麻倉怜士の大閻魔帳
第59回
マランツ「CINEMA 30」は一体型AVアンプ最高峰、弩級イヤフォン「FUGAKU」。'24年のオーディオ10選 後編
2024年12月20日 08:00
マランツ「CINEMA 30」
――ここからは後編として5つ紹介してきます。後編の最初は“マランツ史上最高の一体型AVアンプ”「CINEMA 30」です。
麻倉:マランツの一体型AVセンターでは、最高峰のモデルです。昨年登場したAV10、AMP10の技術資産を投入して音に関するあらゆる部分を刷新してきました。
DAC、電子ボリュームなど「頻繁に電流が流れているデバイス」同士を離し、その横に「あまり電流が流れないデバイス」を置くことで、互いの干渉を最小限に抑えています。パワーアンプ部では、パワートランジスターを新調し、マランツが欲しい音が得られるよう内部の材質を選択しています。これ以外にも、ものすごく多くの工夫が盛り込まれていますよね。
音質も一体型AVアンプの最高峰。というより、そのカテゴリを超えたクオリティと言えましょう。CD再生は透明度が高く、明確な解像感と明瞭な伸びが印象的。“分離”がクリアなので、個々の音情報がディテールまで見えます。
無色透明とまでは言いませんが、自らの個性はこうだと強烈に押しつけない、音の出し方です。これぐらいの価格(77万円)の2chアンプなら、「このブランドだからこの音だ」と個性を主張するものですが、CINEMA 30はそうではありません。謙虚というか、入力信号を最大限に尊重し、キャラクターを付けずに、コンテンツが持つ質感を素直にリニアに増幅する方向で、とても“Hi-Fi”志向。ピュアアンプ的な観点からでも第一級の音ですよ。
HDMI経由で再生しても素晴らしい。解像度が非常に高く、音の一粒一粒に力が漲り、クリアでワイドレンジなのです。「これがHDMIの音だとは信じられない」と思いますよ。なので、CDだけでなく、Blu-ray、Ultra HD Blu-rayでも、その恩恵を受けられます。
例えばノラ・ジョーンズのロンドンの老舗ジャズクラブRonnie Scott'sでのライブBD。画質、音質共にとても水準が高いので、リファレンスにしているディスクです。
まず拍手、歓声、空気感などのアンビエンスが実に生々しい。センターに確実に位置するノラ・ジョーンズの歌声が鮮烈で、音像がタイトにして、音の芯に塊感がありました。彼女のピアノ、ドラムス、ベースというシンプルな編成の上で、こってりと、説得力鋭く迫るその歌声は、見渡しの良い音場にたっぷりとした量感で響き渡ります。
そのほかにもボブ・ジェームズのUHD BD「Feel Like Making Live」や映画「ラ・ラ・ランド」のチャプター1やチャプター5なども視聴しました。オーディオ的な音性能の高さが、コンテンツが持つ音の魅力を巧みに引き出し、感動的に聴かせてくれる。まさにウルトラハイファイなAVセンターですね。
Brise Audio「FUGAKU」
――次は“究極のポータブルオーディオシステム”とも言えるBrise Audioの「FUGAKU」です。
麻倉:アクティブクロスオーバーとマルチアンプでイヤフォンを鳴らす「ウルトラハイエンドポータブル」な製品です。5ウェイの8ドライバーを12chのパワーアンプで駆動するという、とても複雑なコンフィギュレーションですが、高い完成度とバランスになっていて、驚きました。あの音を聴いたら、250万円という価格にも納得です。
ブッフビンダーとベルリン・フィルが共演したベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番では、スコアが読めるような内声部の明瞭さに驚かされます。音場も異次元の透明感。楽器から発せられた音が空中に強力な浮力を持ち、漂っているのが分かります。
これは微小信号の再現性が大変優れていることの証。キーボード、アクション、ハンマー……というメカニズムの動きが、まるで目で見えるような時間的解像度で、まさに異次元のイヤフォン・システムです。
「情家みえ/チーク・トゥ・チーク」も、楽曲の持つチアフルさ、楽しさ、躍動感がとてもリアルに描写されていました。音像の安定度が抜群に高く、まさに大地に踏ん張って実在するイメージです。
冒頭のベースは弾力に満ち、スケール感と同時に締まった輪郭で、明解な音階移動が聴けます。名ピアニストである山本剛のピアノリフのフレージングのおしゃれさも高い。ハッピーなダンスソングの歌詞のとおり、アクティブなアチチュードがとにかく楽しく聴けました。
Genelec「8381A」
――続いては、Genelecのモニタースピーカー「8381A」。実売価格300万円後半という超弩級のモニタースピーカーです。
麻倉:去年のInter BEEで発表されていたモデルで、つい最近聴く機会に恵まれました。ものすごいリアリティ、臨場感のある音で、「これで300万円はお安いのでは?」と思ってしまうほど。筐体サイズも大きいので、人に自慢しやすいですよね(笑)。
特に映画を観たときに感動しました。当然5.1chを構築することはできないので、2chで聴いただけですが、セリフのセンター定位の安定感が素晴らしい。ユニット構成は全体で5ウェイですが、基本的には点音源のスピーカーです。その点音源で作り出している“イメージ確立力”とも表現できる、音場感・実体感、臨場感がものすごかった。
視聴したのは「アリー/スター誕生」。特にチャプター7のレディー・ガガ演じるアリーが熱唱するパートでは、目の前にくっきりとガガが浮かんでくるような立体感で、クリアでありながら核がありました。
ガガのパフォーマンスも、最初はゆっくり始まって、途中から一気に盛り上がってくるのですが、盛り上がってきたところのエモーショナルさ、迫力がすごい。基本的にはモニタースピーカーですが、映画らしいゴージャスな音を味わえます。モニタースピーカーにもかかわらず、感情が出てくるスピーカーなのです。
「グレイテスト・ショーマン」のチャプター1、地響きのような低音が鳴るシーンでも、まったくダレない。このシーンはオケがあって、地響きがあって、コーラスがあって、そこに歌が乗ってくるわけですが、それぞれが明確に分離されていながら、しっかり一体感を持って再生されます。
素晴らしいモニタースピーカーなので、音源に“エモ”が含まれていれば、それがしっかりと表現されるのです。スター誕生やグレイテスト・ショーマンには、その“エモ”が音源の中にパッケージングされているので、それをうまく解き放ってくれるスピーカーでした。
final「D8000 DC」
――次はfinalのフラッグシップヘッドフォン「D8000 DC」です。平面磁界型とダイナミック型の特長を併せ持った音質というヘッドフォンで、価格は548,000円。
麻倉:finalの細尾満社長によると、そもそも前モデルにあたるD8000は世界的に人気で「発売以来、毎月、完売です。私たちの製造キャパが6~70台なので、すぐに売り切れる状態が、8年間続いている」とのこと。
finalのトップエンドモデルは時代を作っていくモデルといっても過言ではありません。平面磁界型は音が良いものの、剛性感、低音の表現力が物足りません。ちょっと優しい雰囲気になるというか。
つまり、平面磁界型には低音の表現力について課題があるわけです。finalは新型のD8000 DCで“原点回帰”して振動板を作り直すことにしたわけです。これについても細尾社長は「この8年間、次のモデルチェンジに向けて、たくさん開発してきました。そろそろ潮時、ユーザーさんの声にお応えできるか、と。やるなら、前を圧倒的に凌駕しなければなりません。DCの音は高揚が目標です。リラックス感よりワクワク感を目指しました」と説明していました。
そんなD8000 DC最大の目玉は、マグネットの両面から片面への変更です。D8000は振動板の前後にマグネットがひとつずつ配置されていましたが、これが片側(後面)だけになったのです。細尾社長によれば「当時は音質を上げるには、両面マグネットにして、磁束を高くする方がいいと思っていました。しかし、その後の研究で、磁力が強ければよいわけではないことが分かってきました」とのこと。
もちろん、D8000の振動板は両面マグネット用なので、D8000 DC用にいちから見直す必要があります。その製造は細尾社長が「地獄でした」と言うほど困難だったそう。失敗が続いて不良率が8割になったこともあり、何百枚も金型を作り続けたそうです。
振動板以外にも、イヤパッドの厚さが20mmから30mmに、素材もナイロン系から和紙に変更されたほか、軽量化や側圧の緩和、開口部分を増やして高域特性を改善するなど、ほぼすべての部分を“DC(ダ・カーポ/初めに戻る)”したわけです。
そのサウンドは、D8000の繊細な高域、上質な低音という美質は継承しながら、明瞭度、フォーカス感、輪郭感などが大幅に向上しています。ダイレクト感が増し、ベールが剥がれたような印象も受けまいた。音像もとてもクリアで、その意味では現代的な音調へのニーズにしっかりと対応した印象です。
特に感心したのはD8000の精密さ、流れのクリアさも兼ね備えていること。そこに従来モデルにはなかった価値観が加わってきましたね。
ソナス・ファベール「Sonetto G2」
――2024年の10選、締めくくりはソナス・ファベールのスピーカー「Sonetto G2」シリーズです。ブックシェルフ型×2、フロアスタンド型×2とセンタースピーカー、壁掛けスピーカーの計6モデルがラインナップされています。
麻倉:Sonetto G2シリーズは抜群に良かったです。ソナス・ファベールは上位モデルが抜群に良すぎるので、Sonettoのような下のグレードのモデルには音質的に疑問符がつくこともありましたが、このG2シリーズは以前とは比べ物にならないほど良くなっています。2024年のCESで発表された1億円超のフラッグシップモデル「Suprema(シュプレーマ)」に投入された最新技術が導入されているのが特長です。
――前編で取り上げたKEFのQシリーズなどもそうですが、最新技術は一般的に上位モデルから徐々に展開されていく印象ですが……。
麻倉:上位モデルはライフサイクルが長いものも多く、そういった技術革新のタイミングと製品リニューアルのタイミングが合わないこともあります。今回は、その技術革新のタイミングと、Sonettoのフルモデルチェンジのタイミングがちょうど重なっていたので、最高峰モデルの技術が盛り込まれる形になりました。
Supremeから継承された技術としては、ミッドレンジドライバーとミッドウーファーの「Camelia Midrange」があります。これは振動板の外周部を、イタリア・トスカーナ地方のカメリア(椿)の花のように、5カ所カットすることで、円形特有の共鳴を回避するというもの。またエッジの形状も、回折現象を抑えるために凹型になっています。内部チェンバーもコルクを使うことで、伝播と共鳴、定在波を最適化したそう。
ブックシェルフ型とフロアスタンド型、それぞれ試聴しました。こういったスピーカーのなかには、小さいブックシェルフ型は音が良くても、同じシリーズの大きなフロアスタンド型になると音がいまいち……というものもありますが、Sonettoの場合は筐体が大きくなるほど音も良くなるのが印象的でした。スピード感も上がって、量感も速度も出てきます。ソナスらしい色気、跳躍感もあります。
たとえば2ウェイのブックシェルフ型「Sonetto I G2」では、「チーク・トゥ・チーク」の高域まですっきりと伸び、音の粒子が細やかで、情感表現が丁寧です。ファントム・センターには、とても実体的に音像が浮かび上がります。
タルモ・ペルトコスキがドイツ・カンマーフィルを指揮したモーツァルトの交響曲第35番《ハフナー》第1楽章も聴きました。こちらも俊速で先鋭的なフレージングが目覚ましい。演奏のアグレッシブさが明敏に描かれ、音進行の鮮烈さが部屋の空気を引き裂いているようでした。音楽的な濃さとオーディオ的なクリアさが高い密度で同居している印象です。
3ウェイのフロアスタンド型「Sonetto V G2」は、ブックシェルフ型と比べると低音の量感が違います。低域の速度感も低下することが多いのですが、このG2では違っていて、低域の速度も圧倒的な速さでした。
「チーク・トゥ・チーク」冒頭で流れるベースのピッチカートのキレが、実に鮮鋭。ボーカルもピアノも清新です。特にボーカルの音像はくっきりとしていてボディ感もあって、ソナスらしい“健康的な色気”があります。
「ハフナー」は、冒頭のD音が2オクターブも一挙に急上昇する大跳躍が爽快でした。この演奏では飛ぶためのエネルギーを低音で溜めていることが分かりやすい。そこからの速さ、ハイテンションで進行させる駆動力の強さも驚きでしたね。
同じソフトを再生しても、今まで聴いたことのない音の情報性、情緒性というものが出てきて、とても濃密。「これが今まで聴いていたものなの?」と感じました。2chでも十分“ソナスエモーション”、“ソナスクオリティ”を感じられましたね。