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ついに完成、“究極のポータブルオーディオシステム”Brise Audio「FUGAKU」の衝撃

Brise Audio“究極のポータブルオーディオシステム”「FUGAKU」
※写真は試作機で、ケースのデザインは最終ではない

新製品をお店やイベントで試聴した時に、「前モデルより音が良くなった」とか「ライバル機よりこっちの方が良いな」と感じた事は、AVファンなら誰しもあるだろう。だが、“既存の製品と比べて良い”というレベルを遥かに超え、まったく次元の違うサウンドを体験し、雷に打たれたような衝撃を受ける事は、そうそうあるものではない。だが先日、そんな体験をした。

その製品は、リケーブルでお馴染みBrise Audioが手掛けた第一弾イヤフォン「FUGAKU」だ。

いや、“イヤフォン”というのは正しくない。このFUGAKUは、イヤフォン + 専用ポータブルアンプ + 専用ケーブルがセットになった「究極のポータブルオーディオシステム」として開発されたものだからだ。

お値段も究極で、なんとセットで税込250万円だ。

ブラウザを“そっ閉じ”しようとしたアナタ、ちょっと待って欲しい。このFUGAKU、とにかく中身が突き抜けまくっていて、買う買わないは別として、オーディオファンなら「ここまでやるの!?」と笑ってしまうほど面白い製品なのだ。

一例を挙げると、写真に写っている黒い箱のポータブルアンプの中に、計10ch分のアクティブクロスオーバー回路と、計12chのパワーアンプが入っている。「は!? イヤフォンでしょ? なに言ってんの?」「AVアンプかよ」と思ったアナタは絶対読んで欲しい。

「FUGAKU」のポータブルアンプ

Brise Audioがどんなブランドなのかは、これまで2回記事にしてきた。かいつまむと、「総額1,000万円はケーブルに使いました」というほどのオーディオマニアである岡田直樹氏と、PCショップやオーディオメーカーでケーブルやスピーカー作りをしていた渡辺慶一氏が出会い、“自分達が理想とするケーブル”を作るブランドとして発足。苦労の末に、ポータブルオーディオのリケーブルを中心に人気ブランドに成長した。

左から取締役でブランドオーナーの岡田直樹氏、渡辺慶一社長

岡田氏と渡辺氏には「ケーブルだけでなく、将来的にはイヤフォンやアンプ、スピーカーなども作りたい」という夢があり、それに共感した黒川亮一氏(チーフエンジニア)、佐々木瞭氏(アコースティックエンジニア)が入社。開発環境も強化し、イヤフォンやアンプを作る体制が整い、約2年半をかけて開発した第一弾イヤフォンが、この「FUGAKU」というわけだ。

左から、イヤフォン部分を手掛けたアコースティックエンジニアの佐々木瞭氏、アンプ部分を担当したチーフエンジニアの黒川亮一氏

2月に開催された「冬のヘッドフォン祭 mini 2024」に行った人は、「なんだこれは!」と話題となった、あの巨大な試作基板イヤフォンを目にしただろう。そう、アレの完成形がFUGAKUだ。

「冬のヘッドフォン祭 mini 2024」でも展示された巨大な試作基板

マルチアンプのイヤフォンシステムとは何か

超弩級かつ“究極のポータブルオーディオシステム”なので、今までのイヤフォンの常識が通用しない部分が多々ある。写真のように、イヤフォンと専用のポータブルアンプ、それを接続するケーブルがセットになっている。通常のイヤフォンやアンプのように、他の製品でも使えるものではなく、FUGAKUのイヤフォンはFUGAKUのアンプでしかドライブできない。

理由は単純。FUGAKUのイヤフォンには、5ウェイの8ドライバーが入っているのだが、なんと、このドライバーを個別のアンプでドライブしている。つまり“バイアンプ駆動のイヤフォン”になっており、専用ポータブルアンプの中には、なんと左右合計で12ch分ものパワーアンプが入っている。さらに、クロスオーバー回路もパッシブではなく、アクティブクロスオーバーを採用している。

全体の構成図

いきなりトンデモナイ話で、理解が追いつかない。

そこでまず、FUGAKUではない“普通のイヤフォン”から音が出る流れをおさらいしよう。すると、FUGAKUの狙いが理解しやすくなる。

普通のイヤフォンは、DAP(ポータブルオーディオプレーヤー)やポータブルアンプの中にあるアンプを使って、イヤフォンを駆動する。

最近のイヤフォンは、バランスドアーマチュア(BA)ユニットや、ダイナミック型など、方式の異なるユニットが複数入っているモデルが多いのはご存知の通りだが、こうしたイヤフォンの中にはパッシブのクロスオーバーネットワークが入るのが一般的。クロスオーバーは、高域用のBA、低域用のダイナミックと、それぞれのユニットに適した帯域の信号を送るために必要なパーツだ。

しかし、音質を考えるとパッシブクロスオーバー回路は“必要悪”でもある。この回路は抵抗やコンデンサーで構築するが、クロスオーバーが存在する事で、ドライバー側から見るとアンプの出力インピーダンスが高くなってしまい、アンプの波形への追従性、制動力が低下してしまう。専門的に言えばダンピングファクターが悪化する要因になるわけだ。

また、ドライバーのインピーダンス特性は常にフラットではなく、周波数によって変化する。そのため、クロスオーバーフィルターの“効き具合”は、周波数によって変動してしまう。「どんな周波数でも理想的なフィルター」を組むのは難しい。

パッシブの素子で高度なフィルターを組もうとした場合、イヤフォン特有の問題も立ちはだかる。部品点数が多くなると、ネットワーク回路が大きくなってしまい、物理的にイヤフォンに入らなくなる。逆に小さく収めようとすると、品質の良いパーツが使えないというジレンマに陥るわけだ。

これらの問題を全て解決する方法が、FUGAKUのアクティブクロスオーバーとマルチアンプ駆動だ。

左図が従来のパッシブフィルターを使った方式、右図がアクティブフィルターとマルチアンプを使ったFUGAKUの方式だ

FUGAKUは、DAPなどの出力を、FUGAKUの専用ポータブルアンプに入力する。入力された信号は、アクティブクロスオーバーを通った後にパワーアンプへと入力される。通常のイヤフォンと違い、パワーアンプの前にアクティブクロスオーバーがあるので、ドライバーのインピーダンス特性の変化の影響を受けないため、理想的なフィルターを組むことができる。

さらに、アンプの負荷も軽減できる。通常のイヤフォンでは、1個のアンプで何個ものドライバーを駆動するため、アンプの負荷が大きい。FUGAKUでは、1つのドライバーを1つのアンプで駆動するので、アンプ1個あたりの負荷が小さい。負荷が小さいため、信号への追従性が高くなり、歪も減るというわけだ。

また、BAやダイナミックなど、ドライバーの方式の違いによって能率やインピーダンスが大きく違うため、通常のイヤフォンでは、それらの音量を揃えるために、何十Ωといった抵抗を挟んでいる。音量を揃えるため必要な処置ではあるが、そこでの音のロスは大きくなる。

FUGAKUのようなマルチアンプであれば、それも不要。それぞれのドライバーとアンプで個別にゲイン調整ができるので、音質を低下させる抵抗を入れる必要がない。FUGAKUでは、増幅だけでなく減衰も可能な反転アンプを採用する事で、他のドライバーよりも音が出すぎるユニットを減衰できるようにしている。

さらにマルチアンプは、“高精度の追求”にも寄与する。ドライバーというのは、同じドライバーであっても、1つ1つ測定すると、出力する音が、基準値に対してバラツキがある。そこで、アンプ部分に備えているトリミング機構を使うことで、音量を少しズラすことができ、製造のバラツキを吸収できるという。半導体でよく使われる手法だそうで、かつてメーカーで設計をしていた黒川氏がそのアイデアをアンプに活用したという。これも、ドライバーと、それを駆動するアンプが決まっているから可能な事で、製造時にはイヤホンとアンプで同じ番号をつけて管理しているそうだ。

FUGAKUポータブルアンプの内部基板

このように、一見すると複雑なシステムに見えるが、信号の流れを追ってみると、非常にシンプルな構成になっているのがわかる。スピーカーのピュアオーディオでも、アクティブクロスオーバーで帯域分割し、各帯域用に個別のスピーカーを用意し、個別のアンプで駆動している人がいるが、あれと同じ事を、イヤフォンでやってしまったのがFUGAKUというわけだ。

構成のシンプルさは極限まで追求されており、保護回路のリレーまで外されている。何かあった時には、自動的に電源が切れ、コンデンサーにたまった電荷は瞬時にグラウンドに流すようになっており、リレーを省く事で、さらに音の純度を高めている。ボリュームにもこだわり、最新の電子ボリュームの「MUSES72323」を採用。回路の手前に配置し、一括でボリュームを変えられるようにしている。

佐々木氏は、「最近のイヤフォンにはドライバーが沢山搭載されますが、それぞれを個別のアンプで駆動したら良いのでは? と考えたのが、発端でした」と語る。

そのアイデアを聞いた黒川氏が「音質を考えると、パッシブよりもアクティブクロスオーバーが有利だというのは以前から考えていたので、マルチアンプシステムであれば、アクティブクロスオーバーも同時に実現できる」と考え、FUGAKUの誕生に繋がったそうだ。

超高域にMEMSスピーカー、低域はダイナミック×2基を対向配置

イヤフォン部分

先ほど、5ウェイの8ドライバーを記載したが、詳細は以下の通りだ。

  • 超高域:xMEMS製MEMSスピーカー×1
  • 高域:Knowles製BAドライバー×2
  • 中域:Knowles製BAドライバー×2
  • 中低域:Sonion製BAドライバー×1
  • 低域:8mm径ダイナミックドライバー×2

注目は、超高域にMEMSスピーカーを使っている事。MEMSスピーカーは、パソコンのCPUなどと同様に、シリコンウェハーで作られる半導体のユニット。非常に小さいだけでなく、シリコンで出来た薄い円形の板の上に回路を構成する事で、一度に大量の半導体が作れるため、特性や感度、歪などでバラツキが生じにくいといった利点もある新しいドライバーだ。

佐々木氏によれば、FUGAKUの開発当初はEST(静電ドライバー)を超高域に使おうと考えていたそうだが、ESTで必要なコイルがスペースをとる事や、コイルとドライバーの間を長くすると特性が悪化する事などから、異なるドライバーも検討。その中で、xMEMSのMEMSスピーカーに出会ったという。

FUGAKUの超高域を再生するxMEMS製MEMSスピーカー。側面のスリットから音が出るタイプだ

搭載しているMEMSスピーカーは、非常に薄く、側面のスリットから音が出る構造。薄くてイヤフォン内で配置しやすい事、スリットを音道に向けやすいといったメリットから、採用を決定。実際に作ってみると、100kHzまで音圧がとれ、使いやすかったそうだ。

なお、MEMSスピーカーは電源供給しないと動かないドライバーであるため、MEMS用のアンプと組み合わせて使うのが一般的だが、FUGAKUの場合はそもそも各ドライバーを個別のアンプで駆動しているのでそれも問題にならないわけだ。さらに、xMEMS社の標準回路ではなく、より低ノイズなオリジナル駆動回路を使う事で音質もより追求している。

中低域はSonion製BA、中域と高域はKnowles製BA。「過去にも使ってきたお馴染みのBAで、音は把握していると思っていました。しかし、今まではパッシブのクロスオーバーで使ってきたので、今回アクティブクロスオーバーで使ってみると、より潜在能力が引き出され、“まだまだ良さが隠されていたんだな”という驚きがありました」(佐々木氏)という。

1番左が、中域と高域用それぞれのKnowles製デュアルBAを貼り付けてまとめたもの、その隣のやや大きいものは中低域用のSonion製BA。その隣が超高域用のMEMSスピーカー、金色が対向配置したダイナミック型ドライバー。右端に見えるのは光造形の3Dプリンターで作られた、各ユニットを固定するホルダーだ

低域に、8mmのダイナミック型を2基使っているのもユニークなところ。「液晶ポリマー振動板のダイナミック型ですが、この規模で筐体内に収めつつ大口径ドライバーと同等の低域表現を得るために、8mmの比較的小型のドライバーを2基搭載することにしました。2基で分担して鳴らすことで、1基あたりの負荷を減らせるため、歪が抑えられる利点があります」(佐々木氏)。

2基の搭載の仕方にも工夫がある。開発当初はパラレルで接続して鳴らしていたが、他のドライバーと比べダイナミック型の出力が1桁近く高く、大きく減衰させる必要が生じたという。そこで2基を直列で接続してみると、1基あたりにかかる電圧が半分になるため、能率が下げられ、大きく減衰させる必要がなくなった。インピーダンスも高くなるため、電流が流れにくく、アンプの歪みも少なくできたそうだ。

この2基は、対向で配置。金メッキOFCのパーツでホールドしている。向かい合わせに配置する事で、2基のユニットが振幅した時に生じる振動をキャンセルできる仕組みだ。

2基のダイナミック型ドライバーは、金メッキOFCのパーツでホールドしつつ対向配置。背面には吸音材も配置している

各ドライバーは3Dプリンターで作られたドライバーユニットホルダーに固定され、筐体に収まる。このホルダーパーツは、ユニットを支えるだけでなく、ドライバー同士の位相を揃え、周波数特性を整える役割の音導管も一体成型されている。この音導管の形状が音響フィルタとしても機能している。物理的な設計が良くないと、アクティブクロスオーバーをもってしても理想とする音を作ることができないため、試行錯誤を繰り返して完成した形状だという。

ダイナミックドライバーの背面など、イヤフォン筐体内には吸音材も配置。ユニット背面のベントから漏れた音が、筐体内部で反響し、他のドライバーの背面から入って悪影響を及ぼす事を防ぐ効果があり、「吸音材を入れると低音の質感か大きく変化し、雑味が減り、クッキリ感が増した」という。

イヤフォンの筐体はチタン製
表面にウルトラスエードが貼られたイヤフォンの収納ケースも用意する

巨大な基板の役割は?

開発用の基板

一般的に、アンプなどのオーディオ機器を開発する時は、開発用の基板を作り、そこに様々なパーツを取り付け、抵抗値を変えたり、パーツ自体を差し替えるなどして、試聴しながら作り込んでいく。

FUGAKUも同様に、開発用の基板からスタートしているが、マルチアンプかつアクティブクロスオーバーのシステムとなるため、基板のサイズが写真のように超巨大になった。「必要なパーツを敷き詰めたらこのサイズになってしまったのです。基板が届いた時はみんなで『デカすぎる』『なにこれマザーボード?』と笑ってしまいました。ハンダ付けする箇所も大量で、この開発機を組み立てるだけでかなりの時間がかかりました」(黒川氏)。

しかし完成すれば、一気に開発は加速した。アンプやクロスオーバー部分をソケット式にしたため、交換が用意で、抵抗値やパーツの違いによる音の比較試聴がしやすかったからだ。

アンプやクロスオーバー部分がソケット式になっているため、交換して聴き比べるのが容易だ

「リアルタイムに波形を見ながら調整できて便利でした。パーツを差し替えて、何日か聴き込んで、少し時間をあけて、ニュートラルな気持ちで再度試聴してどう感じるか? といった作業を繰り返していきました」(佐々木氏)。

そしてこの巨大な開発機を、コンパクトなポータブルアンプの筐体に収納したのが黒川氏だ。

電源用の基板は4層、アンプ用は8層の2階構造になっており、基板の表裏で機能を分けて配置するなど、相互影響を低減。アンプの数が多いため、排熱処理も重要となるが、ノイズを抑えるシールドケースの形状を工夫し、熱を筐体ケースに逃がすなど、様々な工夫が行なわれている。筐体の素材はアルミベースで、カバー部分はカーボンだ。

シルバーのパーツがノイズを抑えるシールドケース。横に突起があるのに注目
筐体に収納した写真。先程のシールドケースの突起が筐体に触れる事で、熱を筐体に逃がしている
カバー部分はカーボン

「CADで設計する時は、全ての部品が筐体の中に収まった状態ですが、実物を作る時には“そのパーツをどうやって内部に入れるか”という過程も考えなければいけません。そうしないと、収まるはずなのに、中に入れられなくなってします」(黒川氏)。

ポータブルシステムとして、バッテリー持続時間の確保も重要だ。

「当初は電源電圧が高くて3、4時間しかもちませんでしたが、下げられるところは下げる事で約6時間持つところまで頑張りました。モバイルバッテリーなどで充電しながら使うことも想定していますので、充電電流と消費電流を同じくらいにもしています。電源ケーブルを接続しながら使うこともできますので、バッテリー時間を気にせずに聴いていただけます」(黒川氏)。

電源の構成図。干渉を防ぐために電源回路の分離も徹底している

ケーブルブランドのノウハウも投入

FUGAKUには、ケーブルブランドとしてのノウハウも活かされている。先程のBAユニットの写真を見ると、筐体に小さな白いシールのようなものが貼られているのがわかる。

これは、Brise Audioのケーブルで使われている電磁波を吸収する素材。これを貼る事で、隣接するドライバーとの影響を低減しているという。「電磁波を遮断する能力がある事は測定で確認している素材ですが、簡易的なイヤフォンで、この素材を貼った時と、貼っていない時を聴き比べても、音の鮮度感にハッキリと効果があったため、採用しました」(佐々木氏)。

イヤフォンとケーブルの接続は、7ピンの専用端子を採用。基本的にユーザーが取り外す事を想定していないが、万が一断線などがあった時にも、ケーブルを交換できるようにしている。ケーブル側の接続ピンは、押されると引っ込むタイプで、端子との確実な接続を可能にしている。

アンプとイヤフォンのケーブルも、当然こだわりのものだ。Brise Audioの高級ケーブルで使っている純銀線材「SHIROGANE 3」を、一回り細くした「SHIROGANE 1」を採用。4芯で1束になっているものを、4つ束の16芯にしている。左右で各8芯だ。コネクタは7ピンなので1本余る計算だが、グランドに2本割り当てているそうだ。

純銀線材「SHIROGANE 3」を、一回り細くした「SHIROGANE 1」を採用

アンプとケーブルの接続コネクタは9ピンのプッシュプルコネクタを採用。「最低でも7ピン必要で、コンパクトかつ耐久性があるコネクタを探した結果」だという。

コネクタは9ピンのプッシュプルコネクタ

銀線をたっぷりと使った非常にリッチな仕様だが、驚くのはイヤフォンやアンプの内部配線にも、全て純銀線を使っているそうだ。イヤフォンにはこのために開発したという純銀リッツ線、アンプには専用イヤフォンケーブルと同じ純銀線を使用しているとのこと。つまり、アンプの内部からイヤフォンまで、全て銀線で統一している。これも、FUGAKUがアンプとイヤフォンのセットだからこそ実現できるこだわりだ。

純銀のリッツ線
アンプの内部配線にもイヤフォンケーブルと同じ純銀線を使っている
※写真は試作機

音を聴いてみる

手持ちのDAP「A&ultima SP3000」とFUGAKUを、4.4mmのバランスケーブルで接続。音を聴いてみた。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生する。取材の試聴で何年も、飽きるほど聴いている曲だが、流れ出した瞬間に「!?」と、言葉にならない驚きで満たされる。まず呆気にとられるのは、レンジの広さと、音場の凄まじいまでの広さだ。

イヤフォンの場合、どんな製品でも「イヤフォンにしては低音がしっかり感じるよね」とか「イヤフォンとしては音場が広いよね」という注釈をつけたくなるが、FUGAKUにはその必要がない。まるでスピーカー、それもブックシェルフではなく、フロア型スピーカーを聴いているかのような、低音の深さ、高域の伸びやかさ、それらが圧倒的なスケールで押し寄せてくる。

体感する音楽のスケールが従来のイヤフォンとは違い過ぎて、しばらく聴いていると、音は耳からしか入っていないはずなのに、大型スピーカーの音圧をビリビリと感じているように錯覚する。ベースの低音が鳴るたびに、肺や胃を音圧で圧迫されているような感覚を覚える。自分がイヤフォンを装着している事は、頭ではわかっているのだが、あまりにスケールが大きいので、脳がバグって、過去に同じようなスケールの音をスピーカーで聴いた記憶を引っ張り出してしまうのだろう。

普段の試聴では「低域がこんな風に聴こえて」などとメモをとるのだが、あまりに強烈な体験で、意識が強制的にコンサートホールに連れていかれてしまい、ペンを持った手が動かない。これは危険な音だ。「BGMを聴きながら仕事をしよう」と思っても、おそらくまったく仕事にならない。

しばらく聴いて、冷静さを取り戻すと、細部の良さが見えてくる。まず、低域の分解能が異様なほど高い。ベースの弦が震える様子が、目に見えそうを通り越して、弾く指の輪郭すら見えてきそうだ。それでいて、低音自体の沈み込みは、背骨を揺すられるほど重く、パワフルで音圧豊か。普通のイヤフォンであれば、これほどパワフルに低音を再生すると、音像はボヤけてしまうが、FUGAKUはカミソリのようなシャープさも兼ね備えている。

スピーカーのピュアオーディオでもそうなのだが、低域の“量感”と“キレの良さ”は両立が難しい。理由は、スピーカーだけでは実現できず、駆動するアンプの制動力が高くないとダメだからだ。ウーファーを動かす時に、パワフルに振幅させるだけでなく、ビシッと止める事も重要で、それができないと、止めたはずがフラフラとユニットが動いて余分な響きが出たりする。

FUGAKUの場合、2基のダイナミックドライバーが、専用のバランスアンプでキッチリ駆動できているので、このクオリティの低音が聴けるのだろう。ユニットを対向配置にして、振動をキャンセルする機構も、余分な鳴きを産まず、クリアな音に寄与している。その証拠に、「米津玄師/KICK BACK」を再生すると、パワフルなベースラインをゴリゴリと刻みつつ、その周囲にコーラスやSEといった無数の音が乱れ飛ぶ様子が透明度高く描写される。

超高域と中高域も素晴らしい。MEMSとBAが担当している帯域だが、関心するのが、BAの音が非常に自然である事。BAは、どちらかというとダイナミック型よりも音の質感が硬く、金属質な響きがあるが、FUGAKUではそうしたキャラクターがまったく感じられない。

MEMSドライバーも、どちらかというとタンパクで解像度寄りの描写が得意だが、FUGAKUでは女性ボーカルの生々しい声や、アコースティックギターの木の響きなど、質感描写がナチュラルだ。

そのため、「この部分はBAっぽいな」とか「MEMSっぽいな」という方式の違いによる音色の違いがほとんどわからない。中高域全体でまとまりが良く、ワイドレンジでクセがない。第一弾イヤフォンであり、MEMSという新しいドライバーを使いながら、この完成度の高さは称賛に値する。

最も驚いたのは、オーケストラだ。「東京アクティブNEETs/第四次艦隊フィルハーモニー交響楽団」から「飛龍の反撃2016」を聴いたが、思わず「イヤフォンでオーケストラがちゃんと鳴っている!」と感動してしまった。

というのも、クラシックのオーケストラは、「広いホールの音場」、「低い音から高い音まで幅広いレンジ」、「微細な音から激しい音までの細かな強弱」といった、高い描写力がないと、オーケストラの良さが味わいにくい。イヤフォンが苦手な音楽ジャンルと言っても良い。

しかし、FUGAKUではスピーカーで聴いているようなレンジの広さ、音場の広大さが展開するため、イヤフォンでもコンサートホールにいる感覚がしっかりと味わえる。あるシーンではスケールの大きな音がこちらに押し寄せる激しさを描き、あるシーンでは細かな音がホールに広がっていく奥行きを深く描写してみせる。微細な音をダイレクトに聴き取れる能力としては、ハイエンドスピーカーを超える部分すらある。

最初に音が出た瞬間に『イケる』と確信

FUGAKUは非常にチャレンジングな製品だが、各ユニットをアクティブクロスオーバーかつ、個別のアンプでドライブするという方式は、理屈的にも“究極のイヤフォンシステム”と言って良い。

それゆえ、この圧倒的なサウンドは、開発初期からその片鱗を見せていたそうで、「開発を始めて、最初に音が出て、聴いた瞬間に『イケる』と確信しました。素直にうれしかったですね」(佐々木氏)という。

岡田氏は、開発当初から佐々木氏と黒川氏に「中途半端なものならば作らなくて良い」と言っていたそうだが、実際にFUGAKUのアイデアが生まれ、開発がスタートした時は「正直、当初は“凄いことやっているな”と思うと同時に、“イヤフォンには過剰なのでは?”という心配もありました」と語る。

「きっと余分な部分もあるだろうから、実際に製品化する時は、そこを省いたカタチになるだろうなと思っていたんです」と岡田氏。しかし、「出てきた音が凄まじかったので、これはもう、このまま行くしかないなと(笑)」。

筆者も岡田氏の意見に賛成だ。「ピュアオーディオのマルチアンプシステムをイヤフォンでやってみたような製品」を書いたが、FUGAKUのサウンドは、ハイエンドフロアスピーカー並のスケール感がありつつ、イヤフォンの利点を活かし、スピーカー以上に解像感の高い音が聴けてしまう。

ある面で、マルチアンプの究極スピーカーシステムを超えた音が実現できている。これは、理屈的に究極のイヤフォンを追求した結果であり、おそらくどこかで妥協したら、この圧倒的なクオリティは得られなかっただろう。

まさに“耳に入れるピュアオーディオ”でありつつ、“今までのピュアオーディオを超える世界”を垣間見せてくれている。そういった意味で、イヤフォンの音が苦手だという人や、スピーカーで聴くピュアオーディオが好きだという人にこそ、FUGAKUを聴いてみて欲しい。間違いなく、驚くはずだ。

しかし、250万円という価格は、おいそれと手が出るものではない。消費者としてはもう少しリーズナブルな製品もほしいところ。岡田氏も「FUGAKUの開発で培ったノウハウを活用して、より手が届きやすいトータルシステムも考えています。また、アンプとイヤフォンのセットだけでなく、パッシブの通常イヤフォンや、既存のポータブルアンプ『TSURANAGI』を大幅にブラッシュアップした新たなポータブルアンプ、それらにマッチするケーブルなどもいずれは作りたいですね」と展望を語る。

左が既存のポータブルアンプ・TSURANAGI、右がFUGAKUのポータブルアンプ

いずれにせよ、FUGAKUには、ケーブルメーカーのBrise Audioが、イヤフォンメーカー……いや、“オーディオメーカーBrise Audio”に進化した事を印象付けるに、十分なパワーを持つ製品だ。昨今のポータブルオーディオ市場は“イヤフォンといえば便利な完全ワイヤレス”という世界になりつつあるが、そんな市場に痛烈な一撃を加えるイヤフォンとも言えるだろう。

ちょうど明日、4月27日にステーションコンファレンス東京で開催される、「春のヘッドフォン祭 2024」Brise Audioブース(603)で試聴できるので、ぜひ聴いてみて欲しい。その時はスケールの大きなオーケストラなど、今までのイヤフォンで満足できなかった曲も聴いて欲しい。試聴を忘れて、意識を強制的にコンサートホールに持っていかれるのでご注意あれ。

山崎健太郎