麻倉怜士の大閻魔帳
第2回
異次元画質「S-Vision」の衝撃。画質も“AI”時代?
2018年2月27日 08:30
前編ではOLEDの新技術が花盛りだったが、しかし映像技術の進化はパネルだけに留まらない。“この道20年”の麻倉怜士氏が言うには「“表のCES”同様に、映像進化にもAIが大活躍している」そうだ。
2018年CESの後編は、画像処理技術を中心に、ソニーやパナソニック、サムスンなどの各取り組みを取り上げる。「デジタル映像の魔術師」の先見の明にも刮目だ。
サムスンから本物のLEDディスプレイ「マイクロLED」
――前編はOLEDの話題が立て続けに並びました。後編はどんな話題から始めましょうか?
麻倉:では次はサムスンのマイクロLEDディスプレイを取り上げましょう。LEDを敷き詰めて製作した、146型の大型LEDディスプレイです。同じものは既にソニーが「CLEDIS」として製品化済み。価格は約1億3,000万円で、主に自動車開発などの現場で実寸大CAD表示に用いられています。これの初出は2012年のCESで、「“ホンモノ”のLEDディスプレイ」として話題になりました。
面白いのは、パネルを小さな単位でモジュール化し、それを組み合わせて自在にサイズを変えられるというところです。今回のモジュールだと、146インチサイズで敷き詰めることで4K解像度を確保しています。逆に言うと、146インチでないと4Kにならないわけです。画質的には、明るいという点が大きいですね。輝度は2,000nits。応答速度も速いし、視野角の問題もありません。プレスカンファレンスでは「ノーバックライト・ノーカラーフィルター」と謳っていましたが、これはOLEDを主導するLGへのあてつけでしょう(笑)。
――問題は価格ですね。CLEDISとまではいかなくても、民生用として展開するには高すぎる……
麻倉:現状だとまだ現実的ではないですが、映像デバイスとしての良さは確かに有ります。ですがサムスンのマイクロLED、残念ながら現状ではモジュールの境目が見えています。上手く隠そうとしてはいるものの、白い絵が表示されると分かります。デモでは白いレンガブロックを積み重ねた壁面という、線の多い変な絵を使っており、意図的にこの弱点を隠していました。高画質を宣伝するのに、普通はこんなヘンテコな画は使いません。
――良く言えば苦心の表れ、ですかね?
ソニー・パナソニック・サムスンのアルゴリズムによる画質改善
麻倉:今回のCESでは、OLEDテレビの新製品はソニーとパナソニックから出てきました。注目すべきはソニーの新エンジン「X1 Ultimate」です。従来の「X1 Extreme」に対しておよそ2倍の処理能力を持っています。このため分析能力が凄く上がりました。ソニーでは被写体の性質をデータベース化して処理を最適化する“オブジェクト処理”を前モデルからやっているのですが、信号の強さや変化量だけで闇雲にやるのではなく「これは空」「ここは雲」という分析でそれぞれに最も効果的な処理を与えています。X1 Extremeでは、ぶどうを見ると“ぶどう”として処理していましたが、X1 Ultimateでは粒単位でのカタチや質感まで分析するということです。
このオブジェクト処理というのは2系統あります。ひとつはコントラスト処理で、これはSDRのHDR化に使うもの。もうひとつは超解像動作。従来はこの2系統は別々に動いていたのですが、新型ではこれを同時に動かします。これにより一方が向上すれば他方にも感覚的な効果が出る、コントラストと解像感の掛け算が成立するのです。2要素を同時に有機的に絡め合わせて、総合的な画質向上を目指す。これが最新の画質理論です。
目的意識をハッキリ持って、HDRリマスターとDRCを統合的に使う。こうすることで細かいところまでエネルギーが入り、ビビットな絵になります。X1 Ultimateを8Kで使った時には、10,000nitsのHDRをスムーズに再生するとのことです。
――非常に複雑で先進的な思想ですね。8Kも見据えているという点も見逃せません。でも採用はまだ先で、今年のソニーのOLEDはあまり変わっていないという話ですが。
麻倉:そうね、(2017年の)A1とほとんど変わっていませんね。これに対してパナソニックのOLEDテレビは凄く画質が上がり、今まで無かった“精細度”が出てきました。この画質向上は凄いですよ。
これまでソニーは鮮鋭度に力を入れており、精細感が高くクッキリという画質的な特徴がありました。ですがこれと同時に、ソニーはノイズも多かった。限られたリソースを鮮鋭度に多く割り振ると、ノイズも一緒に鮮鋭になってしまうという構図です。パナソニックはコレを嫌って、意図的に少々抑えめのチューニングをしていたというわけです。量販店の店頭では、ソニーはすこくクッキリしていて、パナソニックはちょっとトロっとしている。良く言えば「バランスが良い」、通好みの画調。だからハリウッドに入っているんです。でもOLEDの“スゴさ”のようなものは「黒以外はちょっと淡いかな?」という印象でした。
それが今回のパナソニックは“モノスゴイ違う”。ブースではサイドバイサイドで比較していました。素材はパリの凱旋門で、旧モデルではレンガの端がちょっと見えなかったのが、新型はググググッと出てきています。宮古島の遠景なども実にしっかりとしたものでした。しかも、「強調しましたよ!」という“いかにも”な、いやらしさが無い。微小信号をちゃんと出しながら、ノイズはキッチリ撲滅しているんです。
秘密は新エンジン「HCX(Hollywood Cinema Experience)」。日本では映像技術を「ヘキサクロマドライブ」として統合的に売り出しているため、影に隠れてエンジン自体はあまり謳わないですが、欧米では積極的に訴求しています。それから色データの入出力を参照してカラーマッチングを図る「三次元ルックアップテーブル」も刷新されました。これまでは色パラメーターが固定で、どんな入力でも同じパラメーターを当てていたのが、新型は適応型で、入力信号の前後左右などを見て、最も相応しい色を当てて出力しています。しかも当て方も工夫していて、極端にならいよう常に最適化させながら効果的なものを充てているとか。担当者に聞いたところ、この三次元ルックアップテーブルの使いこなしが先鋭感向上に大きく寄与しているとのことです。
ソニーもサムスンも同じことを言っていますが、入力信号を分析し、最適処理を与える。これはかなりAI的な動きで、すごくイマドキの流れです。ただし、流れは同じでも手法はメーカーによってマチマチ。パナソニックが三次元ルックアップテーブルでやっているところを、ソニーは「コントラストエンハンサー」と「超解像」でやっています。共通するのは“データベースによる信号置換”ということ。サムスンも“入力信号を分析して処理する”という同じステップを踏んでいますが、サムスンは「AI」、「AIテレビ」という言葉を使っています。いずれも目指す世界は、コントラストと解像度の掛け算による高画質化です。
――LEDバックライトの液晶テレビを「LEDテレビ」と言ってみたり、量子ドット液晶を「QLED」と言ってOLEDに寄せてみたり、サムスンにはこれまでも同じようなパターンがありました。
麻倉:常識的に使われている技術や手法に独自の名前をつけることで、目新しさを出す。サムスンは相変わらずマーケティングが上手く、「AIテレビ」もこれらと同じやり方で、マーケティング力を遺憾なく発揮しています。実はこれ、あとで取り上げる近藤哲二郎さんも同じ思想です。と言うよりも、ソニーが今まで続けているデータベース型超解像画質向上という考え方の大元は、ソニー時代の近藤さんが90年代のハイビジョン化の時に「DRC」として作り、使い始めた概念なので、当然といえば当然ですね。そのためか使っている映像もよく似ていて、近藤さんはビコムの「宮古島」。パナソニックは宮古島のような南国で収録した、専用の独自コンテンツでした。
スゴく進化したパナソニックのOLED。だけど……
麻倉:OLEDはLGディスプレイの第3世代パネルがまだ出てきていないので、画質向上は現行の第2世代パネルでなんとか頑張るしかありません。現状ではパナソニックの新製品に大いに注目です。
――パナソニックのOLEDというと、フラッグシップモデル「FZ950」のほかに「FZ800」というモデルも発表されましたが、こちらはどうですか?
麻倉:聞いたところ、映像系は同じみたいですよ。違いはスピーカーで、FZ950は「Tuned by Technics」を搭載しています。
――ということは、音響環境が揃っている方ならばFZ800で良さそうですね。
麻倉:そんなパナソニックのOLEDにも問題が……。同社はHDR 10/10+を主導するメーカーの一角として、これまで規格を牽引してきました。でも今年はプレーヤーにDolby Visionを入れてきています。
――より幅広い規格に対応することは、ユーザーとしては嬉しいですよね。
麻倉:問題はテレビにはDolby Visionが入らない、ということです。当たり前の話ですが、Dolby Visionは最上流のソースから最下流のモニターまで、すべての機材が対応しないと環境を作れません。
――テレビとプレーヤーで対応がズレている、と。
麻倉:さらに問題なのが、日本ではそのプレーヤーは売らない! なんでも、事業部は日本でも売りたがっているのに、販売会社が日本導入を反対しているのだとか。
パナソニックは今回プレーヤーを2機種発表しています。テレビ同様にHCXエンジンも刷新してHDR4規格(HDR 10/HDR 10+/HLG/Dolby Vision)をバッチリサポートと、とっても良さ気。なのに日本で売らない。とんでもねー話ですよ。それに加えて、Dolby Visionを見たければ“パナソニックでそろえてはダメ”という謎の対応状況が追い打ちをかけます。ソニーとLGエレクトロニクスの有機ELを買ってくださいといっているのと同義ですね。
――この状況で誰か得をするんでしょう?
麻倉:HDR 10+を推進したいのは解りますが、対応が一貫してないというのは非常にマズイやり方です。このまま発売を迎えると「プレーヤーはDolby Vision対応なのに、どうしてテレビは非対応なの? これじゃあプレーヤーがDolby Visionに対応する意味がわからないんだけれど」という素朴な疑問が、当然予想されます。
プレーヤー日本非導入とは言え、欧米では販売されるのだから、これらの疑問が噴出するのは時間の問題でしょう。せっかく性能が良いのに、マーケティングが意味不明であまりに残念すぎます。
パナソニックがOLED“パネル”の画質協力?
麻倉:迷走中のマーケティングはひとまず置いておいて、パナソニックのテレビ画質はさらに向上することが見込まれます。と言うのも、OLEDパネルをこれからLGディスプレイと共同開発するという話が、筒井事業部長と喋った時に出てきました。
「今後もパネルメーカーとの協業をより強化し、我々が持っているノウハウをより活かしていきます。映像処理とパネルが一体にならないと、将来はありません。メーカーは違えど、プラズマ時代にやってきた方法をこれから推進します」(筒井氏)。
何をやるのかと言うと、発光部はLGが担当。その動きを制御する部分、電源部分、背面デザインなどをパナソニックがやるという考えです。ソニーの「バックライトマスタードライブ」のような、液晶でパネルを外部調達し、バックライトは内製するというのと同じやり方ですね。これでパネルメーカーとの開発製造を協業、実はもう既に始まっているようです。
従来はアセンブリ済みのパネルを仕入れて分析し、パラメーターを最適化することで質をまとめていました。そこから一歩進んで、初めからパネルの後ろ側を自分でやる。当然(大阪)門真の本社だけではなく、LGディスプレイの坡州(パジュ)工場の中での協業もあるでしょう。より源流のところまで一緒にやるわけです。
実は今のLGパネルでは、30度から40度あたりは少々光が落ちて、視野角に問題が出ています。加えて、光量0%から1%に移る“光りはじめ”付近の黒階調がまだ正確ではない、という問題点もあります。白のOLEDはBBYG(青・青・黄・緑)という色レイヤー構造で、これを合成して透過させることで白を作っています。R(赤)はYGの合成色です。当たり前ですが各発光層には厚さがあり、このわずかな距離が問題なんです。深い位置から出る光と浅い位置の光では、ベクトル方向が違う。そのため特定の角度で光のムラになるんです。
――それが30~40度のエリア、と
麻倉:こういった問題を含めて、トータルでパネルメーカーと改善を目指すようです
近藤哲次郎氏率いる、アイキューブド研究所
麻倉:ここまでは“通常世界”のお話です。ここからは“異次元の画質理論”を取り上げましょう。テーマはついに“あの”アイキューブド研究所が具体的な商品化を提示した、ということです
――アイキューブド研究所と言うと、ソニーのDRCを開発した近藤哲次郎氏が立ち上げた映像技術者集団ですね。
麻倉:その近藤さん、今回のCESで「ICC」以来6年ぶりの製品化技術を披露しました。
近藤さんと言えば、世界最高峰の画質技術者、と言うよりも「画質哲学者」と呼んだほうが正しいでしょう。私は敬意を込めて「デジタル映像の魔術師」と呼んでいます。技術と哲学を統合した、神がかり的な次元で会話をするため、正直なところ言ってることはサッパリわかりません。ですが出て来るモノは「圧倒的」という言葉が生ヌルいくらいスゴイです。
デジタルの利点は規格化・量産化によるコモディティ化と、最適化の一点突破によるハイエンド化にあります。先にも触れた通り、近藤さんは90年台後半にDRCを出したのですが、20年も前の時代からすでに「デジタル・リアリティ・クリエイション」という事を言っていて、しかもカタチにしているわけで、そもそもこの時点で次元が違いすぎます。いまのAI画質の超先取りですね。
――世間ではデジタルを「正確だ~」とか「効率的だ~」とかいった「楽だね、便利だね」と語っていた時代に「デジタルで現実性を“創造”しましょう」とか言っていた。
麻倉:2011年にシャープのテレビへICC、2013年にプロジェクター向けのISVC、2015年にICSC、これらをすべてまとめたアイキューブドシーが2017に登場しました。今回のものは「S-Vision」。テレビジョンはTele-Visionで“遠視機”ですが、近藤さんによるとS-Visionは「本物の景色やオブジェクトをその場で視て感じ取れるような感覚、それをディスプレイの映像で再現する」というもの。デモに使っていた宮古島の映像であれば、宮古島の空気を感じ、太陽を浴び、遠景・近景を間近で体験する、そんな感覚が画面を視ることで得られるようにするそうです。
――視覚情報から、触覚や嗅覚など、五感の類似情報を想起させる、というようなことを目指しているのでしょうか?
麻倉:似たようなものに、インターフェイス理論の「ハプティクス理論」というのがあります。音や景色などの様々な情報を、触覚を通じて感じる、というもの。Auro-3Dの取材でギャラクシースタジオのバーレン会長と話をした時に出てきた言葉で、Auro-3Dは立体音響で触覚からの情報を与えようとしているようです。近藤さんが目指すものに通じる、これからのキーワードになるでしょう。
麻倉:S-Visionの民生用機材ですが、今回はなんと船井電機を生産パートナーに選択しました
船井電機のビジュアル製品は自社開発・自社生産。すべて自社工場での内製で、EMS(外部委託生産)したりしません。それをヤマダ電機に卸すほか、Phillipsブランドとして米国ウォルマートで年間数百万台売って成功を収めています。なんでも、ウォルマートはコスト要求がとんでもなく厳しく、生鮮食料品の感覚でテレビを売るようですよ。それに対応できるのが船井のスゴさです。
電気製品は中国や東南アジア、東欧、南米などでのEMSが現代の主流です。しかしEMSでは短期的なコスト削減に対応できても、生産技術革新を主導できないため、長期的には弱点となりうるのです。船井はそうではなく自社開発、自社生産。開発も生産も自社エンジニアで、当然コスト意識がものすごく高い。「どうしたら安く作れるか」を年がら年中研究しています。極めてシビアなウォルマートの納入価格に対応できるのは、こういう工夫の積み重ねの賜物なのです。
他の日本メーカーはこれまで安易にEMSに頼りすぎてきました。そのため生産力を落としてしまい、結果として企業体力が落ちてしまった。“エレキのソニー”だってEMSに頼りすぎたことで失敗しており、自社工場でキチンと良いものを作り始めたから、今ようやく利益が出てきています。
そういう意味で、船井はものすごくコスト耐力に強い大量生産の会社です。問題はブランドイメージが無いこと。それを表すかのように、ウォルマートで売っているテレビは「Funai」ではなく「Phillips」のバッジが付いています。これからの経営戦略を考えるとやはりブランド力は必要で、そのためには性能も質も高いモノを世に問わないといけません。そこでアイキューブド研究所が力になるでしょう。
アイキューブド研究所の技術を活用した高品位なモノづくりには、企業にある程度の余裕というか力というか、そういうものが必要です。今の船井にはその力がある。その源は、ひとつがウォルマートとヤマダへの販売力、もうひとつがSoCメーカーへの資材調達能力です。アイキューブド研究所は技術開発の会社ですが、自社技術のシステム化・チップ化がアキレス腱でした。今回は船井の肝いりで、台湾の画像向けSoC大手MStar社がチップを起こしています。船井はMStarの大得意先で、こういう融通が利くのだそうです。世界最高の技術を持ちながらなかなか花が咲かなかった近藤さんですが、船井とタッグを組むことで大きく飛躍し、船井も近藤さんの技術によってワンアンドオンリーになれる、まさにWin-Winの関係ですね。
S-VisionはまずはUltra HD BDプレーヤーに入り、今回はソニーのフルシステムと比較していました。ソニー側は1,800nitsのテレビとHDR 10対応のプレーヤーという組み合わせで、一方の船井は480nitsのテレビ/プレーヤーはS-Vision搭載ながらSDR。デモ映像はビコムの宮古島です。これがもう誰が視ても船井の方が明るいし、階調もしっかり出ているんですよ。砂浜の砂粒や波しぶきなどの精細感などが、非常によく立っています。
――(画像を観て)雲の立体感なんかもぜんぜん違いますね。船井は入道雲のふっくら感が豊かに出ています。
麻倉:人の目はインフォーカスとアウトフォーカスがあり、一般的なものは映像の中にこういうフォーカス感の差が出ます。船井のプレーヤーにはそれが無く、全画面でピシャっとフォーカスが決まるんです。価格はだいたい40万円くらいを目指しているそうで、船井ブランドで売るほかに、アイキューブドとしても売りたいなと画策中だそうです。今回の出展はプレーヤーでしたが、もちろんテレビにも入れられます。
これからのAV業界は船井が台風の目になるかもしれません。実に楽しみですね、大注目です。