麻倉怜士の大閻魔帳

第8回

8Kがヨーロッパにキタ! 爆売れのOLEDから壁紙TVまで、IFA映像編

ヨーロッパの秋はIFAから始まる。毎年9月初頭にヨーロッパへ取材に向かう麻倉怜士氏が、今年もベルリンのIFA取材に臨んだ。今年はシャープが日本で孤軍奮闘していた8Kテレビ市場に、あのサムスンが参入したことが大きなトピック。ただし8Kへ取り組む姿勢はシャープのそれとは少々異なる様子。一方で、高級テレビ市場を牽引してきたOLEDに目を向けると、世界的に見てもヨーロッパは群を抜いて売れているという。そこにはヨーロッパ特有の環境的な事情があるようで……

今年もベルリンに最新家電製品が集う季節になりました。会場となったメッセベルリンの南入場門前で、今回も恒例の記念撮影

 麻倉怜士の大閻魔帳、今回と次回は2回に渡って、IFAで発表されたオーディオ・ビジュアル界隈注目の話題をお届け。まずは映像編から。

“4Kの次は8K”各社で異なるスタンス

――9月はIFA取材のためにドイツ・ベルリンを訪れるのが毎年の恒例行事となっています。今年はどうでしたか?

麻倉:毎回IFAに来ると新発見があり、今年も驚きと発見に満ちていた、そういう印象が強かったですね。イベントは全体的にAIやIoTといった新しいイノベーションの方向に振っているように感じます。

IFAについて簡単におさらいしましょう。ベルリンのラジオショーに端を発するIFAは、基本的にメーカーの販売とディーラーの仕入れに関するミーティングがメインとなるトレードショーです。その基本をきっちりと守りながら、なおかつ新しい産業/トレンド/技術を創る、それがコンシューマーへどんな影響を与えるのか、そういった事をはっきりと見せてくれる、IFAはそういう展示会です。

近しいイベントとしてよく比較対象に上がるラスベガスのCESは「コンシューマー・エレクトリック・ショー」の看板を完全に降ろし、テクノロジー・ショーの方向へ舵を切りました。これに対して、IFAの基本はあくまでコンシューマーコンシャス。コンシューマー、つまり一般消費者向けの製品に搭載する技術を提案する場です。

なので、先進的な部分にスポットライトを当てつつも、その視線はあくまでコンシューマーへ向けられています。技術開発に主眼が置かれているCESとは、この点が最も違うところと言えます。3歩も先へは行かず、0.5歩から1歩くらい先を行く。価格ではなく、意識の上でのアフォーダブル(手が届く)を提案するイベントとして、IFAは毎回新しい発見を見せているのです。

麻倉:それでは今年のIFAを語りましょう。まずは映像分野から。なんと言っても8Kがディスプレイの主役になった、という印象が強いです。

デジタル映像フォーマットの歴史を振り返ると、2000年を境にして、HDが始まり、その10年後に4Kがスタートしました。2010年代前半は4Kに加え、画質向上技術としてHDRが導入され、さらにOLED(有機EL)が加わることで、市場浸透力を強めていきました。2018年となった今は完全に4Kの時代です。

――日本でも有名メーカーに留まらず、10万円を下回る激安4Kテレビが出回っていることからも、4Kが一般消費者まで広く知れ渡っていることがうかがえます。

麻倉:では「その次は何か」という模索が各社各様に始まり、ひとつの答として8Kが明確に提示されています。それが今年のIFAで、象徴的なのがサムスンでした。同社プレスカンファレンスでは「2013年頃の4Kは割合が低かった。ところが最近は、50型以上ともなるとほとんど全て4K」と言っていました。その次にコンシューマーが求めるものは何か、サムスンの答えは8Kです。

一方の日本メーカーはと言うと、シャープ以外の全社が及び腰で、ソニーもパナソニックも様子見の態度をありありと見せています。ブースを見てもOLEDの4Kテレビをさらにブーストしようという意識がよく解りました。

サムスンに対して色々と言うべきことはありますが、“4Kの次は8K”という基本的な流れに対しての旗振り役を果たしているのは確かであり、これはやはり注目されるべきところです。マーケティング思考が強い会社なので手放しで喜ぶわけにはいきませんが、それでもいよいよ8Kがマーケットインするという事実は間違いありません。

世界中からメディアが大量に押しかけるのに加えて、IFAの場合は文字通り“一般消費者”であるベルリン市民もたくさん訪れます。そういった場で“4Kの次は8K”というメッセージがきっちり伝わりました。

サムスンのプレスカンファレンスより。2017年のテレビ市場において、55型以上のサイズではなんと97%が4Kテレビだという

麻倉:サムスンの話が出たので、まず韓国メーカーの動向から見てみましょう。今回はLGとサムスンが揃って8Kを展示しました。LGはOLEDですが、展示内容はデバイス・コンテンツ共にCESの時と全く同じで、88型ディスプレイに、動画ではなく静止画を映すというものでした。8Kの話題という意味でLGはボリュームが少なく、これまでOLEDをメインで押していたのが、今年はAIをテーマの中心に据えたというくらいでしょうか。OLEDはあまり目立ちませんでした。

これに対してサムスンは、プレスカンファレンスの最初に「8K Revolution」という時間を用意し、年末商戦に投入される8Kテレビの新製品を大々的に発表しました。実はCESでも8Kを提案していましたが、この時は華やかなプレスカンファレンスの発表ではなく、アプコンを中心に見せるブース展開。マーケティング的にヨーロッパで売り出すのが秋口なので、その準備段階としてCESで参考展示をして、いよいよIFAが本番というところでしょう。

新8Kテレビにまつわる興味深いエピソードを2つ紹介しましょう。大変驚いたことに、8月30日のプレスカンファレンス発表では「ヨーロッパ発売は9月末」としていたのですが、とんでもない。翌31日にはすでに、Media Markt(メディア・マルクト)やSaturn(ザターン)といった地元の家電量販店で極めて大々的に展開していたのです。私も東ベルリンの中心的繁華街・アレクサンダープラッツにあるMedia Marktのお店を視察しました。まず入り口に「8K QLED」という大きな看板がドカン。そしてテレビ売り場のあるフロアでは、エスカレーター前の一等地で82型モデルをドーンと実機展示。サムスンテレビコーナーの中でも目玉扱いでした。

目玉製品として発表された8Kテレビ。4Kなどのアップコンバートを主な用途としており、8Kのネイティブ入力は装備されていない。言うなれば、8Kを使ったフラッグシップ4Kモデルだ
東ベルリンはアレクサンダープラッツのショッピングモールに入っている家電量販店「Media Markt」。驚いたことに、発表されたばかりの8Kテレビが店舗入口で大々的に宣伝されていた
同店舗のテレビ売り場。エスカレーターを降りてすぐの一等地に、サムスンの最新8Kテレビが陣取っていた。当日の価格は6,999ユーロで、日本円に換算するとだいたい100万円

――アレには流石に驚きましたよ。メディア初公開の製品が翌日には量販店に並ぶという“速さ”には、マーケティングに対する執念のようなものさえ感じます。でもサムスンって「画質論議は過去のものだ」なんてことを、以前に宣言していたような気がするんですが。それなのに高画質化技術の8Kを声高に叫ぶのはどうなんでしょうね……

麻倉:それは一昨年のGPC(グローバル・プレス・カンファレンス)ですね。その疑問の答えになりそうなエピソードも併せて紹介しましょう。サムスンの8Kテレビはなかなか不思議で、カタログは8K解像度を大々的に表記しているのに、ネイティブ8Kによる映像の素晴らしさについては全く言及していません。何故かと言うと、メインユースは4Kのアプコンだから。そこにAIのディープラーニングを組み合わせて、様々な映像の画質向上を目指す、というのが新製品の作戦です。正直言って「あれ、8Kって一体何だっけ?」というところ。

対して後述するシャープは、8Kネイティブコンテンツを如何に増やすかという入口から、最終的にどう美しく見るかという出口までをすべてカバー。エコシステムとして8Kを捉え、全社を挙げて強力に推進しています。サムスンはそうことが全くなく、むしろ現行の4Kコンテンツをよりキレイにすることがテーマなので、アプコンだけを大々的に謳っているというわけです。

実際問題として、いくらAIを使っても「4Kテレビより遥かにキレイ」というのはなかなか難しいと思われますが。そういうわけなので、サムスンはネイティブ8Kを観るというシャープ型の正攻法ではなく、“今ある4Kテレビの上位機種”という立ち位置が正確でしょう。アレクサンダープラッツで見た新製品の価格も6,999ユーロ(およそ100万円弱)で、高いことは高いですが、82型というサイズなども加味すると無茶苦茶というほどではありません。

この様な方針からも判る通り、サムスンというのはマーケティングに対して非常に力を入れる会社です。やり方としては、新製品はまずキーワードを用意し、そこを核に拡販するという意識が強い。過去を振り返ってみると、液晶時代にはCCFL(冷陰極管)だったバックライトをLEDに変えて「LEDテレビ」と銘打ち、単なる液晶よりも一歩先のイメージを消費者に喚起せました。

今はQD(量子ドット)による色改善がキーテクノロジーで、サムスンでは「Quantum Dot LCD」と言っていたのが、2年前ほどからは「QLED」と言い変えています。因みに業界では有機ELが発光する現行OLEDデバイスに対して、これから10年後くらいにはQDが発光する“QD OLED”デバイスが普及するだろうと考えられています。

もっとも、サムスンのQLEDはカラーフィルターに量子ドットを使用するもので、液晶テレビメーカーの間ではほぼ標準といえる技術です。このQLEDの文字は、Media Marktの店頭で見ると「OLED」にロゴが極めてよく似ているんです。ライバル陣営のLG/ソニー/パナソニック/フィリップスは、OLEDを大々的に展開していることから「ユーザーの混同・錯視を狙っている?」と思うくらい、巧みなネーミングだと感じます。今回も「QLED 8K」と言っており、つまりは8K解像度を持った液晶テレビ。これから8Kをバズワードにしようとしているわけです。「よそは4Kでもウチは8K」と言えば、消費者には当然8Kの方が上に見られやすい、というわけです。

新製品は8Kコンテンツを考えていない “4Kコンテンツのための8Kテレビ”。こういうものはOTTなどでコンテンツが出始める4K初期にも2年くらいありました。つまり“ハイエンド2Kとしての4Kアプコンテレビ”です。なので同じことを4K/8Kでやったとして、何ら不思議ではありません。サムスンはこれを上手くマーケティングに使っていると感じました。

“正攻法”のシャープ8K戦略

麻倉:8Kを語るならば、やはりシャープを取り上げないわけにはいきません。シャープの考えは極めて正攻法で、8Kコンテンツを作り、将来的に5Gのモバイルネットワークで高速伝送する、その受け皿としてシャープの8Kテレビがある、そういう構図です。エコシステムとしての8Kコンテンツを“創る・送る・楽しむ”。シャープとしてトータルなストリームを構築するという考えが素晴らしいです。

――AIとIoTを合せた“AIoT”と並んで、8Kはブランドの中核技術だとシャープは宣言しています。そういう事もあって、同社は放送に限定せず、多様な8K活用を提案していますね。

麻倉:今回のIFAでの発表は8K戦略の第2バージョンです。ヨーロッパでは70型の8Kテレビが今年7月に発売されており、今年後半からは三銃士とも言うべき60/70/80のサイズで8Kテレビがお目見えする予定となっています。8K放送そのものはまだありませんが、8K信号を8K解像度できっちりと見せるのに加えて、現存する2K/4Kのコンテンツをアップコンバートで見せることを重視しています。

今回は映像エンジンも変わり、液晶デバイスも新しくなって、非常に力が入っていました。シャープの場合はこういったハード的なテレビの革新ということに付随して、その周囲を支えるシステムをきちっと作っています。

販売先に関しては、第1世代だった今までは日本/中国/ロシア/ヨーロッパを市場としていましたが、これにプラスして第2世代では中近東/ASEAN諸国/インドといった地域をターゲットとするとしています。南北アメリカ以外はすべて8Kのターゲットです。因みに先ほどの三銃士は日本の話で、ヨーロッパは80型オンリー。いずれにしても積極的なマーケティング戦略です。

シャープは今回のIFAで、第2世代となる8Kテレビを持ち込んだ。画像は80型テレビとビームフォーミング技術を搭載したアップミックス対応の5.1.4chイマーシブサウンドバー
シャープのプレスカンファレンスで最初に提示されたメッセージ。8KとAIoTを中核技術として、今後も世界市場に挑む

麻倉:シャープの8K戦略で、もうひとつとても面白いと思ったのが音声です。8Kは基本的に日本のNHKが「スーパーハイビジョン」として発明したフォーマットで、8K解像度だけでなく、22.2chの音声も8K的な臨場感を演出する要素です。

8Kの考え方というのは、解像度が7,680×4,320ドットのディスプレイに映すというだけではなく、根源的にもっと人間が映像の中へ入り込むような、画面の大きさや近さなどを目指しています。2次元なのに立体に見える、その映像はどんなものかという実験を繰り返して弾き出されたのが、解像度はフルHDの16倍、画面サイズは100型近く、視聴距離は0.75H、というもの。人間が新しい映像を楽しむにあたって、臨場感や没入感などを得るのに必要なスペックを模索した結果が8Kなのです。

臨場感の演出において、映像と音声は1対1の責任を持ちます。映像でこれだけの臨場感を演出するなら、音声もそれに見合う臨場感が必要です。スーパーハイビジョンでは、サラウンドも従来の単層5.1chから、天井と床面のレイヤーを加えた3層22.2chが与えられました。シャープとしても、単なる8K解像度を持つディスプレイだけでは不十分で、音のソリューションも必要と考えています。最も単純な解決法は、フォーマット通りに22.2ch分のスピーカーを導入することですが、一般家庭で床面や天井に大量のスピーカーを設置するのは、あまり現実的ではありません。

――オーディオ・ビジュアルに多少なりとも理解が無ければ5.1chでもためらわれるのに、そんな人たちに22.2chなんて言うと、きっと冗談のように感じるでしょう。

麻倉:そこで使えそうなのがサウンドバーです。近年は仮想音源技術の開発が非常に進んできており、これを使って22.2chを5.1.4chに変換するのです。従来からのステレオやサラウンドはアップミックスできます。まだこのシステムをちゃんと聴いてはいませんが、実際問題として家庭に8Kを導入する時に、非常に大きなアドバンテージがあると感じます。

シャープは年々元気になっています。今年は自社開発のOLEDを使ったスマホや、ピニンファリーナデザインのテレビやオーディオといったコレクションを発表し、従来のシャープの文脈に無い、新しい仕掛けが続々出てきた点が極めて印象的に映りました。また、ブースではシャープの8Kカメラを使い、モデルのメイクアップをすぐ隣の80型ディスプレイで生中継していました。8Kの映像がどのくらいの威力を持つか、本物とサイドバイサイドで比較できるという展示です。

これは結構重要で、4Kまではもう皆扱っているからイメージが湧くでしょうが、基材の現物があまりない8Kはどれほどの臨場感や精細感を持つのか、想像するしかありませんでした。ブースではそんな疑問に答える、生々しい体験ができたと思います。このように、シャープは正攻法で真面目に8Kワールドを開拓する、そんなことがひしひしと伝わってくるのが面白かったです。

イマーシブサウンドバーはDolby Atmosが再生可能なほか、スーパーハイビジョン規格を見据えた22.2chの変換に対応。従来の2chステレオや5.1chサラウンドも3.1.2chへアップミックスできる
ライブメイクアップをネイティブ8Kで生中継。用意された映像クリップだけでなく、実際に製作する際の実力がわかる。上流から下流まで、すべてを手がけるシャープならではの企画展示だ

麻倉:8K話で言うと、JVCケンウッドが世界初の8Kホームプロジェクターを今回発表しました。これも若干サムスンに似たやり方で、4K D-ILAをe-shiftで8K表示し、“4Kがどれだけキレイになるか”というものです。“8Kプロジェクター”と言ってもネイティブ8Kコンテンツを映すものではなく、8K入力はありません。そもそも8K信号を受けるHDMIレシーバーは、まだできていないんです。

――現状で8Kの近距離伝送は、HDMIを4回線使う、と。ここが1本にまとまらないと、ちょっと心理的に導入し辛いかもしれません。

麻倉:今は過渡的な状況ですからね。一口に8Kと言っても、なんちゃってからホンモノ志向、液晶/OLED/プロジェクターなど、アプローチは様々です。おそらくこれから、色々なメーカーがそれぞれの切り口で、8Kに対して様々にアプローチしてくるのではないか。そんな広がりが見えるIFAでした。

OLED陣営はLGディスプレイの88型 8Kパネルがいつ出てくるか見ているだろうし、液晶陣営はアプコン性能に磨きをかける。シャープに関してはエコシステムとしてトータルな8Kワールドを開拓するでしょう。正攻法の8Kあり、マーケティング寄りの8Kあり。8Kは「八方塞がり」ならぬ「八方拡がり」とも言うべき、各社各様のやり方で世界を我が物にしようという動きが始まっている。そういう感じがしました。

ソニーとパナソニックの8Kは?

――各社各様と言えば、日本メーカーはシャープしか名前が挙がっていないのが気になるところです。ソニーとパナソニックは8Kをどう見ているんでしょうか?

麻倉:ソニーとパナソニックの8Kはもうしばらく待つ必要がありそうですね。8Kをやると言っているのはシャープとサムスンで、(今のところ当分は)やらないと言っているのはソニーとパナソニックです。この差は何かと言うと、前2社は液晶グループ、後2社はOLEDグループなんです。このグループをマーケット目線で眺めると、前2社がなぜ8Kへ舵を切ったかが解るでしょう。

2,000ユーロ以上のプレミアムテレビ市場は、現在OLEDへの引きが非常に強いんです。利益率で見てみても、液晶よりもOLEDの方が高い。そういうこともあり、サムスンは液晶テレビに「8」という数字を与えました。

――なるほど、“激安4K TV”が出てくる時代の今、コモディティ化した4Kだけではプレミアム市場で立ち回ることができず、利益率も悪化するということですね。その解決策のひとつが8Kだと。

麻倉:逆に何故ソニーとパナソニックは8Kに乗り出さないかと言うと「(両社が今作っている)4K OELDより“遥かに”良いものを作らないと、製品に対する冷たい市場の反応が容易に想像できるから」です。この“遥かに”良いものを出すには、8Kという解像度だけでは足りない。OLEDのコントラストや色再現性なども使い、トータルな画質力で、(現状の)4Kテレビに対して4倍くらいの実力差をつけないと、市場には出せない。そういう思いを両社からは凄く感じました。特にOLEDのコントラストは色再現性やHDRなどがとても上手くいくので、何とか8Kでも発揮させたい。

12月には8K放送が始まるので、いつかはこれらの会社も8Kを出すのは間違いありません。例えばソニーファンにとって、8K放送を見られる8Kテレビが無いことは大問題なわけです。でも「いつか」は今ではない。「もっと頑張らないと」と、どちらの会社のリーダーも開発陣へ発破をかけ、どこに出しても恥ずかしくない8Kテレビを作ろうとしている、そんな状況です。パネルを供給しているLGディスプレイの話では、今88、77、65型をOLED 8Kとして開発しているそうです。

――8Kというフロンティアに対して真摯に取り組んでいる姿勢には好感が持てます。納得がいくまでしっかりと開発をしてもらって、「さすがはソニー!」、「やっぱりパナソニック!」と唸らせる8Kテレビが出てくることを期待したいです。

JVCケンウッドが発表した、世界初の民生用8Kホームプロジェクター。4Kデバイスを使ったe-shift方式で、サムスンの8Kテレビと同じくメインは4Kなどのアップコンバート。ネイティブ8Kプロジェクターが家庭にやって来るのはもう少し先になる模様
東芝も8Kテレビを参考展示していた。ただし欧州東芝はトルコのVESTELがブランドを買収しており、日本の本社とは関わりが無い。つまりこれはVESTELによるバッジエンジニアリングと言える。日本のAVファンにとっては何とも歯がゆい光景かもしれない

ヨーロッパでOLEDが爆売れ!?

麻倉:次はそのOLEDの話題です。今や高級テレビの代名詞となっており、各社がこぞって市場へ参入、非OLEDメーカーのほうが少数派になりました。会場で確認できた非OLEDメーカーはTCL/ハイセンス/サムスン/シャープくらいです。ハイセンスはすでにOLED参入を発表しました。あのサムスンさえ、いつかはOLEDを出さざるを得ないでしょう。いくら液晶を「QLED」と言ってマーケティングを展開したところで、現実問題として利益率はOLEDのほうが遥かに高いわけですから。

そんなOLEDで最も面白かったのが、IFAのオープニング・プレスカンファレンスで発表された地域別成長率の話です。全世界の各地域別で、液晶とOLEDの成長比率が発表されたのですが、台数ベースで言うと、中国はOLEDが7%、日本と韓国の先進アジアでは21%、北アメリカ18%、南アメリカ3%という数字が並ぶ中、ヨーロッパはなんと43%! という驚きの数値でした。「なに、ヨーロッパどうしちゃったの?」という感じです。メーカーに聞いても同じ印象で、例えば2,000ユーロ以上のプレミアムOLEDでナンバーワンシェアを握るソニーヨーロッパの場合、昨年比2.5倍の伸びだそうな。

この通り、OLEDはヨーロッパで売れているわけです。なぜでしょう?

――ヨーロッパの高級志向が独特、ということですよね? ある程度の差ならまだしも、景気が良さそうな北米や中国の倍以上伸びているというのは、うーん……?

麻倉:大きな理由としては、部屋が狭く、暗いというヨーロッパ都心部の住環境が挙げられます。つまり物理的にあまり大型のテレビは置けず、暗い故に黒の再現性がシビアなため、同価格帯で「大きい」、「明るい」が売りの液晶テレビは合わないわけです。だから光量より色域と黒表現が得意なOLEDが選ばれる。逆にアメリカは大型志向が強く、特に75型以上が人気です。55型と65型がメインのOLEDでは、大型市場は太刀打ちできません。一応77型もあるにはありますが、価格は250万円以上という浮世離れしたもの。実際問題として、75型以上は液晶が選ばれています。特にサムスンは最近価格をグッと引き下げ、売れているそうです。

IFAのオープニング・プレスカンファレンスで発表された衝撃的な光景。世界のあらゆる地域を差し置いて、ヨーロッパではOLEDテレビが売れに売れまくっているという。各メーカーの担当者に聞いても、やはりOLEDテレビはヨーロッパで絶好調だという返答が、異口同音に返ってきた

そういう違いを聞いて思い出したのが、パナソニックがOLEDを出した時のエピソードでした。もともとパナソニックはプラズマで自発光パネルをやっていた会社で、ご存知の通りプラズマは液晶とのデバイス戦争に敗れて、パナソニックも液晶に一本化しました。この時、ハイエンドラインで採用したのが(黒が浮きやすい)IPS液晶だったこともあり、プラズマからの落差で黒浮きが大きな問題になったんです。市場評価の低下と共に売上も減少。「これではダメだ」ということで、それまでLGしか出していなかったOLEDを2015年に投入しました。これが市場評価のサルベージ役となり、クオリティコンシャスのブランディングで成功した。こういった戦略が今に至っています。

――OLEDテレビの開発には、プラズマ時代に開発した技術や発想がとても役立ったんですよね。おかげで今でもヨーロッパのOLED市場で、パナソニックは非常に評価が高いのだと。

麻倉:ヨーロッパは世界の中でも特異な市場で、非常に目の肥えたユーザーが居り、付加価値志向が強い一方で、大画面志向はあまり強くありません。こんな市場特性なので55型OLEDはドンピシャリなんです。実際パナソニックに話を聞くと、ヨーロッパの55型はOLEDの方が液晶より売れていると言います。そういう意味では、単にデバイスの違いが性能差に反映されるという単純なもので留まらず、市場特性の違いが異なるデバイスを選び始めた、そんな地域差が特にOLEDで出てきたという現状が見えてきます。

 そんなOLEDですが、今までパネル供給はLGディスプレイのみ。つまり全世界のOLEDテレビメーカーが全てLGパネルを採用しています。OLEDという時点である程度のクオリティは保たれており、これだけでは差別化できません。なので今年は単に「OLEDの映像はスゴイ」というだけでなく、“+α”が売り出されていました。

典型例がフィリップスです。今年のフィリップスは音に注目しました。CRT時代を思い出すと、フィリップスのテレビは結構音が良かったのですが、薄型になって音も薄く残念なものなっていきました。そこで最新型は、サウンドバーにB&Wブランドを採用。自社ブランドでは音のイメージを打ち出せないので、英国の高名なスピーカーブランドにユニットと音作りを委ねたのです。

もっとも、会場で聴いてもB&Wの凄さというのはいまいち判りませんでしたが……。それはともかく、マーケティングツールとして絵ではなかなか差別化できず、音も自社ブランドでどうにもならない。ならば外部ブランドの力を借りて差別化しようというわけです。フィリップスもB&Wもブランドイメージは良好なので、これはなかなかユニークな作戦ですね。

ソニーはOLEDになって導入された「アコースティックサーフェス」を進化させて差別化を図っていました。LGが開発した、画面から音が出てくる技術「Crystal Sound OLED」を初代モデル「A1」から導入しており、プアなスピーカーをわざわざ付けず、ガラス面が鳴るというものです。「振動板としてガラスはどうか」と最初は思ったものですが、新モデルはA1からかなり煮詰めてきました。従来は2chだったのが、今回はセンターを加えて3ch化し、画面の鳴りはよりダイナミックに。開発段階の印象だとまだ良くはなるでしょうが、これも完全な差別化です。店頭ではキャッチーなキャラクターを獲得できる機能と言えるでしょう。OLEDは映像以外で如何に他社との違いを見せるか。これも大きな流れです。

フィリップスでは“音”に着目し、オーディオファンにはおなじみのB&Wとのコラボレーション。ユニットを見ると、最近のB&Wでよく見かけるカーボンクロスが使われているのがわかる
テレビ向けではないが、ついにシャープも同社スマホ向けOLEDパネルの自社生産に踏み切った。画像はプレスカンファレンスでOLEDスマホの試作機を披露する石田佳久副社長兼欧州代表

“使わない時”にテレビをどう活用するか

麻倉:次に見る要素・流れは、スタイリング/デザイン/コンテンツ。言わば“使わない時のテレビのあり方”です。従来もありましたが、テレビの電源をつけて時にどう活用するかという提案が、特に今年はわかりやすいカタチで見られました。

――非使用時のテレビをどうするかというのは、先生の長年のテーマでもありますね。

麻倉:この点で先頭を走るのはサムスンでしょう。サムスンはCESとIFAを上手く使い分けており、CESは先端的な技術提案を、IFAではもっと生活に入り込んだ、使いこなし・活用提案をかなりしています。前回のIFAからは、美術館に飾ってある絵や写真を壁にかけたテレビに映そうという「フレームテレビ」という概念を出してきました。大型になるほど存在感を増す“黒い板”で放送を切るとアート作品を映す、美術鑑賞という提案です。今年は世界的写真アーカイブ組織「マグナム」と独占提携を発表。ここまでのことは他社ではやっていません。

サムスンが昨年のIFAで発表した「フレームテレビ」、今年は世界的写真アーカイブ組織「マグナム」との独占提携でパワーアップ。映像コンテンツ以外を映すテレビのあり方を模索している
トルコのVESTELも、サムスンに続いてフレームテレビを提案。どれがテレビか判るだろうか?

麻倉:今回もう一つ面白かったのが、サムスンとトルコのベステルが“壁紙テレビ”を提案したことです。LGがやっている“薄さ”を打ち出すのではなく、壁紙と全く同じ柄を画面に映すものです。黒い板ではなく、周囲の壁紙と同じ柄を映すことで、悪い意味での存在感を消しています。いわば、昆虫の擬態です。

これも色々と段階があるらしく、現段階ではスマホアプリで壁紙を撮って、テレビで映すという手法を採っています。この次の段階は透明OLED。テレビを見ていないときには本当に壁紙になります。壁紙テレビと言うか、テレビ壁紙と言うか。そのほか画像センサーを使いって常に壁紙を映す、などなど、研究開発が進んでいる模様です。サムスンではスマホアプリで壁紙を映す方式をやっていました。

テレビのプレゼンテーションは、これまでは「フォーマットが変わった」、「HDRが出てきた」などといった、ハード的・スペック的な切り口が主体でした。それがここに来て「獲得したスペックをどう使うか」という、使い方の提案が出てきました。オンでもオフでも、24時間使う。そんな切り口が鮮明になったのです。

使い方ではないですが、シャープ×ピニンファリーナもこの文脈で語ることができるでしょう。壁紙のようなトんだ発想ではないですが、四角いプレートを支えるフレームと脚のデザイン、ここはまだまだ開発の余地があります。

パナソニックブースでは、台座部分が自動で開いて棚として使える“ムービングペデスタル”テレビが提案されていました。テレビの周辺が変わることで、新たな価値が付与されてきています。

――従来の価値観だと「バカバカしい」と切り捨ててしまいそうな機能が“未来の当たり前”になるというのは往々にしてあることですね。携帯電話にカメラを最初に付けた時「電話にカメラなんか付けてどうするの」と言われたものですが、今ではカメラの付いていないスマホはまずあり得ません。

サムスンが提案する壁紙テレビ。テレビ非使用時にスマホで撮影した壁紙を映すことで、悪目立ちする存在感を薄めようと試みている
VESTELも「Camaleon TV」と銘打って同様の提案を展示。どうやら同社はマーケティングにおいて、サムスンの熱心なフォロワーの様子だ

映画館を変える!? マイクロLEDの可能性

麻倉:映像分野はマイクロLEDにも触れておきましょう。今回はLGとサムスンが展示しており、サムスンはいよいよヨーロッパ市場に投入すると発表しました。とは言え価格は相当高価なので基本はB2Bですが、大富豪のカスタムインストールも受け付けるとか何とか。

サムスンではマイクロLEDを使った直視型映画館を提案しています。ソウルのロッテ映画館では稼働済みで、次は上海に導入されることも決定しています。従来の映画館はプロジェクションであり、真っ暗な劇場でスクリーンの反射光を観るのが映画の作法だったのですが、直視型のマイクロLEDであれば暗室にする必要がなく、ライブコンテンツなども明るい環境で観られます。そういう意味でサムスンは、この分野で1歩も2歩も先を行っています。

――そうなってくるともう「映画館」という呼称は合わなくなってくるかもしれませんね。映像劇場が新たな次元へ進むのかもしれません。

麻倉:マイクロLEDが面白いのは、ディスプレイのカタチが自由自在なこと。ユニットの配置次第で、画面は縦型にも横型にも斜め型にもなります。これも新しいディスプレイのカタチのひとつで、新たなアトモスフィアを出す要素となりうるでしょう。今回は出ていませんでしたが、LGディスプレイのローラブルOLEDも注目です。壁紙テレビとは違い、使わない時は仕舞ってしまうというインビジブルな発想は、やはり新しい。

ここに来て、フォームファクター/使い方/デザインを含む、テレビによりエキサイティングな、新しい価値が付加され始めた。そんなことが解ってきたIFAでした。

サムスンは今回のIFAで、映像に関する製品を相次いで発表している。8Kテレビの次に発表されたのは、マイクロLEDテレビ「The Wall」の欧州投入だった
自発光デバイスによる高いコントラストや黒表現のほか、パネルユニットを組み合わせた変則フォーマットも自由自在。ソウルのロッテ映画館ではすでにシアターへ投入されており、直視型画面の映画館が稼働中。もしかすると映画のあり方が大きく変わるかもしれない
LGも展示ブースを設けてマイクロLEDを展示。CESで発表されたローラブルOLEDと併せて、今後の動向に注目だ

――次回はオーディオ分野の話題です。お楽しみに!

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透