麻倉怜士の大閻魔帳

第7回

日本生まれのMQA-CD。千円から買えるお得な「ハイレゾCD」を見逃すな!

 ユニバーサルミュージックジャパンの「ハイレゾCD」シリーズが今アツい、6月20日に発売されると同時にオーディオシーンでは注目の的となっている。その中核技術は、ここ数年でオーディオのキーワードとなったMQAをCDに入れた「MQA-CD」だ。

 ところでなぜ今更CD? どうしてこのタイミング? そんな疑問に対して、MQAを最初期から追い続けている麻倉怜士氏がまるっと解説。まだMQAを知らないアナタも、お得な1,000円サンプラーCDを買ってユニバーサルミュージックジャパンの音に対するこだわりを愉しもう!

ハイレゾCDの誕生

麻倉:今回は今年上半期のオーディオシーンをたいへん賑わせている“MQA-CD”についてのお話しです。6月20日に「ハイレゾCD」シリーズと題したMQA-CDが、ユニバーサルミュージックジャパン(以下、UMJ)から100タイトル一斉に発売され、オーディオファンの間で大変な話題になっています。私もあちこちで試聴イベントをやっていますが、「30枚買いました!」や「これからも買い続けます!」といった声をいろんな会場で耳にしており、「今回リリースされた100タイトルを全部買いました!」というツワモノも居るとか居ないとかいうウワサも聞きました。

 また新しいメディア形式ということで、ネット上にはいろいろと実験している人がいるようです。例えば同じタイトルで従来盤と今回のMQA-CDを比較試聴するというケース。この人の機材はMQA対応機器ではなく普通のCDプレーヤーだそうですが、結果は「MQA-CDの方がずっと良い」としていました。あるいはちゃんとMQAデコードした人達の感想を見ると「従来のハイレゾ盤やDSD盤などよりもずっと良い」という声も挙がっています。このようにMQA-CDは、マニアの間でもその高音質ぶりがかなり認められているのです。

「ハイレゾCD」と題してユニバーサルミュージックジャパンが発表したMQA-CD。クラシック/ジャズ/ポップスあわせて100タイトルが一気に発表され、ずらりと並べればインパクトも抜群

――MQAに関して言うと、先生は市場に出てきた最初期から注目し続けてきたアーリーアダプターのお一人ですね。開発者のボブ・スチュアート氏とも親交が深く、麻倉シアターにはメリディアン「Ultra DAC」を中核に据えた再生環境を整えています。

麻倉:私の連載では以前から何度もMQAを取り上げており、MQAの良さや動向などについては充実した情報をお届けしていると自負しています。昨年夏に英国・ハンティントンのMQA本社へ向かい、ボブさんにも話を聞いてきました。

2017年夏、麻倉氏は英国ハンティントンのMQA本社の訪問取材を決行。ボブ・スチュアート氏自らが案内役となり、MQAの思想や利点、今後の目標などを語った

 従来はオンライン配信によるファイルミュージックが中心でしたが、ここにきてCDというパッケージメディアが加わり、MQAの認知度・充実度はぐっと増してきたと実感しています。その注目度たるや、新宿ビックロで開催している定例イベントの7月にハイレゾCDシリーズをテーマに取り上げたところ、驚くことに定員20人ほどの防音室へ40人以上も詰めかけて満員御礼、立ち見続出となりました。決して広くはない試聴室の3辺に人がズラリと並び、まるでインターナショナルオーディオショウのような熱気を帯びていたのが非常に印象的でした。

 この時は2時間の枠を目一杯使って様々なジャンルをかけたのですが「クラシックだけではなく、ポップスもジャズもぜんぜん違う、素晴らしい!」という声が異口同音にあがりました。そんなユーザーの声に圧されてか、UMJではすでにハイレゾCDシリーズの第2段も発表されています。第1弾のクラシック/ロック・ポップス/ジャズに対して、第2弾のテーマは邦楽。他社の動向はまだ見えないですが、少なくともUMJに関してはこれ以降もかなりMQA-CDを出してくるようで、今年から新メディアにしっかりと取り組もうという意気込みが伝わってきます。

日本で誕生したMQA-CD

――ここ数年で一気に注目が高まったMQAですが、CDに収録したMQA-CDの採用例はこれが初めてなんでしょうか? どんなところから出てきた規格でしょうか?

麻倉:大手レーベルであるUMJのリリースで突然出現した印象さえあるMQA-CDですが、世界初のリリースは日本のUNAMASとシンタックスジャパン制作のOTTAVAレーベルによるものです。内容はアルゼンチンのアーティストであるアストル・ピアソラのタンゴ集で、昨年3月に発売されました。Mick沢口さん率いるUNAMASレーベルもこの連載で何度か取り上げていますが、これ以降OTTAVAからリリースされるUNAMAS作品はすべてMQA-CDとなっています。

 面白いことに、MQA-CDはボブさんではなく沢口さんの発想なんです。MQAは“ミュージック折り紙”という考え方で、大容量のハイレゾ音源が小さなデータにまとまる事を大きな特徴のひとつとしています。これを一般的なノーマルCDの44.1kHz/16bitまでたたみ込むと容量が完全にCDサイズへ収まり、さらに円盤化することで一般的なプレーヤーでも再生できるノーマルCDになるのです。これを思いついた沢口さんがボブさんへ提案。MQA社による実験は成功したことで、MQA-CDは見事にノーマルCDとの後方互換を確保しました。ちなみにピアソラのMQA-CDですが、元々ハイレゾで丁寧に作られた極上サウンドをCDにパッケージングできており、とても素晴らしいです。

 そんなこんなで世に出たMQA-CDですが、当初は極一部の人たちがある種マニア的に話題にするに留まっていました。それがレコード製作者内で話題になったのは、昨年11月のInter BEEで開かれたMQAセミナーからです。この時の講演は沢口さん。MQA規格が発表されてすぐにサポートを表明し、配信サイトを通じてMQA-CD以前からMQA音源をリリースしていました。そういった事もあり、MQA音源制作の先駆者として、様々な利点やノウハウ等を披露したのです。

 私もこれを聴講していましたが「今までずっと喋る側だったから、(MQAの話は)聞くだけだとつまらないな」とウズウズしてしまいまして。セミナーではMQAの音の良さとCD化できるという利点を出していましたが、この時に「ノンデコードのMQA音源を聴こう」と突然、提案したんです。

――唐突な提案ですね。MQA非対応の機器でMQA-CDを聞こうということですか? あえてノンデコードを提案した、そのココロは何でしょう?

麻倉:MQAは今のところPCM音源を時間軸解像度が上がるエンコーディングをかけて製作されており、いわば時間軸的に“音を叩き直す”ことで音質向上を目指すフォーマットです。なので以前から「MQA化の際に時間軸解像度がハイサンプリングになるなら、(ノンデコードでも)音は良いはず」と概念的に思っていたんです。それにほら、デコード後の音ばかりを論じても、新技術をひけらかすだけの様で面白みに欠けるじゃないですか(笑)。

 そういうことで、会場で急遽比較試聴を実施しました。リファレンスはMQA製作の会場限定配布サンプラーCD。これは先程話したピアソラを含むUNAMAS音源の同じ曲を、ノーマルCDスペック(44.1kHz/16bit)とMQA(176.4kHz/24bit)のワンセットで交互に収録しており、こういったスペック比較で役に立つスグレモノです。会場にはメリディアンのMQA対応最高級プレーヤーもありましたが、この時はあえて数万円もしないBlu-rayプレーヤー(もちろんMQA非対応)で再生しました。するとこれが大違い。MQA音源はたとえノンデコードでも、ノーマルCDスペックより遥かに良かったんです。音はしなやかになり、精細感が出てきて勢いも増し、透明感なども加わりました。ハイレゾとまでは言わないですが、“ハイレゾフレーバー”が加わった、といえば想像しやすいでしょうか。なんと余りに違いが出るので、会場からは万雷の拍手でした。

 実のところ、ノンデコードのMQA音はそれまで未知数で、私も事前検証などを全くしていなかったんです。関係者もこんな実験はしていなかったということで、会場であらわになった意外な実力に大いに驚いていました。MQAの基本原則に「人間の感覚と同じ時間軸解像度を持つ音が、生々しく鮮明に感じる」というものがありますが、これがCDスペックでも効いていることが実体験として確認されました。後からボブさんに聞いたところ「ものにもよりますが、CDスペックでも10~40μsecの時間軸解像度が保たれています」とのことです。一般的なCD音源は4m(4,000μ)secなので、その差は明らか。狭い帯域でも質感の向上が見込めるということです。

業界関係者向けに少数が配布された、MQA謹製のサンプラーCD。UNAMAS音源を使い、ノーマルCDスペックとMQAスペックとを交互に収録している

CDの改善とカタログタイトルの更新がMQA-CDを生んだ

麻倉:こうして関係者に“実証”されたMQA-CDの音質ですが、その価値に目をつけ、真っ先に行動を起こしたのがUMJです。同社のスタッフが関係者向けプライベートセミナーで試聴して音に驚き、新シリーズとして今回のリリースへつながりました。世界中のユニバーサルグループが持っている音源を、最大限に良好な状態へ整えて現代へ復活させられる。しかもMQAは“デコードなし”でも明らかに音質の違いがあり、この差は従来積み重ねてきた様々な音質改善策以上のインパクトを持っている。「これを旧譜の活性化に活用しない手はない!」という読みです。

――新技術で旧来の録音が生まれ変わるというのは実にオーディオ的な楽しみ方ですが、一方でこういうことがある度に「また同じ音源を買わせるのか……」という声が必ず挙がりますよね。心情的には大いに理解できます。

麻倉:確かに旧譜はすでに発表された演奏かもしれませんが、そこに“高音質化”というオーディオ的価値を加わるのがミソですね。オーディオマニアは良い音を求めて機材の買い替えをしますが、それがハードウェアからソフトウェアに変わったのが新メディアだと考えます。

――同じ演奏を聴きたいだけならば不要かもしれない、でも「もっと良い音で愉しみたいならば、機材と同様に音源の買い替えも是非試してみて」と。新メディアの価値はパッケージングに留まらず、良質な音楽体験にこそ有りですね。

麻倉:一方でカタログタイトルの更新は音楽出版社にとって、新譜を製作するための収益基盤を築くというたいへんに重要な経営戦略となります。ゼロからの新規製作となる新譜はどの程度売れるか不透明ですが、必ずリリースしないといけません。ですが旧譜は過去実績からある程度の収益が想定できます。特に大手は膨大な旧譜ライブラリーを抱えており、カタログタイトルによる収益を安定させることで新譜の製作にも余裕ができる、というわけです。

 ただしカタログタイトルは置いているだけでは売れず、定期的に活性化してやる必要があります。例えば普及価格盤を出して有名演奏をより多くの人に届くようにしたり、アーティスト生誕のメモリアルイヤーにキャンペーンを打ってライブラリーをより深く知ってもらったり。その中で新メディアは“音質”という切り口でカタログタイトルをリニューアルするのです。

――ユーザーにはより深い音楽体験を、音楽出版社には新譜製作の活力を与えるのが、音質による旧譜のリニューアルということですね。

麻倉:ですが世界広しとは言え、CDがここまでメディアとしての勢力を保っているのは日本だけです。その一因としてCDの高音質化に熱心に取り組んだというのは間違いなくあるでしょう。諸外国はCDの性能的限界を理由に、早々に見切りをつけてネットワーク配信へと傾倒していきました。ですが日本では、あの手この手を使ってCDの限界突破に挑戦してきました。

 例えばビクターの「XRCD」などではビット拡張が試みられたり、あるいは「GOLD CD」でその名の通り信号面の素材に24金を使用してみたり、などなど。日本の大手レーベルで最も高音質化に熱心なレコード会社と言って過言ではないUMJでは、「SHM-CD」を打ち出してこの流れに対応します。これはCDのデータ面保護層に液晶テレビ用ポリカーボネートを使って透明度を保ち、これによってレーザーの迷光を低減してデータ読み取り精度を上げ、音質向上につなげるというもの。音質のために新規格を立ち上げるのではなく、現行規格を極限まで使い切ろうというアプローチです。この流れでピックアップレーザーのより正確な読み取りというムーブメントがCD業界に発生。ソニーはBlu-ray用の高品質素材をCDに転用した「Blu-spec CD」を発表して追随し、ポニーキャニオンとのつながりが深いメモリーテックが「HQCD」を開発しました。

 UMJはさらに「プラチナSHM」を発表。SHM-CDのポリカーボネート材に加えて、一般的にはアルミが用いられる信号面に純プラチナ材を使用し、正確で平滑なピット面の成型を目指しました。UMJではこれをあえて“CD”とは呼称しなかったのですが、それもそのはず、プラチナSHMはいわゆる「レッドブック」と呼ばれるオーディオCD規格から若干外れていたんです。UMJはこの事実を逆手に取り「規格外の高音質」というウィットを効かせたキャッチコピーで売り出していました。UMJはさらに「100% Pure LP」で、アナログ盤の音質改善も試みています。これはLP盤のビニール素材で一般的なカーボン配合をやめて透明なストレート塩化ビニールを使用したもので、成型の安定性とナチュラルな音鳴りを目指していました。

 こういった文脈に沿ってMQA-CDを最新シリーズとして出したのが、今回のハイレゾCDシリーズなのです。カタログタイトルなので膨大な量のアナログ録音も活用できるため、多種多様なタイトルを揃えられるのも大きな利点です。

――与えられた制約の中で工夫をこらして極限を突き詰めるというのが、何とも日本人らしいですね。

ハイレゾCDシリーズ発表時に来日したボブ・スチュアート氏。日本の動きは海外でも注目されており、欧米への輸出計画も進行中だという

麻倉:今回のハイレゾCDには、最新のメディア基材「UHQCD」を採用しました。先程出てきたメモリーテックによるHQCDの進化版で、ピット層(信号層)の乱反射対策に紫外線硬化樹脂を使用しています。これは高級CDとして名高い「ガラスCD」と同じ素材なんです。メモリーテックはポニーキャニオン系列なので、まずは同レーベル音源から発売され、UMJの秋シーズンに展開予定のバーンスタイン生誕100年特集や、コロンビアのクラシック音源、ビクターなど、ソニー以外の各社で採用実績のある基材です。

 実は私が主宰するUAレコードの「エトレーヌ」もUHQCDで、以前その効果を試すべく麻倉シアターで実験してみたことがあります。エトレーヌでエンコードにノーマル/MQA(176.4kHz)、素材にノーマル/UHQ、それぞれ合計4パターンのテストディスクをメモリーテックとMQAに依頼して用意しました。これがやっぱり大違いで、ノーマル基材のMQAでも良いのですが、MQA・UHQCDはさらに音の抜けが良くなり、透明感・解像感が上がりました。それはもう「一聴瞭然」。私の感覚では1.5倍くらい音が良いですね。

 CDはピットに収録されているデジタル信号をレーザー反射光で読み取るわけですが、これは特定の出力幅で単出力を繰り返すアナログのパルス波です。迷光対策で波のエッジをきっちり効かせることにより、デジタル信号の再現性も向上し、結果として音も良くなったと考えられます。加えてハイレゾCDシリーズでは、信号処理の段階でMQAの高い時間軸解像度が効果を発揮しています。UHQとMQAというこの組み合わせは、おそらくCDの究極形ではないでしょうか。

実は352.8kHz変換で収録されたハイレゾCD

麻倉:基材とは離れますが、ハイレゾCDシリーズにはもうひとつ、サンプリングレート変更という面白いエピソードがあります。製品のパッケージをよく見てみると「オリジナルテープから“Aクラシックサウンド”にて2012年に製作したDSDマスターを、176.4kHz/24bitに変換して収録」という記述があるのですが、実はこれは誤り。今回のハイレゾCDシリーズ100タイトルのサンプリングレートはすべて352.8kHzなんです。本来は訂正をするべき部分ですが、製品リリースまでに時間が無くてこのようなことになってしまいました。これが何を意味するかと言うと、パッケージ印刷段階では176.4kHzで製作されており、その後に352.8kHzへ変更されたということです。

 CDへ収録するためにMQAで折りたたんだ最終スペックは44.1kHz。これを2倍、4倍、8倍と整数乗倍率で展開するので、176.4kHzは4倍(3乗倍率)となります。ところがあるとき、英国MQAの担当者が試しに変換してみた8倍(4乗倍率)変換の352.8kHz音源を176.4kHzと聴き比べてみました。するとこれがもう全く違う。なのでこれを機に100タイトル全てが352.8kHz変換へ切り替えられました。工程はそれなりに進んでいただけに、UMJもMQAも大わらわだったそうです。

 音の観点で実際にどう違うか解説しましょう。私は176.4kHz製作の「チャイコフスキー第6番『悲愴』」プレ盤を持っていて、これと製品版、それにノーマルCDを加えた比較をイベントでよく披露するんです。ノーマルCDとMQA176.4kHzは当然大きな差があり、176.4kHzでもハイレゾらしい音の深みや広がり感、空気感などがよく出ています。もちろんMQAらしい生々しさや奥有機関や空気感は言わずもがなです。

 ところが製品版の352.8kHz音源は圧倒的に違います。音の柔らかさやふくよかさ、アコースティックな楽器から出る温かな調べが小波のように広がる空気感、感触、質感、この辺りがガラリと変わるのです。176.4kHzでも確かに素晴らしいものが、352.8kHzは圧倒的な情報量が持つ、特に柔らかさの部分が違う。しなやかでうっとりする様に柔らかく、でもちゃんと芯がしっかりとした調べが352.8kHzにはあります。これはもう「誰が聴いても違う」というレベル。なのでプロジェクト進行の中で「不可能でないならばこっちでいこう」となったというわけです。

オススメ ハイレゾCDを紹介

 麻倉:ここからは個々のタイトルをいくつか解説しましょう。まず手に取ってもらいたいのは、同じ演奏のノーマルCDとMQA-CDの2枚をパッケージングしたというとても便利なサンプラーCDです。クラシック/ロック・ポップス/ジャズの3枚で、いずれも1,000円とお手軽価格なのも魅力的ですね。もちろん音質はどれも素晴らしい。しかもこのサンプラーは製品版と同じMQA音源を使用しています。

MQA-CDはじめの1枚にオススメなのが、クラシック/ジャズ/ポップスの各サンプラーCD。同じ音源のノーマルCDとMQA-CD2枚が収録されており、1,000円で聴き比べを愉しめる

 いずれも定番と言われる天下の名演を1曲まるごと入れていて、クラシックなら1楽章分、ジャズやロックならば各タイトル1曲まるごと収録しています。クラシックの場合、カラヤン/ウィーンフィル「ツァラトゥストラはかく語りき」、クライバー/ウィーンフィル「ベートーヴェン:交響曲第5番《運命》」第1楽章などなど、全部で7トラック。“冒頭の90秒だけ”みたいにケチケチしたことを言わないところも非常に好印象です。

 例えば黒地に白抜きのクライバーというジャケットがあまりにも有名な「運命」。この音源はよくMQA-CDイベントでも定番的に再生していますが、ノーマルCD/ノンデコードMQA-CD/デコードMQA-CDと比較すると、あまりの音の違いにどこの会場でもみんな眠気を吹き飛ばされています。この曲の聴きどころは当時のクライバーが打ち出したセンセーショナルな演奏。古典派的やロマン派的など様々な提案の演奏があった中で、クライバーはこの名曲に疾走感を出した演奏をやってのけました。掻き立てるようなドライビングパワーがあの時は新鮮で「こんな運命が、しかもウィーンフィルであるのか!」という当時の感激が蘇る、生々しさ、疾走感、鮮明間、細かい音の文の複雑な交錯などなど。ハイレゾで、しかも352.8kHzの情報量を持ったMQAならではの鮮烈な演奏です。

――あぁ、その感覚はまさしく僕が知っているMQAのベネフィットそのものです。単なるスペックアップに留まらない、その音楽に初めて出会った時の衝撃や感動といった記憶を、MQAの旧譜音源は掘り起こすんです。

麻倉:それともうひとつ、この音源は“DSDの音”がするのも大きな特徴です。ユニバーサルのこだわり音源は近年DSD化が進んでおり、今回のマスターもアナログテープを直接MQA化するのではなく、一度DSD変換したものを使っています。オーディオ的にDSDの音というのはリニアPCMとは明確に違っており、特徴としてはホールの生々しさや臨場感、空気感の濃密さ、音色のこってりした華麗さなどが挙げられます。こういったDSDらしい特徴が352.8kHzでそのまま活きている、それが今回のMQA-CDの特筆ポイントでしょう。もちろんノーマルCDも同じDSDマスターを使っていますが、MQA-CDでは生々しさや暖かさ、空気感などを保ちながら、ハイサンプリング音源らしいスマートな解像感があります。そこへMQAの高い時間軸解像度が乗っかる。基のアナログの音、DSDの音、ハイサンプリングPCMの音、これらをトータルした上でMQAの音になっているのです。新技術が出る度にいの一番に白羽の矢が立つ音源なので、もちろん192kHzのハイレゾ配信バージョンもあります。それらとの比較がとても面白いですね。

 演奏がその場で生まれる駆動力・ダッシュ力、生命感あふれるビビットな音がする。これは今回の全タイトルで言えることです。例えば「モーツァルト:交響曲第40番」。60年代の古いベーム/ベルリン・フィルの演奏ですが、弦の切れ味や弦から発する倍音の感じ、しっかりとした低音の剛性感などが素晴らしいです。アルゲリッチ/アバド/ロンドン交響楽団「ショパン:ピアノ協奏曲第1番」、これはアルゲリッチらしい剛性感が出て立ち上がりが凄まじく、指が鍵盤を押したときのエネルギーがグッときます。大きく感じる事は、MQAは音の色彩感が全く違うということ。CDではモノクロな音だったのが、MQAでは色が付いて七色の輝きになり、目覚ましい響きの世界が広がります。

 ショルティ/シカゴ交響楽団「マーラー:交響曲第5番」第4楽章、弦のゆったりとした旋律から始まるこの曲は、パート間の音域の違いがよく分かります。曲が持っている寂寥(せきりょう)感というか、感情再現力というか、記号再現力というか、そういったものが凄く上がっているのです。クーベリック/ベルリン・フィル「ドヴォルザーク 交響曲第9番『新世界より』」第2楽章は金管和音で始まり、ゆったりとした弦が流れて、イングリッシュホルンがおもむろに名旋律を奏でるという楽曲です。この演奏のトロンボーン/ホルン/トランペットの金管アンサンブルでは、各楽器の音が合奏されてひとつの和音をつくるというプロセスがよくわかります。そうして創った穏やかな世界に静々とイングリッシュホルンが出てくると、美しい音色で会場中に広がる素晴らしい空気感を存分に堪能できるでしょう。

――弦楽器と違い、管楽器は独奏でハーモニーを出すことが原理的に不可能です。特有の柔らかさや抱擁感はハーモニーに含まれる倍音がどの様に出るかが重要で、小規模なアンサンブルがラルゴでゆったりと流れるこの曲は、その様な空気感を表現するため細部に至るまで丁寧に演奏しないといけない。こういったところにMQAによる高い時間軸解像度の恩恵を感じますね。

麻倉:華麗なる色彩感はアンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団「ファリャ:《三角帽子》」が一聴の価値アリです。この他、オスカー・ピーターソン『プリーズ・リクエスト』、スティーリー・ダン『彩(エイジャ)』、ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』、ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル『チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》』などなど。「取りあえずこれは揃えておきたい」というタイトルが目白押しで、言い出したらキリがありません。

――僕も色々と聴きましたが、今回のハイレゾCDシリーズは本当に“ハズレに当たらない”と感じました。諏訪内晶子/バーミンガム市交響楽団「シベリウス:ヴァイオリン協奏曲」では、濃密で色彩豊かなヴァイオリンに驚かされたものです。因みに先生の推しタイトルはどれですか?

麻倉:サー・コリン・デイヴィス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団『ベルリオーズ:幻想交響曲』ですね。ナチュラルな重厚感が素晴らしい、絶対これ最高ですよ!

 余談ですが、今回のハイレゾCDシリーズはパッケージにも一工夫凝らしてあります。スリーブ状のジャケットはポリのソフトプラスチックで出来ていて、これにCDを収納して折りたたむことで収納スペースを節約できるとしています。MQAのミュージック折り紙を、パッケージングでも表現している点がユニークですね。

今回のハイレゾCDシリーズは、ミュージック折り紙を表現したというパッケージングでも一工夫。スリーブ状になっており、ラックの省スペース化にも一役買うという

 このようにこだわり満載のハイレゾCDシリーズ、実はまだ日本でしか売っておらず、そういう意味で日本のユーザーはたいへん恵まれているのです。製造が始まってからの仕様変更など様々な問題はあったでしょうが、音の質というものにこだわりを持った担当者が居て、会社が良い音への価値に理解を示す。この決断は大変に素晴らしいと感じます。このような熱意をユーザーはきっちり理解しており、だからこそマニアが何十枚もまとめ買いをする。製作・販売・消費の三者が質に対して高い次元を追求したからこそ成立した名企画と言えるでしょう。

 現状ではMQA環境が整ったとはなかなか言い難いですが、先述の通り非MQA環境でも音に違いが出ます。まずは騙されたと思ってサンプラーをお試しあれ。たった1,000円で名だたる演奏の同じ音源をスペック比較できる、超お得盤ですよ!

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麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透