本田雅一のAVTrends
現実化した“未来の映像”。Backlight Master Drive搭載ソニー「BRAVIA Z9D」の実力
2016年8月31日 00:00
ソニーは4Kテレビの最上位機種「BRAVIA Z9Dシリーズ」を日本でも発表した。このシリーズは、1月のCES 2016において85型液晶パネルを用いて技術デモを行なっていた「Backlight Master Drive(BMD)」を製品に応用したものだ。サイズ展開は100、75、65インチがあり、100型モデルのみ受注生産となる。
価格は100型の「KJ-100Z9D」が700万円、他はオープンプライスだが、75型「KJ-75Z9D」は約100万円、65型「KJ-65Z9D」は約70万円。かつてのプラズマテレビ最上位機種などと比較すると購入しやすい価格帯といえる。もちろん一般的な液晶テレビと比較すれば高価だが、その画質を見れば「市販のテレビで、ここまでの画質を実現できるのか?」と驚きを感じるに違いない。
詳細なスペックは、本誌記事で紹介されているので、メーカーサイトとあわせて確認して欲しいが、ここではZ9Dシリーズのインプレッションを中心にお伝えしたい。
異次元の液晶テレビを実現する「Backlight Master Drive」
いつもなら技術的背景から入るところだが、Z9Dシリーズに関しては画質の印象からお伝えしたい。高画質ディスプレイに興味のある方ならば、次世代の高画質テレビは有機EL(OLED)と確信していた方が多いのではないだろうか。
最新のOLEDパネルは700~800nits程度のピーク輝度を備えており、画素ごとに独立した自発光ディスプレイということもあり、HDR(ハイダイナミックレンジ)時代でも、夜のリビングルームのような暗所画質は良い。一方でHDR化で光漏れが目立つ液晶パネルは極端にコントラストの強いシーンで馬脚を現しやすい。
しかし、Z9Dシリーズに限って言えば、液晶といえど、そのようなことはない。とりわけ100インチモデルのパフォーマンスは圧倒的だ。BMDではバックライトに使われているLEDを、1個づつすべて個別に制御する。従来のエリア制御(10数分割~多くても512分割)とは次元の異なる制御をフレーム単位で完全に同期させながら行なう。そのための専用回路を開発した。
しかも、1個づつのLEDは一般的な液晶テレビより密に並べられ、それぞれのLEDが放つ光がボンヤリと拡がって混ざり合わないよう光学設計を行ない、バックライトだけでモノクロの映像が浮かび上がるほどの高精度な制御と伴って、漏れ光による弊害を感じる事はほとんどない。
バックライト個々の明るさ制御をそれぞれの光を混ぜずに行なうことで、明るさのムラが視認できないほど良好になっている点も、筆者が視聴した個体では確認できた。4Kテレビの視聴距離は高さの1.5倍程度(1.5H)が推奨値となっている(これを基準に映像も制作されている)が、この距離ならば映像作品の中でムラが気になることはない。
バックライト制御による弊害が少ないということは、ダイナミックにバックライト輝度を動かしても違和感がないことを意味している。このため、真っ黒の信号は本当に真っ黒に表示され、暗部から明部まで実に的確な階調表現が行なわれる。液晶パネルが一番得意としている階調表現の領域を使って滑らかに表示できるからだ。
その結果、暗部も明部も安定した色再現も実現している。様々なグラデーション……たとえば異なる色相間のグラデーションも滑らかに繋いでくれる。映像処理の優秀さもさることながら、BMD+液晶の組み合わせによる優位性だ。明暗のレンジの広さと階調表現、特に暗部階調の豊かさは、現在、家庭向けに提供されているOLEDパネルでは実現不可能な領域にまで達していた。
たとえば、20世紀フォックスのUltra HD Blu-rayソフト「レヴェナント: 蘇えりし者」。この作品はソニー「F65」というデジタルシネマカメラで撮影されたものだが、その広いダイナミックレンジを活かし、暗所のシーンでも自然光だけで撮影されている。
深夜、バッファローが主人公を襲うシーンでは、キャンドルライトどころか、ムーンライト(月明かり)のみで撮影されているが、極めて暗い中で蠢くように描かれた映像が、Z9Dの元では明瞭に描かれる。このシーン、大多数のディスプレイ、テレビ、プロジェクターが「何かが蠢いている」ようにしか見えないほど、表示装置の暗部表現に依存した撮影がされているが、Z9Dで見ると「ここまでの情報が入っていたのか」と驚かされた。
しかも、そこまで暗いシーンでありながら、しっかりと色がのり、色相表現にも不安定さがなかったことは高く評価したい。
ワーナーホームビデオのUHD BDソフト「レゴムービー」は、その逆に点光源の輝きや明部に乗る鮮やかな色彩とグラデーションが、BMDのパフォーマンスの高さを感じる。ソニーは詳細な数字を公開してないが、HDRソフトを再現するために最低限必要な基準となる1,000nitsを遙かに越える輝度も、階調よく表現するうえ、ハロ(暗い部分の周囲がぼんやりと光ってしまう現象)による破綻がない。
HDRソフトはソニーのOLEDマスターモニターを用いて制作されることが多いのだが、このモニターで観る映像(1,000nitsまでしかリニアな表現はできない)よりも、多くの階調がZ9Dシリーズでは浮かび上がる。そんなところも、レゴムービーではハッキリと見て取れる。
このようにUHD BDソフトにおける優位性が明らかなZ9Dだが、筆者がもっとも評価しているのは、通常のSDRソフトをHDR的に表現する「HDRリマスター」だ。この機能は単にダイナミックレンジ圧縮で失われた階調を明るい側に伸ばすだけでなく、階調の喪失も補う仕組みが取り入れられている。RGBそれぞれの領域において動作するため、明部における色彩表現も復元されていた。
さらにディテール復元とノイズ低減の両方を同時にこなすデュアルデータベース型分析によるノイズ低減と超解像処理を組み合わせることで、従来のハイビジョン放送やブルーレイディスクを再生する際にも、HDR+4Kというハードウェアの魅力を引き出していた。
Z9Dに感じた“未来の映像”。本田家のKUROはさよなら?
液晶テレビは成熟した製品だ。まさか、ここまで画質が引き上げられるとは予想だにしていなかったというのが本音だ。CESでのデモは見ていたが、もっと未来の製品……おそらく来年末に向けた参考展示だと思っていたのだ。
これまで仕事上、自宅に多くの4K液晶テレビを招き入れ、書斎でも使ってきたが、リビングルームにあるテレビはパイオニアの「KURO PDP-6010HD」(2007年発売)のまま変更することはなかった。'16年の基準で見直すと、チューナの機能や番組表の遅さなどテレビとしての使い勝手の悪さはもちろん、外付けに優秀な装置を接続した場合でも、ノイズっぽさを感じる部分はある。
しかしその映像の良さ、特に暗所での高画質さは他に換えがたく、今でも我が家の主力テレビはパイオニアKUROで、液晶テレビに交換するつもりはなかった。しかし、この技術が手の届く価格帯に降りてきたならば、きっとそのときにはリプレースしていると思う(実際、75インチモデルは当時の60インチKUROよりも安いのだ)。
もちろん、BMD搭載のZ9Dシリーズにも弱点はある。息を呑むほど素晴らしい画質のZ9Dシリーズだが、そのコンセプトを100%実現できているのは100インチモデルだ。BMDは1.5Hの距離から映像観た際、眼球内で起きる乱反射を考慮すると、これ以上にバックライト制御の単位を小さくしても意味がない……というところまで、部分制御の範囲を小さくする技術だが、理論値まで追い詰めているのは100インチだ。
では75インチではどうか? というと、使われているLED数が減るため同じ性能ではない。また、LED配置密度もやや落ちるためピーク輝度も若干落ちるという。65インチモデルは、さらにその密度でサイズが小さくなるため、分割数は減る。と、書くと65インチモデルは、一般的な分割駆動と変わらないのでは? と思うかもしれないが、実際にはずっと高いレベルでの話だ。いずれ店頭に並んだ際には、65インチでも充分に感動を得られるはずだ。
75インチモデルに至っては、おそらく(あらかじめ言われない限り)100インチとの違いを感じる人は少ないと言えるところまで追い込まれている。受注生産の100インチモデルはさておき、BMDの良さを堪能したいのであれば、筆者は75インチモデルを勧める。
なお、いずれもファンレス設計で、充分な薄型設計だ。放熱などの関係から冷却ファンの搭載や厚みが増す懸念を持っていたが、きちんとその点はクリアしながらの商品化である。個々のLEDを別々に駆動し、無駄な光を出さないため、電力効率の点でも他のHDR液晶テレビよりも良い。
無論、誰もが買えるテレビではない。しかしながら、大型化が難しいOLEDとは別の選択肢が見えてきたことは喜ばしいことだ。近くに体験する場があるならば、現実の商品となった“未来の映像”を是非とも体感してほしい。