツは、ωプレーヤーに一覧表示される。コンテンツを開くと数種類のフォーマットが表示され、いずれかを選び再生するというスタイルだ。ライブの音を収録した「ボブ・ジェームス/Feel Like Making Live!」を例にすると、(a)モバイル3D/HPL-MQA(96/24bit)、(b)AAC 128kbps/PCM(48kHz/24bit)の2種類。映像はいずれもフルHD(1,920×1,080ピクセル)だ。

映像/音声ともiPhone単体で再生できるが、外部のオーディオインターフェース、iPhoneの場合は(Lightning対応の)USB DACの接続が前提となる。MQA再生を考慮すると、MQAフルデコード対応かつLightning入力に対応するUSB DACが必要となるため、利用できる機種はかなり限定的となるが、今回のテスト用に借りたiFi audioの「xDSD Gryphon」は条件を完全に満たしており、これをiPhone 13 Proと組み合わせて試聴を進めることにした。

iOS版では、HPL-MQAとPCMのほかAACでも配信される
テストに利用したUSB DAC iFi audio「xDSD Gryphon」

iOS版のωプレーヤーでPlayボタンをタップすると、しばらくバッファリングしたあとに映像と音声の再生がスタート。ここまでは映像/音声情報の表示を除けばムービープレーヤーとほぼ同じ、取り立てていうこともないが、聴こえてくる音声はなかなかのクオリティだ。

まずは、2ch信号を立体音響に拡張する「Auro-Matic for Headphones」の検証からスタート。利用した音源(a)は、パススルースイッチをオンにしておくとxDSD GryphonではMQAにて再生されるが、再生コントロール中ほどの領域でAuro-Matic for Headphonesの効き具合を調整できる。それをOff/Dry/Small/Medium/Largeに切り替え、音場にどのような変化が生じるか確認しようというわけだ。

まずは「Off」から。音場の広がり・奥行き感はふだん聴き慣れた2chステレオのそれで、薄く広くの2次元的な印象だ。それを効きが最大の「Large」に切り替えると、今度は高さ方向の広がりを感じる。平面的だった広がりに高さが加わり、ヘッドフォンリスニングとはいえど、頭部周辺に立体的で臨場感あるステージが広がるような感覚は、2chステレオとは明らかに異なる。

音源をAACの(b)に変更すると、HPLおよびAuro-Matic for Headphonesの効果をより明確に感じ取れる。MQA/96kHzとの情報量の絶対的な差はともかく、Auro-Maticの設定をLargeにしたとしても音場が平板な印象になってしまう。

効果のありかをより明確にしようと「チャンネル確認信号 Short Ver.」も確認した。このコンテンツは、本来はリアルスピーカーのチャンネルチェック用だが、HPLによるバイノーラル再生の効果を確認する目的にも使える。フロントレフト、フロントライト、フロントセンター……などと声が聞こえてくる位置から、バーチャル再生の品質も確かめられるからだ。

本来はリアルスピーカーのチャンネルチェックに使う「チャンネル確認信号 Short Ver.」で音の方向を確認

立体感の確認という点では、このコンテンツのほうがわかりやすい、というよりあからさまだ。音源をステレオにダウンミックスされたAACへ変更すると、フロントレフト/ライトなど7.1chレイヤーのスピーカーと、ハイトレフト/ライトなどAURO-3Dレイヤーがサポートする上方向のスピーカーが聞き分けられなくなる。MQAとHPL/Auro-Matic Largeでは聞き分けられるフロントセンターとトップセンターも、AACの情報量では難しい。

ストリーミングと立体音響は相性良好

今回のWOWOWによる実証実験を終えて、確信したことが2つある。ひとつが「ストリーミングと立体音響の相性がいい」こと、そしてもうひとつが「MQA配信の効果」だ。

立体音響が視聴者を引きつける「引力」については、すでにNetflixやPrime Videoといった外資系ストリーミングサービスで知られているところだが、ヘッドフォンリスニング時の立体音響効果は一部機種に限られる。Netflixを例にすると、iPhoneでのDolby AtmosのサポートはAirPods ProとAirPods Maxのみ。一方、ωプレーヤーが採用するHPLは機種を限定しないというアドバンテージがある。

MQAフルデコードに対応、iPhoneに付属のLightningケーブルで接続すれば準備完了

MQAの効果も大きい。前述した「ボブ・ジェームス/Feel Like Making Live!」でパススルースイッチをオフにしてPCM再生も試したが、情報量と空間表現力はMQAに軍配が上がる。MQAフルデコードをサポートしたUSB DACが必須という点はネックだが、スマートフォンやPCを受信端末と位置付け映像をHDMI出力するのなら、自宅時間の充実が課題の昨今では問題にならないかもしれない。

今回の実証実験およびωプレーヤーの成果が、WOWOWオンデマンドなどのリアルサービスへすぐに取り込まれるかどうかは不明だが、立体音響を高音質で楽しむというアプローチは確実に需要があるはず。グローバルな配信サービスでは扱いにくいスポーツや演劇の中継など、国内限定のサービスだからこそ扱えるコンテンツもある。家庭内ですら音が「個」で聞かれるこの時代、"ヘッドフォンで聴く高音質な立体音響"はいよいよ積極的に取り組まれるべき機能/サービスなのではないだろうか。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。